チュエボーなチューボーのクラシック中ブログ

人生の半分を過去に生きることがクラシック音楽好きのサダメなんでしょうか?

チャップリンと一緒に撮影された音楽家

2016-11-24 21:25:31 | メモ

古本屋で『チャップリン自伝』中野好夫訳(新潮社、1966年)を税込100円で買ってきました。

チャールズ・チャップリン(1889-1977)がアインシュタインなどの有名人と一緒に写っている写真がたくさん掲載されており、中には音楽家とのものもありました。



1. ピアニスト、レオポルド・ゴドフスキー(Leopold Godowsky, 1870-1938)と。


↑ チャップリンの向かって左にいる長男でヴァイオリニストのレオポルド・ゴドフスキー・ジュニア(Leopold Godowsky Jr.)はのちにカラー・フィルムの発明者の一人になったそうです。

 



2. ヴァイオリニスト、ヤッシャ・ハイフェッツ(Yasha Heifetz,1901-1987)と。


↑ ふたりとも若いですね。

 



3.クララ・ハスキル(Clara Haskil, 1895-1960)、パブロ・カザルス(Pablo Casals, 1876-1973)と。


↑ どういう事情で一緒なのか調べます。

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4 コメント

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Unknown (マサコ)
2016-11-25 13:42:48
チュエボーさま

チャップリンの自伝、懐かしいです。
2500円で求め、21歳の頃から読んでいます。
まだまだ全体を逐一身に付くほど、読めていません。
年を追うごとに、人物の名前とその背景を別のことで知り、ようやく理解できます。

ところでこの本のことでお願いがあります。
チャップリンがサマセット・モームのロンドンのスラムを訪れた時の新聞投稿について述べている文があったと記憶するのですが、見つけられずにいます。
「貧乏」ついて彼の意見を述べているところです。
チャップリンの自伝は広大で、自伝の特徴として、その人しかわからないような書き方になるので、耄碌した私は、自伝以外でも見つかるかと探しましたが見つけられないのです。
それで、もしも読まれた時に見つけられたら、恐れ入りますが教えていただけませんか。

音楽のところは、特にクララ・ハスキルとの交流は何度読んでも楽しいものです。

最後になりましたが、田中希代子さんのアーカイブを紹介してくださり、感謝に堪えません。
田中先生の芸術は、人間の真実の美しさに溢れています。
しかもそぎ落とした美で、誰にも媚びない、ぶれない、究極の真実が表現されています。

人が耐えることの域をここまで教えてくださったわがままでない芸術家。

そんな風に思っています。

厳しい冬が予想されています。
どうか、ご自愛ください。
Unknown (マサコ)
2016-11-25 14:22:00
コメントを入力してくれたモニカさんがしつこく検索。お陰で言葉は見つかりました。
確認したかった部分の一部なので、その前後も読み直したいので、
もしページを見つけられたら、教えてください。
お手数をおかけいたしますが、よろしくお願い致します。

言葉は以下のものです。

〜〜〜〜
「貧乏というものは決して魅力的なものでも教訓的なものでもない。
 私にとって貧乏は、金持ちや上流階級の優雅さを過大評価することしか教えてくれなかった」
チャップリン 「自叙伝」 L001
チャップリン・貧乏について (チュエボー)
2016-11-27 01:26:29
マサコさま、コメントいつもありがとうございます!

チャップリンの自伝を読まれていたんですね。自分はまだ写真しか見ていませんが、面白そうなので真面目に読んでみようと思います。

さて、チャップリンが貧乏について書いている部分を見つけましたので転載します。1975年6月25日発行14刷の314ページから316ページです。

------------------------

...わたしの性格は、評者の気持次第で、明るくなったり暗くなったりする。一例をあげてみよう。サマセット・モームは次のように書いているのだ。

「チャーリー・チャップリン......彼の笑いは単純で、快くて、無理がない。それでいて、人は常にそうした笑いの背後に深い憂欝の影を感じとる。彼は気分屋であり、『ちぇっ、ゆうべはひどくめいっちゃってね、自分で自分をほとんど扱いかねた』といったような彼自身のおどけた告白を聞くまでもなく、彼のユーモアが悲しみで裏打ちされていることは、容易に気がつくはずだ。彼は幸福な男という印象を与えない。思うに、彼は貧民街への郷愁とでもいったものに悩んでいるのではなかろうか。名声と富につつまれながら、かえってその生活から圧迫しか感じていないのではなかろうか。貧困と窮乏につきまとわれていた少年時代、苦しかったが、しかしそこには自由があった。いま彼はふりかえってみて、そのころのその自由を、もはや絶対にかえらないとわかりながら、なお深いあこがれをもってなつかしんでいるのではないか。彼にとって、南ロンドンの街々は、楽しくて、愉快な、そしてまたすばらしい冒険の舞台だったのではないか......わたしには想像できる、自分の家へかえりながら、この見知らぬ人間の家で、いったいおれは何をしているのだと戸惑っている彼の姿が。
 とにかく彼がこれこそ自分の家と思えた唯一の家は、ケニントン・ロード裏のあの三階の部屋だけだったのだ。ある晩、わたしは彼とロサンゼルスを散歩していて、いつのまにか、同市でも極貧街へ足を踏み入れていた。汚ならしい長屋アパート、けばけばした安っぽい商店、そしてそこでは貧乏人がやっと毎日買えるだけの商品が並べられている。すると、チャップリンは急に顔を輝かせ、はずんだ声で叫んだのである。『ねえ、これこそが本当の生活なんじゃありません?ほかはみんなインチキですよ』」

(原註)わたしが言ったとされているこの言葉は正しくない。そのときわたしたちはメキシコ人街にいたのだが、実際にわたしの言った言葉はこうだった。「ビヴァリイ・ヒルズよりはね、ここのほうが活気がありますよ」

 他人に対し、貧乏というものをさもいいもののように見せようとするこの種の態度は、まことに困りものである。寡聞にしてわたしは貧乏に郷愁を感じたり、そこに自由を見いだしたりしている貧乏人というのに、まだ会ったことがない。いくらモーム君でも、貧乏人にむかって、大きな富や名声は心の負担、窮屈だなどということを納得させようというのは無理だろう。わたし自身は、富を窮屈なものなどとは少しも思わない――それどころか、むしろ大きな自由をさえその中に感じている。モーム君にしても、まさか彼の作中人物の誰か――そうだ、どんな小さな端役にしろ――に、こんなまちがった意見を吐かせるようなことはしないはずだ。「南ロンドンの街々は、楽しくて、愉快な、そしてまたすばらしい冒険の舞台だった」式のこのおしゃべりには、どこかマリイ・アントワネット流の軽薄なおひゃらかし気分さえ感じられる。

 私は貧乏をいいものだとも、人間を向上させるものだとも考えたことがない。貧乏がわたしに教えたものは、なんでも物をひねくれて考えること、そしてまた金持やいわゆる上流階級の美徳、長所に対するひどい買いかぶりという、ただそれだけだった。

 逆に、富と名声とがわたしに教えてくれたことは、むしろ物事を正しい遠近法の中で見ること、そしてまた、いくらえらい人間でも、近寄って見ると、案外ほかの人間と同様、それぞれに欠点だらけのものであることをわからせてくれたこと、等々であった。富と名声から教わったことはまだほかにもある。たとえばサーベル、ステッキ、乗馬鞭といったようなシンボルが、一皮剥けば俗物性と同意語であり、そんなものは一切軽蔑することをおぼえたこと、また、人間の値打ちや知能をはかるのに、大学流の用語でするのはたいへんなまちがいであること。だが、それにもかかわらずこの神話が、現にいまでもイギリス中流階級の人たちに一種麻痺的といっていいほどの影響力をもっていることを知ったこと、また最後に知性というものは、なにも教育や古典的教養ができたからとて、必ずしも養われるとはきまらないものだとわかったこと等々、これらはすべて富と名声のおかげだった。

 モーム君のいろいろ憶測にもかかわらず、わたしはあくまでわたしであり、その点では、ほかの人間と変わりはない。あくまでわたしはわたしだけの人間、もちろん遠く祖先以来の刺戟と衝動、それこそ長い世代にわたる夢と欲望と特殊な経験とを受けていることは事実であるが、いわばそれらの総和というべきがわたしなのだ。
Unknown (マサコ)
2016-11-27 09:44:04
この度はお助けていただいた上、入力のお手間までかけて下さり、ありがとうございました。
懐かしいページに帰る事が出来ました。

深くお礼を申し上げます。

取り急ぎ、お礼まで。

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