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迷歩録   いんぎん

2017-07-18 10:06:42 | 日記
<strong> 盛夏朝  小綬鶏呼ぶや  ちょっと来い  彩ずくとまと  朝日に輝


                                 ひのひら  ろくべえ




     「いんぎん」とは、ねんごろなこと、ていない、よしみ、親しい交わり、男女の情交(広辞苑)とある。

    今風に言えば「ごますり」という事なのかもしれない。あるいは丁寧に対応するコミュニケーションを表しているのか

    もしれない。「いんぎん」(慇懃)が悪いわけではない。今の時代最も欠けていることなのかもしれない。特にテレビの

    コメンテーターが、語尾に(ね)をつける言葉をよくしゃべっている。(ね)をるけることで親しみを表しているのだろ

    うが、視聴者とそれほど親しい訳でもない。「いんぎんぶれい」(慇懃無礼)な言葉使いである。このことに気づかない

    コメンテーターは、、その役割に向いていないのかもしれない。

     対人援助職にあっても「慇懃無礼」なコミュニケーションをしている人が多いのではないだろうか。「慇懃無礼」とは

    うわべは丁寧のようで、実は尊大であること(広辞苑)とある。尊大とはたかぶって偉そうにすること(広辞苑)とある。

    つまり、表面上は丁寧で親しいそうに対応しているが、その心根は偉そうで馬鹿にしているとということである。このよう

    なコミュニケーションが良いと思い込んでいる人も多いのではないだろうか。同じサービス業でも対人援助職は他のサービ

    ス業と意味が違う、基本的には同じなのかもしれないが、その応用編で大きく違う。つまり人間対人間の要素が深く強いつ

    ながりとなるからである。そこでのコミュニケーションは「慇懃無礼」なものであってはならないのではないだろうか。

    気がつかないままに「慇懃無礼」な態度をとっていることがある。つまり誠意とか真摯にという態度ではなくなるというこ

    とである。政治家の態度のようなことになってしまえば、それはクライアントに対して「慇懃無礼」な態度ということにな

    る。

     人間対人間の対応が「慇懃無礼」となれば、その関係は表面上の丁寧な対応で、後ろ向いたときに舌を出してる、あざけ

    笑っているという事は、クライアントに見抜かれているという事でもある。まさに「慇懃無礼」な態度をとり続けていると

    言う事である。

     気をつけなければ、対人援助職としての相応しい態度というものを自ら生み出すことが大切な事、くれぐれも「慇懃無礼」

    な援助者とは、ならないように気をつけなければならない。
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