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迷歩録   ゆれ

2017-07-11 14:59:34 | 日記
  雲深く  梅雨晴れ遠く  山里や  景観優る  苔の渓谷


                            <strong>ひのひら  ろくべえ




    今日の正午ごろ、鹿児島地方で地震、我が家も大きく「ゆれ」た、特に被害はないが、その音と「ゆれ」にビックリ

   阪神大震災を体験しているものとしては、同等のことが起きたと感じるほどであったが、都会ほど住宅も密集してない

   ことが幸いしたのか、それほど大きな災害はニュースとはなっていないようである。

    大地が揺れる地震は、防ぎようがない。ただただ怯えるだけである。何とも「ゆれ」ることの恐ろしさを感じずには

   いらねない。「ゆれ」というと人間の生き方や、考え方などにもよく使われる。使われ方はネガティブイメージ的に使

   われることが多いのではないだろうか。

    しかし、「ゆれ」ることが良くないとは言い難い、「ゆれ」ることで人間は成長しているのだから、その揺れを固定

   してしまうと、成長が止まるという事になってしまう。「ゆれ」に対応できる柔軟性こそが大切なのではないだろうか

   柔軟性があれば折れることもない。この頃よく心が折れたなどと言う人の言葉を聞くことがあるが、折れるという事は

   柔軟性がありませんと言っているに等しいのではないだろうか。

    地震の時も建物や地盤に柔軟性があれば、それほど大きな被害とならないが、柔軟性のないものはある力の限界で、

   簡単に折れてしまう。対人援助という仕事は、様々な人々との交流が仕事である。この仕事をつつがなくしていくた

  めには、様々な人に対応できる柔軟性こそが、コミュニケーションの基本いあるのではないだろうか。そう考えると、

   「ゆれ」て「ゆれ」て、自分自身を成長させることを考えるべきではないだろうか。考え方を固めるためにも「ゆれ」

   ることが大切となんるのであろう。

    大地の「ゆれ」はほどほどに願いたいが、人間の「ゆれ」は否定せずポディティブに受け入れたいものである。「ゆれ」

   る人は信用できる。可能性が高いから、「ゆれ」ない人は安心できない。固まったままで折れやすいからである。「ゆれ」

   る人との交流こそ学ぶチャンスではないだろうか。 
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