いつの間にか梅雨が明けた今年の夏は、今のところ比較的爽やかで、空気も真夏のように淀んでいないため、月がすっきりとみえます。夜はむしろ肌寒いくらいなので、風邪をひかないよう少し着込んでいます。このままだったら、夏も楽なんですが、そんな訳はないですね。
"Amandla"は、アフリカの言葉で「力」を意味するそうです。マイルスの生前に完成した最後のアルバムは、親しみやすいメロディを持つ名曲揃いで、しかも"Tutu"のようなカラオケではなく、生演奏です。バップ、モード、エレクトリック全てのキャリアを通して、マイルスが守ってきたインタープレイの集大成が聴けます。
Jo-Jo : Miles Davis(tp), Marcus Miller(b&key), Kenny Garrett(as), Rick Margitza(ts), Jean-Paul Bourelly(g), Paulinho Da Costa(perc)
Jo-Jo : Miles Davis(tp), Marcus Miller(b&key), Kenny Garrett(as), Rick Margitza(ts), Jean-Paul Bourelly(g), Paulinho Da Costa(perc)
昨日、夕方の空には雲がなく、上弦を1日過ぎた月が輝き始めました。一昨日の上弦月はどうだったのかなと思ったら、旭では非常にきれいにみえていたそうです。私は千葉市にいましたが、街中では意外と空を見上げないものですね。
古本屋で1987年のジャズ雑誌をみつけました。新譜紹介はLPレコードとビデオテープ、広告はカセットテープやレコードプレイヤーと、20年でAVメディアがすっかり入れ替わったことを実感しました。そして、ライブ・アンダー・ザ・スカイ10周年記念パーティーの記事で、マイルスに出会いました。絵を描いてみせ、新曲を携えての来日を発表するなど、そこにはカムバックして活躍する元気な姿がありました。ソニー・ロリンズやオーネット・コールマンは、マイルスが帰った頃に姿をみせたと、当時の力関係を想像させるコメントも面白く感じました。
ちょっとだけ、マイルスが生きていた頃に戻った気分に浸れる、古雑誌も良いものです。
ちょっとだけ、マイルスが生きていた頃に戻った気分に浸れる、古雑誌も良いものです。
I thought that the fact that he was a saxophone player and that he had worked out a series of clinical exercises for brass players was a bit strange, but I went ahead and studied with him anyway. His method strangely enough, works. You feel the results really very soon after you start doing them. Carmine was always the first to say, "They don't have anything to do with music, they're purely clinical exercises."
名手ランディ・ブレッカーもやっていたんですね。
名手ランディ・ブレッカーもやっていたんですね。
エンジンが高出力になるとプロペラのブレード数を増やす必要があるそうです。開発当初のゼロ戦や隼は2枚羽でしたが、出力が上がったので、大戦前にアメリカ製3枚羽のライセンスを購入して変更されました。そこまでして戦争するのも、何だか変な気がします。
香取航空基地跡に残された掩体豪です。戦後は、元地主たちが農地として買い戻したため、このように残っています。頑丈なコンクリート製の掩体を壊すより、そのまま倉庫として使った方が費用もかからず都合が良かったのでしょう。
英語ではバンカーというそうですが、稲穂や川辺の草が青々と茂る時期には、ゴルフコースのようにもみえます。
英語ではバンカーというそうですが、稲穂や川辺の草が青々と茂る時期には、ゴルフコースのようにもみえます。
昭和19年に干潟町(現在の旭市)の農地と民家立ち退きで建設された飛行場は、戦いの神様である香取神宮にあやかって「香取航空基地」と名付けられ、訓練と出撃による離着陸が連日数百回繰り返されました。戦果はともかく、この基地のおかげで田舎町の旭が空襲の標的になったことは確かです。
昭和30年代に、農地から突如工業振興地域に方針転換され、現在の工業団地に至りました。機体を隠す掩体豪(えんたいごう)と、現在はテストコースに利用されている滑走路が残っています。工業団地の一画で戦没者慰霊碑と共に佇む単発機は、海上自衛隊が所有していたアメリカ製練習機なので、基地とは何の関係もありません。しかし、零戦に似たシルエットは、ここから南洋に旅立った人々の想いを伝えてくれている気がします。
昭和30年代に、農地から突如工業振興地域に方針転換され、現在の工業団地に至りました。機体を隠す掩体豪(えんたいごう)と、現在はテストコースに利用されている滑走路が残っています。工業団地の一画で戦没者慰霊碑と共に佇む単発機は、海上自衛隊が所有していたアメリカ製練習機なので、基地とは何の関係もありません。しかし、零戦に似たシルエットは、ここから南洋に旅立った人々の想いを伝えてくれている気がします。
『社長になるのは簡単でも、社長でいる努力を続けるのは大変』
『昨日までの自分をいつでも捨てられる勇気があれば凄い人になる。それを守ろうと思ったら駄目』
『僕はマウスピースでずっと悩んでいた。アメリカへ行ってみて、みんなマウスピースを当てるところが僕より上だと知り、自分のやり方が間違ってると分かった。』
『理想の音にするには今の自分を捨てるしかないし、限界まで追い込まないと駄目。「これ以上やったら死ぬよな」っていうような長い音を出しても意外と人間は死なない。そうやって一線を超えた人はどんどん限界が上がる。だから自分の持ってるものを絶えず超えて、タイミングと音の深さと重さに磨きをかけなくてはいけない。また、人間の深さが音楽に表れるので、そういうことも踏まえて生きていきたい。』
by T.Hino
『昨日までの自分をいつでも捨てられる勇気があれば凄い人になる。それを守ろうと思ったら駄目』
『僕はマウスピースでずっと悩んでいた。アメリカへ行ってみて、みんなマウスピースを当てるところが僕より上だと知り、自分のやり方が間違ってると分かった。』
『理想の音にするには今の自分を捨てるしかないし、限界まで追い込まないと駄目。「これ以上やったら死ぬよな」っていうような長い音を出しても意外と人間は死なない。そうやって一線を超えた人はどんどん限界が上がる。だから自分の持ってるものを絶えず超えて、タイミングと音の深さと重さに磨きをかけなくてはいけない。また、人間の深さが音楽に表れるので、そういうことも踏まえて生きていきたい。』
by T.Hino



















