平尾バプテスト教会の礼拝説教

福岡市南区平和にあるキリスト教の平尾バプテスト教会での、日曜日の礼拝説教を載せています。

2017年2月12日 主が拓かれる道を(宣教開始60周年記念感謝礼拝)

2017-08-13 13:48:31 | 2017年
出エジプト記:13章22~23節、14章22~23節
主が拓かれる道を

 本日は、この平尾バプテスト教会が、宣教を開始して60周年を迎え、この間の神様へのお恵みとお導き、お支えに感謝を表す記念の礼拝を捧げています。宣教が始まった当初のこと、また、それから50年の歩みについては、宣教50周年のときにも語り、おぼえましたから、今日は、その後の10年の歩みについて、集中して、聖書から神様のお恵みとお導きについて、振り返ってみたいと思います。つまり、それは、私たちが、この10年、どう聖書を生きてきたかということです。そして、これから、どうキリストの教会の歩みを共になしていくかという、これからを考えることでもあります。
 多くの人々は、目に見えるものによって価値を定め、生きております。しかし、私たちは、見えないものを信じて、それに自分の人生すら賭けて生きてきました。それはこれからも同じです。この10年の歩みもそうでしたし、これからの歩みもそうであろうと思います。平尾バプテスト教会の教会員一人一人の歩みもそうですが、教会の歩みもまたそうであるだろう、否、そうでありたいと思います。それは、神様が、きっとよき方向(神様の御心ですが)に導いてくださるからだといった確信があるからです。私たちは、これからも主にとらえられ、主に従う者として、生きていきたいと思います。
 この10年がいかなる年月だったのか、特に、2009年から神様によって私たちに与えられたヴィジョンは、途方もないものでした。具体的には、大名の土地が与えられ、立派な建物までも与えられるという神様からのプレゼントでした。それは、私たちの教会だったからこそ、神様が与えられたヴィジョンではなかったのかと理解しています。
 自由と多様性を大切にする教会だったからこそ、このヴィジョンを私たちの教会に託されたと思うのです。しかし、ご存じのように、この道程は容易なものではありませんでした。むしろ、困難な道でしたし、今もなおその途上にあります。皆が皆、一応に気持ちを一つにすることは難しかったのです。徐々に、皆の気持ちは、一つになってまいりましたが、それでも、多くの方々が、今なお気持を合わせるために努力をしているということを私たちは知っております。
 そうです、この10年は激動の10年であったといっても過言でありません。教会の一人一人は、よく忍耐してここまで共に歩んでくださいました。神様に感謝すると共にこの教会の牧会に与らせてもらっている者として、教会員のお一人御一人にも、皆様にも感謝します。この10年の歩みがもらしたものは数々ありましたが、そのなかの一番は、やはり二箇所で一つの教会を作るという選択を余儀なくされたことでした。
 しかし、それは時が経つとともに、いつしか積極的な意味を私たちに与えるようになり、今はむしろこの方向性に多くの可能性を見出しつつあります。主の与えられた道であろうと、私も繰り返し、皆様に語らせていただきましたが、いろいろなところで、私たちは繰り返しそう思わないでおれないで出来事にも遭遇させられたのでした。
 かつて、イスラエルの民にエジプトの強大な軍隊が迫ったとき、海に逃れの道を用意された神様、また、荒野をさ迷わぬように昼は雲の柱、夜は火の柱をもって導かれた神様、その神様が、私たちの10年間の歩みもまた同じように、導いてこられたのではないでしょうか。
私たちの教会は、2007年になって、再び100名を超える礼拝を守ることができるようになり、それは、平尾教会の歴史では、1964年以来のことだったのですが、ちなみに、それまで100名を超えたのは、1961年から1964年の5年間でした。
 当時は、天皇が現人神だったときから人間宣言をなし、十数年がたち、まさに、敵国であった欧米諸国の宗教であったキリスト教が関心をもたられるような、そのような時代になっておりました。どの教派も、欧米から多くの宣教師たちを送り、人的にだけでなく、財政的にも、多くのものを欧米の兄弟姉妹たちは祈りを篤くし、日本人のために献げてくださいました。そのような諸要因もあり、多くの人々がキリスト教会を訪れたのでした。
 そして、私たちの教会は、あの頃のような礼拝人数に2007年に再びなり、私たちはその状況を喜び感謝するとともに、次なるヴィジョンをどのように描くべきかを考えざるをえなくなったのです。幸い、後ろの扉を開けば、ロビーまでが礼拝堂になる作りになっておりますから、それを恒常的に広げておくことも考えられました。
 また、ご記憶と思いますが、多目的ホールの窓側の敷地にテラスやサンルームを作るといった話もでました。また、駐車場に礼拝堂を広げるといった考えもあったかと思います。そのようななかで、結局落ち着いたのが、当面は多目的ルームにスクリーンを設けて、礼拝風景を映し出すという形で、入りきれない人々をカバーすることでした。しかし、ちょうど、そうしたことで前に進みだした矢先に、大名の土地を寄付されるという申し出が、M先生からなされたのでした。M先生もいろいろな葛藤の末、そうすることを神様から示された結果であられました。
 それは、あの出エジプト記の物語で、神様が、海を切り開いて、イスラエルの人々を向こう岸へ渡ることにさせてくださった出来事と重ねられる部分があったかと思います。あの出来事は、背後からエジプト軍が追ってきて、前は海であり、もう絶体絶命といったところで、神様の助けがもたらされたのですから、私たちが抱えていた状況とはかなり違いますが、しかし、神様が、私たちが考えもつかなったことを成し遂げてくださって、私たちの課題に応えてくださった、まったく及びもつかない道を示してくださったという点では、似ているのです。
 神様が、拓いてくださった道でした。しかし、よくよく考えてみますと、彼らはそれを通ったからこそ、次の世界が開かれたのです。もし、両側が海水の高い壁となり、いつその水がこちらに雪崩落ちてこないとも限らない恐怖のなかでありましたから、恐れて、そこを渡ることを躊躇したのなら、彼らは再び、エジプトの奴隷として扱われただろうと思います。それだけでなく、多くの者がその企ての責任をとらされて殺害されたかもしれません。けれども、彼らはその神様が拓かれた道を、勇気を出して一歩踏み出し、皆で通って向こう岸に渡ったのでした。
 しかし、その道を渡って向こう岸に渡った彼らに待ち受けていたものは、豊かな土地ではありませんでした。もちろん、最終的には、乳と蜜の流れる約束の地カナンに入っていくことになったのですが、それは、すぐではありませんでした。それどころか、海を渡ったときから40年もの間は、荒野をさ迷うという試練でした。それは、ちょうど、私たちが、宣教のために大名をいただくことを了解し、二ヶ所で一つの教会を作ろうとして、暗中模索をしていることと、こういった状況とも少しだけ似ています。
 そして、この私たちの現在の歩みもまた、いったいどこへ行こうとしているのかさえ、定かに目的地が見えない、そのような放浪の旅の途中だといっても差し支えないかもしれません。しかし、荒野の40年があったからこそ、イスラエルの民は、信仰を鍛えられて、神様のみにたよることを学ばされたのでした。それは、イスラエルの歴史の中では、非常に大きな出来事で、その後の彼らの意識形成に大きく影響を及ぼしていったのでした。
 私たちもまた、この二ヶ所で一つの教会を作るというヴィジョンは、試練の連続である可能性もなきにしもあらずです。それでも、一つ一つ目の前に起こってくる課題に応えつつ、歩もうとはしております。そして、そこに必ずやこれまでもそうであったように、神様が切り拓いてくださるであろう道があり、大きな導きの御手が絶えず差し伸べられるのだろうということを信じております。
 ところで、荒野を旅するイスラエルの民は、幾度もたいへんな目に遭いました。食糧が尽きてしまうこともありました。飲み水がなくなることもありました。イスラエルの民は、その都度、不平不満を述べました。
 出エジプト記14章11節「我々を連れ出したのは、エジプトに墓がないからですか。荒野で死なせるためですか。いったい何をするためにエジプトから導き出したのですか。我々はエジプトで、ほうっておいてください。自分たちはエジプト人に仕えます。荒野で死ぬよりエジプト人に仕える方がましです、と言ったではありませんか」。
 16章の3節「我々はエジプトの国で、主の手にかかって、死んだ方がましだった。あのときは肉のたくさん入った鍋の前に座り、パンを腹いっぱい食べられたのに。あなたたちは我々をこの荒れ野に連れ出し、この会衆全体を飢え死にさせようとしている」。事柄がうまくいかなくなったときには、このような不満が出たのも、至極当然なことと思われます。それも命にかかわるような、物質的にものがない状態が発生したのですから。
 平和一丁目で書きましたが、私は、先週の月曜日に遠藤周作の「沈黙」という映画を観にいってまいりました。その中で、長崎奉行の井上という人物が、イエズス会の宣教師に言うのです。正確ではありませんが、おそらくこんな内容だったかと思うのですが、「お前たちが、邪教を持ち込んだがために、このように罪もない百姓たちが苦しまなければならなくなった。キリスト教を知らなければ、そのまま平穏無事に過ごすことができたものを」、というようことでした。
 沈黙と言う映画のテーマは、神の沈黙というものですが、確かに私たちにとって、これほど大きなテーマはありません。何ゆえ、神様はお応えになられないのか、これは誰にとっても大きなテーマです。病気の癒しを願っても、また、入試などをはじめ、人生において道が開かれることを願っても、なかなかそれが叶えられない。あるいは、人との関係などにしてもそうです。神様は応えてくださらない。こうしたことは、私たちの人生に多々与えられるのです。
 しかし、聖書においては、神様の沈黙というのは、唯一、イエス様が十字架におつきになられたときだけでありました。それ以外の多くは、キリスト教の神は、何らかの形で応答なさる神様として描かれています。出エジプト記のなかでも、食糧がなくなったときには、天からマナとうずらを与えられ、水がなくなったときにも、岩から清水を出されました。そのように、聖書に描かれている神様は、ほとんどイスラエルの人々の苦しみに耳を傾け、応えられる神様でした。
 もちろん、別な意味で、応えられる神様でもありました。それは、神様に背いたイスラエルの民を罰し、戒めるということもなさいました。どちらにしても、沈黙ということはほとんどありえない神様のお姿が描かれております。ぎりぎりになることが多いかもしれませんが、それでもきっと応答してくださいます。聖書の神様は、応答なさる神様なのです。しかし、私たちの人生に起こるいろいろな事柄に関し、それが応えられたのかどうか、それを判断するのは私たちの信仰に委ねられてはいます。
 この10年の歩みでは、神様は、私たちの願いや計画や課題に対して、一つ一つ応答してくださったのではありませんか。それを神様の応答であったと判断するのは、やはり、先にも申しましたように、信仰が伴うお話ですから、慎重でなければなりませんが、私は、この10年に平尾教会で起こった数々のことを神様からの応答であったと捉えたいと思っています。まず、私たちの教会に大名という宣教の場所をお与えになられたのは神様です。そして、二ヶ所で一つの教会を作るというヴィジョンをお与えになられたのもまた神様でした。
 それは、私たちの教会が100人礼拝を守られるようになり、いろいろと祈っていたときに、それに応えられる形で、与えられたものでありました。もちろん、すべての事柄が解決済みではありません。未解決のものや課題がそのままであるものもありますが、それでも、神様は何らかの形で応答してくださってこられています。神様が示されたヴィジョンであるなら、きっと、その先はすべてよいものであります。
 たとえ、今の私たちの目にはそうではないと映っていたとしても、その先には、否、もっともっと先には神様のご計画のいろいろなものが現れてくると思うのです。それはよきものであります。福音書のなかのイエス様もまた、すべての求めに応じておられます。人々の助けてくださいという願いに、応えられています。
 しかし、私たちの現実はどうか、遠藤周作が沈黙で描こうとしていたものは、私たちの信仰生活における実にリアリティーに富んだ内容です。つまり、神様の沈黙です。そして、人間は、神様からの応答がなければ、つまり、沈黙が続けば、つぶやくのです。イスラエルの民が、不平不満を述べたようにです。しかし、沈黙というのもまた、応答の一つの形態だと言えるでしょう。
 しかし、沈黙のなかには、共に苦しんでくださっているイエス様がおられる、神様がおられるということも言えるのです。信仰も鍛えられるのです。癒しとか、平安というのは、まさにこの苦しむ自分とイエス様が一緒にいてくださるという確信を持つことができたとき得られるものなのでしょう。
 平気で踏み絵を踏んで、それも何度でも踏むのですが、それでありながら、イエス様を信じていて、何度でも宣教師に告解をするキチジローという人物は、実に弱い人間の象徴とも言えるのですが、それでいて信仰を失ってわけでもありません。彼を遠藤は、それは自分であり、これが人間であると言っているようです。
 そして、私もまたそこに、自分を見出しております。しかし、イエス様は、そういった私たちを愛し、赦してくださっているのではないでしょうか。ですから、たとえ、私たちには神様の沈黙としてしか思えない時間の流れがあったとしても、そのときには、そのときで、このところに神様は私たちと共に佇んでおられるのであって、それが苦しみのときであるなら、共に苦しまれ、そうでなければ、次なる道を、次なる一手をどう打とうかとお考えなのだということなのです。
 私たちは、待てずに、慌てふためき、不平不満を述べたり、じたばたと何をやっているのかわからないようなときにも、まるでイエス様を裏切っているかのように見えるそのようなときにも、その姿さえも赦されているし、ですから、もう信仰を棄てたというのではなく、私たちはなお、イエス様を信じて歩んでいくだけなのです。
 申し上げたいことは、私たちキリスト者の歩み、教会の歩みは、信仰の歩みなのです。神様がきっとその道を示してくださると信じつつ、そして、そこに主が伴ってくださっていることを信じつつ、進んでいく歩みなのです。途上においては、いろいろな不安や疑念も起こってくるかもしれませんが、それでも、主の御業を信じて歩み続けていくことです。不平不満も赦されるでしょう。そして、ぎりぎりのところになってようやくかもしれませんが、神様は応答をしてくださるはずです。そうでないときには、共に苦しんでくださっているのです。
この二ヶ所で一つの教会を作っていく、それもスタイルの違う礼拝をまもりながらです。おまけに、従来の各会や委員会制度の他に、スモールグループやミニストリーの活動も取り入れながらやっています。そこにおいて欠かせない大切なことは、自由と多様性です。そういう教会の在り方は、いろいろな意味で、今までにないものですから、そういった意味でも、道がなかったところを歩もうとしているのです。
 もう一度言いますが、そこにあるのは、主が道を拓いてくださるであろうこと、主が昼は雲の柱、夜は火の柱をもって、つまり、24時間ずっとです、絶えず、私たちと共にいてくださり、私たちを導いてくださるであろうことを信じて、歩んでいくことであります。これからの年月も、この主を信じて、歩んでまいりましょう。
 世界全体も日本も、時代は、自由や多様性を容認しない方向に徐々に徐々に動いているような、そんな不安をおぼえる毎日です。私たちには、自分の教会形成だけでなく、バプテストの教会として、聖書から、世の光、地の塩として、しっかりと発言していかなければならない使命もあります。
 実に、私たちは、社会にあっても、考えなければならない多くの事柄や難題に取り囲まれながら生きています。キリストにある者としての物指しを心の内に持ち、信仰者としての歩みをなしてまいりましょう。いかなるときにも、いかなるところでも、主が共におられ、道を拓かれ、主が導かれます。


平良 師
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