古代日本国成立の物語

小学生の頃から好きだった邪馬台国と古代史。自分なりに解き明かしたいと思い続けて40年。少し真面目に取り組んでみよう。

垂仁天皇(その3 當麻蹶速)

2017年06月22日 | 古代日本国成立の物語(第二部)
 當麻邑に住む當麻蹶速という力持ちがいた。垂仁7年、當麻蹶速が、自分に並ぶほどの強い者に出会って生死を気にせずに力比べをしたい、と言ったのを天皇が耳にした。天皇は臣下たちに當麻蹶速に勝てるほどの力持ちがいるかと問うたところ、出雲に野見宿禰という勇士がいると答えた者がいた。天皇は出雲から野見宿禰を呼び寄せて當麻蹶速と埆力(相撲)を取らせた。結果は野見宿禰の圧勝におわり、當麻蹶速は残念ながらこの一戦で命を落とすこととなった。これが日本の相撲の発祥と言われると同時に當麻蹶速は相撲の開祖と言われている。また、この一戦が初の天覧相撲であるとも言われる。
 當麻蹶速がいた當麻邑は現在の奈良県葛城市にあり、2004年までは北葛城郡當麻町として町の名に「當麻」が残っていた。その當麻邑のある葛城は神武王朝の拠点であった。片や、野見宿禰がいた出雲は邪馬台国である崇神王朝が制圧した国である。この「當麻蹶速vs野見宿禰」の勝負は「葛城vs出雲(邪馬台国)」であり「神武王朝vs崇神王朝」と言い換えることができるのではないか。そして葛城(神武王朝)が敗れた。これは当時の勢力状況を反映しているのかもしれない。

 葛城市には相撲館「けはや座」がある。相撲に関する資料が約12,000点もあり、本場所で使われるのと同じ土俵がつくられているらしい。すぐ近くには當麻蹶速の墓と伝えられる五輪塔がある。また、桜井市には相撲神社があり、先の勝負が行われた場所とされる。第12代景行天皇の纒向日代宮跡のすぐ近くである。
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