江國香織さんの作品は、「都の子」「流しの下の骨」など数作しか読んだことはなかったのですが、この作品を読んで、あらためてすごい作家さんだと思い知らされました。
花屋、子供のいる専業主婦、子供のいない専業主婦、雑誌の編集者、モデル、会社員、アルバイト、など・9人の女性中心に物語が展開されて行きます。378ページある本のボリュームですが、ほとんどが2ページくらいのエピソードで、交互に9人が出演し、お互いに絡み合い・影響しあって進んでいきます。
コマギレで印象が散漫になると思いきや??逆に、時間軸が重なって、ハプニングが多面的に理解されて、集中力。・展開力が深まって、いい効果を出しているように思えます。
もともと江國さんって、何気ない日常を、静かに描くのがとても上手だと感じていましたが、その日常行動が、裏側の心理まで解明されていて、流石です。
主婦である陶子と、その妹・草子を夢中にさせてしまう、獣医師の山岸。ワンサマーデイ・40歳のOL麻里江は、ゆりこのパーティーで山岸を紹介される!「繊細な男だった。落ち着いた、清潔そうな。」「あの日のことを思い返した。もう50回も思い返しているのだが・・・。」静かな声で山岸は言った。「一人で生活しているなんて、誘惑は多かったでしょうに。罠を見分ける目をお持ちだったわけだ。」お世辞だとわかっていても嬉しかった。正確に言えば、お世辞の衣を着せた本音だとわかったので嬉しかった。たぶん、本質的に孤独を理解する男なので、きっとたくさんの感情を伝えあえる。・・と、366ページ。
陶子との道ならぬ逢瀬を楽しむ、近藤真一は、妻、綾に対して、「そんな美味しくもない高価な菓子折を毎年送り続けるのは、ひとえに綾が見栄っ張りなせいだ。」「あなたの両親だから気を使っているんじゃない!!」「心は込めなくても、気は遣うわけだね。」ほんとうのことを言われてカッとしたのだと自分でも判っているが、ほんとうのことを言うべき時と、そうでない時の区別くらいつけてもらわなくてはやってられない。」・・368ぺージ・といった具合です。
細やかに、丁寧に、心理のヒダまで書き切っている江國さん、すごい筆力です。複雑に絡み合い、男も絡んで、離婚したり、それぞれの道を、進み始める9人の女性たち。
家庭はどこへ行くのっていう展開ですが、修羅場は、ほとんど出てきません。自己責任の自己完結の物語。最後も、新たな展開を予感させてさわやかです。
本の最後に、引用作品として2作品が明記されています。
「フランス家族事情ー男と女と子どもの風景」浅野素女・岩波新書。
「フリブール日記ー世界の痛苦を見つめる」犬養道子 中公文庫。
少なくとも、浅野さんの本は、引用ったって、持って来ようがないですね。私の手元にあるのは1995年8月21日発行の第一版だけど、この本は輝きを失っていないと思う。
家族制度というものが崩壊し始めていたフランス。男も女も、自由を手にしたと思い込んで恋愛も子づくりも思うがままと思い込んだ深い罠。非婚カップル、シングルマザー、再婚・再再婚家族・人工授精などの問題を抱える人達の中に入っていって書き上げたレポートだから、引用といっても、フランス現代における男と女の関係枠組み・骨格だけを引用したように感じられます。
何故フランスを取り上げるのかという疑問に対して、浅野さんは「フランスというと、男女関係をはじめとして何かと(進んでいる)といったイメージが持たれているかもしれない。だが、家族関係の在り方は進歩的な北欧と伝統的な南欧では相当の開きがあり、フランスはその中間点にある。。また、進んでいる・ことは・極端・であることとはまったく違う。フェミニズムでも、フランスでは決してアメリカでのような極端な形はとらなかった。そうした意味で、フランスは成熟の文化を持つと言える。世の中、黒か白かではなくてさまざまなグラヂュエーションがあるわけだが、フランスは、その灰色の微妙な色合いを味わう強靱さと明晰さを持ち、それに加えて洒落っ気もある。」「後に続く者たちのために、なんていう偽善はやめよう!私たちひとりひとりの人生のために。私たちは、家族という言葉を脱皮させるチャンスを手にした最初の世代かもしれないのだから。」と前書きに結んでいます。
いま、江國さんの作品に出合って、再び・浅野さんの本を本棚から引っ張り出してきたけれど、これを機会に犬養さんの本にも挑戦したいです。