困った時の神頼み(御朱印集め)

訪れた神社の紹介と御朱印をまとめてみました。関東圏、宮城、京都、大阪、福岡の神社を紹介しています。

芝東照宮(平成29年3月24日)

2017年05月15日 | 東京都の神社
東京都港区にある芝東照宮に行ってきました。

<神社>
芝東照宮
〒105-0011 東京都港区芝公園4-8-10
(HP)http://www.shibatoshogu.com/

<御由緒>
当宮「芝東照宮(しばとうしょうぐう)」は、当初、増上寺内境内に勧請された。
増上寺は天正十八年(一五九〇)家康公の江戸入府の折、源誉存応が公の帰依を得て徳川家の菩提寺に定められた。

当時は日比谷にあったが、慶長三年(一五九八)江戸城拡張工事に伴い、現在地に移転した。
以後、幕府の保護の下、関東浄土宗寺院の総本山となり、実質的に同宗第一の実力を持った。
この増上寺境内の家康公を祀る廟は、一般に安国殿と称された。
これは家康公の法名「一品大相国安国院殿徳蓮社崇誉道大居士」によるものである。

安国殿の御神体は慶長六年(一六〇一)正月、六十歳を迎えられた家康公が自ら命じて彫刻された等身大の寿像で、公は生前、駿府城において自らこの像の祭儀をを行っていた。
死に臨んで公は、折から駿府城に見舞いに参上した増上寺の僧侶に、「像を増上寺に鎮座させ、永世国家を守護なさん」と仰せになり、この像を同寺に祀るよう遺言していたもので、安国殿の創建の時に造営奉行であった土井大炊助利勝(後の大老・土井大炊助利勝)の手により駿府から護り送られたのである。

安国殿は明治初期の神仏分離のため、増上寺から分かれて東照宮を称し、御神像を本殿に安置・奉斎した。
明治六年(一八七三)には郷社に列し、社殿は寛永十八年(一六三三)の造替当時のものが維持されていたが、昭和二十年(一九四五)五月二十五日の戦災により、御神像の寿像と天然記念物の公孫樹を除いて社殿悉く焼失した。
昭和三十八年(一九六三)には寿像が東京都重要文化財に指定され、昭和四十四年(一九六九)八月十七日、復興奉賛会により社殿の完成を見て今日に至っている。
(出典:芝東照宮のホームページより)

<御祭神>
徳川家康公

<御利益>
勝運、厄除け


拝殿


鳥居


御朱印


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