日々の歌日記 ・・  硲 比呂介 (船坂圭之介)

一日四首を底限とし連日作成日記の如く記入していきます。未推敲ですから発表の段階で修飾します。これは原石故乞ご了解

小島ゆかり第六歌集「エトピリカ」読後寸評

2006-08-15 19:23:21 | 歌集読後評
  「エトピリカ」を手にしてから、約一ヶ月経過してやっと読破した。(勿論、時々に)

 三十一の章に分けて記載してあるが、各作品とエトピリカの関連も薄く、章の名も特に関連はない。従って、歌は一首で完結するのが原則(連作、題詠は別として)、であるから、巻頭から読みながら氣になる作品を順に評していくつもり。

 *まひるまのひかりひとすじ連翹をくぐりて金の蜂となりたり

 晩春の昼間、連翹の花の間を飛び回る黄金色の蜂、蜂となったのは作者。
 
 *羽音のみじいんと聞こえ蜂見えず連翹われのししむらのなか

 実は連翹が作者であった。蜂の黄金色まで取り込んで、さぞや光り輝く花々であることよ。

 *朝のミルクこつくり白し晩春の身は奔放に在りてしづけし

 晩春の気だるい朝の気持ち、逸る身をどうしようもなく持て余している心境がほのかなエロチシズムを漂わせ魅力的な一首ではないか。

 *戦死者かもしれぬ誰かの憂鬱がかぶさりてくるバター塗る手に
 *バターナイフ、バターに曇りいくらかは軽んじられて戦後派の夏

 恐らく作者在米中の作。まがうなき戦後派の作者だが、普段、sれは意識にはない。はからずも米国でのメモリアル・デイの華やかなお祭り騒ぎを体験して、この歌々が作られたのであろう。

 *蝶ふたつ日蔭にしづみ のちしばし腋下(えきか)のごとし夏草原は

 こういう歌に私は弱い。作者独特のエロチシズムにしばし酔おう。

 *みづならを大みづならを仰ぎつつじりじりとわが脚が根になる

 大木のもと、微動だにせず佇立している作者。まるで根が生えたように・・。
どんな感慨に耽つているのか、所詮他者には解からない。ただその雰囲気はおのづから伝わって来る。

 *母であることは途中でやめられず毎朝五時に弁当作る
 *中一の直子このごろやさしくて藤色の英和中辞典もつ
 
 真面目な、真剣に子育てに精進する姿が垣間みえ、作者の一面を如実に歌ってさわやか。
 
 *すべるがに加速するときハイウエイをうぃーんうぃーんと夜が流れる

 オノマトベが良く効いている。車が走るのではなく夜が流れるのが有効。

 *ハイウエイの左右に街は見えながら時間はつねに真後ろへ過ぐ

 ここでも静止している街を置いて、時間がぐんぐん後ろ(過去)へと走り去ると
詠む心境。一入の感慨を覚える。

 *パセリ食む口ざわざわと嵐して諾ひがたし壮年の死を

 嵐する とは思いがけぬ表現。でもこの一言で歌が平凡な哀歌を、見事な挽歌にした才能。脱帽。

 *生きて四十三度目の夏 いちにんの友の死を呑むくちなはわれは

 自身を蛇とした意図、いろいろ考えたが上手く理解出来ない、これは読者の責任か作者のそれか、解からない。
 
 *茎ながき野蒜の空の広すぎて夏の帽子をもうかぶらうか

 野蒜の一本立ちの向こうに青空が、夏の灼熱を伴って広がってきた。鍔広の夏帽子がそろそろ欲しい頃。
 
 *わだつみのやうにからだはゆれながら泡盛を呑む苦瓜を食む

 沖縄旅行詠。どうやら上戸の作者とお見受けした。

 *泣き顔の美しからぬ齢(よはひ)きてサボテンに夏のひかり込み合ふ
 *中年ばかりで遊ぶ青葉の大公園ああうれしくてブランコに乗る

 作者も齢四十を越えそろそろ容貌の衰へが氣になってきたのかも。
 しかし毅然として作者は思う。

 *汗拭ふハンカチをたたみなほしつつ決(け)して女は疲れてはならず

 と、覚悟を決める。

 *もの言はぬわが眼のなかのどしやぶりを君は見るなり眼を見る君は

 眼のなかのどしゃぶり は謂いえて妙。見方はいろいろあろうが・・。

 *夕立にたちまち濡れて喉元へあふれくるなりわたしの海が

 一首から立ち上る得もいわれぬアトモスフエアに、一瞬眩暈しそう。海が喉元へ溢れ来るとは。しかも 私の海がである。

 *地下鉄の出口に近くむかし海であつたにほひの向かひ風吹く

 築地あたりのメトロの出口か。確かにあのあたりは海の香が漂っている。

 *燃えながら透きとほる火の女ありもみぢの踵(かかと)土を踏む見ゆ

 象徴的な一首。ただ燃えながら透き通る火の女がどうしても想像出来ない。読者の無力はそのままにして詠むのも悪くはないが、少し淋しい。

 *後ろには時間、前には空間あり 一分間の信号待ちす

 信号待ちのひととき、うまい捕捉である。瞬時、後ろの時間に繰り込まれる一分間、なんと懐かしい一分間であることよ。

八月十二日 以下記入

 *萩の花タフタのやうに冷たくて膝に触れふくらはぎにも触れる
 
 タフタとは光沢ある薄い琥珀織の絹布で、西欧では婦人の衣服の素地。その冷たさが果たして萩の花と同様かは主観の問題、このまま素直に受け取ろう。
 
 *空中歩行あらば真冬の木のやうに鳴るだらうかぜのなかの人体
 
 珍しく下の句に句跨りが見られ、すこし調子が狂うが意見の分かれる所。わたしはこれで良いと思う。

 *大根足であること気にもせずなりてこのごろうまく大根を煮る

 いえいえ御謙遜でしょう。かつてお見受けした御み足、決して大根足などではなく、結構魅力的でしたよ。
 
 *そらみつヤマトシジミは宍道湖の水より来たりきゆるきゆると鳴く

 そらみつヤマト・・の古い枕詞と、きゅるきゅる の擬音語の新しさの対比に惹かれた。
 
 *能古島(のこのしま)へわたる釣船まれに見えつばらつばらに冬波は照る
 
 此処でも つばらつばら なる万葉語を殊更に使用してある。音の響きが気に入ったのかな(多分)。つばらつばら は、まんべんなくの意。

 *裸木が空へ突ツ立つ冬の日は風もひかりもましぐらに来る

 突っ立つ裸木が風を受け、冬の陽光がまるで驀進するかのごとく作者に向かってくると感じたのかも。殺風景な冬の日のさまが突っ立つ裸木に象徴され、具体が他にないが、言わんとする所はよく理解できる。
 
 *白梅(はくばい)にはじめの白き花が咲き白一輪の天に谺す
 
 白い花が咲いた音が天にこだまするほど大きく感じたということか、ちょっと理解に苦しむが、一首としては奇麗に纏まっている。これも才能でしょう。

 *三月の雨降る夜の水に濡れこんにゃくも生身わが手も生身
 
 一読非常にわかり易い歌。なにかあるのかと一所懸命考えたがそれなりに理解するしかないと思った。私の浅見か。

 *こんにゃくはなにゆゑかものを思はしむたとへば見えぬたましひのこと

 ここに種明かしがあった。この二首を併読すれば作者がこんにゃくを見ながら魂(なんの?誰の?)へ思いを遣っていると解かった。なまなましく濡れて艶めくこんにゃくと、それを掴もうとしているわが手とを。

八月十五日 以下記入

 *家その他もたねば無事に日が暮れてげえらげえらと蟇蛙鳴く

 オノマトベが此処でも巧み。家その他を持つと何故無事に日が暮れないのか、ちょっと説明不足か。でも蟇蛙に免じて眼を瞑ろう。

 *雪、春の都市の夜空をうるほして黒鳥一羽づつねむる窓

 当然、単なる叙景歌ではない。雪と黒鳥の対比が見事。その暗示するものも考えさせられる。

 *朝焼けのまだ濁らざるくれなゐを眼の力とし今日を働く

 なにかある決意のようなものが窺える。今日も としたいところが 今日を と、この助詞一つで歌がしっかり締まった。
 
 *出刃包丁しづめるごとく淡水のひえびえとして鯉の桶あり

 鯉の運命を思うと不気味。作者は鯉が捌けるのだろうか。

 *夕風が鰭ふるやうに路地を抜け金魚を飼つてしまふ夏来る

毎年夏が来ると金魚を飼う習慣らしい。ただ、一年こっきりで死なせてしまうのは管理に問題ありそう。

 *卵黄のかがやき出でて七月はひかりも黄金(きん)の肉体を持つ

 黄金の体を七月は持っているという感覚、解かる気がする。



     −−また折を見て続けます。とりあえず一時休憩ーー
 
 
 

 
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小島ゆかり歌集「憂春」読後評 総集編 

2006-06-07 08:46:18 | 歌集読後評
(小島ゆかりさんの「憂春」読後評、七回に分けて記載したが、読みにくいという評判であったのでここに整理して一つに纏め、再録します)

小島ゆかり歌集「憂春」読後評 

  小島ゆかりさんの「憂春」が届く。彼女の第七歌集。
 ボチボチ読んで感想を述べていこう。細かく四十七の章に纏めてある。

     奥多摩 夏

 ◎檜の山の奥へ奥へとのぼりつつわれへわれへと刺し込む孤独
  奥山へ深入りするほど孤独を身に沁みて感じることは、想像に難くない。

 ◎なにかあやふき感覚は来ぬ岩かげを声なき蝶のもつれつつ飛ぶ
  其の孤独の心の中の翳りが、蝶のように舞っているのだろう。

     空のにほひ

 ◎白驟雨過ぎたるのちのニ、三分街じゅうに空(くう)のにほひ満ちたり
  雨後の空気の匂いは確かに在る。とくに驟雨の後は。

 ◎君に棲む樹木のこころビール瓶かたむけて今日のたそがれを注ぐ
  たそがれを注ぐ がいい表現。君に棲む樹木のこころ が、意味は解るが風景が浮かんでこない。

     結跏趺坐

 ◎わが髪より生れしならずやなまぬるき風を起こして黒揚羽とぶ
  一見平凡な写実歌にみえるが、黒い蝶が自分の髪から生れたという発想はなかなか常凡ではない。
 
 ◎また少し白髪ふえて仰ぐ空 結跏趺坐する夏の雲見ゆ
  自己の白髪に気付いて嘆息、ふと仰いだ空にまるで結跏趺坐せる御仏の姿のような雲に救われた、という微妙な心理の綾が絶妙。

     隠れ水

 ◎西日さす稲田堤をゆくわれに梨の実色の膝ふたつあり
  西日に映える自分の膝の魅力にふと口を出た感の歌。そこはかとないエロスを感じたのを否めない。

 ◎八月のゆふやみ永し梨の実にしんしんと金の隠れ水湧く
  当然梨の実は膝のこと。長く歩くと水が溜まる・・という現実を、金の水と比喩するところが凄い。

     おこうと杢蔵〜三遊亭圓生「水神」

 ◎くれなゐは不穏なるいろ花にあり火ににあり女のくちびるにあり
  謂わんとするところは解かるような気がする。心理学でも「赤」は騒擾、喧騒を意味し、「青」は静謐、沈着を意味する。

 ◎その髪の濡羽色なるをみなにて抱けばほのあかき喉見ゆ
  このエロス、髪と喉との対比の妙。


      九月十一日

 ◎死の前の数秒を鳥になりし人九月のしろい空から墜ちぬ
 ◎自爆とは眼みひらき何も見ずただ落下する椿であるか

  凄惨なあの事件を、彼女は比較的軽めに、寧ろ淡々と詠んでいる。徒に悲憤慷慨する歌が巷間多いなかで、この一連は好感を持って読むことが出来た。

     肉に塩

 ◎秋のショールに肩つつまれて何をどう言ふともわれは難民ならず
 ◎会議室の窓にひろがる鰯雲 ギリシャ以前に多数決なし

  中東の諸事実を題材に彼女なりの感慨を奇麗に詠んである一連。

     白湯(さゆ)

 ◎玉のごと白湯やはらかし生くる身のもやもやふかい冬のあさやけ
 ◎南天を照らすまひるの陽の寒さまたたきてわれは黒眼こぼせり
 ◎走り来て赤信号で止まるとき時間だけ先へ行つてしまへり

 色の対比を面白く読ませて貰った。

     ぎんがみ

 ◎ぎんがみを解けばかすかに霧立ちて角やはらかにチョコレート出づ
 ◎チョコレートのぎんがみありき雪山で死にたるともの遺品の中に
 
  抽象的に日常を詠っている一連。ぎんがみからの連想で。

     初まり

 ◎歳晩の鍋を囲みて男らは雄弁なれど猫舌である
 ◎みかんひとつころがり落ちてゆふやみにとほいわたしの声が聞こえる

   2001年の歳晩から新年への序奏。

     鯉と榠櫚

 ◎覗きゐるうちに大きくなるやうな白き鯉をり真冬の池に
 ◎でこぼこの花梨頭といふ言葉 のんのんとしてくわりんは実る

 この連で、花梨 は,三種類の言葉で表されている。章題の榠櫚、(実は 櫚 の字は辞書にない字で、一番近い”りん”の字を当てている)、それと歌中に”花梨”、”くわりん”の二字。何故八首のみの歌の中に、字を使い分けた必然が不明。鯉の歌三首。残りの五首にくわりん、花梨、榠櫚〈櫚の字は違う)を詠み分けてあることの奇妙さ。その意図するところが解からない。
                      
する。

     刃こぼれの月

 ◎高校受験終はりたる子がマンゴーの睡りをねむる春のゆふぐれ
 ◎あともどりできぬ時間を子も生きて朝の月に刃こぼれのあり

  お子さんの受験。どうやら嬉しくない結果だったよう。

 ◎やまぶきの月照るこよひ火酒ふふむやうに味はふ子の不合格

  やっぱり。残念無念。仰ぐ空の月も悲しいいろやねん。

      若宮年魚麻呂

 ◎骨片の色に性差のなしと言ふ声聞きとめてなまめく耳は
 ◎今しがた落ちし椿を感じつつ落ちぬ椿のぢつと咲きをり

  わかみやのあゆまろ なる人物について無知である小生には、此処の歌群について語る資格がないが、挙上の二首は、素直にに歌として惹かれた。

      深川の梅

 ◎なかぞらに木の芽のけぶる曇り日を深川に来て昼の酒のむ
 ◎ものの香のけむり沁み入る髪に触れまた降り出でぬ深川の雨

  なんとも言えぬそこはかの色気が魅力。酔ってしまいそう。

      茶房イワン

 ◎やがてその街に紛れんわれが見ゆ指紋浮きたる茶房の窓に
 ◎通りより見れば無縁の世のごとし茶房イワンの黒皮の椅子

  茶房イワンの中は異次元の世界か。其の中の彼女は窓の外の日常の世界に居る自身の姿をクールに見て居る形が見える。

      鉄橋
 
 ◎対岸の石まづ濡れて岩魚焼くほのほかたむき山の雨来る
 ◎みづからが釣りたる魚を食む子らは眼しづかに骨まで食べぬ

  家族四人で郊外へ魚釣り遠足。まづ平凡で平和な日常詠で纏まる。

      夏のかげろふ

 ◎人とわれふと入れ替はることなきや挨拶ばかりする夜の宴
 ◎はるかなる火事のにほひす荒梅雨の夜の厨の赤唐辛子
 ◎よべの夢に既視感ありしその駅をけふの小さき旅に見て過ぐ

  ゆかりさんには離人癖があるのかも、と思わせるような歌があり興味津々。  

      小物が大事

 ◎仰ぐたび空にすきまがあるやうな秋なればまた忘れ物する
 ◎憤懣が脚にあらはになりさうで今日は裾長のスカートをはく

  空の隙間、脚に出る憤懣。具体はないのに、妙に実感をもって迫ってくる。

      葛の葉の夢 〜説教節「しのだづま」〜

 ◎さうさうと秋風さむしさうさうと影いちまいの現身さむし
 ◎つきかげの冷たく冴えて少年は切れ長の眼をひらくひそかに

  「しのだづま」の物語を全く知らない小生には、一般的に歌として読め、心に響く作品を挙げるしかない。従って上二首を。
 (歌舞伎の"葛の葉”と源は一なのだろうが・・・。)

      佐渡

 ◎朱鷺のゐるケージに秋の風ながれ朱鷺のあたまの白毛吹かる
 ◎まれまれにはばたきて翼たたむとき黒朱鷺のかほ年老いて見ゆ

  佐渡 の一連、平凡な嘱目詠。ただ一首
 ◎山あひの集落過ぎて情欲のなごりのごときさびしさは来ぬ
 が、際立って不可解。情欲の名残りのごときさびしさがなにを指すのか。おそらくは・・と想像はつくが。

      霧の奥

 ◎霧の奥へ導く霧の道ありてわれみづからへ入りゆくごとし
 ◎なにごとか行はれたる後ならん片手袋が駅に落ちゐる

  特に観念的な二首を挙げる。私は好きだ。

      十人の老人

 ◎風すごく荒れゐる夜のをりをりに鏡のやうなしづけさは来つ
 ◎川魚の眼をもつ人よ走行中車輌をうしろへうしろへ歩く

  この不気味さはなんだろう。作中イスラム、アラビア、ラマダン等,一連の語のあることから、ある作者の意志はわかるのだが・・・。

      イボオコゼ

 ◎ほのぐらき水族館に浮かびゐる無数の貌のなかのわが貌
 ◎どんなふうに生きてもよくてイボオコゼどんなふうに生きてもさびし

  水族館に棲息させられている不思議な魚達の様に、作者の思いは複雑である。
"地球は水素爆弾を持つ”の一句が重く読者の胸を衝つ。
 
         空とガラス

 ◎雑巾を細く絞るは鶏(とり)くびるやうかもしれず 冬の陽しろし
 ◎磨きゐるガラスときどき見えなくてときどき触(さは)るまふゆの空に

  空と硝子、その虚なるものを透かして見る作者の鋭い観察眼にただただ敬服した。”娘らの手はキュツキュツとわれの手はギュツギュツと冬のガラスを磨く”この微妙な感性はこの作者独自のものと解する。
          

       甲斐の鬼

 ◎円柱のかたへのひとり蝋人形めきて真冬のホテルしづけし
 ◎昼の列車に暖房ゆるくかよひつつ時間の果肉ならんかひとは

  一首目、柱の傍らの人物が目に見えるよう。深閑とした真冬のホテルのロビーの静けさが、納得の詠みこみで佳吟。
 二首目、人間が”時間の果肉”だろうと言う比喩は秀逸。

       ギター弾く娘

 ◎子を叱りすぎたるのちの夜長し口すぼめみかんいくつも食べぬ
 ◎むらさきの山独活たべて早春の眉毛かゆがる姉妹の少女

 年頃のわが子に対する母親の微妙な心理の綾が巧に詠われている。みかん 山独活という具体もよく効いている。

       ふくらむ袋

 ◎春昼の砂塵かがやく街角に鍬形虫のごとくガードマン立つ(鍬形虫=くはがた)
 ◎生きてゐるだけでもなにか恥づかしさ春なるを犬が衣服着て行く

 ”くわがた”のようなガードマン、洋服を着させられいる犬、シニカルな、それでいて暖かい作者の目が心地よい。

       鍵四つ

 ◎その父を暗黒星雲と陰でよぶ娘らはいまだ海鼠を知らず
 ◎転居後のまとまりがたき心身のわれに来る猫のやうな憂鬱

  年頃の女の子の、その父に対する感情は独特のものがあることはよく知られている。暗黒星雲とは・・いやはや。
 二首目、猫のような憂鬱が、猫を飼ったことのない小生にはちょっと掴みきれないところだが、雰囲気はよく解かる。

       シャコバサボテン

 ◎あたらしきキャベツの渦の緊まりつつはろばろし天につむじ風立つ
 ◎見えぬ鳥そらに撃たれてもくれんの花崩れたり昼のしじまに

  キャベツの芯からつむじ風への連想。はろばろし が、少し気になるが。
 二首目、撃たれたのは鳥なのに、崩れ落ちたのは木蓮の花。この落差がなんとも楽しい。

       春の弁当

 ◎風呂敷に夕日をつつみ見せに来し祖父よ春のある夜の夢に
 ◎弁当を食(は)む半月の眼かななほしばらくを処女(をとめ)にてゐよ
 ◎カサと鳴るへその緒の音 ほのぐらき記憶のなかの骨片の音

  前者の幻想の確かさ。次首の、やや反抗期か、半眼に、上目遣いの顔を見せるわが子にはっとする母親の思い、切ないものがある。三首目、生死へ思考が流れ、
複雑な趣きを一首に詠み込んで成功。

         昌仙堂

 ◎雨のあさの青信号をわたるときひかがみといふ鏡涼しき
 ◎電柱のかげに隠れてポストあり恥づかしがりやだからポストは

  ゆかりさんらしい何ともいえぬブリリアントな色香が漂う歌。こういう歌に出会うと、文句無く共鳴してしまう小生。偏見もいいとこかな。

         上山

 ◎しじみ蝶風にながれてみちのくに繭のしろさの夏時間過ぐ
 ◎露天湯の湯の面(も)たゆたひみちのくの夕かがよひに喉まで漬かる

  茂吉の故郷での数吟。其の中で特に措辞に優れた二首を挙げる。
 作者なりの独創が、美しい叙情を見せてくれて楽しい。

         らつきよう
 
 ◎らつきようの裸身つるりとかがやけり梅雨のゆふべの大粒らつきよう
 ◎入梅の水びたしなる夜の底らつきようの壜を固く閉ざしぬ 

         墓石の目

 ◎風やみて白芙蓉とか瞼とかやはらかきもの傷みはじめぬ
 ◎アルバムに埃ひそけし開くたびそこにある過去からのまなざし

  振り返る過去は決して楽しい風景ばかりじゃない。しがらみが墓石へ引き付けてやまない現在の思いは、ある意味、重い枷となって作者の肩に圧し掛かる。

         鬼鹿毛と照手〜説教節「小栗判官」〜

 ◎鬼鹿毛と照手うつくし説教の暗闇にしも天下りたる

  小生には、歌舞伎の小栗判官の美しい舞台が眼に映えて、説教節のそれがどうしても想像出来ない。残念ながら。
 この章には”長歌”一首を混じ、場面説明がなされているが、小生にはどうしても蛇足に思えて仕方がない。大方の評価はどうなんだろう。

         低山

 ◎低山の香貫の上をうつらうつらひとつゆくなる牧水の雲
 ◎牧水ははや年下の男にて手を取りあそぶ香貫の山に
 ◎秋の帽子被ても脱いでも牧水の憂ひにとほし海見ゆる丘
 ◎わが生みしならねど恋し低山の駿河の香貫、日向の尾鈴

  牧水に対する並々ならぬ思い入れが全歌に溢れている。六首の歌から心理の全容を解することは不可能だが、思いは切々と伝わってくる。

         ひかり

 ◎こちらむきに坐る娘の膝がしら十七歳のひかり渦巻く
 ◎砂山はさくりと崩れ西日中われは老婆のしはぶきをする

  膝小僧とか、膕とかに小生は非常に弱い。その淡いエロチシズムにひとたまりも無いが、わが娘の若さに対する微かな嫉妬が垣間見えて興味深い。
 文句なく大好きな一連。

         階段教室

 ◎病む友のうしろに迫る全円の夕日まふゆの夕日を憎む
 ◎恋よりもゆたかなる愛のありしこと 青葉のころは気づかず過ぎぬ

  恋人より深い愛に結ばれた病む友に対する惜別の思いが痛く読者の胸を衝つ。

         鴉としじみ

 ◎早春のコートを脱げばわれといふあらはなるもの見られてしまふ
 ◎旅半ばここで別れを言ふ人のうしろに白く梅の花咲く

  黒い色に包まれながら、片や自由に空翔ける鴉と、殻に閉じ込められ自由にならぬ蜆との対比、裸にされた自己の気恥ずかしさ。さりげない人との別れの感傷もそれとなく含めて、この一連は共感出来る。

         通知表

 ◎受験番号一四三二やはり無し子はなにゆゑか片足跳びせり
 ◎春空がぷうんぷうんと鳴る日なり子の人生も進みゆくなり

  悲しい結末の、それでいて未来の輝きが失われたわけでは無い、わが子の未来への讃歌。母とは辛い存在です。
    
        憂 春

  この歌集の芯となるべき十数首が採ってある。選歌も心してしなければならない。

 ◎われに来る鬼まだ見えずぼろぼろと白歯をこぼす夜の桜は
 ◎花終はり天のにほひのくだりくるしづかなる風の木曜日なり
 ◎みぞれ雨、糠雨そして花の雨 濡れ雑巾のわたくしである

  まさに憂春というに然るべき三首。”家族らはみなここを過ぎ往復すわたしは  最寄り駅のやうだな”に、作者の憂鬱の芯があるような気がする。

 ◎憂春の身はしばしばも貝類の砂吐くごときつぶやきをせり
 ◎母である足が汗ばむ上靴にはきかへて長き廊下ゆくとき

  この章は全歌採りあげたくなる佳吟揃い。下手な感想をなまじ入れないほうが
いいと思い、次へ移る。

       ひるがほの駅
 
 ◎ひるがほのかなたから来る風鳴りが銀の車輌となる夏の駅
 ◎あるときはさみしい顔の犬が行くわたしのなかの夏草の径

  一連、素直に、解かりやすく詠んであるあるが、よく見ると巧な隠喩、暗喩
納得の比喩が並び、技法的にも優れた歌々が並ぶ。軽く読み流すことは出来ない。

       砂の時間

 ◎川土手にすかんぽの白き花咲けりもう正気なき祖母に会ひにゆく
 ◎正気なき祖母さんさんとわらふとき砂ふるよ遠き夏のなぎさに
 ◎わが膝の丘に黒蟻のぼりたりじいんとすれば夏がはじまる

  歌集の終り近くになって、祖母への思慕が多く詠われている。いわゆる認知症となられ、除々に自己認識の消えてゆく人を看取るのは辛く悲しい。作者は深く突っ込まず、優しく詠みこんであり、却ってその哀憐がうきあがっている。

 ◎うぶ毛ある白雲木の葉にふれてかなしみごとも肉厚となる

 この一首、珍らしく破調。その意とするところは不明だが、心の揺れをそこはかとなく感じられる。

         孔 雀

 ◎自販機のまへを素脚の少女ゆき九月の白さすれちがひたり
 ◎なまぬるき夜気に孔雀の見え隠れ神(しん)たたかへり病む子のかたへ
 ◎幻想のくじゃく跳梁する闇を細くひらきて常夜灯あり
 ◎下を見ずひとり渡れり昨日(きぞ)の午後子が倒れたる横断歩道
 ◎放心のわれに鋭く陽は差して稲穂のやうな秋のふんすい

  お子さんになにか事があったようだ。一首目はその予兆か。白い服の少女が白い自動車とすれ違いざま、その事は起った。白い自販機の前で。
 詩的な詠みかたで、悲惨であったろう事故を、奇麗に隠喩にし、悲惨な心境は孔雀に託して美しい一連に仕上がっている。見事である。

          玉

 ◎晩秋の陽差しはきんの禾に似てすこし痛いよはだかのこころ
 ◎みちのくのダリアの玉はくれなゐの鬱人なりし斉藤茂吉

  一連五首に、はっきりした具体はない。観念的ともいえる詠み方で、でも奇麗に詠ってある。作者の面目躍如といったところか。

          奥多摩 秋

 ◎水底にあきの鏡の蔵はれて川魚の影くろくゆれたり
 ◎魚と魚すれちがふとき音なくてぶだうのやうに盛り上がる水
 ◎焼かれたる山女の清き塩食めばまぶたに兆す奇しき睡りは
 ◎山鳥のひとこゑ過ぎてむらさきの谺はながしゆふべの渓に

  歌集も終りに近づき、ここの一連はズシンと来る佳吟が並ぶ。
流麗で色彩豊かな歌群に圧倒されてしまった。

         紅 茶

 ◎台風のなごりの空をゆく雲の速し速し虹の大車輪うく
 ◎ゆふぞらに虹の円あるしばらくを弦楽に似てしづかなる街
 ◎紅茶の香まゆげに沁みて晩秋はさびしいばかりでもなし 人よ

 とにかくこれで終わった。彼女の歌は決して容易く鑑賞出来る代物ではない。すんなり読めて確り考えさせられる。摩訶不思議な魅力に溢れる五百余首であった。
 次の歌集発刊の早からんことを願いつつ稿を閉じる。


コスモス叢書第792篇

  発 行  二○○五年十二月一日 第一刷
        二○○六年五 月五日 第二刷
  著 者  小 島 ゆ か り

  発行所  株式会社 角川書店

       定価:本体二、五七一円(税別)             
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