自分らしく生きること…多くの人がそうしたいと思っていることでしょう。私もそれを願い、大切なことと言ってきました。
でも、「自分」を前面に考えるのは、実はとっても苦しくなるのです。「自分は…」「自分は…」と思うと、人との関係や現実との壁にぶつかり、大きな精神的負荷を受けます。
最近、私は「生きている」というより「生かされている」という感覚が強いのです。自分で生きているのではなく、自らの使命というか、つとめを果たすまで、生かされているような気がします。
決して、神とか宗教じみた発想ではなく、いのちの神秘というような、誰にも真のところはわからない力に左右されているような気がします。
世の中は、そして人が生きることは、「思うようにならない」、つまり仏教で唱える「四苦」があるものです。それは当然ですね。みんなが思うようになる、ということは、社会の中では成り立たないことでしょう。みんな、思いは違うのですから、それがすべて思うようになったら、世の中が機能しなくなります。
「捨てる」という発想は、私には人生の究極の処方箋のように思います。
今年は、それをテーマに書いてみたいと思っています。
でも、「自分」を前面に考えるのは、実はとっても苦しくなるのです。「自分は…」「自分は…」と思うと、人との関係や現実との壁にぶつかり、大きな精神的負荷を受けます。
最近、私は「生きている」というより「生かされている」という感覚が強いのです。自分で生きているのではなく、自らの使命というか、つとめを果たすまで、生かされているような気がします。
決して、神とか宗教じみた発想ではなく、いのちの神秘というような、誰にも真のところはわからない力に左右されているような気がします。
世の中は、そして人が生きることは、「思うようにならない」、つまり仏教で唱える「四苦」があるものです。それは当然ですね。みんなが思うようになる、ということは、社会の中では成り立たないことでしょう。みんな、思いは違うのですから、それがすべて思うようになったら、世の中が機能しなくなります。
「捨てる」という発想は、私には人生の究極の処方箋のように思います。
今年は、それをテーマに書いてみたいと思っています。
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