飯屋ひら乃です。人間を世の中を料理してみます。

人生を美味しく楽しく、ほろ苦く時には渋く。

気ままに更新

2016年10月17日 | 日記

人間は 自分の意思で生まれることはできない

死は選ぶことができるが 選べない場合の方が多い

 

そんな中 神がいると 最初から教えられ 一生そう思えるケースと

生きていくうえで 何らかの理由により 神の存在を 肯定するということがある

 

どっちが良いとか悪いとかではないが

前者の方は それにより 争うケースがでてくる

が、

後者の方は 人生を経験したうえでのことなので 

争うという事にはならないケースの方が多いのでは

 

結局 神がどうのこうのというより

自分が 正しいと 思いこむからおかしくなるし 争いたくなる

時には 神の存在が 厄介になる場合もある

そう思えは 八百万の神という表現も ある意味 特定しないから

自由な神を選択できるし 好きなように解釈が可能となったりするよね

 

キリスト教のみなさんををみても まぁ ああだこうだ 

よくわからない団体になっている なにが本当だか わけがわからない

聖書の解釈の違いでね  

 

そんなこんなで イエスキリストの存在をも 否定してしまう程だ

もう少し 考えた方がいいかもだね 

神の存在より 自分が正しいと信じちゃうからね~ 

 

日本人が 宗教きらいになる理由も そのへんの処かもだ

ボクは 神(創生主)は ひとつだけだと思うし どうかんがえても

全く同じものは ふたつとないでしょうに

 

神さまが 遠くなったり 近くなったり 

あなたの考えは いかがですが?

自分の意思で今れることのできない人間です

朝から晩まで 神さま 神さまも いいですが

泣いてまで生まれた この世は 浮世は 

修行の場ともいわれますが  肉体を持ち生きていることを

感謝し 楽しむべきです 

 

では また 

 

 

 

 

 

 

 

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« どうしても、まだまだ。。。 | トップ | 不可欠・・・ »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL