ちいさなちいさな いのりのことば

 * にしだひろみ *

“自由”*日々のつれづれ*

2016年10月12日 | Weblog

姪の言葉です。

「どうして、お兄ちゃん(従兄である、わたしの息子のことです。)ばっかり自由なの?」


ホームスクールを選択し、かつ、「みんなで学校」と名付けた学びの場で過ごしている息子が、羨ましい、というのです。

その真剣な目に、なんと答えを返したらいいのか、戸惑いました。



息子は、確かに、自由に見えるでしょう。

いつでも、どこにでも、行けます。

やりたいことを好きなだけ、やることができます。

宿題もありません。



でも、その自由は、とても厳しいものです。

いつ、何を学ぶべきか、誰も教えてくれません。

何かを教えてほしければ、その人を自分で探さなくてはいけません。


友だちに毎日会えるわけではありません。

休み時間ごとにおしゃべりしたり遊んだりすることは、できないのです。

みんなで合宿をしたり、旅行をすることもありません。

本人が意欲を持ち、親が積極的に、集団活動ができる機会を見つけて飛び込んでいかなくては、集団を経験することもできず、一人ぼっちになるのです。

また、まわりの人たちに、心配や迷惑をかけ続けてしまいます。

厳しい言葉をいただくことも、少なくありません。

本人もそうですが、親が、精神的に強く居なければなりません。


どんな生き方をしてこようとも、大人になれば、まわりの人と同じ学力や社会性を求められます。

そんな、険しい道においての自由なのです。


ホームスクールをお薦めすることは、できません。

学校に行けるならば、行った方がいい、と思っています。

頑張れるのなら。

嫌なことがあっても耐えられるなら。


学校では、とても効率的に様々な経験ができ、無理なく学力をつけられます。

独学の道は、楽しくもあり、それはそれは、厳しいのです。



学校がどうしても苦しい、苦しくて苦しくてたまらない、

そんな子供であるなら、他の生き方を選択できるようであってほしいです。

その選択肢は、多ければ多いほど、いいと思います。

その子供が、いちばん、自分らしくいられる道を選べるように。



わたしの息子は、たまたまそれが、ホームスクール、そして、野山で自由に学びあう「みんなで学校」でした。

やりたいことがたくさんあり、学びたいことがたくさんある息子なので、今のところ、豊かな学びができている様子です。

だんだん、この道においての自由の重みを理解するようになり、

ただ生き生きしているばかりでなく、真剣に、自分の適性や夢について考えはじめています。

わたしも、できるだけのよい機会をもたらそうと、努力を続けていきます。

(そうしながら、息子に、とても多くのことを教わっています。ですから、息子のため、というのは間違いで、わたし自身のための日々なのです。)



かなり個性的でありながら、学校に通い、頑張っている姪。

それを、祈りに似た想いで応援している弟夫婦。

そのままでいい、と、思うのです。


姪よ、

いつか、本当に辛くなって、行き場がなくなってしまったら、

いつでもおいでね。

ここに留まらずとも、ほんの少し、羽を休めに。

わたしは、そんな気持ちで、あなたのことを応援しているよ。



姪っ子に、次に問われたら、

今度こそ、納得できるような答えを差し出せるでしょうか。









ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 育み人養成講座*日々のつれ... | トップ | 『たのしいふゆごもり』*私... »
最近の画像もっと見る

あわせて読む