風 囁

福岡市南区平和にあるキリスト教の平尾バプテスト教会の週報に載せている教会員の証し集

2017年3月5日&12日&19日 アメリカ研修で学んだ事 

2017-03-19 14:22:03 | 教会員の証し
アメリカ研修で学んだ事

 まずは、アメリカの研修に行くきっかけとなったことを簡単にお話ししたいと思います。去年の7月末に2度目の交通事故に遭い、1ヶ月間、入院をしました。そのときの私は、四方八方、壁に塞がれ、深く思い悩んでいた時期でもありました。神さまは私の祈りを聞いてくれているのか?なぜこんなに苦しいことが立て続けに起き、なにもかも取り上げられるのか?それでもなぜ私は生かされているのか?そのことばかりを考えていました。
 しかし事故に遭って、平尾のみなさんが毎日、お見舞いに来てくれることに、私はこんなにもみんなに深く、深く愛されていたのかと実感しました。そして、教会につながってはいたものの、私の心のある場所がまったくお門違いなところにあったことに気がつきました。
 それから、神さまに対する嘆きもありましたが、同時に私の頭の中には平尾教会のことばかりがありました。そして、自分の教会生活を振り返り、今までやりたかったビジョンがさらに明確となりました。それは、平尾教会のSGの活性化とバプテスマを受けた後のケアや聖書に興味を持っている方々にフォーカスを置いて携わるというビジョンです。
 そして、そのビジョンのためにアメリカに行き、研修を受けたいと、退院日に森先生に相談したところ、見事にちゃぶ台をひっくり返され、そのちゃぶ台で打ちのめされたのです。(もちろん、退院日に相談したのが原因ですが。)しかし、みなさんに支えられ、「平尾のためにたくさん学ぼう」というインプットと「平尾の宣伝をしよう」というアウトプットすることを目標に、無事にアメリカへと研修をしに行くことができました。
 アメリカでの研修テーマは、「Rise & Go~イエスの勝利の御名によって~」でした。イエスの勝利の御名によって立ち上がり、そして出て行くということが研修参加者にとってどんな形で示されるのか?御言葉、賛美、そして祈りを通して、イエスの勝利の御名によって生きることについて主から語っていただくというものでした。
 研修先で主に集中して参加した事は、①個人の自由な解釈を尊重した聖書研究、②聖書講開(聖書研究と同じ聖書箇所から語っていただきます)、③同じ部屋の方々との分かち合い、④ワークショップでした。(中略)
 4回あった聖書講開では、山崎ランサム和彦先生によって、ルカによる福音書を講開してもらいました。その中で多くのことを神様によって語っていただきました。ルカ1:26~38のマリアの受胎告知のところでは、「神の恵み」と「信仰による応答」について語られました。「神の恵み」についてですが、恵みとは自分のための恵みではなく、誰かのために自分が大変な中を通る恵みもあること。「信仰による応答」からは、マリアの献身を例に、先に出る神からの恵みにどのように応えるのか?神からの恵みを受け取るのか、受け取らないのかというのは、人の信仰による応答が必要なこと。ルカ1:48にある、「神は大きなことのために身分の低い者、欠けた者を遣わす」、そして、マリアはイスラエルの民全体の救いのために用いられたこと。
 私はこのようにとらえ、ここからある疑問が浮かびました。「私に与えられている神のご計画はなんだろうか?そして私は何のためにアメリカの研修を受けているのか?」ということを。そして、私は気づきました。私は、入院中にDCGのみんなだけではなく、平尾のみなさんからも深く愛されていたことを知ったことによって、自然と「平尾教会のためにできることは何なのか?」ということを考えていました。
 つまり、「私は共同体の救いのために自らを捧げること」、神から「教会に仕えなさい」という献身が今ここで与えられているのでは?と迫られているように感じました。献身と聞くと、神学校に行くのかという考えになりますが、そのことについては、私はもう少し祈りつつ待ちたいと思います。この一年~二年は、神さまから示されたように、「より深く教会に仕えていきたい」と思っています。
 それは、この研修で学んだことをそれぞれのSGに活かせるところは活かしたり、Bible Heartを盛り上げたりすることです。また出来うる限りで、積極的にDCGだけではなく、平尾である行事にも参加したいと思っています。もし本当に神学校に行き、牧会者として生きていくことを示されているのであれば、ペテロのように、神さまから何度も召命をいただけると信じています。
 そして、ルカ2章でマリアが「心に納め、祈り続けた」ように、神さまの御心がわからずとも、私に与えられたビジョンや神さまが私に示したことを、私も忍耐を持ってそれらの約束の成就を待ち望みつつ、神さまに仕えて生きていきたいと思います。
 さて今後は、教会の霊的成長や弟子訓練が十分に行われるように、SGやBible Heartの部分に深く関わっていきたいです。すでに、頭の中にさまざまなアイデアがあります。まずは、平良先生、森先生、両牧師に相談しつつ、3月に行われるSG世話役会でいろいろなアイデアを共有できたらいいなと思っています。そして、みんなで協力しつつ、SGを盛り上げ、霊的成長、弟子訓練が行われること、平尾教会がさらに大きな教会になることを祈りつつ、歩んでいきたいと思います。


F.M 姉

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2017年2月26日 仁義なきキリスト教史

2017-03-19 14:16:44 | 教会員の証し
仁義なきキリスト教史

 表題は、最近読んだ小説のタイトルである。著者は架神京介(かがみきょうすけ)氏。イエスからルターまでのキリスト教史を、映画『仁義なき戦い』の世界さながらに描く。
 章立てを見てみよう。「第1章やくざイエス」、「第2章やくざイエスの死」、「第3章初期やくざ教会」、「第4章パウロ-極道の伝道師たち」、「第5章ローマ帝国にしのびよるやくざの影」、「第6章実録・叙任権やくざ闘争」、「第7章第四回十字軍」、「第8章極道ルターの宗教改革」。
 イエスをはじめ登場人物は皆、広島弁である。神は「ヤハウェ大親分」、教会は「組」、礼拝堂は「組事務所」、信仰は「仁俠道」、信徒は「やくざ」…。きまじめなクリスチャンから見れば、怒りを買いそうだが、書かれていることはまじめ。“大親分は一方的に自分たちを「仁俠道にきちんと適ったやくざである」ということに<してくれている>のである。実際に仁俠道に適っているかどうかは別として、大親分はそういうことにしてくれるのだ。だからそんな大親分を信頼していればそれでいい。”ルターの説はこうなる。
 著者は、旧新約聖書は勿論のこと、註解書や概説書をよく読み、解釈の分かれる点もきちんと踏まえた上で、小説に仕立てている。青野先生の専門とされる分野でも、ヘブライストとヘレニストの対立など、きちんとおさえている。また、各省の末尾には「解説」も付されている。平尾バプテスト教会の信徒なら、受け入れられるのでは。
発行はちくま文庫(2016年12月刊)


T.S 兄

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2017年2月19日 今までの20年間、これからの20年間

2017-03-02 18:40:06 | 教会員の証し
今までの20年間、これからの20年間

 これを書いている今日は、私の20歳の誕生日です。
もう20年?まだ20年?どちらにしろ、私は大きな怪我や病気などせず20年生きてきました。今までの20年間は本当に恵まれた生活でした。決して裕福と言われる生活ではありませんでしたが、学校も通うことができ、ご飯も毎日食べることができました。
 私は今までの中でたくさんの大きな決断を迫られました。中学校はどこに行くのか?大学はどこに行くのか?卒業後はどこに行くのか?何をするのか?その中でたくさんのクリスチャンの友達、年上の人に話を聞いてもらいアドバイスをもらいました。その方たちの存在がなければ、精神も身体もこんなに元気ではないでしょう。
 また、神様の存在も大きく感じました。特に編入か就活の選択の時でした。私は自分では決められないので、全て流れに身を任せていました。すると、本当にトントン拍子で物事が進みました。こんな経験は初めてでしたのでびっくりしました。4度の面接も、筆記試験も、私が想像もしなかったようにうまく進みました。あー、これが多分神様が用意してくださった道なのかなーと強く感じました。
 そして、春からはいよいよ社会人です。これからの20年は一生懸命に仕事を頑張りたいです。私が思っている以上に厳しい世界だと思います。その中で神様はどんな試練を、また恵みを与えてくださるのか楽しみです。20年で私はどのような道を進むのか全く分かりませんが、神様に委ねていけば、失敗したとしても、きっと頑張れると思います。また、神様が決めておられるパートナーを静かに見つけていき、あったかい家庭を作りたいです。


U.S 姉

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2017年2月12日 留学に至るまで

2017-03-02 18:34:26 | 教会員の証し
留学に至るまで

 私は現在西南学院大学文学部外国語学科英語専攻に通っています。素晴らしい仲間に恵まれ、勉強にアルバイトに充実した日々を過ごしていますが、そんな私には中高時代から叶えたい小さな夢がありました。それは海外留学です。
 日本で生まれ育った私にとって、第二の故郷でもあるイギリスでの生活は憧れであり、日本では学べない分野に触れることができるため、イギリスで勉強したいと強く思っていました。結局、中高生では少年少女会の役員や生徒会などを経験させていただいたのもあって留学はしませんでした。本格的に大学受験について考え始めた高校三年生の時、志望校の西南学院大学の留学制度について知る機会がありました。西南学院大学には派遣留学制度というものがあり、この制度を利用することで私費留学よりも安く、また安全に海外で学ぶことができると思い、絶対に西南に入学して留学しようと決めました。
 無事受験に合格し、入学してからは英語力を高めるために資格の勉強に励み、基準の成績を満たせるよう必死に授業を聞いていました。それだけでなく、提携している大学の情報を常にチェックし、自分にあった大学探しをしました。応募する学生のほとんどが自分よりも年上なので正直留学の選考に選ばれるのか不安でいっぱいでした。
 しかし達成したい夢のために努力し続けた結果、イギリスのヨークシャーにある大学に一年間留学させていただけることになりました。イギリスに行くからには親戚に会ったり、大好きなロンドンでショッピングしたり楽しみながら勉強していきたいと思います。お土産話を楽しみに待っててください!!


N.E 姉

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2017年1月22日〜2月5日 信仰告白

2017-03-02 17:42:10 | 教会員の証し
信仰告白

 私が初めてキリスト教と出会ったのは大学に入学した時です。それまでは神様の存在を全く知らずにいました。神様の存在を知らずに生きていた私は自分のことを価値のないものだと考えていました。運動音痴で、勉強ができたわけでもなく、他にこれといった才能があったわけでもないと感じていた私は、自分に自信がなかったのです。正直に言って、当時私はこんな自分のことが嫌いでした。
 そう考えながら生きているときに、私は大学に入学し、そこでキリスト教に触れることになります。キリスト教に触れるうちに私はある物語に興味をひかれました。それは放蕩息子のたとえ話です。放蕩息子について書かれたルカによる福音書15章21~25節には次のようにあります。
 「息子は言った。『お義父さん、私は天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』しかし、父親は僕たちに言った。『急いでいちばん良い服を持ってきて、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物をはかせてやりなさい。それから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。この息子は死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。』そして、祝宴を始めた。」私はこの箇所を読み、神様の愛について感じることができました。神様の愛は正しい人ではなく、罪深い人にこそ注がれるものであり、神様にとっては罪人であっても価値ある存在であるということです。
 自分のことをつまらない、価値のない人間だと思い、自分を否定し続けていましたが、そんな私でさえも神様は私を価値ある者として肯定してくださいました。自分に価値がないと感じていた私にとって、これは大きな喜びでした。これを機に、私はキリスト教に興味を持つようになり、大学で積極的にキリスト教を学ぶようになりました。
 私が初めて大名クロスガーデンに足を踏み入れたのは、LIFTという集会です。大学のチャペルで紹介があり、何となく行ってみました。そこではバンド演奏や親しみやすいお話などがあり、大学のチャペルや講義を通して抱いていた教会のイメージとはずいぶん違う者であり、本当に楽しい時間でした。それを機に大名クロスガーデンに行くようになり、ただ忙しい出来事があったりしてなかなか教会に来れない時期もありつつ、今年の2月くらいから本格的に通うようになりました。
 また私が教会に通うようになった理由はもう一つあります。それは大学のサークルの友人の吉田君が教会にいたことです。教会に来て初めの頃は彼と話すために来ていたように感じもありました。
 LIFTの集会とこの教会を通じた友人との交流によって私は教会に導かれました。今思えば、これらの出会いは私が教会に来るようになるための神様の計画だったのでしょう。そして私は大学を卒業し、社会人となり、とある病院に就職しました。就職先は決して悪い企業というわけではないのですが、それでも、慣れない社会人生活の中で日々の忙しさに追われ、ストレスだらけでくじけそうでした。その時私はかつて受け取った神様の愛を完全に忘れていました。
 そんな時私は偶然、とあるみことばに出会いました。それはマタイによる福音書11章28節「疲れたもの、重荷を負う者は、誰でも私の元に来なさい。休ませてあげよう」です。忙しい日々の中で安らぎを求めていた私は、このみことばを通して、神様の元にこそ安らぎがあるのだと思いました。
 そして、私は安らぎを求めてより熱心に教会に通うようになりました。そうするとお話の一つ一つが新鮮に感じられ、時に私を慰め、時に私をワクワクさせてくれました。そのころから教会内での交友関係が広がっていくのが感じられました。教会の人々は皆とても親切で魅力的な人でした。教会で聴くお話や様々な人の交流を通して、今まで忘れていた神様の愛を想い出すことができました。この出来事を通して私はバプテスマを受ける決心をしたのです。
 バプテスマを受ける決心をした私は、少しずつ聖書を読むようになりました。聖書を読んでいる時間というのは本当にストレスから解放されて、リラックスできました。教会で過ごす楽しい時間や、聖書を読み心が解放された時間がきっと神様の元で休むということなのだと感じました。
 一度神様のことを忘れていた私を神様は再び救ってくださったのです。私はこれから大切にしていきたい言葉があります。それはマタイによる福音書7章7節「求めなさい。そうすれば与えられる。探しなさい。そうすれば見つかる。門をたたきなさい。そうすれば与えられる」です。
 私はこれからもストレス社会で苦悩することもあるでしょう。だからこそ私は神様の愛と復活の軌跡を信じ、これからも希望を見出していくのです。今のこの素直な気持ちで神様を信じ主日礼拝を中心として神様と共に歩み続けます。


K.Y 兄

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2017年1月15日 いよいよ!!!

2017-03-02 17:42:10 | 教会員の証し
いよいよ!!!

 いよいよ今週末の21日より、私が長い間待ち望んでいた映画、「沈黙」(原作:故遠藤周作、監督:アメリカ映画界の巨匠、マーティン・スコセッシ!!!)が封切られます!!!(興奮!)
  
キリスト教をテーマにした作品で、教会の皆さんの中にも原作を読まれた方も多いと思います。
 私は日頃から結構本は読んではいるのですが、普段はもっと砕けたエンターテイメント小説ばかりです。この作品はたまたまバプテスマを受けた後に読む機会があり、何気なく手に取ったのですが、読み進めていくうちに非常に引き込まれました。
 江戸初期のキリシタン弾圧の時代を舞台に描かれた作品で、人間としてもクリスチャンとしても、色々と考えさせられる作品ですが、私ごときがこの場でそのテーマについて述べるなんてことは恐れ多いのでやめておきます。ひとつだけ言えるとしたら…情けない話ですが、もし私があの時代同じ立場に置かれたとしたら、拷問を受けると分かった時点ですぐさま転んでしまうと思います(笑)。
 御存じとは思いますが、マーティン・スコセッシ監督はアメリカ映画界を代表する映画監督で、昔から大好きです。個人的には「タクシー・ドライバー」「ミーン・ストリート」等、ロバート・デ・ニーロが主演する作品が特に好きなのですが、マフィアや社会のはみ出し者等が主人公で、過激な暴力描写など社会の闇を抉り出すような作品が多く、なぜか昔から惹かれるものがあり、いつもこの監督の作品はチェックしています。
 監督自身も敬虔なクリスチャンらしく、「沈黙」には28年前に出会い衝撃を受け、必ず映画化したい!ということで、それから紆余曲折があったようですが、ようやく完成にこぎつけたということです!(先日NHKのBSで特番を放送していました)
 皆さんも是非、劇場に足を運ばれては?


M.A 兄

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2017年1月1日 2016年は…

2017-03-02 17:37:30 | 教会員の証し
2016年は…

2016年も昨日で終わった。本当に恵みにあふれた年だった。
 恵みがあったのは教会生活だ。大学生となった一昨年の4月から約1年私は教会から離れていた。行きたくなかったわけではなく、初めて自分で教会を選ぶということに力が出なかったのだ。しかし、神様は簡単に離れさせてはくれなかった。
 去年の8月に行われた「伴走ひろばin 天城」に参加するにあたり、教会に行かなくてはと強く思わされた。その思いが与えられた私は仙川教会の礼拝に行くようになった。仙川教会は礼拝規模が30人ほどの、平尾教会に比べて小さな教会だが、「一人一人の賜物を活かす」という目標のもとに教会員が喜んで奉仕をしている、とても温かい教会だ。
 高齢の方が多い教会のため、若い私は熱い歓迎を受け、行き始めて3回目ぐらいには礼拝内でユースの賛美リードをするようになっていた。実は、私が行くようになったのは、それまでリードをしていた青年が海外にボランティアに行く直前の時で、リード奉仕者を求めていたそうだ。
 そのことをあとから聞いて、これまでさほど神様の計画を感じてこなかった私だが、その時ばかりは神様の導きを強く感じた。私が東京に来たのもやはり何か目的があるのではないかと思えた。
 先日のクリスマスも仙川教会で祝うことができた。そこでもまた神様は計画を見せてくださった。
 賛美の奉仕は当たり前のごとくあったのだが、他にもなんとトーンチャイムの演奏をするということがあったのだ。初めは嫌々ながらも、幼稚園のころから10年近く(以上?)チャイムをしてきた私なわけだが、まさかこんなところで演奏する機会が訪れようとは思ってもみなかった。身体に染みついていたことで、打ち方指導もすることになってしまった。それでまた献金の際のリコーダー伴奏もするというのだから驚きである。これも平尾で数年やってきたからだ。
 神様の計画は私なんかにはまったく予想できない、驚きの連続であった。というわけで、現在私は賛美リードという奉仕に、良い意味で捕まり、喜びを持って教会生活を送っております。また、普段は違うところにいても、いつも平尾教会のみなさまの健康と神様のお守りをお祈りしています。
 「この神のしるしは、いかに偉大であり不思議な御業は、いかに力あることか。」(ダニエル書3章33節)


T.K 兄

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2016年12月25日 今年のクリスマス

2017-03-02 17:31:20 | 教会員の証し
今年のクリスマス

 小学生の頃、初めてイエス様の話を聞いた。教会学校担当の学生さんが、実にいきいきと聖書の物語を語って下さった(その学生さんは、確か、熊本で牧会を担っておられるはずだ)。現在平尾教会に集う子ども達も、きっと聖書の話を覚えていてくれるだろうと願う。
 大学生の頃、「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ」(伝道の書12:1)とのみ言葉を友人に伝えたいと祈った。はて、神様を知るのに、早けりゃいいのか?すべての事に時があると聖書にあるではないか。神様を知ったそのときこそが、その人の若い時なのかもしれないと思う。母となって、子育てが難しかったと痛感した時期がある。子育て中はそんなこと、ちっとも気がつかずにいたからだ。反省もなかった。今でも丁寧な子育てをしてこなかったのではないかと思うことがある。だが、気がついたその時から、やり直せるのではないかとも思う。「わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし成長させてくださるのは、神である」(コリント第一の手紙3:6) のみ言葉で、子育ての悩みを神に委ねることができるようになったからかもしれない。お気楽な子育てだったかもしれないが、毎朝「主よ今日もあなたが共にいて下さい。」と祈って家族を送り出すようになり、現在に至っている。
 私は聖書をとってもよく読む人ではない。知っている箇所も少ない。わたしの日常はというと、仕事で小さなミスでもあったりすれば意気消沈するし、他人の言葉にカチンときたりもする。つくづく心の狭い人間だ。そして、世間の出来事にも一喜一憂する。心が痛むとはこんな感じか?いや、もっと苦しいんだろうと思ったりもする。自分では何もできないが、そこにこそ、イエス様がいてほしい、いや、イエス様の存在を感じてほしいと祈る。キリスト者としての生活が何十年にもなるのに、悔い改めを迫られることばかりだ。
 社会においても家庭においても、この世的には平和でない日もある。それでもこんな私の真ん中にいつもイエス様がいて下さいと祈る。信仰を守ってくださいと祈る。祈らずにはおれない。なぜならば、弱いからだ。そんなわたしのクリスマスは、わたしの内にイエス様を感じる時だと思う。
 平尾教会に来た最初の頃、「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさい。」(第一テサロニケ5:16)と書いた小さな色紙をいただいたことを思い出す。
今年のクリスマスはなんだか嬉しい。


S.K 姉

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2016年12月11日〜18日 信仰告白

2017-03-02 17:26:02 | 教会員の証し
信仰告白

 私は福岡で兄に次ぐ長女、末っ子として父と母の間に生まれました。私の家庭は、恵まれており、とても仲の良い中で育ってきました。周りから見れば、「幸せな家庭」の中で育ってきたと思います。
 私がキリスト教と出会ったのは2009年4月に福岡女学院中学校に入学したことがきっかけでした。礼拝の讃美歌、聖書、お祈り、何もかもが初めてでした。最初から、神様のことを信じていたわけではありませんでしたので、キリスト教なんてただの偶然だと思っていました。そのため、まともに礼拝の話を聞かずに寝ていたり、授業もきちんと聞いておらず、真面目ではありませんでした。ですが、私は聖書の授業にあった、1年間に8回の教会出席レポートだけは、真面目に行き、レポートを提出していました。レポートのために教会に行ったことが、私にとっての初めて教会に行くきっかけでした。そして、レポート提出する時とは別に、何度か礼拝へ出席したことがありました。
 高校3年生の時、大学受験を迎えていました。私は勉強に追われる日々を送っていましたが、ある日から突然、まともに聞いたことがなかった学校の礼拝の説教を聞くようになり、御言葉が心に響くようになってきたのです。話を聞いていく中で、今までの自分の過去のことを考え始めました。
 「自分は、生きている中で必要とされているのだろうか。」「自分は生きている意味はあるのだろうか。」と何度も考えていました。神様と出会う前の、私が小学生だったとき、クラスメイトから除け者にされ、悪口を言われたことがありました。「どうして私なの。」と何度も思いました。私のことを必要とされていないような扱い方をされ、気付けば、周りの人々を敵視するようにしか出来ず、また他人を信頼せず、見た目だけの浅い付き合いの関係だけしか出来なくなってい ました。
 そして私は、自尊心を失い、自信がなくなりました。過去を消したい、過去をどうしても受け入れたくなかった私は、忘れようと思いました。そのために、本当の自分とは違う、偽者の自分を気付けば作っており、そうなっている自分がいました。その過去を隠すために、様々な人に傷をつけていきました。そして、それが自分に最終的に返ってくることになり、結果として、自分自身にも傷をつけることになってしまいました。そんな自分が今まで、世界で一番嫌いでした。
 そんな中、「本当の自分になりたい。」と思うようになりました。でも、過去のことを知られたら、今いる周りの人から嫌がられるのではないか、私から離れてしまうのではないか、と考えました。ずっと過去を引きずりながら生きてきたので、どうしていいかわかりませんでした。そんな時、私に話しかけてくださったのが、高校の宗教主事の美濃部先生でした。
 もしかしたら、話しても大丈夫かもしれない、そう思った私は、過去のことを話しました。先生は、深く同情してくださり、私のことを受け入れてくださいました。「話しても、受け入れてくださる方はたくさんいます。」と言われたことを今でも覚えています。そして、何日かたったある日、当時通っていた教会の牧師さんに話す機会が与えられ、話すか迷いましたが、受け入れてくれることを信じて話しました。
 そしたら、「神様は、あなたを必要とされていたんだよ。神様と出会わせるために、女学院へ導いてくださったんだよ。」とおっしゃってくださり、私のためにお祈りをしてくださいました。少しだけ、肩の荷が下りたような気がしました。また、お祈りはいいなとなんとなく感じました。もしかしたら、教会に継続的に通ったら、何か見つかるかもしれない、神様を信じたら、何か答えがでるかもしれない。そう思いながら、高校を卒業し、大学へ進学しました。
 大学に進学した際、その牧師さんは異動でその教会にいませんでした。そして、祈りあえる仲間が欲しいと思いましたので、新たに通う教会を探すことにしました。それから導かれたのが、大名クロスガーデンのJOYSHIPでした。何度か礼拝をするうちに、ある日、森先生にこの聖書の箇所を教えていただきました。この箇所を教えてくださったとき、思わず涙が溢れ出ました。
 「あなたがたが襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。」(コリントの信徒への手紙第1 10章13節)
 神様は、私のことを見捨てずにいてくださり、神様に出会わせるために女学院へ導いてくださいました。神様は、どんな私でも、愛してくださることがわかりました。前の私は、相手のことを憎むことしかできませんでした。しかし、イエス様に出会えたことで、私は変わりました。聖書では、「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。」(マタイによる福音書 5章44節)とあるように、以前より周りの人を恨んだり、自分自身を憎む気持ちもなくなりました。少しずつではありますが、周りの人のことを信頼することができ、今までみたいに浅い関係ではなくなりました。その結果、少しだけ自分に自信がつきました。
 私は罪を犯した人間です。完璧な人間ではありません。ですが以前の私と今の私は違います。それは神様、そして、イエス様と出会えたからです。また、神様は、「わたしはあなたがたを造った。わたしが担い、背負い、救い出す。」(イザヤ書46章4節)とあるように、困難なことがあっても、イエス様が担ってくださいます。また私の罪を背負ってくださったことで十字架にかかり、救い出してくださり、今もなお救い出してくださいます。イエス様や神様に出会わせてくださったことで、私は生きる希望を持つことが出来ました。
 これからは、神様、イエス様と共に人生を歩み、平尾バプテスト教会、そして大名クロスガーデンのキリストの兄弟、姉妹と共にイエス・キリストに従い、主日礼拝をはじめとした信仰生活をしていきたいです。そして、両親のアドバイスなどから本日という20歳になった日に、信仰告白、そしてバプテスマを受けることができ、神様、イエス様、教会の皆様、そして両親や支えてくださった周りのみんなに本当に感謝します。最後に、私が女学院在学時に使っていた讃美歌21から私の好きな讃美歌、「どんなにちいさいことりでも」の歌詞を読んで私の信仰告白にしたいと思います。
1.「どんなにちいさいことりでもかみさまはそだててくださる」ってイエスさまのおことば
2.「なまえもしらない野のはなもかみさまはさかせてくださる」ってイエスさまのおことば
3.「よいこになれないわたしでもかみさまはあいしてくださる」ってイエスさまのおことば

2016年9月18日


S.N 姉

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2016年12月4日 日常の楽しみ

2017-03-02 17:20:13 | 教会員の証し
日常の楽しみ

 毎朝『こすずめのぼうけん』に登場するチュン、チュンの声で目覚め、マンション前の横断歩道を8歩余りで横切ると大濠公園に到着。ざっと60名余りの人たちが集まり、6時30分からラジオ体操が始まる。『からすたろう』のうるさいガァーガァーが『よあけ』を告げる代わりに、静まりかえった湖面にたたずむサギ、カモの仲間、カメたちが動き出し、夜明けの波紋が広がる。この場所で体をほぐすと最高に気持ちよい。
 いよいよウォーキングをはじめると、頬をなでる風の匂いでシャキッとしてくる。『こいぬがうまれるよ』のように、子どもと犬の散歩、大人と犬の散歩、乳母車の中に入れられた子犬もいるのに驚かされる。リハビリなのか、体を左右に揺らしながら歩く人、パタパタと音を立てて走る人、はだしのランナー、タイムにこだわりながら走る団体ランナー。黙々と草取りやゴミを拾っている人を見ると、自然と思わず頭が下がる。人間ウォッチングしながら一周2キロ程度を終える頃に、ようやく東の空より朝日が見えてくると、気がかりな母を想い、手を合わせる。
 毎年、10月中旬辺りからボートハウスの前にある水路に、池からフナが集団でのぼってくる。真っ黒な塊で移動し、見ているだけでそれは面白い動きだ。 また11月の中旬辺りには大きな池に戻っていくそうだ。昼間は、魚や鳥たちを見ると飛び跳ねて喜ぶ子どもたち、ベンチで読書している人、など朝と違った人間模様がうつし出される。夜は夜で、遅くまで走ったり、歩いたり、月の光と影で湖面と橋(観月橋、浮見堂、松月橋、茶村橋、皐月橋)が調和して幻想的である。
 四季折々の花が咲く、この自然の恵み溢れる大濠公園は、大正14年に着工され、昭和4年県営大濠公園として開園した。中国の西湖を模したと言われた水景公園で、散歩ゾーン、ジョギングゾーン、サイクリングゾーンと、健康に関心を寄せる人々にとっては最高の場所なのでしょう。管理会社と公園ボランティアの方々の働きによって美化が守られている。
 いつまでこのように歩けるのだろうか?生きている限り悩みはつきものです。どうやってさまざまな問題を乗り越えるかがとても大事です。喜びも悲しみもありのまま、そのまま受け止めます。華やかな街並みでなく、飾られた風景でなく、この自然のいとなみが人々を癒してくれるのでしょう。
 神様、心の静けさと、私をやさしく励まし、喜びで満たしてくださり、健康が守られ、平安に過ごせる日々を本当に感謝しています。
*『 』内はすべて絵本の書名(福音館書店)


F.S 姉

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