古代日本国成立の物語

小学生の頃から好きだった邪馬台国と古代史。自分なりに解き明かしたいと思い続けて40年。少し真面目に取り組んでみよう。

鴨都波神社

2016年10月14日 | 神社・仏閣(実地踏査)
2016年6月18日、高鴨神社に次いで奈良県御所市宮前町にある鴨都波神社。高天彦神社、高鴨神社は標高の高い山麓にあったが、ここは山を下って奈良盆地を縦貫する国道24号線沿いにある。

祭神は積羽八重事代主命と下照比売命。神社のサイトにある説明をそのまま記載する。

 鴨都波神社が御鎮座されたのは、飛鳥時代よりもさらに古い第10代崇神天皇の時代であり、奈良県桜井市に御鎮座されている「大神神社」の別宮とも称されています。
 おまつりされている神様は、「積羽八重事代主命」(つわやえことしろぬしのみこと)と申され、大神神社におまつりされている「大国主命」(おおくにぬしのみこと)の子どもにあたる神様です。国を守る農耕の神様として大変崇められ、宮中におまつりされている八つの神様の一神でもあります。
 また、一般的には「えびす神」という呼称で、商売繁盛の神様としても有名です。
 そもそもこの葛城の地には、「鴨族」と呼ばれる古代豪族が弥生時代の中頃から大きな勢力を持ち始めました。
 当初は、「高鴨神社」付近を本拠としていましたが、水稲農耕に適した本社付近に本拠を移し、大規模な集落を形成するようになりました。そのことは、本社一帯が「鴨都波遺跡」として数多くの遺跡発掘によって明らかになっています。
 彼らは、先進的な優れた能力を発揮して、朝廷から厚く召し抱えられました。そのような「鴨族」とのかかわりの中から誕生した本社は、平安時代には名神大社という最高位に列せられた由緒ある名社であります。


この説明にあるように、この神社は弥生時代の遺跡の上に乗っかっている。この鴨都波遺跡は古代の葛城を語るうえでたいへん重要な遺跡であるが、詳しくは神武東征のくだりであらためて書きたい。
国道24号線を南下し近鉄御所駅を少し行ったところ、神社の手前の小さな交差点を左折、神社をぐるっと回り込んだところに駐車場がある。現在のメインストリートである国道からみると裏通りに神社の入り口がある。

一の鳥居(たぶん)。
駐車場からそのまま神社に入るとこの鳥居はくぐらない。それどころか鳥居の存在もわからない。神社を背にして参道らしき道を少し行ったところで鳥居発見。鳥居の奥に見える緑が本殿のあるところ。


拝殿。


拝殿裏手に本殿。


祭神と由緒。


高鴨神社と比べると小ぶりで寂れた感もあるが、こちらの方が歴史を感じた。
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