音楽と情報から見えてくるもの

ある音楽家がいま考えていること。アナリーゼ(音楽分析)から見えるもの。そして情報科学視点からの考察。

ユジャ・ワン (Yuja Wang) の新しさ

2016-10-18 22:04:58 | 演奏会雑感
第二次世界大戦後、有名なピアノ・コンクールでの優勝あるいは入賞を足掛かりにピアニストとしての活動を広げてゆくという一つの流れがあった。ポリーニは第6回ショパン国際ピアノコンクール、アシュケナージは1962年のチャイコフスキー国際コンクールの優勝者である。しかし、近年ピアニストの登竜門としてのコンクールの存在感は薄れているように思う。優勝・入賞しても以前のように華々しい活躍をする人は少ない。
それに代わってネット社会に対応した音楽マーケティングのツールとして新しく出現したピアニストの登竜門は YouTube である。YouTube で惜しげもなくライブ録画を公開し、そこで視聴者者を引き付け、演奏会に足を運んでもらう戦略である。
YouTube は巨大な動画データベースであり、そこで頭角を現すには高いヒット率を維持する必要がある。そのためにはインパクトのある演奏と映像が必要だ。中国出身のユジャ・ワンはそれにふさわしい資質を持ったピアニストである。
・卓越した超絶技巧
・チャーミングなチャイナドレスとハイヒール(しばしばピンヒールを履いて演奏している)
・明るい、あっけらかんとしたインタビューやドキュメンタリー映像
どれをとっても、ヒット率に貢献している。

YouTube には十代の頃と思われる演奏の映像も公開されているが、ショパンの練習曲モーツァルトのソナタを聴くと、その完成度の高さに驚かされる。

ユジャ・ワン のピアノ・リサイタル(2016年9月7日 サントリーホール)を聴いた。
一ヶ月前に発表されたプログラムは彼女の希望で変更され、演奏会当日に配布されたプログラムは再度変更された。

シューマン: クライスレリアーナ op.16
カプースチン: 変奏曲 op.41
ショパン: バラード第1番 ト短調 op.23
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第29番 変ロ長調 op.106「ハンマークラヴィーア」


主催者の発表によると『「各会場の大きさやアコースティック、聴衆の皆さまの雰囲気等を考え合わせ、事前に準備をしてきた多くのレパートリーの中から当日プログラムを決定したい」という強い意向をもっております。』。
聴衆の大多数はプログラムを知らずに(発表前にチケットが売り出されたので)チケットを購入したのであろう。にもかかわらず巨匠の演奏会のように会場はほぼ満席であった。

クライスレリアーナは難曲である。でも彼女は見事に演奏して見せた。ユジャの優れているところは超絶技巧の指回しだけではない。アゴーギク、ルバート、等々の表現は申し分なくうまい。それはホロビッツの演奏を彷彿とさせる音楽であった。ただ、部分的にハーフペダルが多く、響きが濁ってしまったのは残念。もっとこの曲はもっとクリアの音で聴きたかった。
2曲目のカプースチン作曲 変奏曲では、楽譜の代わりにiPad をもって登場。譜面台に立てかけるのではなく、スタインウェイのフレームに直接これを置き、あの速い曲を指タッチでページ送りしながら演奏した。ジャズの伴奏ではよくiPad を使う演奏家がいるが、クラシックの演奏会では私ははじめてお目にかかった。
ショパンのバラードは自由に、ベートーベンのハンマークラヴィーアは爽快であった。

ユジャの演奏は技巧的にも音楽的にも文句なくうまい。しかし、今夜の演奏=音楽には新しさが無かった。先人を超える何かが出てきた時に彼女の新しい音楽が始まるだろう。

アンコールは何と六曲もサービスした。多くの曲はYouTube に投稿されているので、聴衆にとってはおなじみの曲という事になる。サイ/ヴォロドス編曲のモーツァルト「トルコ行進曲」なんか、大いに受けた。

シューベルト(リスト編):糸を紡ぐグレートヒェン
プロコフィエフ: ピアノ・ソナタ第7番 変ロ長調 op.83「戦争ソナタ」から 第3楽章
ホロヴィッツ:ビゼー「カルメン」の主題による変奏曲
モーツァルト:(サイ/ヴォロドス編):トルコ行進曲
カプースチン: トッカティーナ op.40
ラフマニノフ:悲歌
グルック(ズガンバーティ編):メロディ

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