gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

迷歩録    はんせい

2017-06-20 10:45:51 | 日記
 <strong> 静寂の  朝下り坂  雨の路  発芽を狙う  ほうれん草か



                               <strong>ひのひら  ろくべえ




   「はんせい」(反省)とは、自分の行いをかえりみること、自分の過去の行為について考察し、批判的な評価を加えること

   自己の内面的な精神生活または、心的状態に意識、特に注意の作用を向けること(広辞苑)とある。

    昨日、総理大臣が今国会の反省、記者会見を行って反省の弁を述べたと、新聞各社の記事となっている、テレビでも繰り

   返し放送されている。その話を聴くと、反省にはほど遠く、言い訳をしてるに過ぎないのではないだろうか。反省するとは

   広辞苑に意味が書いてある通り、自分の行為をかえりみて、考察し批判的な評価をすることある。その点昨日の記者会見で

   は、言い訳に過ぎず、強行採決までして法を通した理由や、加計学園、森友学園問題の真相は何もわからない状況に至った

   ことなどは何も語られない記者会見である。国民はごまかされてはならない。

    反省とは、言い換えれば、インプットされた過去の状況をフィードバックして、その詳細を分析し、これから役立てるこ

   と、見直さなければならない事などを事細かく考察することではないだろうか。その点から考えると子供の反省で、何も明

   らかにはなっていなかったように思う。言葉だけそれも「はんせい」というだけのことではないだろうか。抽象的表現の言

   葉として反省といったまで、そんな風にしか見えなかった。

    対人援助の中でも、過ちはいくらでもある。その過ちを信頼に繋げるか、不信につなげるかは、その後の行動にかかって

   いる。信頼につなげようとするならば、そこには行動的反省がないと、口だけ、猿でもするよ反省ということになりかねな

   い。人はコミュニケーションを行う時、言葉を聞くだけでなく、言葉と行動の整合性を見たり感じ取っている。そこには

   理屈にない第六感を働かしているのである。

    ちょっと待ってといって待たせておいて、無しのつぶてになる人が多いが、待ってという事は後から何らかのアクション

   があるという事なのに、何もない、ちょっと待っては何なのか、ということになってしまう。このように言葉と行動は関連

   して評価されているものなのである。

    このことを知ってか知らずか、昨日の記者会見のような、言葉行動の不一致こそが、不信を招く最大の行動であることを

   対人援助職の者は知っておく必要がある。

    過ちを日常の対人援助技術のビタミンとするためにも、反省をさぼらず、しっかり行う事が大切であることを教えてくれ

   た記者会見であったのではないだろうか。

    海の上ではアメリカ軍艦と貨物船が衝突して死者が出てるという、そのニュースと同じ時間に総理大臣の記者会見のニュ

   ース、なんだか命や国民というものが軽んじられていると感じずにはいられない。値上げの矢を三本の矢として自慢する記

   者会見、巷で値上げに苦しむ国民を知ってほしいものである。反省のための反省でなく、将来に展望が持てる反省としてほ

   しいものである。反省とはそのようなものであろう。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 迷歩録   ずるい | トップ | 迷歩録   ないしょ »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。