ひさぶろぐ

主婦らいふ:わたしのとりとめない話


身の程を知る

2016年10月08日 | 日記2016
高1の長女の学校では、2年生から文系、理系コースに別れる。
先日、その希望調査があった。

「印鑑押して!」(調査票には保護者の確認印が必要だった。。)
書き終わった調査票を娘から渡された私。
目にした途端、私は驚いた。
驚いて、驚いて、
その驚きが過ぎると
次には、めらめらと怒りの炎がたちのぼった。

「あんた、なに考えてんのよおーー!!」
いきおい、私はどなっていた。

文系コースを選択する彼女。
数学が苦手な娘は
端から見ても、絶対文系向きだと思う。
後ろ向きな選択だけれど
現実的な選択だと思う。

しかしだ、、
調査票の項目の希望大学に
超がつく難関校を書いていたのだ!!

おいおい、自分の今の学力と、成績と
勉強に対する意欲と情熱を考えたら
そんな大学、逆立ちしたってムリに決まってんじゃないの!!
ねぼけたこと言ってるんじゃないわよ!!
恥ずかしくて、この調査票を学校に出せないわよ!!
印鑑押さないからね!!
いい加減、身の程を知りなさいよおーー!!

私がそう言い放つと、娘は大泣きして
自分の部屋に閉じこもった。

後日、娘が、その大学のレベルがいかに高いかということを
知らなかったということを判明し
事態は一見落着した。
(まあ、誰が聞いても知っているあの有名な大学のことを
ちっとも知らなかった娘にまた違う意味で驚いたけれど。。)

高校生にもなれば、だんだん自分の力というものが見えてくる。
何ができて、何ができないか、
何が好きで、何が嫌いか
社会の中における、自分の位置が
おぼろげながら見えてくる。

「何にでもなれるよ!」
幼い頃から、親や先生から言われてきたその言葉が
決して本当ではないことを知る。
自分の可能性が無限ではないことに気づいていく。

それが身の程を知るということだと思う。
そのうえでの選択が、自分だけの人生と幸せをつくって
いくのだろうと思う。

昔はよく、「身の程知らず」という言葉を聞いた。
「身の程を知りなさい」ともよく言われた。
考えると、それは、
自分の出自や見た目や
外部からの評価だけでなく
自分にしかわからない、自分と向き合えと
いう意味もあるんじゃないだろうか。

「身の程知らず」という言葉を
今は、あまり聞かない。
もう「身の程知らず」は、ふつうのことなのかもしれない。

「身の程知らず」が自分の人生を得るには
身の程知らずを打破できる力が自分にあることを
確信している必要がある。
ということは、やっぱり、身の程を知っていなければならないのだ!!









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