ひの・かわら版

    
      alima

汐島

2012年05月13日 12時37分16秒 | かわら版

 七条まで行って、早めのお昼をたべました。それからのんびり、高瀬川沿いの桜を見ながら三条まで歩き京都MOVIXへ。「ももへの手紙」をみるためです。

 これは人狼(JIN-ROH)の沖浦啓之監督が制作に7年の月日をついやした作品。「ももへ」とだけ書かれた手紙をのこし、けんか別れをしたまま、お父さんは事故で亡くなってしまいます。

 小学校6年生のももは母のいく子とともに親戚のいる瀬戸内海の汐島に引っ越してきます。なれない島の生活に戸惑うももでしたが、そこで不思議な妖怪たちに出会います。

 フェリーを降りると左手に漁港。港沿いに少し歩くと木造2階建ての雑貨店。その前の街並みの道を北側に歩いていくと長屋門のある古びた家がももとお母さんが暮らす家です。

 フェリー乗り場、ひっそりした神社、昔ながらの島の診療所、雑貨店、山の斜面のみかん畑、凪だ海の堤防、それが汐島だ。

 汐島は広島県呉市の大崎下島を中心に竹原、鞆の浦、今治などの瀬戸内海の風景を取り入れて描かれた架空の島。

 家族の愛や絆がこの映画の主題ですが、それよりもこの島の中に入り込むと昼寝でもしてしまいそうなほんわかとした心地になりました。

 

赤い提灯

2012年04月22日 14時33分33秒 | かわら版

 

 昨年の暮れ、駅の北側にたこ焼き屋さんが新装オープンした。仕事帰りに買い物に行くスーパーの裏道沿いにある。

 戸も窓もない開放的な店から明かりが煌々と灯り、その前のせまい路地まで明るく照らしている。油で黒光りした鉄板に、ちょうど焼きあがって少し焦げたたこ焼きが、野球少年の頭のように行儀よく並んでいる。

 熱気を帯びたたこ焼きに、ソース、粉がつお、青のり、それらがまざったにおいが漂ってくる。若者が3〜4人でせわしく焼いている。

 

 駅の正面階段の横に、もう一軒チェーン店のたこ焼き屋さんがある。鉄板の丸くくぼんだ穴が大きいぶん、焼きあがったたこ焼きもでかい。この店の特徴は仕上げにソースもかけず、青のりもふりかけないことだ。

 だから、小麦粉に濃いめの味付けをした出汁が仕込んであるのだと思う。内側が銀色の四角い紙箱にたこ焼きを入れ、その隅に小さなアルミカップを置き生姜をひとつかみ入れてくれる。

 駅のホームへは階段を上っていくが、この店はその下にあるので見えない。中央改札口付近からは、いつも乾いたような出汁のよくきいた大だこのにおいがしてくる。 

 

 駅の東側の高架下に、本屋さんがある。この店の歩道のななめ前は信号だ。そのすぐ横の道路沿いに、夕方になると「たこ焼き」とかかれた赤い提灯をつるした屋台がやって来る。屋台にぶら下がっている裸電球は、暗いガード下でそのまわりをぼーっと薄黄色く照らす。

 少し小ぶりなたこ焼きは、表面がカリッとしていて中がやわらかい。近頃、たこ焼きを買うとお箸を付けてくれる。が、この店はフネの中のたこ焼きの一番はしっこに、ぶすっとつまようじを2本突き刺す。

 「焼けるまで、もうちょっとかかるけどいいかな?」

 何度かここでたこ焼きを買ううちに、屋台のおばさんは「いつもありがとう」と声をかけてくれるようになった。それからすこしばかり話もするようになった。

 「おばさんのたこ焼きはおいしいよ」

 「そうかね、そう言ってもらえるとうれしいね」

 おばさんは、ここから少し離れた所に住んでいた。昼過ぎから、たこ焼きの仕込みをして午後6時くらいになると屋台を引っぱってきて、ここで商いをした。顔見知りになって5年ほどたつ。

 「ほら、もう歳でしょう、身体がえらくて」

 最近、おばさんは右足の具合がよくないらしい。

 「もう、店をしまおうとおもっとるのよ」

 熱々のたこ焼きを入れた袋を手渡しながらおばさんはそう言った。そう聞いても、なんとも答えようがなかった。

 「毎度、ありがとうございます」

 「・・・ありがとう!」

 それっきり、ガード下でおばあさんの赤い提灯を付けた屋台を見かけなくなった。

 

 

幸福よ急げ

 

 散歩しまひょうか。

 含み笑いで

 女房が云った。

 所帯をもって三十何年にもなるが

 まだわしらはいっしょに・・・・・・

 そうか そうか 亭主はうなずいた。

 取り敢えず

 近くの山の端を散歩した。

 山のはしには

 ススキが少しと

 黄色い豚草のむれと

 捨てられた乳母車があった。

 しずかな汚れた池の傍らで

 背の低いアベックが

 たこ焼きをたべていた。

 あれはまだ食べたことあらへんわ

 口惜しい声で

 女房が云った。

 そうか そうか 亭主はうなずいた。

 「それなら今度は たこ焼やなあ」

 そう云い合って

 にっこりして

 老人たちは散歩した。

                                   

 −詩集 『夫婦の肖像』 天野忠−



みかん

2012年04月16日 20時45分33秒 | かわら版

 「網棚に忘れ物ですよ」

 「中をいっしょに確認していただけますか?」

 「・・・お弁当みたいですね」

 「はあそうですね、ありがとうございました」

 

 朝の通勤電車が駅に着いた。電車の運転手は4両編成の先ほど最後尾だった方へ、車内点検を兼ねながら歩いていく。下車して誰もいなくなったシートの網棚に手提げかばんがぽつんと置かれていた。

 運転手にそう告げるとかばんのチャックを開け、傾けて中がよく見えるようにしてくれた。

 あきらかにバッグは女性用のものだった。中身を確認してくれと促されたとたん、子どものころ人通りのない道でお金をひろった時のようにドキドキした。

 すぐ後に運転手も中身を確認し、丁寧に礼を言って忘れ物を右手に下げ先頭車両へ歩いていった。

 スーッと電車が動き始め窓の外に天の川が見えた。川を横切り街並みのなかを走っている間も、ぼーっと忘れ物のことを考えていた。

 

 『私』はある曇った冬の夕暮れ横須賀発上り二等客車の隅に腰をおろし、ぼんやり発車の時を待っていた。めずらしく『私』のほかにはだれも乗客がいなかった。『私』はかすかな心のくつろぎを感じながら窓枠へ頭を持たせかけていた。

 外をのぞくとうす暗いプラットホームには人影はなくときおり物悲しい犬の鳴き声が聞こえてくる。そんな雪曇りの空のようなどんよりとした風景と『私』の物憂さとが重なるようだった。

 けたたましい下駄の音が改札口から聞こえたと同時に車掌のどなり声がしてくる。『私』の乗っている二等客車のドアががらりと開いて13〜4の小娘が一人あわただしく入ってきた。

 『私』の前の席にすわる小娘は、油気のない髪をひっつめの銀杏返しに結って、ひびだらけの両頬を赤くほてらせた、いかにも田舎者らしい娘だった。しかも、垢じみた毛糸の襟巻をだらりと垂れ下げ、膝の上には大きな風呂敷包みを置いていた。その包を抱いた霜焼けの手には、三等の赤い切符を大事そうにしっかり握りしめていた。

 『私』はこの小娘の下品な顔立ちや不潔な服装が不快だった。二等と三等客車の区別さへわきまえない愚鈍な心もよけいに腹立たしくさせた。

 汽車が横須賀から鎌倉方面へ最初のトンネルの口へさしかかろうとしていた。小娘はわざわざ閉めてある窓の戸を下ろそうとしている。その理由が『私』には呑みこめなかった。

 『私』にはそれが小娘の気まぐれとしか考えられなかった。だから腹の底ではあの霜焼けの手が窓ガラスを下ろそうと悪戦苦闘する様子を永久に成功しないように祈るような冷酷な目で眺めていた。

 トンネルをぬけると貧しい町はずれの踏切にさしかかった。踏切の柵の向こうに薄汚れた着物をきた頬の赤い三人の男の子が並んで立っていた。汽車が通りかかるといっせいに手を振り懸命に何か叫んでいた。

 するとその瞬間、小娘は窓から身を乗り出し、あの霜焼けの手をすっとのばした。勢いよく左右に振ったと思った瞬間、わずかに残る日の光の色に染まった5、6個の蜜柑を子どもたちの頭上にばらばらとに投げた。

 『私』は思わず息を呑んだ。そして、すべてを了解した。小娘はおそらくこれから奉公先へ赴こうとして、わざわざ踏切まで見送りに来た弟たちの労に報いたのだ。


 『私』は大正5年、大学を卒業し文壇に登場し「鼻」で漱石に激賞を受けたが、作家だけでは生活の安定は求められず、横須賀の海軍機関学校に職を得た。横須賀から鎌倉への通勤電車で『私』は大正8年冬に、あの少女に出会った。

 

 網棚に忘れていった手提げかばんの持ち主はどんな人だったのだろう。半透明のタッパ―ウエアにはご飯と煮物らしきものがすけて見えていた。それとみかんがひとつ入っていた。


雨の土曜日

2012年03月24日 13時44分44秒 | かわら版

 きょうは、変な天気でした。朝から風が強く、雨がしとしと降っていました。霧のようなこまかい雨は窓から見える遥か向こうの街並みや東の山々を透きとおったレースの布でおおっているように見えます。

 久しぶりに、エリック・クラプトンのアルバム "BACK HOME" の "Love Don't Love Nobody" を聴きました。

  どんな意味なのかそのまま歌詞でとらえようとすると大変で、何回か聴いてみて大まかな曲の流れと内容をつかんだ方がよさそうです。

 この曲はもともと "スピナーズ" の持ち歌ですが、エリック・クラプトンは埋もれた名曲だと言って、彼自身とても気に入っていました。

 "スピナーズ" のオリジナルの曲も聴いてみましたが、エリック・クラプトンが唄う "Love Don't Love Nobody" の方がいい。 "スピナーズ" はさらりと唄っていますが、クラプトンはやりきれない心情をこちらにぶつけてくるようです。

 きょうのような日に聴くにはぴったりな曲です。ゆったり流れる日々に、少しだけさざ波がたったような雨の土曜日になりました。

 

 

"Love Don't Love Nobody"

 

赤い手袋

2012年03月20日 09時50分05秒 | かわら版

 

 『銀魂』(ぎんたま)は「週刊少年ジャンプ」に2004年02号から連載中の空知英秋の少年漫画だ。

 坂田銀時は10月10日生まれ、身長177cm、体重65kg、甘党でこの漫画の主人公。あおいちゃんはこの「銀さん」にぞっこん。

 あおいちゃんによれば、くぼ先生は「エリザベス」。9月7日生まれで、身長180cm、体重123kg。白いペンギンのような風貌。

 私は「定春」。2月25日生まれのうお座。座高170cm、体重300kgの犬。万事屋の前の段ボールの中に捨てられていた。

 「あおいちゃん、銀さんとありま先生とどっちが好き?」、くぼ先生が尋ねた。

 「銀さん」

 「・・・だけど、結婚するのはありま先生とだよ。中学校を卒業したら、先生、結婚してあげるね!」 

 あおいちゃんはこちらを向いて真顔でサラリといった。

 「えっ、ちょっとそれは早すぎるな。せめて、高校を卒業してからにして」 

 「先生、その時は今の奥さんと別れてくださいね!」

 そう言ってくぼ先生はニヤッと笑った。

 

 

 

 ニューヨークからフロリダに向かう長距離バスの若者たちにまじって、初老の男が乗っていた。ほこりっぽい服装にぎゅっと口をつぐみ身動きひとつせずに席に座っている。

 若者の中の一人の女性が、そんな様子に興味を示し、男のそばに腰をおろし話しかける。男は物静かにに返答しすすめられた酒をひと口飲むと、礼を言いふたたび黙り込んで居眠りをしはじめた。

 翌朝、バスの停車駅のカフェで朝食をすませた後、彼女はまたその男のとなりに座ると、初老の男はゆっくりと自分のことを話し始めた。

 彼は、ニューヨークの刑務所で刑期を終え、我が家に帰るためにバスに乗っていたのだ。

 「結婚してらっしゃるの?」

 「それが、わからないんでね」

 男は刑務所から「子どものことで困ったり、出所するまで待てなかったら自分のことは忘れて、再婚してくれ」と、妻に手紙を書いた。

 「それなのに、あなたは家に帰ろうとしているの、どうなっているかわからないのに?」

 「ああ」

 先週、半年早く仮釈放が決まって彼は妻に手紙を出した。彼の家族が住む町の入口に大きな樫の木がある。戻ってもいいならその木に黄色いハンカチを結んでいてほしい。もし、ハンカチが木に結んでいなければ、その時はバスを降りないでそのまま去るつもりだと。

 やがて、故郷の町まで30キロほどになった。彼は失われた歳月の重みを感じながら擦り切れて折り目がついた妻と子どもの写真をながめた。町まで15キロになり、10キロになった。

 車窓から、遠くの樫の木が見えた。何十枚もの黄色いハンカチが枝に結ばれ、風にはためいていた。

 これは、ピート・ハミルの "A New York Sketchbook" の35話の中の最後の6ページほどの短編「黄色いハンカチ」で、後に第20回ブルーリボン賞を獲得した山田洋次監督の「幸せの黄色いハンカチ」の映画の原作である。

 

 


 朝、5時半に起きた。顔を洗い、身支度をして朝食を食べる。電車を乗り継いで、1時間半。やっと、正門が見えてきた。

 「せんせ〜!」

 あおいちゃんの赤い手袋がゆらゆらと門のところで揺れている。きょうも、手を振りながら待っている。いつものようにいっしょに下足場に向かって、ほんのひと時、他愛もない話をしながら歩いていく。

 そんな明日はもうこない。

 きのう、あおいちゃんは卒業していった。