この広い世界を。

可愛い歳月。

『セラピールーム 和穏〜wanon〜』

2017-02-14 21:16:39 | セラピールーム 和穏〜wanon〜
(この記事は、常にトップに表示しています)

2016年6月15日以降のお申し込みをお受けしています。

埼玉県加須市(かぞし)にてセラピーをおこなっております。

■光の言葉セラピー
 (八ヶ岳セラピールーム主宰、淡路紀世子さん創始のセラピーです)

■インナーチャイルドヒーリング

■前世療法


詳細はHPをご覧くださいね。

セラピールーム 和穏〜wanon〜
http://www1.tcat.ne.jp/wanon-with_love




また2010年より前のブログは、
livedoorブログ『この広い世界を』(すみません、未整理です)
http://blog.livedoor.jp/hiroi_sekaiwo/



よろしくお願いします(o^^o)




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お年玉。

2016-01-02 11:44:10 | ひとしずく。
あれ?と思ったことがある。

わたしがわたしの意識として、おとなりのおじさんに生まれてその人生を送ったら、
はたしてわたしはわたしでいられるかなって。
わたしはわたしという思いこみなのかなって。

テレビで見たお年寄りがとても元気な島で、100歳のおじいちゃんが木登りしちゃうような島で、
この島では昔からお年寄りというものはこういうもので、それ以外に道はないのだとしたら、
加齢の過程でさえ刷り込みではないかなって。

友だち100人できるかなも刷り込みで、外で元気に遊びましょうも刷り込みで、
アンチエイジングも刷り込みで、完全も不完全も刷り込みで、
幸せの定義も刷り込みで、突きつめていえば善悪も刷り込みで、
そういうことに、あれ?って思ったことがある。

わたしは今この瞬間、なにからも被害を受けていないって気づいたことがある。


もしかしたらこうゆうことかなって。

わかりやすい般若心経の現代語訳です。

少しでも光が射しますように。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆
般若心経ロック


超スゲェ楽になれる方法を知りたいか?

誰でも幸せに生きる方法のヒントだ。


もっと力を抜いて楽になるんだ。

苦しみも辛さもすべてはいい加減な幻さ、安心しろよ。


この世は空しいモンだ、

痛みも悲しみも最初から空っぽなのさ。


この世は変わりゆくモンだ。

苦を楽に変えることだって出来る、

全てはお前次第だ。


汚れることもありゃ背負い込む事だってある

だから抱え込んだモンを捨てちまう事も出来るはずだ

この世がどれだけいい加減か分かったか?


苦しみとか病とか、

そんなモンにこだわるなよ。

見えてるものにこだわるな。

聞こえるものにしがみつくな。

味や香りなんて何のアテにもなりゃしない。

揺らぐ心にこだわっちゃダメさ。

それが『無』ってやつさ。


先の事は誰にも見えねえ。

無理して照らそうとしなくていいのさ。

見えない事を愉しめばいいだろ。

それが生きてる実感ってヤツなんだよ。


正しく生きるのは確かに難しいかもな。

でも、明るく生きるのは誰にだって出来るんだよ。

菩薩として生きるコツがあるんだ、

愉しんで生きる菩薩になれよ。


全く恐れを知らなくなったらロクな事にならねえけどな

適度な恐怖だって生きていくのに役立つモンさ。

勘違いするなよ。

非情になれって言ってるんじゃねえ。


夢や空想や慈悲の心を忘れるな、

それができりゃ涅槃は何処にだってある。

生き方は何も変わらねえ、

ただ受け止め方が変わるのさ。

心の余裕を持てば誰でもブッダになれるんだぜ。


この般若を覚えとけ。

短い言葉だ。

意味なんて知らなくていい、

細けぇことはいいんだよ。

苦しみが小さくなったらそれで上等だろ。


嘘もデタラメもすべて認めちまえば苦しみは無くなる。

そういうモンなのさ。


今までの前置きは全部忘れても良いぜ。

でも、これだけは覚えとけ。

俺達が苦労して見つけたモンをまとめて教えてやるからよ。

耳かっぽじってよく聞けよ?

『唱えよ、心は消え、魂は静まり、全ては此処にあり、全てを超えたものなり。』

『悟りはその時叶うだろう。全てはこの真言に成就する。』

心配すんな。大丈夫だ。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆
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初春。

2016-01-01 22:16:34 | ひとりごと。
2016年、新しい年のはじまりですね。

今年もまた可愛い日々がはじまります。


自分自身を自分の力で幸せにしてあげてくださいね。

自分の幸せこそが世界の幸せなんです。

知らなかったでしょう?

でもほんとのこと。

わたしは今年もひたすらに貪欲に、それをしていこうと思っています。

趣味は自分ですって言いきれるくらいになってしまいました(笑)

どうぞご自愛くださいね。

過去の記憶の束から、自由になっていいのです。

自分をほんとうの意味で救えるのは、自分だけだもの。


誰も救うことのできないわたしにできるのは、祈ることだけ。



あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

良い一年になりますように。


お年玉→
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今年もありがとう。

2015-12-30 10:06:25 | ひとりごと。
まだ京都の記事をいくつか書くつもりだったのに、
あっというまに日にちが経ってしまいました。(あとでこっそり追加されるかも)

今年ももう終わり。
早いですねぇ。しみじみしてしまいます。

みなさまはどんな一年でしたか?

わたしの一年は、はた目にはぼんやりしてるようでも、
わたしの内側はいろいろ考えいろいろ感じいろいろ気づいたりいろいろ勉強したりして、なかなか興味深い一年でした。


やっぱりわたしは可愛いものが好き。

オシャレなものが好き。

優しくて丸い言葉が好き。

丁寧なのが好き。

自分のなかの女性が好き。

本物が好き。


原点はいつもここにあるのです。

忙しさに見失い、ブレてしまっても、
いつしか気づいていつも帰ってくる居心地のいい暖かな場所。

日常はそれをわたしに思い出させてくれようと、
いつもいつも動いてくれています。

わたしのなかの「生命いのち」は、わたしをいつもそこに連れていってくれようとします。

「生命いのち」はわたしを幸せにしようとする圧倒的で確実な力。


この世界は、わたしの周りの人たちは、出会ってくれた人たちは、わたしに起こるすべてのできごとは、
わたしにとっての祝福です。

わたしは小さい人間なので常にそんな気持ちではないのですけど、
ときおり強くそう思って、世界がほんとうに光り輝いて見えたりもします。

わたしの世界に光と自由を与えてくれてありがとう。


今年もありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。

どうぞ暖かなよいお年をお迎えくださいね。









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京都 UCHU wagashi。

2015-12-12 21:57:31 | 京都遊学。
西陣にある可愛い可愛いお干菓子のお店。

味もバニラやココア、フルーツ、チャイなど、伝統的な和菓子にはいままでなかった味ばかりです。

しかし和三盆を木型にひとつひとつ埋めこみ、丁寧な手作業で作られているとのこと。
かたちもすこぶるキュート。

口いっぱいにひろがる、和三盆のやわらかでなめらかで圧倒的な甘さ。
それでいてその甘さが喉を通るころには、すっきりとしていて、
ひとつ、またひとつと口に運んでしまうのです。

店内はあまりにも京都っぽくて、嬉しくなるものでした。

こんなふうに、人間が、商品だったり空間だったり雰囲気だったりに、
それを表に出さずに、密かに命をかけている感じはほんとうに好きです。
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京都 伊右衛門サロン。

2015-12-11 10:59:09 | 京都遊学。
朝ごはんは烏丸三条にある伊右衛門サロンでいただきます。

ここはオープンキッチンになっていて、
美味しい日本茶や、かまど炊きのほかほかごはんがいただけるカフェです。

京都のごはんは柔らかめが多い気がするのですが、
ここはわたし好みのかたさのごはんです。

それと多すぎない量が素敵です。


キッチンやフロアのスタッフさんたちが、てきぱきと働く姿を横目に、
美味しい朝ごはんをいただきました。

日本の光を帯びた美しい朝をむかえられる素敵カフェです。


いただいたのは薩摩赤玉の玉子かけごはん。
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京都 素夢子古茶屋。

2015-12-10 14:12:44 | 京都遊学。
烏丸通りから三条を西にはいったとこにある韓国薬膳のカフェです。

たくさんの韓国薬膳のお茶と、ごはんがいただけます。

建物の外観も素敵なのですが、店内もほんとうに素敵なお店。
暖かな錆色の雰囲気と、こだわりぬいたセンスに感嘆です。
お手洗いも必見。


ここでは夜ごはんをいただきました。


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京都 カフェefish。

2015-12-07 22:24:18 | 京都遊学。
市比賣神社をお参りしたら、このカフェに寄ろうと決めていました。

静まりかえった五条楽園(興味深い建物が多いのでまた再訪したい)をちょっとだけ散策し、
それからカフェにたどり着きました。


運がよければ鴨川ビューの席を陣取れます。

わたしは鴨川ビューの席が空いていなかったので、
反対側の高瀬川沿いの席に落ちつきました。

今年は暖冬で京都はまだ紅葉が楽しめます。

きらきらと風にゆれる色づいた葉っぱを見ながら、イヤホンでスピッツを聴いたりして、
しばしのんびりした時間を過ごすことができました。




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京都 市比賣神社。

2015-12-07 21:43:40 | 京都遊学。
ずっーと女性性について考えています。

平和の姿とは、
女の子(年齢問わず)が、
安心してお洒落をしたり恋をしたり美味しいものを食べたり、
きらきら笑ったりすることだと気づいたからです。

そして、男性と女性はまったく違うのがよくて、
まったく違うからよいのだと気づいたからです。

だからでしょうか。

女人守護の市比賣神社(いちひめ神社)にひかれ、
今回はここをお参りしようと決めていました。

ぼんやり歩く高瀬川沿いを市比賣神社に向かって歩いていると、
午後3時の日差しはちょうどわたしの向かう方向にあり、
その秋独特の柔らかい金色の光は、とてもまぶしくて顔をあげて歩けないほどでした。

直感ナビが冴え冴えとし、
軽く見た地図だけで、市比賣神社にたどり着くことができました。


神さまにさえカッコつけて生きてきました。

昔からほんとうのお願いごとをいつも言わなかった。

お願いごとは自分の力で叶えてゆくもので、
叶わないのは自分の何かが足りないからだと、弱いからだと自分を責めて生きてきました。

さいきんになりそれは無意味なことだと気づき、癖づいたものはなかなか改められないけれど、
練習のつもりでここでは少女のように(少女という年齢ではないけれど笑)純粋な想いで、
きちんとお願いごとをしようと決めていました。


本殿をお参りして、お守りと絵馬をいただき、
ご神水の天之真名井(あめのまない)を飲み、そして手を合わせます。

記念にと、天之真名井を写真におさめようとして驚きました。

肉眼では気づかなかった光が。


そういえば高瀬川沿いを歩いているとき、
光の方角は市比賣神社だった。


いくつかある京都にくる理由のひとつ。

こじつけかもしれませんが、こうゆうことがあるからです。


市比賣神社からの帰り、宮川町をぼーっと考えごとをしながら歩いていると、
自転車に乗ったおじさんがすれ違いざまに、なぜか「おきばりやす」と柔らかくいって過ぎていきました。

そのとき考えていたことは、
女性ならでは優しい綺麗な発光体になれたらな、でした。
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京都遊学。

2015-12-07 18:13:32 | 京都遊学。

何しに京都へゆくの?と聞かれる。
何しに京都へゆくんだろう、と自分でも思う。

なぜかわたしは毎回毎回京都へゆく。

何しにゆくのだろう?

わたしは京都へきて、ただぼんやりしているだけ。
ガツガツと寺社を拝観するわけでも、京都名物の食べものをはしごするわけでもなく、
お買いものもせず人ごみを避け、路地を選びふらふらと歩きまわるだけなのです。

もし誰かと一緒なら、とてもつまらないだろうなぁと思う。

ただ黙ってふらふらとぼんやりと歩いているだけなのだから。

でもこんなときに、わたしの良さはわたしにしかわからない、と誇らしくも思うのです。

高瀬川の薄い川面がきらきらしているのとか、
紅葉した葉っぱが3時の光を浴びて金色に輝くのとか、
わたしが入る勇気がないようなレストランで談笑する人たちや、
準備中のダイニングバーの店内でひとり仕込みをする若い男性とか、
そういったものをきらきらしたガラス玉を外側から見るように眺め、
うっとりとなんとも言えない良いものを見た、みたいな気持ちになる自分が好きなのです。

理由はひとつではないけれど、
わたし、という世界観に映しだされた世界は、ときにとても綺麗で、
たぶんわたしはきっとそれを見にゆくのだろう、と思うのです。

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