鎌倉評論 (平井 嵩のページ)

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『わびは美に非ず』   わたしの新著作の書き出し

2017-08-10 11:49:13 | 日記

前口上

筆者は現在表記のタイトルで新著作に取り掛かっている。これに集中するために当ブログがおろそかになっている。どんなことを書いているかここに公表したい。「わび・さび」という美とされているもの対する異議申し立てである。筆者の前著『日本は近代思想をやり直せ』の実例を見せたいという意図である。

 

『わびは美に非ず』

 

1、わびは実践倫理である

岡倉天心の迷誤

「わび」「さび」とは中世の文芸に発し、能など芸能、とくに茶道において完成された日本の古典的美様式と考えられている。その特異で概念としてははなはだ掴み難い美は独特な思想と精神性を持っているものとして評価されている。「わび」は感じでは「侘」、「さび」は「寂」あるいは「然」と書くが、漢字で書いても概念が少しでも明確になるわけではない。漢字(象形文字)の欠陥といえるもので、われわれは日常漢字を使ったいるが漢字によって概念が明瞭になっていることはない。漢字はすでに語源が失われており、それを使えばなんとなく仮名より明確になったような気になっているが、それは漢字の魔力のようなものだ。

「わび=侘」「さび=寂、然」という概念はそれがはっきり感じられる。漢字で書いたからと言ってその意味がよくわかるわけではない。そこで筆者は「わび」「さび」と仮名表記で通すことにしたい。

いきなり国語論から始めたが、幸い「わび」「さび」は大和言葉で語源を日常感覚に求めることができる。「わび」とは「わびる」わびしい」「わびしさ」などに共通する心情である。「わびる(詫びる)」は人に対して自己の非を認め、自己の劣位を認めて謝ることであり、「わびしい」は孤独で、寂しい状態である。「わびる」という大和言葉は語源的には、長いものをまげて「輪」を作ることを意味し、それが背を丸めて平身低頭する姿勢を意味するようになった。つまりお辞儀をし身を低くして謝る行為を意味するようになった。人間通常誰しも成功し認められ喝采され栄光に包まれた状態を求めるものだが、そのような心情に背を向け、むしろうらぶれて一人ぼっちで悲哀の状態を求めるというのは格別な意思がそこに働かねばならない。日本人はこのような心情を精神のあり方として、和歌や俳句の詩情の中に、あるいは茶道や華道、能など日常の芸道のなかに求めたのである。それはまさに俗人が欲望を断って宗教的修行に求めるような宗教精神に似ている。似ているというより、のちに述べることになるが、、これこそ無神論的信条のy強い日本人が現世の中で求める宗教的心情、それに基づく宗教行為なのだ。それは現代でも誤解されたままなのだが、単に茶道の美なのではないことを筆者はこれから説いていこうとしている。

まず何故「わび」が美、とくに茶道における美様式であるという認識になったかを考えてみたい。それは明治期に画家岡倉天心が英文で外国人向けに著した『茶の本』とい茶道の紹介本に原因があり、この誤解の元凶はまさにこの本にあるのではないかと思われるのである。茶道はむろん明治になっても日本の伝統芸能として盛んにおこなわれていた。天心はこの伝統芸能をなんとか外国人に分かるように説明したいと思ったのだろう。

明治は文明開化という西洋文化への迎合時代である一方、片方では伝統的日本文化や日本人そのもの性質、精神といったことに目を向けた時である。三宅雪嶺、陸羯南といった人たちが、雑誌『日本及び日本人』を発行して日本的文化の維持を主張した。岡倉天心は日本画家で日本美術復興のために、日本美術院(のちの東京美術大学)を創設している。三宅雪嶺などにつながる民族主義運動の流れの中にあるものといえる。

さて天心が茶道をどのように捉えたかというと、「審美的宗教」といい、「茶道は日常生活の中に存する美しきもの崇拝することに基づく一種の儀式である」「茶道の神聖な役目は崇神と客が協力して美の至境を求めることである」そして、そこで拝む対象は「純潔」と「優雅」だとするのだが、後に述べるが、茶道が一種の宗教であるという意見には賛同するものの、その拝む対象が純潔でも優雅でも美でもない。拝む対象は「わび」であり「さび」なのだ。

先祖の茶人たちは、茶の湯が美を探求するものであるということを、筆者の管見するところ、一言も言っていない。彼らはひたすら「わび・さび」の精神をいかに諸々の茶の湯の表象の中に表現するかに腐心しているだけである。そしてその内容は、彼ら好みの、日本的美を表現しようとしたのではなく、日本的実践思想、現世の人間がとるべき倫理、謙虚、清貧、謙譲、自己犠牲といった生き方であったのだ。

天心は肝心のこの「わび・さび」のs思想については一言も触れてrない。「わび・さび」を語らずして茶道を論じたことには絶対ならないし、そのような論議は日本人の精神を曲解したしたことになると思うのだが、天心以後の茶道論者は、天心の考えに盲従してまさに先祖の思想を誤解した道を歩んでいるといえる。

天心はきっと当時の西洋人に「わび」「さび」を語ってもとうてい通じないと思ったのだろう。何しろ帝国主義西欧列強の登用への蔑視は強く、天心はそのような蔑視を跳ね返そうとしたと思える。『茶の本』には茶の本らしからぬ政治的見解、西洋への激しい非難が投げつけられている。

「一般の西洋人は、茶の湯を見て、東洋の珍奇、雅気をなしている千百の奇癖のまたの例に過ぎないと思って、袖の下で笑っているだろう。西洋人は、日本が平和な文芸にふけっている間は、野蛮国とみなしていたものである。しかるに満州の戦場に大々的殺戮を行い始めてから文明国と呼んでいる」「もしわれわれが文明国たるためには、血なまぐさい戦争の名誉によらなければならないとするならば、むしろいつまでも野蛮国に甘んじよう。われわれはわが芸術および理想に対して、しかるべき尊敬が払われる時期が来るまで喜んで待とう」(『茶の本』)

芸術家がこのような政治論を言わねばならない時代に、自ら頭を低くし自ら貧や孤独を求めよ、という「わび・さび」の思想を天心は語るわけにいかなかったろう。

しかし茶道が美であるという考えは、その後の茶道論に確固とした地位を占めてしまった。今日茶道は日本美であるという考えを疑う者は変人であると思われるに決まっている。だが筆者は茶道美様式論に疑問を呈する。なるほど茶道が日本的と称する美であることを認めるにやぶさかではないが、それ以上に、美である前に、「わび」「さび」は実践哲学を語っている要素のほうが多いのだ。しかるに現代思想家はそれに気が付いてない。

そもそも茶の湯は芸術かという問いが現代茶道論には付きまとっている気がする。絵画とか彫刻といった物によって直接精神内部を形象化するのと違って、茶道は何も作るわけではなく、ただ茶を飲むというありふれた生活の一場面に過ぎない。たしかに茶器をはじめ茶室や掛軸など多くの道具を、茶道の美感覚に応じて選んで使用するが、肝心の茶会そのものは、利休も言ったように、「た茶の湯とは只湯を沸かし茶をたててのむばかりなるものと知るべし」(『南方禄』」というものなのである。

しかし谷川徹三氏はこういうのだ。「茶の湯は身体の所作を媒介とする演出の芸術である」「茶道は亭主を演出者とし、客を共演者とする即興劇とみるべきである」(『芸術としての茶の構造』)つまり茶会で茶を飲むのはバレーや演劇と同じ動作の芸術であるとおいうのだ。しかし演劇と違うところは、「日常の生活との完全な隔離がないままにいわば半ば日常生活の空間のなかで日常生活の場面を作り上げるのである」つまり茶道は演劇のような日常生活との隔離性がない動作の芸であるというのだが、いささか苦しい見解と言わざるをえない。「わび・さび」という心情とそれが茶の湯に現れた表現を日常と隔離性のない所作の芸術であり、日本的美であり、「純潔」と「優雅」を神とする一種の宗教であるというのは、あまりにも「わび・さび」の哲学を曲解したものといわねばならない。

しかしこの「わび・さび」即美様式論が以後日本の茶道を規定してしまい、茶道は「わび・さび」という美を表現するものという考えが日本人の頭に固定してしまった。そしてその美学論に掻き消されて「わび・さび」の本来の日本的土着哲学が忘れられてしまったのである。日本人は、露地のつくばいで腰低くして手を洗い、這いずるようにしてにじり口から古ぼけたとま屋の百姓家のような狭い庵室の茶室に入り、泥をこねたような茶碗で茶をすするという茶会の全体のあり様を日本独特の美だと信じ切っており、そこに先祖が求めた哲学を忘却してしまっている。それは近代になって、岡倉天心の『茶の本』から始まった誤解ではないかと先述したのである。

しかし天心以後の茶道論者も、「わび・さび」には倫理的な思想が込められていることを、美様式論の陰で感じ取っているのだ。もともと利休をはじめ中世茶人も「侘びの本意」を仏教に求めていた。利休は『南方禄』で言う。「侘の本意は清浄無垢な仏世界表している。「堅固に侘の意を守ることは即仏戒を保つことに等し」これを受けて谷川氏は言っている。「侘びは単なる美的理念でなく、一つの生活態度として倫理的宗教的意味を内包するのである」(『芸術としての茶の構造』)

久松真一氏は、茶道における仏教的精神性及びその倫理性を強調している論者である。氏は言う。「侘び茶を芸術一辺倒に、即芸術とみたり、侘び茶の最高の価値は芸術面にあるとみたりすることは、侘び茶を脱線させることにもなり、本質に反することになるばかりか、侘び茶の人間における深い意義、すなわち人間の根源的自覚を看過させることにもなるのである」(『茶事の和美』)久松氏は茶道の倫理性についてこうまで自覚しているのであるが、では「人間における深い意味」がなんであるかは探ろうとせず、ただ禅の心であるというにとどまっている。茶道その他中世の芸術が禅宗の法師によってはじめられたことを考えると当然禅的思想との関係が考えられる。しかしそれは必ずしも禅的思想を表現しようとしたものとは言えない。禅的思想や気分をもちながら実はその裏に隠れた日本的土着精神、人生論を表わそうとしたということを、筆者は主張したいのである。

日本人の本心の主張は西洋のように論理的に直截的なものではなく、どこまでも隠喩的であり、物に託したり、外国の思想の傘を被るといった形をとるのだ。日本に長く滞在したある外国思想家(カール・ルーヴィット)が日本人の思考には一階と二階があり、二階には西洋思想や表立った思想が並べられているが、一階にある思想こそ日本人が行動している思想である、といっている。その一階の思想こそ、日本人が物や芸術作品あるいは外国思想に託して隠喩的に表現した思想ではないのか。それ故にはなはだ捉えにくいが「わび・さび」に託された倫理思想こそ日本人の一階の、土着的民族的思想ではないかと考え、筆者はこれからロゴスでとらえようとするのである。

 つづく

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