平和1丁目 ~牧師室より~

福岡市南区平和にあるキリスト教の平尾バプテスト教会の週報に載せている牧師の雑感

2017年6月4日 同じキリスト教の枠組みの中にいる者であるが

2017年07月23日 18時08分01秒 | Weblog
同じキリスト教の枠組みの中にいる者であるが

 同じキリスト教徒でも、聖書から何を聞いているのか、何に耳をふさいでいるのかで、表面に現れる言動は違ったものになる。どこかの国のキリスト者Tもどこかの国の無神論者(否、何かは信じているのかもしれない)Kも同じように見えてきた。
 一方が、ミサイルを飛ばして、甘くみるんじゃないと言うと、一方も同じようにミサイルを飛ばして、よく考えてみるんだなと言う。これが、子供同士の喧嘩の威嚇ならまだしも、こんな愚かな指導者たちによって人類が滅びることになったらたまらない。そして、おそらく何百年も、否、もっとそれ以上、他の動植物や地球環境も多大な被害を受けることになる。
 とにかく神様から預かった地球そのものが台無しなる。そして、わかることは彼らにその責任をとれるはずもないことだ。Kについては、ただ国民が気の毒としか言いようがないのだが、Tについては、これは同じキリスト者として複雑である。先の選挙では、米国の白人の福音派の81%がTに投票したとのことだ。腹心のP氏は、選挙中も祈りを忘れることのないTであったとニュースを流した。
 ただし、少しだけホッとしたのは、選挙中サザン・バプテストのニューリーダーであるM氏が、Tに不支持を表明したことだ。私たちはとかく自分の都合のいいように聖書を理解しがちだ。聖書から変えられること、時には、弾き飛ばされる自分もまた喜ぶ勇気を持たなければならない。もちろん私も含めてのこと。


平良 師
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