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迷歩録   つなわたり

2017-05-18 09:52:46 | 日記
  <strong>新緑や  眩しく光る  鹿屋かな  バラや満開  勘八踊る


                               ひのひら  ろくべえ




    「つなわたり」とは、サーカスなどで行われる左右に張ったロープの上をバランスとりながら、右から左へ移動して

    見せるものや、渓谷を渡るものなど世界には色々あるらしい。この「つなわたり」が人生の縮図とみてもいいのでは

    ないだろうか。

     幸運とか悪運とか表現する前に、幸運と悪運の「つなわたり」が人生そのものではないだろうか。幸運と悪運のバ

    ランスを保ちながら人間は生、老  死をさ迷ってっているのであろう。明日のこともわからないのに、異常なほど明日

    に期待しながら。窓辺に咲いた夢を摘みながら、今日という日を生きている。それなのにあたかも明日も存在するが

    ごとくのたち振る舞い、何とも悲しい動物ではないだろうか。

     悲しく「つなわたり」するよりか、今日という日を充実させることに集中したものである。大相撲の高安関がイン

    タビーに大関という目標より、今日という一番に集中したいと応えていたのが印象的であった。我々も明日という夢

    ではなく、今日という日の充実を目指すことが大切なのであろう。この積み重ねが自分を創るという事なのかもしれ

    ない。人間は基本的に自由でなければならない。その自由を人生という「綱」の上でバランスを取りながら如何に渡

    って行けるか、渡った先は死というゴールなのである。

     死というゴールはいつ訪れるかわからない。バランスを失えば転落である。人生のつなわたり、幸運や悪運などと

    一喜一憂する余裕があるうちは、人生に行き詰ってはない、綱を踏み外してもない。そんな時である。心配するに至

    らない、悩むこともいらない。そのままバランスをとりながら人生の綱の上を歩けばいいだけである。しかし、バラ

    ンスを崩し助けが必要な者は、その支えとなるものを、見つけなければならないが、支えとなるものが、枯れ枝では

    即座に折れてしまい、転落となってしまう。支えるものは、枯れ枝とならないよう、常にしなりのある竹のような支

    えとなることが大切なのではないだろうか。

     いずれにしても人生は「つなわたり」バランスの上で、右に左に揺れながら、歩いているという事には変わりない

    のではないだろうか。今日という日を充実させたいものである。
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