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迷歩録   しんぼう

2017-06-13 13:51:57 | 日記
  梅雨空に  微かな陽射し  有難き  山河草木  背伸びをしている


                                 <strong>ひのひら  ろくべえ


   


   日本人はどこか辛抱という言葉が好きなのではないだろうか。例えば石の上にも三年という諺もある。石の上に

  三年も座れば温かくなるの意から、どんなにつらいこと、困難な事でも我慢強く辛抱してやれば、いつかは必ず成

  功成し遂げられる(広辞苑)とある。辛抱の美学化した諺ではないだろうか。人間の人生上辛抱が一番といった表

  現だが、辛抱した結果がよくないことも沢山あるのではないだろうか。特に人間関係における辛抱というものは誤

  解の上に誤解を築くようなもの、トラブル化するのでなく、如何に円満に互いに模索して理解し合うかを求める

  ことが大切なのではないだろうか。

   辛抱美学に陥ることなく、無駄な辛抱や、役に立たない辛抱、さらに悪くなる辛抱というもの辛いだけではない

  だろうか。辛さ三年何も残らないでは辛さだけで楽しみは生まれない。現状に満足しているのであれば別だが、そ

  うでなければ、辛抱ではなく行動を起こすことが正しいのではないだろうか。

   辛抱をやたら強要する人たちは、権力と物を握っている人に多く見受けられる。まず親という人たちは、何事に

  も、まず辛抱をアドバイスしないだろうか。さらには経営者とか管理職などの人々は辛抱することを迫るのでは

  ないだろうか。門前の小僧お経を読むというような諺を引き合いに出し、辛抱することが自分の為だという論理を

  進めるのではないだろうか。それが最も正しい自分の人生なのか、よく吟味する必要があるのではないだろうか。

   辛抱美学化という発想ではなく、辛抱することのメリット、デメリットをよく考え、客観的に自分の人生を見つ

  めることが大切なのではないだろうか。

   特に人間関係上の辛抱は、あまり良い結果になることはなく、むしろ悪くなる傾向にある。という事は対人援助

  の場で、曖昧な対応はますます人間関係を悪くするということになる。曖昧ではなく立場や役割、できること、

  できない事を明確にした、対応が望ましいのではないだろうか。曖昧がコミュニケーションではなく、互いに理解

  した関係をつくるのがコミュニケーションであることを肝に命じた対応が望ましいのである。

   はっきりしない曖昧な態度で対人援助をしてしまうと、誤解の掛け算となり、どうにもならない人間関係を

  築くことにもなりかねないのである。

   人間関係に角をつける必要はないが、明確にしておく必要はある。それが対人援助という職業なのではないだろ

  うか。「しんぼう」は時と場合によって変わるという事ではないだろうか。むやみに「しんぼう」がよいわけでは

  ない。
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