「名前は何と言うのですか?」
「ハルヤマです」
「いや、あの・・・」
「・・・あぁ、ハナコです」
朝、8時。JRの駅を降りて、少し歩くと細長い公園がある。そこを通り過ぎて、右に曲がり高架をくぐり線路に沿った歩道をさらに歩く。職場はまだまだ先だ。
途中、廃屋になった工場がある。手入れされなくなった木々にまじってフェンスから飛び出した葉っぱの先に真冬なのにセミの抜け殻がくっついていた。
たった今、羽化したばかりに見える姿に驚いてしゃがんでながめていた。
「この辺りは、夏、セミがいっぱいいますよ」
突然、背後から声をかけられた。それがハルヤマさんだった。
「川向うの小学校で教師をしています」
おおざっぱな自己紹介をしてほんの短い時間、立ち話をした。
「名前は何と言うのですか?」
ハルヤマさんは勘違いをしていた。それで、飼い主も犬も名前がわかった。ハナコは柴犬よりもひとまわり大きく、スマートな体つきをしている。
おはようございますと挨拶をかわし、お互いのことをほんの少しさらけただけで、とたんに親しい間柄になったような気がした。
ハルヤマさんは丹波篠山で猟師をしていたそうだ。どう、めぐり巡ってここへやってきたのだろう。
ハルヤマさんが猟師なら「晴山」でも「治山」でもない。きっと「春山」だ。春の山に咲く花、そんなたわいもない発想から、ハナコはカタカナやひらがなのではなく漢字で「花子」の方が何となくふさわしいと思う。
春山さんと花子は公園の方へ行くらしい。ふたたび西へ歩き始めると、轟々とけたたましい音を立てながら高架を電車が走って行った。

















