A.himeのフォト日記

日常の思ったこと、感じたことを自由に気ままに・・・
写真・旅・ワンちゃん・園芸・お花・趣味・日常…etc

満天の星空と言えば…

2016-02-17 | 思い出
満天の星空と言えば…
忘れられない光景があります。

昔、昔、若かりし頃…
瀬戸内海の無人島で見た満天の星空と無数の流れ星。


(四季水彩・田中千尋氏作品より)

今思えば、それは…
たまたま、何かの流星群に遭遇したのでしょう。
ネットも携帯もない(情報量の少ない)時代の、
とても幸運な出来事でした!

その後もあちこち旅をして、
美しい星空を見る機会はたくさんありましたが、
あの日以上の素晴らしい星空と流星たちには
まだ出会っていません…


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苦い思い出・・・

2013-08-08 | 思い出
子どもたちが保育園・幼稚園の頃だったでしょうか?
園の広報誌に載せる原稿を頼まれたことがありました。

決められた字数の中で思いを集約するのは文章を書き慣れない私にはかなりの労力でした。それでも試行錯誤しながら頑張って書き上げたのですが…活字になった私の記事にびっくり!

たしか「私の子育て」のようなことを書いたと思うのですが、紙面の関係で勝手に編集・カットされてしまい、私の言いたかったこと、伝えたかったこととまったく違う記事になっていました。投稿者○○と書かれた私の名前が恥ずかしくて…。

その後、小学校のPTAの広報を頼まれ、広報誌発行に携わったとき、この苦い思いを胸に、頂いた原稿はできるだけそのままに、やむなく編集する場合や校正も内容が変わらないように細心の注意をはらって作成したことを思い出します。


ゴーヤの花


先日の麻生氏の発言も、本人の言いたかったこととは違うように編集・カットされ、その報道(活字)が拡散されて、大変なことになっているようですね。プロである記者の方はこうなることを承知の上で活字にされたのでしょうか。


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戸籍って、信用できる?

2010-08-28 | 思い出
戸籍管理のずさんさが表面化して、問題になっていますが、私も過去に戸籍に関してびっくりするようなことがありました。

今から数十年前のことですが・・・
婚姻届を出してから数年後、実家の母から「あんたの戸籍、まだ残ってるわよ」との電話がありました。「えっ、そんなこと・・・ちゃんと届け出してるのに・・・???」

確かに実家で取り寄せた戸籍謄本には私の名前がありました。結婚したことは記載されてないので、まだ未婚ということです。

婚姻届は二人の戸籍謄本と一緒に居住地の市役所に提出し、各本籍地へは市から自動的に手続きされると聞いていましたが・・・。

念のため嫁ぎ先の戸籍謄本を取り寄せてみると、こちらはちゃんと入籍されていました。

当時はまだラブラブだったので、すぐに市役所に行って事情を説明し、正しく書き直してもらいましたが・・・その後夫婦喧嘩したときなど、「あの時戸籍を未婚のままにしておけばよかった~。もっといい人と結婚できたかも?」などと思ったりも・・・出来るわけないか。
今では笑い話です。


8/2撮影



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古き良き時代・・・凧あげの思い出①

2010-01-15 | 思い出
「最近の子ども達は凧あげをしなくなったね!」

と言うのが、先日の撮影会に参加した仲間の一致した思いでした。
電線の多い町の中なら仕方ないのかもしれませんが、今私の住んでいるところはちょっと行けば田園風景の広がる所です。昔は刈り取られた田んぼの中や広場などで子ども達は凧あげをしていました。最近はここよりもっと奥の田舎に住む写真仲間のところでも見ないそうです。


         やっこ凧

そう言えば先日の凧あげ大会で、風に向かって走らないといけないのに風と同じ方向に走っている子がいたっけ。これじゃ揚らないよね~。また、タコ糸が絡まってぐじゃぐじゃの凧を必死で揚げようとしていた母子もいました。バランスがとれないので、これも揚らないよね。

私が小学校の頃は、学校の授業でみんな凧を作りました。
和紙に絵を書いて、竹ヒゴを組み立て貼り付けます。後ろにタコ糸を張って少し反らせ(反り糸というそうです)、前は3ヶ所タコ糸を結んでバランスをとって結び(糸目糸というそうです)、それに一本の長いタコ糸を結びつけます。新聞紙を細長く切って下に足を2本貼りつけて完了。
後ろへの反らせ具合いや、3本のタコ糸の位置、長さ、それにバランスなどであがり方が違ってきます。
学校の運動場での凧あげ大会もあり、みんな一緒に凧あげを楽しみました。学校だけでは飽き足らず、家でもたくさん作りました。自分達で作った凧をあげるのが楽しかったのですね~。3人兄弟(姉弟)だったので、家の中は凧だらけ・・・(笑)


        角凧

男の子も女の子も、大きい子も小さい子もみんな一緒になって遊んでいましたね~。これを古き良き時代とでも言うのでしょうか。



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七夕さま

2008-07-07 | 思い出
今日は七夕さまでしたね。
天の川が見えるかとベランダから眺めてみましたが、曇っていて見えませんでした。1つ2つのお星さまは見えるのですが・・・

織姫(おりひめ)と彦星(ひこぼし)が1年に1度、天の川をわたって出会うというロマンチックなお話ですが、今年はどこかの地方で出会うことができたのでしょうか?

私が子供の頃はこの地方ではひと月遅れの8月7日に七夕祭りをしていました。ちょうど夏休みの最中で、この日は早くに起きて稲の露を集め、それで墨をすって短冊に願い事を書きました。笹(小さい竹)は母が八百屋さんで買っていたようです。キューリやナスに割り箸をさし、とうもろこしのヒゲでしっぽをつけて動物をつくってお供えをしました。夜になると提灯に灯りをいれて、近所の子供達とゆかた姿で町内をかっ歩。この日だけは夜遊びと火遊び(提灯)が許されていたのです。

母から受け継いだこの伝統行事を、子供達にも伝えようと、毎年七夕の真似事をしていましたが、町中ではこの笹(小竹)を手に入れるのがとても大変でした。個人で飾る家が少なくなり、お店に並ぶこともなくなったので、実家の黒竹を切ってきたりして・・・。

最近は保育園や幼稚園、子ども会、商店街などで笹飾りをするだけで、個人で飾ることはなくなってしまったようです。寂しいですね。



今日の夕焼け。こんなにきれいだったのに・・・


「七夕」の面白い記事を集めてみました。

七夕の星天率

織女星と牽牛星の距離

七夕の伝説

七夕 - Wikipedia


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四つ葉のクローバー

2008-05-30 | 思い出
クローバーで思い出しましたが・・・

子供のころ、よく四つ葉のクローバーを探しましたね~。(今でも時々・・・)
四つ葉のクローバーを見つけると幸運が訪れると言われ、見つけた幸運の葉っぱは本に挟んで押し花にしていました。昔読んでいた本を開くと、今でもそのクローバーが出てくることがあります。

ひとつ見つけると、不思議とその周辺で次々と見つかるので、突然変異の遺伝によるものかもしれません。五つ葉、六つ葉、七つ葉なども見つけたことがありました。最高は九つ葉です。その時は2本の茎がひっついたようになっていたので、五つ葉と四つ葉が合体したようでした。これらも本に挟んでおいたので、いつか、出てくるかも知れません。

最近では四つ葉のクローバーの苗を売っているようです。幸運の四つ葉のクローバーは野原で探すのではなく、買って育てる・・・そういう時代なんですね~。

夢がまたひとつ・・・^^;
     

四つ葉のクローバー雑学

四つ葉のクローバー研究用リンク集



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ポンペイ最後の日

2007-04-15 | 思い出
中川先生は給食が終わると、机の上を片付け、座ったまま手を枕に寝る姿勢をとらせるのでした。そして、昼休みに放送されている音楽のボリュームを下げて、本を読んでくれるのです。先生の朗読でうとうとしたり、眠ってしまってもかまいません。とにかく、静かに伏せていると、頭の上を中川先生の本を読む声が通りすぎていきます。

いろんな本を読んで下さったと思うのですが、遠い昔のことで、今はもう覚えていません。ただひとつだけ「ポンペイ最後の日」だけは強く印象に残っています。

ヴェスヴィオス火山が大爆発し、一夜にして消え去った古代ローマの町ポンペイ。その火山の噴火とそこに住む人々の暮らしと滅びてゆく過程をドラマチックに描いた小説だったと思います。先生の読み方も迫力があって、ぐいぐいとお話の世界へ引き込まれていったのでした。

大人になって、古代ローマやポンペイの話題が出るたびに小学生の頃、担任の先生に読んでもらった本『ポンペイ最後の日』を思い出します。もう一度、今度は自分の目で、読んでみたいと思いながら・・・


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中川先生・・・

2007-04-14 | 思い出
中川先生は、運動だけでなく音楽活動にも熱心でした。クラス全員で器楽合奏部を作り、音楽の時間や放課後に練習し、対外演奏会にも何回か出たことがあります。老人ホームで演奏をしたことがあり、その時は新聞にも載りました。

バイオリンとピアノ(習っていた子がいました。その当時ではめずらしく、お金持ちの子だったのでしょう)。それに大太鼓と小太鼓、アコーデオンが3人くらい?と木琴、鉄琴、オルガン、学校にある楽器を全て使って・・・。その他の子は自前のタテ笛とハーモニカです。私はハーモニカでしたが、半音の吹けるちょっとだけ高度なものでした。そのハーモニカは今でも大事にしまってあります。(捨てられなくて・・・)

小学校のたった2年間のことでしたが、いい先生にめぐり合えて幸せでした。

今では考えられないような学校生活ですね。先生も生徒も保護者も・・・


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いまどきの雑巾・・・

2007-04-10 | 思い出
100均ショップに行きました。大型のショップではいろんなものが100円で買えるのでとても助かります。よく購入するのは文具、洗濯用品、日用品、ワンちゃんのおもちゃなど…。こんなものまで100円で…老眼鏡、小説、CD、子供の下着、紙おむつまでも…びっくりです。

そんな何でも揃う棚に、真っ白い雑巾を見つけました。今は雑巾も買う時代なんですね。

子供達が小学校の頃、新学期が始まるといつも雑巾を2枚づつ持って行くことになっていました。3人の子供がいる私は毎回6枚用意しなければなりません。早くから準備しておけばいいのに、何事もどたんばにならないと始められない私、いつも前日の夜中にミシンを踏んでいました。

日常使っているタオルの中からワースト6を選び、それが雑巾に変身します。周りを縫って対角線を縫って、ぐるぐる渦巻きに縫って完了。それを6枚作るのです。

何でもない作業なのですが、その日に限ってミシンのご機嫌が悪かったりして、結構たいへんでした。100円だったら私も買った物を持って行かせていたかも知れません。^^;

近所に住んでいた学校の先生の奥さんは、雑巾など作ったことがないと言っていました。二人の子供さんは、生徒が持ってきたのが余るので、それを持って行かせるとか…。「オイ!オイ!…」ちょっとショックでした。


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もしかして・・・

2007-04-08 | 思い出
小学5年生と6年生を担任してもらった中川先生は、今思うと熱血先生だったのかも知れません。

こわい男の先生で、毎日漢字の書き取りと算数の計算の宿題がたくさんあり、宿題をしてこなかったり、忘れてくると、皆の前に並ばせられておしおきをされました。たたいたりつねったりではなく、両肩をむぎゅっ!とつかまれるのです。いわゆる肩もみですね。子供にはそれが痛くって・・・おかげで計算と書取りの力がついたらしいのですが。

そんなこわい先生でしたが、休み時間や放課後、よく私達と遊んでくれました。ドッチボールをしたり、チョーゴロ(そんな名前だったような?)をしたり・・・日曜日に自転車で校庭に集合し、先生の家までサイクリングをしたこともありました。先生のお母さんがお茶とお菓子を出して下さったのをぼんやりと覚えています。

奥さんはいないようだったので、30歳すぎぐらいだったのかな~?


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