横浜市都筑区耳鼻咽喉科

南山田(センター北と北山田の間)の耳鼻咽喉科院長のブログ。

感音難聴

2012-09-16 10:01:21 | 院長ブログ

9月13日のニュースで、”ES細胞移植でネズミの聴覚を回復、難聴治療に希望”というのがありました。ES細胞(胚性幹細胞)を体外で耳前駆細胞にして、それを化学物質で内耳の細胞の働きをなくしたネズミに移植し、移植前に比べ平均で46%の聴力改善が得られたという発表です。ずっと将来のことになるでしょうけど、人間に応用できるようになることも、期待したいです。

加齢による難聴:外耳から中耳にかけての、音を伝える仕組みに異常がある難聴を伝音難聴と言うのに対し、音を感じ取る細胞のある内耳から脳にかけてのどこかに異常があって起きる難聴を、感音難聴と言います。人間は誰でも、年齢とともに少しずつ内耳の細胞が劣化していき、だんだん難聴が進行していきますが、加齢による難聴も感音難聴です。この場合は、高音部が先に悪くなり、低音部ほどゆっくりなので、聴力検査のグラフでは右肩下がりで、高音漸減型と呼ばれる形になります。

若いころ、大先輩の眼科の先生が難聴で受診され、これは加齢によるもので治療法がないことをご説明したところ、冗談半分本気半分で、”眼科は手術で白内障を治せるようになったのに、難聴には治療法がないとは、耳鼻科はだらしないぞ”とお叱りを受けたことがあります。内心は、”内耳は眼なら網膜に当たります。耳鼻科だって、眼の水晶体(レンズ)に当たる鼓膜だったら、手術で治せます。”と反論したかったのですが、その時はすみませんとしか言えませんでした。

突発性難聴:急に感音難聴を起こす病気がいくつかありますが、代表的なものは、突発性難聴です。明らかな原因なしに突然発症する感音難聴です。特効薬はステロイドホルモンですが、治療が遅れると改善しないことがあり、1週間以内ないし2週間以内に、治療を始めないといけません。身体の安静も必要になります。

低音障害型突発性難聴、蝸牛型メニエール:低音部だけに急に難聴を生じる病気です。内耳には音を感じ取る蝸牛と、平衡感覚の器官(三半規管など)があります。両方の症状、すなわち低音の聴力低下とめまいが起きる病気がメニエール病です。しかし、めまいはなく蝸牛の症状だけが起こることが、圧倒的に多いです。この病気は、内耳の中のリンパ液が増えて、内リンパ水腫という状態になって発症すると考えられ、この水を血液の中に引っ張り出して、尿に出してしまう、浸透圧利尿剤が特効薬です。素因のある方が、寝不足や疲れをきっかけに発症します。この病気は治っても、繰り返すことが多いです。

中耳炎症→内耳炎:逆に高音部が急に難聴になった場合は、内耳と中耳の境の窓に、問題がある可能性があります。蝸牛は文字通りカタツムリの殻の形をしていて、部位によって違う高さの音を感じ取ります。カタツムリの螺旋の一番外側の中耳に接している付近が高い音を感じ取り、中心部に近づくほど感じ取る音が低くなります。急性中耳炎など中耳の炎症が、内耳に波及することは珍しいことではありません。この場合の難聴は、中耳に近い部位、高音部の聴力から低下します。

外リンパ漏:強くいきんだ時などに、中耳と内耳の境の窓が破れることがあります。破れた窓からリンパ液が漏れると、内耳の細胞も障害されます。このときも、まず中耳に近い高い音から聞こえなくなることが多いようです。リンパ液が漏れ続ければ、難聴は高度にそして広範囲にどんどん進行していきます。この場合は、最後は全く聞こえない状態になる可能性があるので、緊急手術で破れた孔を閉じる必要があります。

聴神経腫瘍:急性感音難聴で注意が必要なのは、この病気です。聴神経は脳の続きで、この腫瘍は頭の中の小脳と橋の間に発生するので、一種の脳腫瘍です。良性の腫瘍ですが、少しずつ大きくなって、だんだん聴力が落ちていきます。しかし、ときに急激に悪化して、一見突発性難聴のように見えることがあるのです。それほど多い病気ではありませんが、治療しても治らない突発性難聴は、MRIの検査を行った方がよいと考えています。

音響外傷、騒音性難聴:大きな音を聞いて難聴になることがあります。勤務医のころ、東京ドームでコンサートがあった翌日、急に難聴になった方が、何人も受診されたことがありました。音響外傷などと呼びますが、急性のものは突発性難と同様の対応で、すぐ治ることが多いです。しかし、大きな音を聞く環境の仕事を長年続けて、次第に進行した騒音性難聴は、治すことはできません。これ以上進行しないように、予防の指導をするしかありません。このような騒音性難聴はCdipと呼ばれる、4000Hzという高さの音が谷底になる形で、進行していることが多いです。

おたふくかぜなどのウイルスが内耳に感染して起こる難聴も感音難聴ですが、これも治らないことが多いです。薬の副作用で起こる難聴もそうです。通常使う薬ではめったにありませんが、過去に結核の治療に多く使われていたストレプトマイシンや、抗がん剤の一部に、そういう副作用があります。先天性の難聴も、ほとんどが感音難聴です。しかし、片側の耳が聞こえないだけなら、音が聞こえてくる方向が分かりにくいし、そちら側から話しかけられても分からないことはありますが、さほどのハンディにはならないことが多いです。

人工内耳:以前は両側の耳が聾の場合、治療法がなかったのですが、現在は人工内耳という方法があります。感音難聴の多くで、蝸牛の細胞は働いていなくても、耳から脳に信号を届ける神経や脳の聴覚の中枢は正常です。蝸牛は部位によって感じる高さが違いますが、神経も細かく分かれてそれぞれの部位に対応していて、聴神経はこれらの神経の支流が集まった束なのです。このことを利用して、音の高さの違いに応じて電流が流れる電極が何カ所かについた、細い針金のようなものを、手術で蝸牛の螺旋の端の方から中心に向けて、差し入れます。体外の器械(例えば耳掛け式の補聴器のような大きさと形)が、入って来た音に応じて、蝸牛の中に渦巻き状に差し入れられた電極のうちどの電極の組み合わせが最適かを判断し、音を電気信号に変えます。

人工内耳は、本来の聴力を取り戻させてくれるわけではないのですが、脳は偉大です。少ない情報量の、しかも以前とは違う組み合わせの信号に順応して、言葉として聞き取れるようになってくれます。100%の成功率ではないのですが、現在、日本でも多くの方がこの手術を受けて、一定の聴力を得るようになっています。

20以上年前、私がスウェーデンに留学していたとき、人口内耳は日本ではまだほとんど使われておらず、当時スウェーデン全国の人工内耳の手術をほぼ一手に行っていた、ストックホルムにある施設を見学しました。その頃はまだスウェーデンでも、人工内耳は成功率が一番高い中途失聴者を中心に行われていました。手話がひとつの言語として認められ、聾者の社会における地位が日本に比べると格段に確立しているということもあって、当時はスウェーデンも小児に対する人工内耳には慎重でしたが、現在は新たに生まれる聾児の9割が、人工内耳手術を受けています。日本でそうなるのは、まだまだ先のようです。

人工内耳は、両側ともほとんど聞こえない方に行う方法です。補聴器を使えば大丈夫な程度の聴力が残っている場合には、適応になりません。その意味でも、加齢による難聴には適応がないのです。30年前にお叱りを受けた眼科の先生に、胸を張って難聴は治せるとお答えすることは、まだできません。

 

 

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