mazi thankyou ブログ

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ハエハアザリ

2010-06-24 13:10:38 | Weblog
やっぱあれじゃないっすかー。


私みたいに人生クシャクシャ生きてる様な奴は、

ウンコみたいなもんじゃないっすかー。

もっと言えばウンコにタカるハエみたいなもんじゃないっすかー。

もっと言えばハエの「エ」を抜いて、「ハ」みたいなもんじゃないっすかー。

でもやっぱり、ハエに、この「ハ」付けて、「ハエハ」

みたいなもんじゃないっすかー。

という事で、ハエハFUNNY THRASH、

夏フェスのサマーソニックに応募させて頂きました。





http://emeets.jp/pc/artist/3950.html


サマーソニックは投票で300位以内が、

オーディション受けれるかどうか決まるらしいのです。

んで1日1回投票出来るらしいのです。

ですので、そこのジャガリコ食いながら、

くしゃくしゃこのブログを見ているそこのあなた!

もしよろしければFUNNY THRASHに投票しちゃって下さい。

いかんせんハエハですが、よろしくお願いします。


それでは読んで頂きまして、MAZI THANKYOU!!!



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好き嫌い (下)

2010-06-18 14:00:18 | Weblog
 教室でひとりぼっちにされた私は、
窓の外をずーっと眺めていた。

外ではしとしと雨が降り出し、
遠くから聞こえるウシガエルの鳴き声が、
静かな教室まで届いていた。

私は寂し過ぎて泣きそうだった。

普段なら、もうとっくに家に着き、
スーファミの魔界村でもやって、
晩御飯のメニューをあれこれ予想している時間だった。


楽しいことを考えるたびに
目に映る景色は灰色がかっていった。


そこに体育教師でもないのに、
ジャージ姿の落合先生がやってきた。


全然似合っていないパーマをかけた落合先生は
私の皿を覗き込み、まだ食べていないことを確認すると、
無言で自分の席に着き、何かの書類を開き作業を始めた。


長期戦の構えだった。


「そうくるかー。」


ちょっと岸辺四郎に似ている落合先生の態度に
段々と腹が立ってきて、
こっちも応戦する覚悟を決めた。



しかしそのまま何もアクションがおこらないまま、
夜の7時になろうとしていた。


限界だった。


家に帰りたい気持ちに勝てそうもなかった。
私は海老をスプーンで、飲み込めるくらい
細かくすり潰し、何度も嗚咽しながら口へと運んだ。


水で最後の一口を無理やり流しこんだ時には
既に夜8時を回っていた。



確か食べ終わった後に
何か優しい言葉をかけてくれた気はするが、
内容は全く覚えていない。


覚えているのは家に帰れなくて味わった孤独感と、
海老の信じられないくらい不味かった味だけだ。


そんなことをぼーと考えながら、
帰りの千代田線に揺られていた。


最寄駅近くになったので、
聞いていた音楽を止め、
イヤホンをとろうとビンッと引っ張ったら、
ぷにぷにだけが、耳の中に残っていた。




今年も梅雨が始まった。






終わり。





それでは読んで頂きまして、MAZI THANKYOU!!!






















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好き嫌い (中)

2010-06-15 13:27:29 | Weblog
 慌てて近寄ってくる落合先生を見て、
私は安堵のため息を漏らした。


小学生にとって、一度口に入れたものを
吐き出してしまうなんて、

とても精神的に傷ついてしまうことであり、
ブルーな気分で教室に戻らなければならないと
思っていたところなので、
この先生の助け舟的行動はとても有難かった。


が、近づいてくる先生の顔をよく見てみると、
つり上がった眼鏡以上の
つり上がった目で私を睨んでいる。


「何吐き出しての!!!」


私はそのまま教室に再度引きずりこまれ、
机の前に乱暴に座らされた。


「好き嫌いは許しません。最後まで残さず食べるように。」


鬼の審判がここで下った。


私は「(嫌い)はまあいいけど、(好き)は許せよ。おい!」
と心の中で突っ込みを入れながら、

どうせ食べないで、じっとしていたらそのうち
許してくれるだろうと高をくくっていた。


しかし落合先生の断固とした主義はついに揺らぐことがなかった。


机に海老の入った皿だけが残った状態で、
給食の時間が終わり、昼休みを過ぎ、5時間目となっていた。

他の生徒も落合先生の目を恐れ、海老付きとなった私に
触れようとすることもなく、

明朗快活に

「よろしいーー。」

を相変わらず変なイントネーションで連呼していた。

遂に5時間目も終わり、帰りの掃除が始まった。
小学2年生がする履き掃除は乱暴で、
舞い上がったほこりが、3個半残っている私の海老に
バンバン降りかかった。

私の精神状態とあわせ、
もう決して食べ物と呼べる代物ではなくなっていた。

やがて、他の生徒は帰宅の時間になり、
一斉に親の元へと笑顔で帰りだした。

いつも一緒に帰っていた浅沼君でさえ、
余裕で立ち去っていた。




続く‥‥






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好き嫌い (上)

2010-06-13 15:58:33 | Weblog
ヒステリックな中年女性の声があたりに響きわたった。

「絶対に食べるまで許しませんからね!」

私の目の前にはこの世のものとは思えない、
大きな殻付き車海老のから揚げが、四匹横たわっていた。

前に仁王立ちした中年女性の圧倒的な迫力により、
半泣きをして、萎縮しきっている私の背中は、
目の前の海老よりも丸まっていた。



小学校2年生のちょうど梅雨に入り始めた今くらいの季節。

私は父親の仕事の都合で、
岡山県の津山市という所に引越しを済ませていた。

この津山という場所は岡山の中でもかなり、
山の深い場所に位置しており、
まだ、近くの集落には藁葺き屋根が多く残っている程、
発展が進んでいない町だった。


私が通うことになった小学校も、
建造から百年は優に超える木造校舎を保持しており、
伝統やしきたりを過度に重んじる校風が特徴だった。

生徒は皆、上はブレザー下は半ズボンで全身茶色という、
うんこみたいな格好を強制され、

授業中、生徒の誰かが、正解の答えを発表すると、全員で

「よろしいーー。」

と変なイントネーションでの合唱を繰り替えすという、
独特の文化を形成していた。

転向したての私は小学生ながらに、
その変な文化がおもしろくて仕方なく、
家に帰る度に、家族におどけて話してみては、
嘲笑を誘っていた。


しかし、そこは順応の早い小学生。
そんな学校にもあっと言う間に慣れてきて、
何も感じずに

「よろしいーー。」

と変なイントネーションで言える様になった頃である。


その日の給食は白いご飯、牛乳、
大きな車海老を殻ごとから揚げにしたもの4つ、
以上のメニューで給食当番が配膳を進めていた。

滞りなく給食は生徒全員分に行きわたり、
日直の「いただきます。」という合図とともに、
銀製のスプーンとプラスチックの容器が
カチャカチャと音を奏でだした。


私は当時、まだ人生で海老を一度も食べたことがなかった。
なんともまあグロテスクな形をしているものである。

どう食べるかも分からず、横にいる友人の見よう見真似で、
頭からその奇怪な生き物にかぶりついた。




「あかん。」




最悪だ。噛み砕いた殻が口の中に突き刺さり、
それが終わると、とんでもない臭いと、
気持ち悪い食感が私の口の中をつき抜け、
思わず、流し台まで走っていって、
全てを吐き出した。


この行動が良くなかった。

その異変に気付いた、
40代前半の脂の乗りきった中年女性
落合先生は、すかさず私の所に駆け寄って来た。



続く‥‥



















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