仏教と佐藤康行

自身の体験を交えながら、仏教の本質を佐藤康行の言葉・表現を元に紐解いていきます!

学長講話 続き

2017-02-09 23:22:42 | 日記
お疲れ様です。いつもありがとうございますm(_ _)m

「相対の向こうに真我が在る、ではないんです。相対は無いんです。相対の向こうの真我というと相対を中心にするから違うわけです。無いものを入れるとまずいわけ。満月しかないわけ。三日月は相対だと思ってください。無いものを入れても作りごとになる。人間を肉体だと見ない、心だと見ない、神としか見ない。そっちしか見ない、その前は無いんです。通訳はあくまで通訳に過ぎない。その奥に本当のあれがある。
相手に感じさせることもできない。それも観念だから。
人間は月を絶対正しく見れないわけ。近寄ったらこんな大きくなるし、遠く離れたら小さくなる。どれを取っても事実じゃない。絶対実相は見れないわけ。見れないゆえに前提でやるわけ。前提でやった時に三日月はどんどん変わってくるわけ。相対も変わってくるわけ。
たったこれだけですから。でもこれだけがなかなかできないんです。言ってるのはたった一つのことしか言ってない。私がやってるのは全部そうでしょ、神から見たも全部そうでしょ。人間から見た神じゃない、神から見たら全部変わるでしょ
全てそうなんです。カウンセリングもそうです。相手の真我のオウム返しは満月のオウム返しです。全部それを言ってるんです。マジックミラーもそうです。満月から見た時に鏡に映る姿も変わるわけです。全部同じです。」

佐藤学長、皆さまありがとうございます。