ついてるついてる ハッピーライフ! ~どんな時でも笑顔といっしょ~

脳出血で人生が変わったトッシーのブログです。ハッピー介護の記事は2009年3月から。
プラス思考で全てがハッピー!

「足る」を「知る」こと

2017年12月11日 | 大切なこと

 トッシーです。いつもありがとうございます。

 今年も残り僅かとなりました。
 今年ほど、自分の人生で、今まで経験したことがない1年になったことは間違いありません。
 その意味でも、忘れられない1年であったといえましょう。
 知ってるつもり、分かってるつもりと実際との隔たりも強く実感し、葛藤が続いた年でもありました。
 そんなことのひとつが、「足るを知る」いうこと・・・。
 
 自分の右手右足がタランタランで全く動かないことが初めて分かった時には、「とにかく手足が動けば他のことはもうどうでもいいから」と本当に思ったことがありました。間違いなく・・・。
 それが徐々に良くなって来た時、悪かった時のことを忘れてしまうのか、現状に対しての不満が出てくるんです。あれほど「手足が動けばもういい・・・」と思っていたのに・・・。
 時の経過と共に更に良くなってきたことを実感しても、感じていたはずの感謝の気持ちも幸せ感も長続きはせず、やっぱり出るんです、不満の心が・・・。

 そんな思いを口にする度、masaによく言われたものです。
「足るを知らないと・・・」「生きてることが奇跡」「感謝しないと・・・」って。
 分かっているつもりだけど、やっぱり出てくるんですね、「もっと、もっと」が・・・。


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幸せの本質とは、「足る」を「知る」こと


(中略)
「幸せ」とは、外的なもので決まるのではなく、「心」の問題として決まります。
「もの」も、「金銭」も、「状況」も、「環境」もすべて、「心」がないかぎり、幸せを感じることはできないようです。
 逆に、「もの」や「金銭」がなくても、あるいは、「状況」や「環境」が他人から見てひどいものであったとしても、「幸せと思う心」があれば(幸せだと思っていれば)、その人は「幸せ」になることができるのです。
 
 京都の龍安寺というお寺に、水戸光圀公が寄贈したつくばい(茶室に入る前に手と口を清めるために使う手水鉢)があります。このつくばいは、「知足のつくばい」と呼ばれています。知足とは、「足るを知る」という意味で、人間の欲を戒める言葉として、「禅」の悟りのひとつとされています。
 このつくばいは、四方に文字が書かれており、「吾唯足知(われ・ただ・たるを・しる)」と読むことができます。
「幸せの本質とは、「足る」を「知る」ことにあり、その1点を知っているだけで、心豊かで幸せになれる」ということのようです。

 人間が心穏やかに、楽しく幸せに生きるためには、次から次へと求めずに、「足るを知る心」が必要です。
「自分がどれだけ恵まれているのか」を知ることができたとき、本当の心の幸せが得られるのではないかと思います。

           小林正観著「ありがとうの魔法」より


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 「幸せになる」ことについては、そう思えばなれるんだと本当に思っていたことも、人に話していたことも事実です。でも今回の場合には、実際にはそんな簡単には思えなかったことも、残念ながら事実です。
 「有難い」「幸せ」「感謝」と思っていても、どうしても不満が出てくるんですね。
 もっと良くなりたい、元通りの体になりたいって・・・。
 正直、そんな繰り返しの1年でしたね。
 まだまだですね~。


 トッシーで~す。いつもありがとうございま~す。

 追伸で~す。
 写真は、入院中マイナス思考になりがちだったトッシーが、元気になれるように何か書いてくれ・・・とmasaに頼んだものです。病室のカーテンに掲げたので叱られると思いましたが、結構、看護師さんの話題になりました。
 良かったで~す。
 
 

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やっぱり何かが足りない・・・

2017年11月17日 | 大切なこと

 トッシーです。今日もありがとうございます。

 以前、「人はパンのみで生きるにあらず」という言葉を引用して、やっぱりそうだよなぁ~…ということを書いたことがあります。
 実は今もそう思っていて、何か満たされない生活を送っている、もう一人の自分がいます。
 こんなことを書くと、「感謝が足りない!」って、masaに言われそうですが・・・。

 こうして今生活できているのは、masaのお陰。毎日の生活で困ることも、特にありません。一応、何でも自分で出来るんですから・・・。
 でも、やっぱり、何かが足りないんですね。何かが・・・。
 勿論、自分では分っている積りです。それがどのようなものかということが。
 それを追い求める以上、できない現実との間で、やっぱりそれが悩みになってるんでしょうね。
 いっそ何もかもリセットして、今できることで楽しみを見つけたほうがいいかも。先日書いた父のように・・・。
 でも、今は、何かがちょっと違うような気もします・・・。

 人様のお役に立つ

 ポイントは、社会生活に関わり、人様のお役に立てている実感が持てること。
 これさえできていれば、今の何かが足りないという気持ちが無くなるような気がします。
 果たして、今の自分に、それができるかどうか・・・。 
 「そんなできそうもないことを言って、それこそ今生きてることに感謝が足りない、もっと足るを知らなきゃあ~」と言われそうですね。

 先日、車椅子で横になりながら仕事をしている若い人がいることを、テレビのニュースで知りました。病状がどんどん悪くなるその人が、ITを使って自ら会社を起こし仕事をされていたのです。思わず、「う~ん、自分は・・・」と考えずにはいられませんでした。
「生きてることが奇跡。元気で生きてるだけで嬉しい・・・」
 そう言うmasaの気持ちも有難いし、感謝もしているけど・・・。やっぱり、何かが足りない・・・。 



 今日の写真、「相田みつを日めくり」の17日分に書かれているこの言葉、

 きれいな玄関と床の間だけじゃ 
 生活できねんだよなあ
 今日、これを見ていて、こんなブログを書かせていただきました。

 トッシーで~す。今日もありがとうございま~す。 

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そろそろ本気で自分を変えたい!

2017年06月30日 | 大切なこと

トッシーです。いつもありがとうございます。

 

3日ほど前に、近くで野菜を栽培しておられる方が寄って来られました。

草が伸びて気になっていたお隣さんの塀沿いで、前回刈り残した部分だけを刈っていた時です。

「元気やないかな〇〇さん草刈ってぇ~。 なにい、全然足が悪そうに見えんけど、まあすっかりエエやないのう?」

 

いつもですが、問題はトッシーが発する次の言葉なんです。

今回もまた、今までもう何回も答えた言葉とまた同じことを口にしていました。

「みんなそう言やあすけど、全然なんやて~。パッと見る人と自分とでは、全然違うんやてぇ~」

言った直後に、「あ~っ、また言っちゃったぁ~この言葉・・・」

やっぱり感謝がないんだなぁ~トッシーは~・・・。

 

もういい加減本気で自分を変えないと・・・

 

先ほどの言葉、トッシーは、いったいいつまで言ってるんだろう・・・。

「ホントに良くなられましたね!」と喜ばれる人たちに、自分の不自由さ、不満な思いを・・・。

お医者さんにも、看護師さんにも・・・。

 

退院してから会う人は、ほとんどの人が口をそろえたように、

「なんや、そんなに元気やないかぁ~」

「全然分からへんや~」

「そんだけ良くなりぁ~、まあエエなぁ~」

そう喜んで下さる皆さんに、その度にトッシーはこう言って来たのです。

「そんなことないて~。全然あかんのやて~」

「やっぱり、自分しか分からんてぇ~」

 

生きているだけで有難い、感謝すること・・・。

 

でも、もうそろそろ気づいてほしい。

ホントは息が止まっていたかも知れないことを。

今、生きていることが奇跡だと。

生きているだけで有難い、感謝することだと・・・。

トッシーも、もうそろそろ、本気で気づいてほしい・・・。

 

「全然なんやて~。全然違うんやてぇ~」

これを言っている間は、不満の心が表に出て、感謝の心が隠れてる。

いくら、「感謝してる」と言っても、その前には、「不満の心」が大きな顔して立っている・・・。

そろそろ本気で、気づいてほしい。

そろそろ本気で・・・。

 

明日というより、今からは、本気で自分を変えたいです。

もう7月ですから。トッシーも、歳をひとつ重ねますから・・・。

そろそろ本気で・・・。

 

ついてる。ありがとうございます。感謝しています。トッシーで~す。

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「自分しか分からんでね! 自分しか・・・」

2017年05月29日 | 大切なこと

トッシーです。いつもありがとうございます。

 

入院当時、ICU(集中治療室)から出て初めて病室へ移った部屋に、7年ほど前に脳卒中になられた方がおられました。トッシーもまだベッドに横になってばかりで、どんな方なのか全く分かりません。ただ、声を聞いていろいろ想像するだけでした・・・。

声にハリがあり、とても若々しくお元気な印象を受けました。何せ、トッシーの声は元気のない小さな声でしたので、凄い人だなぁ~といつも思っていました。「いいなあ~あの声」って・・・。

だんだん日数が経つに連れ、その方の様子が徐々に分かってきます。勿論、毎日来られる奥様との会話からですが。それ以外に、看護師さん等との会話でも、その方の人柄が何となく分かって来るんです。

いつも車椅子で移動されていることから、歩けない状態であることは分かっていましたが、どんな方なんだろう? お歳は同じくらいかなぁ~? 背が高そうだなぁ~。お顔は?(笑)

 

やがてトッシーが徐々に元気になり、自分一人でベッドから車椅子への移乗が許されるようなると、カーテンから出る機会も増え、その方のお顔も分かるようになり、いつしか毎日来られる奥様を含め、いろいろと声を掛け合うようになりました。

年齢は少し上、7年前に脳出血を起こされ、左側に麻痺が強く残り、手は動かず肩から布で吊っておられます。足には器具を装着される時もあるようで、今回、トッシーより少し早く入院されていたのは、歩行中に転倒され骨折されたからだとか。そしてその器具は、今回の骨折により必要になられたようでした・・・。

明らかにトッシーよりもっともっと大変、しかも7年も前からなんです。それなのに、あの明るさ、前向きさ、いつ見ても目がイキイキしていて、ホント、凄い人だなぁ~!といつも関心して見ていましたね。 

やがてそんな人の前をトッシーが歩き出したものだから、奥様からは「うちらの前を歩かんといて!」(笑) とmasaに言われたこともあったようです。7年前に脳出血で入院された当時のご主人様と比べて、余りに違うトッシーの回復ぶりにそんな思いになられたようです。

「何でこの人はあんなに歩けるんや」ってね・・・。

これが逆の立場だったら、自分でもきっと同じような気持ちになったでしょうね

 

退院が近くなる患者さんが入る病室があるのですが、先にその方が移動され、しばらく後でトッシーも同じ部屋に入り、「あれ、また一緒になったね!」と、更に交流が続きました。その奥様やmasaは、お互いの部屋に入ったり声をかけるなど、病院で知り合った私たちでしたが、お互いの伴侶が同じ病を経験をした者として相手の気持ちがよく分かるのか、辛い闘病生活の中でも楽しい触れ合いが生まれていました。

トッシーはその方とは違って、十分ではありませんが麻痺のある右手でも何とか使えます。足も不安定ながら、まあまあの恰好で(笑)なんとか歩けます。時々変な恰好になったりしますが、それでも何とか杖無しでも歩いています。杖を持たずに立っていたら、片側に麻痺があるなどとは誰も気づく人はいないでしょう。

でもその方は違うんです。まず、車椅子が基本ですので、誰が見ても一目瞭然、手足が不自由な人であることがすぐに分かります。左手は肩から布で吊られていますし、歩行の場合でも四足の杖は手放せません。歩行訓練を始められた当初のその方の表情を見れば、片手が吊られた状態で杖を使って歩く怖さ・恐ろしさが伝わってきます。リハビリでは、その真剣な表情にいつも感動して見ていました。

でも、その方、いつも大きく元気な声でとっても明るいんです。その方ほど、何かあったら必ず「どうもありがとう」と言っておられた方は知りません。患者さんは勿論のこと、世間でもそう、これほど「ありがとう」を口にされる方を、トッシーは知らないですね・・・。

 

そんな方が、会う度によく言っておられた言葉があります。それが、

「自分しか分からんでね! 自分しか・・・」

この言葉、きっと、自分の大変さや辛さは他人では分からない、という意味で言われた言葉だと思います。

大きな病にかかり、急に人生が変わってしまった人でも、落ち込みながらも何とか良くなろうと努力されています。足や手に麻痺が残る人でも、幸いにも歩ける人はみんな頑張って歩いたりされています。人と会えば笑顔にもなります。

それを見た人は、「なんや、歩けるやないか」「元気やないか」という言葉が続きます。勿論、それはそれでいいんです。

でも、その姿や笑顔からは見えない大変さ、苦労、辛さまではなかなか思いが至りません。会えば嬉しいので、笑顔にもなり、元気も出てきます。しかしその裏には、そこでは見えてこない、その人にしか分からない頑張り、大変さ、辛さや寂しさなど、やっぱりいろいろあるんですね。人に会った時にはその嬉しさや喜びの影に隠れて、見えてこないものがあるんです。

それらが分かるのが、やっぱり、同じような体験をした人。それでも本当には分からない、その人にしか分からない思いがあるように思われます。

「自分しか分からんでね、自分しか・・・」

この言葉が、それを表しているのかも知れませんね・・・。

 

少しは人の気持ちが分かるようになったトッシーです。

それでも、まだまだ。結局は、その人の真の思いは、その人にしか分からないものですから・・・。

 

頑張れトッシー! 楽しんでる?

https://www.youtube.com/watch?v=s0al7nEkEvE

ついてる。ありがとうございます。感謝しています。トッシーで~す。

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相手の気持ちが分かってるはずなのに・・・。

2017年05月10日 | 大切なこと

トッシーです。いつもありがとうございます。

 

今朝、masaと話していて、同じ病気のことでも、他人への思い方と自分への思い方が違うってことに気が付きました。これ、どういうことかというと、例え同じ病気であったとしても、他人に対して思っていることと自分に対して思っていることでは、全く違っていたということです。そんなん当たり前やないか、 今更何を言ってるんだ! と言われそうですが・・・。

言われてみれば確かにそうなんですが、最近のトッシーにはとても大きな気付きではありました。

 

今までに何回も書いてきたことですが、 トッシーには脳出血の麻痺が残っています。出血は左視床という部位で出血量が多く、レントゲン写真では脳室というところまで出血しており、医師からは生命の危険性も告げられていたとか・・・。でも奇跡的なことが起こり、無事生き延びることができました。ただ残念なことに、右手右足に麻痺が残ることにはなりましたが・・・。

そうとは言うものの、お医者さんや看護師さんからすれば、今生きているだけでもの凄いことだと受け取られているようでした。

でもそんなこと等知らなかったトッシーからすれば、右手右足がダランとして全く動かない当初から、絶対に元通りになる!という強い思いがあったんですねもっと良くなりたい。もっともっと・・・と。

ところが、もともとの状態を知っておられる病院の方からすれば、その辺りがちょっと違うんですね。主治医ではないのですが時々見回りに来られる医師から「お変わりないですね。良くなられましたね」と言われて、「ありがとうございます。もっとよくなりたいと思っています」と言ったトッシーに対して、「そりゃ贅沢ちゅうもんや」(笑)という言葉が返ってくるんです。しかも、笑いながらですよ・・・。

良くなるぞ~という元気さ、希望が無くなるような、何という冷たいことを言われるんだろうこの医者は。正直、その瞬間はそう思いましたね・・・。

 

言われて嫌なことを自分も言っている・・・。

 

で、昨日、2年ほど前に脳梗塞になられ、今は四つ足の杖を使って歩いておられる近くの方にお会いした時、こんな話になりました。

その方は、退院後3か月間は病院のリハビリに週2回通っていたこと、今は週2回デイサービスに行って、そこでもリハビリをやっていること、歩いていても時々はフラつくことなど、2歳上の同じ病の先輩といろいろ話し合っていました。そんな時です。

「そこまで良くなれればいいじゃないですか。よく頑張られましたね」って、その方に言っていたんです。トッシーが・・・。

ん? こういう言葉って、トッシーがお医者さんから言われていい気持ちがしなかった言葉。それを昨日は目の前の人に対して言っていたのです。

先に書いたように、このことに気が付いたのは今朝で、masaと話していた時。

何でしょうね、これって。自分が言われて嫌だった言葉を平気で使ってしまうなんて、やっぱりそこまで回復できればもう十分だなんて思いが、他の人に対しては、あったんでしょうか?

自分の本心は決してそうじゃないはずなんですがねぇ~。もっともっと・・・ですからねぇ~!

う~ん。まだまだ変われてないなぁ~!

 

写真、右側は最近買った杖で折り畳み式です。家の周りでは使わなくなりましたが、道路に出る時は手に持って歩きます。(笑) トッシーを見た人に注意してもらうためですね。そして左側にある杖は、母が晩年使っていたもので、入院中や退院後しばらくはこれを使っていました。現在は家の中に置いてありますが、夜、トイレに起きた時にはまだまだ必需品です。ベッドから起きた直後は、特にフラフラなんです。それが今の現実ですね・・・。

今生きてることに感謝ながら、希望を持って前に進みましょう!

 頑張れトッシー!
ついてる。ありがとうございます。感謝しています。トッシーで~す。 

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