ちいさなちいさな いのりのことば

 * にしだひろみ *

自由な学び*日々のつれづれ*

2017年01月20日 | Weblog

今年に入り、息子の勉強意欲が強くなってきました。

知りたいことが、たくさんたくさん、溢れだしてくるようです。


政治のこと、もののしくみや構造、樹木の働き、化学、計算、言葉、歴史に地理。

毎日、あれもこれもと勉強しています。


わたしは、元々“教える”というスタンスではないのですが、

それにしても、分からないことばかりなので、一緒に学んでいます。



学校の教科書の内容は、だいたいは、わたしの頭に入っています。

その内容を踏また上で、息子が望む資料を使い、息子の自由な方向へと、学びを進めるようにしています。

図書館で選んだり、書店を覗いてみたり。

時には、海外の学校で使われているような内容、方法を選ぶこともあります。


時代を越えることもあります。

算数などは、現代の方法よりも、江戸時代の方法(和算)の方が、息子にはぴったりくるようです。

脳の思考回路が、そのようになっているのでしょうか?

とにかく面白いようです。



国も時代も自由に越えて、息子の学びたいように。

手探りですが、こんなこともまた楽しいものですね。












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くるみ*日々のつれづれ*

2017年01月19日 | Weblog

毎晩、くるみ割りと、実のくりぬきを続けていて、気がついたのですが、

実を取り出しながら、わたしも息子も、心の奥に置いたままにしておいた想いを、ポツリポツリと、話すのです。

自然と、そうなるのです。


“あのとき、こんな風に感じていたの…”

“そういえば、こんなことがあったっけ…”

そんな風に。


くるみの実を取り出す時、わたしたちの心にも、同じことが起こっていたのですね。

部屋の掃除をすると、心の中がすっきりするのと同じように。


不思議でした。



息子の場合、想いを言葉にできるまでに、長い時間を必要とすることがあります。

特に、苦しい想いは、すぐに表現しないと、いつまでも苦しいものですが、

息子には、それが難しく、何年も経ってからようやく言葉にできることも、よくあります。


ところが、くるみの作業をしていると、想いの言語化が、とてもスムーズにできるようです。

どんどん、どんどん、溢れるように。


くるみの実は、深い溝の奥まで満ちていて、取り出すのは大変です。

わたしは、「千枚通し」という道具を使って、掘り出すようにしています。

息子は、竹ひごの先を小刀で削り、自分の使いやすい道具を作り、使っています。


奥のものを掘り出す、大変さと、達成感。

これが、心にも同調して起こるのですね。



息子は、時には涙を溜めながら、話します。

“ぼくね、あのとき、本当はね、・・・”

くるみを、深く、掘り出しながら。


わたしも、深く深く、掘り出しながら、耳を傾けます。



くるみの作業を終えた後、息子は穏やかな顔になります。

なんて有り難いことでしょう。

自然界のものは、なんという大きな作用を及ぼしてくれるのでしょう。

はかり知れません。



くるみは、まだまだあるのですが、

それでもそのうち、なくなってしまいます。



どうか、少しでも長く、この作業ができますよう…。



いつの間にか、急がずに、ゆっくりゆっくり作業をするようになった、わたしです。









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わたしの冬の一日*日々のつれづれ*

2017年01月15日 | Weblog
“まるで片栗粉だね!”

先行く息子が言います。


一晩でどっかりと積もった雪。

除雪に追われ、それから、森に探検に出かけます。



ふわふわした雪は、ほんとうに、片栗粉のようで、

こういう雪は、雪かきもしにくいですし、遊ぶのにも、ちょっと大変。


どこまで行けるかな?と思いながらの探検でしたが、一足ひとあしが大変で(膝の深さまで積もっていましたので)、ほんの少しのところまでで断念。


でも、きれい。

冬の森は、ほんとうにきれい。

二人で、ただただ、歓声を上げました。



雪の白と、空の青だけの世界。

嬉しい気持ちがこみあげます。


森の空気をたくさん吸って、思い切り吸って、

わたしごと、みんな、入れ替わってしまうくらいに吸って、

とてもとても、いい気持ち。




家に戻ってから、後回しにしていた、くるみ仕事。

拾い集めたたくさんのくるみを、割り、開いて、実を取り出すのです。

なかなか、力と根気のいる仕事です。


でも、あたたかいコタツと、静かな音楽と、窓からの美しい冬景色があるから、楽しい楽しい冬仕事。

明日は、くるみのケーキを焼いてみよう。

こんな冬の一日が過ごせることに、心から、感謝。



冬眠中のわたしの、一日です。


寒いけど、大変なこともあるけど、

冬にこその幸せがあって、それを大切に、しっかり感じて、過ごしたいと思っています。


せっかく、この地球に生まれてきたんですものね。

やりたいこと、叶えたいことを、心に抱いて、

きっと、よろこびいっぱいに、降りてきたんですものね。












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『青い鳥』*私の本棚*

2017年01月11日 | Weblog

読み終えたばかりの『青い鳥』(メーテルリンク)を抱え、窓の外を見ると、

いつの間にやら、雪が降っていました。

静かに、静かに。

この雪は、積もりそうです。



素晴らしい本です。

『青い鳥』



子どもの頃も、学生の頃も、読んだことのある本ですが、

いまのわたしこそ、この本の、本当の価値が、ようやく理解できたのだと思いました。

もちろん、全てではなく。

全て本当にわかるのは、もっともっと歳を重ねた後なのかもしれません。



ただ、子どもの頃と変わらないのは、

読んだ後に、自分のまわりの、溢れんばかりのたくさんの幸せ、喜びが、みえるようになることです。

世の中の流れや、他の誰かが打ち立てた指標や目標に、左右されず、

なぜこの世界に生まれてきたか、自分の人生をどう生きるか、考えさせてくれます。

また、草木や動物、あらゆる物質たちとはどのような存在か、(目に見えないものも含めて)、示してくれます。



今回、特にびっくりしたことは、“月夜の森”に出てくる樹木たちが、全て、ケルトの木の暦(シンボルツリー)に選ばれた木であった、ということです。

作者のメーテルリンクは、ベルギー生まれの人ですがら、ケルト文明圏です。

数えきれないほどの木々のなかで、古代に特に神聖とされていたこれらの木々を選んだ作者。

大いなる直感が働いたのでしょうか、あるいは、木々だけでなくあらゆるものと、心通わすことのできる人だったのかもしれません。



本を閉じたわたしのまわりに、ささやかな、いくつもの幸せと、よろこびが、溢れているのがわかります。

母となったいま、そのよろこびは、いっそう大きく、確かなものとして、感じられます。


ほんとうに、素晴らしい本です。


また、時間を経て、読み返したいと思います。


わたしが、おばあちゃんになるまで生きることができたとして、

その時に、この本を読んだら、もっと大きな感動に包まれることだろうと思います。


こんな気持ちにさせてくれる本は、そう多くはないものです。


やはり、素晴らしい本です。







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「学校」から「市場」へ*日々のつれづれ*

2017年01月08日 | Weblog
まる一年が経過した「みんなで学校(仮)」。

次の段階に進む時期が来たような気がしていました。

豪雪地帯での開催なので、基本的に冬の間はお休みするのですが、

次の春からどんな風に開いていこうかな・・・と考えていました。



きっと、他のメンバーのみんなも、同じように感じていたのでしょう、

年末に、急きょ、新潟駅に集まり、会議を開くことができました。

今回は、大人だけでじっくり話したかったので、みんなが集まれたわけではなかったのですが、

じっくりと、想いや夢を話し合ううち、大きな大きなベクトルが、浮かび上がってきました。


それは、“市場”という在り方です。



市場は、その始まりにおいては、ものを交換する場でした。

自分の作ったもの、育てたもの、集めたものを、持っていって、見せる。

これが、“みせ(店)”ですね。


そして、他の村の人の店を、見る。

すると、自分にはないもの、珍しいもの、見たことがないものがあります。


ここで、交換が生まれます。

本によれば、珍しいものほど(例え使い方がわからないものでも)、人気があったのだそうです。



市場は、自分の得意なもの、ことを、披露する場であった、とも言えると思います。


そして、その対価は、必ずしも、お金である必要はありませんね。

原始の市場が交換で成り立っていたように、

自分の得意なものやことを見せ(店)ることで喜んでもらえたら、それこそ正に交換ですし、

何かをしなくても、その見せ(店)を楽しんでいる姿そのものが、披露した人(店の人)を幸せにします。

それも立派な交換ですね。



わたしたちが目指す在り方は、この、市場の在り方ではないか、ということに、みんなの想いがまとまったのです。


以前から、「学校」という名前が、わたしたちの在り方には合わないね、と話していました。

でも、なかなか、これという名前が浮かびませんでした。


それが、年末の、この突然の時間に、あまりにもスムーズに、定まってしまいました。

みんなの顔の、晴れやかだったこと。



わたしたちは、年齢をこえて、スタッフや子どもといった括りもこえて、みんなが、それぞれのやりたいことをしたいのです。

そして、みんな、互いに自由に過ごしている姿を、見たいのです。

学びあいたいのです。

大きな、自由な市場を訪ねるように。



延々と火をいじっている人の見せ。

森を探検する人の見せ。

ひたすら算数の問題を解き続ける人の見せ。

何もしないでぼんやり自由に過ごしている人の見せ。

大好きな本を紹介したり販売したりする人の見せ。

畑で、農について、人生について熱く語るおじいちゃんの見せ。

やることがコロコロ変わる、自由な自由な見せ。

みんなの見せを味わい感嘆する、受容や共感という見せ。


全員が、その人らしい店を出すような。

そんな在り方が、わたしたちの目指すところ。

店主になったり、観客になったり、コロコロコロコロ、思いのままに。


子どもの見せほど、自由で面白いはずです。

大人が感嘆してしまうような。


ここに、わたしたちが、大人にのみ参加費(学費)をいただく理由があります。

子どもは、大人たちの固定観念や枠を取り払ってしまう、大きな力を持っています。

この場に来て、子どもと共に過ごして、もっと自分らしくなりたい、変化していきたい、

そういう大人の方にこそ、来ていただきたいからです。



そして、わたしたちの特徴のもうひとつに、“どこでも開催できる”という身軽さがあります。

固定した建物や土地を持たないので、あの山でもこの山でも、あの建物でも、みんなが集まったところが即、学びの場になるのです。

どこへでも行ける。

市場は、どこでも開けますものね。



この、市場思想を、実際の活動にどのように落とし込んでいくのか、

それは、3月までの会議を通して、みんなでワクワクしながら描いていきたいと思っています。



わたしのこの説明では、いまひとつ、よくわからないと思うのですが、

そのうちに、もっとよくお伝えできる言葉が、見つかりますように。



息子は、早速、“歴史講座を開こうかな”と張り切っています。

試しに、わたしと主人を対象に、講談してくれたのですが、(お題は、武家諸法度の真実)、

お腹を抱えて笑い、目からウロコがいくつも落ちる、面白い講座でした。

息子も、とっても嬉しそうで。



わたしはどんな見せをしようかな・・・。

メンバーのみんなが、いま、とってもワクワクしています。










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定員を決める*日々のつれづれ*

2017年01月07日 | Weblog

年末年始の慌ただしさの中、

“普段の時間に戻ったら、一番にやりたいことは・・・”

と、考えていました。


それは、片付け。


いただき物、いつもより大きな気持ちで購入した物など、物が増えていたせいでもありますが、

わたしの中で、何か変化が起きたようで、

ついこの前まで、大切だと思っていた物が、それほどでもない物、に変わってしまったのです。

わたしにとって最も大切なものが、圧倒的存在感を示し始めた、ということでしょうか。

それ以外のものは、持っていなくてもいい、と、思えるようになってしまいました。



帰宅したわたしは、早速、片付けを開始。

最も気になっていたのは本棚。


衣類と同じように、定員を決めたい、と思いました。



衣類は、ひとシーズン、カラーボックス三段以内に収まるように、と決めています。

一段目には、上に着るもの、

二段目には、下に着るもの、

三段目には、インナーやストール、羽織ものなどです。


これは、本当に楽です。

朝、迷うこともありませんし、余計に買うこともなくなりました。

定員が決まっているので、増やすわけにはいきません。

買い足す時は、既にある服が痛んだり、違和感などから、処分する必要を感じた時。



本棚にも、定員を決めたい、と思っています。

大好きな本ですから、難しいのですが、

わたしが本なら、ぎゅうぎゅう詰めにされるより、ゆったりと風通しのよい方が嬉しい。

背中ばかりでなく、時には、前を向いて立て掛けてもらいたい。

小さく素敵な置物や松ぼっくりが、隣にあるのも嬉しい。



そこで、ぎゅうぎゅうだった本棚から、いまのわたしには必要ではなくなった本を、外していきます。


ありがとうの気持ちをこめて。

必要とする誰かのところへ、届きますようにと。


もったいないな、とか、これは必要ではないかもしれないけど名残惜しい、とか、そんな迷いが生まれたら、
最も大切な本を見る。


なんという存在感。

有無を言わさぬ確信に満ちています。


そして、手元の本に戻る。

すると、わかります。

ここに残るのがいいか、もっと必要とする人のところへ行くのがいいか。



作業は半ば。

まだまだ、風通しのよい、までは遠いですが、

大切な本たちが、もう少しゆったりできるように、

新たにやってくる本たちが、それぞれの場所を見付けて落ち着けるように、頑張ってみます。



この片付けを終えた時、わたしの新しい人生が始まる。

大げさですが、本当に、そんな予感がしているのです。









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サンタクロースが、わたしにも*日々のつれづれ*

2016年12月29日 | Weblog
もう過ぎてしまったクリスマスですが、

わたしにとって、本当に本当に素晴らしい日となり、

あんまり嬉しくて、表現することができずにいました。



年の瀬の、慌ただしい日々ですが、

今年最後に、クリスマスのことを、お話ししようと思います。




クリスマスイブの夜中のこと。

息子が、こんな寝言を言いました。


“ママ、ゆっくり寝ていてね…”


わたしの聴いた範囲では、二度。



さあ、なんでしょうね。

わかるような、わからないような。



部屋の隅に、黒い布で覆われている、何か大きな物も、

わかるような、わからないような。



さて、クリスマスの朝、わたしは息子に起こされました。


“ママ、おきて、見てごらん!”


見ると、わたしの枕元に、すごいものが置かれていました。



手作りの、薪ストーブ!

段ボールや画用紙などで作られた、大作。

煙突もいれると、わたしの背丈ほどの大きさです。



小物も充実しています。

まずは、マッチ。

たくさん入っています。


薪ストーブには欠かせない、道具類。


それから、フイゴ。

空気を送る道具です。


実物と同じように開閉できますし、先端からは、ちゃんと空気が出るように作られています。

暖炉には、ちゃんと赤い炎が灯るようになっています。


ストーブの上には、やかん。

ついき銅器(一枚の銅板を細かく叩きながら形を整えていったもの)を表現したのだそうです。


びっくりするわたしを、息子がニコニコ眺めています。




そう、思い出しました。

秋ごろのこと。

息子に聞かれたことがありました。

“ママ、一番ほしいものはなに?”


最初は、

“あなたの幸せ”とか、

“あなたが楽しそうに生きてること”

とか答えていたのですが、全て却下され、

“自分のことにして”

と言われました。


しばらく考えてから、

“そうねー。薪ストーブ!

火のある暮らしがしたいの。”

と答えました。



それを受けて、息子は、作ってくれたのでしょう。

何とも素敵な薪ストーブ。

本物よりも、嬉しいくらいです。


だって、どこにも売っていませんし、

世界でひとつしか、ありませんものね。




クリスマスの朝。

わたしは、世界一あたたかいストーブにあたり、

世界一幸せな時を、過ごしたのでした。




応援してくださるみなさま、見守ってくださるみなさま、

一年間、ほんとうに、ありがとうございました。


どうぞよい年をお迎えください。








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知りたい時こそ学ぶ時*日々のつれづれ*

2016年12月26日 | Weblog

“ピタゴラスの定理、本で見てもよくわからないんだけど、ママ、教えて?”

調べものをしていた息子が言いました。

工作をする中で、疑問に思ったことがあり、本で調べていたようです。



ピタゴラスの定理・・・。

なんのことだったかしら・・・。

まずは、わたしが復習しなくては。



図鑑によると、図形の面積に関する決まり、のこと。

思い出した、思い出した。

ピタゴラスの定理を説明しながら、三角形の名前や面積の求め方も、ついでに話してみました。


息子は、一生懸命に聞いています。

そして、自分で図形を書いて、あれこれ実証していました。

“すごいねえ、すごいねえ”

と驚きながら。



“じゃあ、どんな形の三角形も、面積の求め方は同じなの?”

と聞いてきました。


どうだったかしら・・・?


見てみると、ちょうど、五年生の算数の教科書に載っています。

わたしも、復習をしながら、一緒に学びます。


三角形の面積は、同じ底辺と高さの四角形の面積をまず求め、その半分、と考えて計算するんですね。

でも、息子は、ちょっと違う方法で面積を計算していました。

それが、正解だったので、大喜び。

嬉しくてジャンプしています。


少し時間のかかる求め方だったのですが、本人が一番納得できる方法のようで、

それがまた、とてもユニークな思考回路。


三角形も、四角形も、息子はどんどん面積を出していきます。

平行四辺形も、台形も。

ひし形も、教科書にはない方法で面積を計算し、見事正解。

“おもしろいねえ”

と、嬉しそう。



“じゃあ、どの辺も平行じゃない形は、どうやって面積を出すんだろう。いくつかの三角形に分ければ簡単だけど。”

“円は、どうやって面積を出すの?辺じゃなくて丸だから、その丸いところは、どう計算するの?”

興味が尽きない様子です。



ここ数日、こんな風に、息子と一緒に学んできました。

面白くて知りたくて、眠るのも惜しく、翌日が待ちきれない、といった様子です。

少数や、分数の勉強も紛れ込み、(正確には、わたしが紛れ込ませたのですが。)

五年生の算数は、2週間も経たずに終わりそうです。

教科学習としては数年ぶりですが、息子には自分なりの知識と思考回路が育まれていたようで、理解も早く、発想はとても自由でした。



求める時こそ学ぶ時。

本当に、その通りでした。



息子は、自分のやりたいこと(工作)の中から、学びを進めていきます。

工作には、様々な教科が混じりこんでいます。


知りたいと思う時、強く求める時、学ぶことは喜びです。

吸収力も、すごいもの。


わたしがお手伝いできる範囲は、うんと狭いので、色々な人に協力していただけるような環境を、作っていきたいです。


わたしにできることは、だんだん減り、内容も変わってきています。

上手にできているとは、とても言えませんが、

できることがあることが、嬉しいです。



たくさん書き込まれた教科書と、芯が丸くなった鉛筆。

まだ少しあどけない寝顔を眺めている夜。


明日も、どうか、息子の学びが、人生が、よろこびに包まれていますように。









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再び『サンタクロースの部屋』*私の本棚*

2016年12月24日 | Weblog
ふと聴いていたラジオで、松岡享子さんの『サンタクロースの部屋』のことが紹介されていました。

わたしも、こちらのblogに、去年の冬に書いた記憶があります。


サンタクロースはいつか、子どもの心を去る日がくる、

でも、サンタクロースがいた部屋は、心にずっと残る。

そして、その部屋には、年齢とともに、成長とともに、様々なものが宿る。

見えないものを信じる力、

何か大きなものに祈る心、

誰かのために祈る心、

想像力、

創造力・・・。



わたしの解釈ですが、そんな内容でした。


サンタクロースを信じられる時期は、かけがえなく、子どもにとって、本当に心の踊る素晴らしい時です。

サンタクロースの秘密を知った子どもは、(知り方にもよりますが)、その多くが、大きなショックを受け、涙を流します。

世界が壊れてしまったかのように感じるのでしょう。

そんな子どもたちを、心から愛しく、素晴らしく思います。



どうか、少しでも長く、信じていられるといい。

そして、いつか、それが壊れてしまう日には、その悲しみをわかり、抱きしめてくれるお母さんが、そばにいてほしい。


そして、ずっと先でいいから、“サンタクロース”の名を借りて、子どもたちへ愛を贈り続けた両親(またはそれに代わる人)の心を、感じてほしい。



明日の朝には、

どこで、どんな風に暮らしている子どもたちにも、

全ての子どもたちに、

驚きと、喜びが、舞い降りますように・・・。







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みんなサンタ*日々のつれづれ*

2016年12月23日 | Weblog
先日の朗読会の時、馴染みのお母さんからお聞きしたことが、印象深く心に残っています。

こんな、お話しでした。


*****************

クリスマス。

小さな娘たちに、お菓子の贈り物を。

靴下の中に入れて、枕元に置こう。


・・・上の娘たちも、大きくなったけど、やはり、

お菓子の贈り物をあげよう。

靴下に入れて、枕元へ。


・・・ダンナにも、何もないのは、かわいそうだから、

お菓子の贈り物をあげよう。

靴下に入れて、枕元へ。


・・・自分だけないのも寂しいから、お菓子の贈り物を用意しよう。

靴下に入れて、枕元へ。


なんだか、楽しみです。


*****************


ね、素敵なお話しでしょう?


小さな人ではなくなっても、贈り物が届くって、素敵です。

それが、どんなものであっても、嬉しいでしょうね。



わたしの息子も、先日、こんなことを言いました。

“これまで10年間、もらってばかりだったから、今年はぼくが、あげる人になるんだ。”


もしかしたら息子は、サンタクロースというものを、その名にこめられた想いや秘密に、気づいたのかもしれません。

わたしへも、何か手作りの贈り物を準備してくれているようですから・・・。



人はみんな、生きているだけで、誰かのサンタクロース。

存在そのものが、贈り物。


クリスマスは、それを伝える、とっておきのチャンスなのですね。



わたしも、主人に何か用意してみようかな。

ささやかでも、感謝をこめて。



素敵なお話しをしてくださった、お馴染みのお母さん、

本当に、ありがとうございます。


どうぞ、あたたかいクリスマスを。







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やはり、森をあるく*日々のつれづれ*

2016年12月22日 | Weblog
よく晴れた日の夕方、息子と、お気に入りの森を歩きました。


常緑の赤松が、お日さまの光を嬉しそうに受け、高く高く、輝いていました。

同じく常緑の、杉やモミは、暗い場所も静かに威厳をもって、そびえ立っていました。



“わあ!素敵なお部屋!”

わたしが興奮して口走ります。

こんな可愛いウロ(木にあいた空洞)を見つけたのです。


小さな動物のお家かもしれないので、

そうっとそうっと、通りすぎます。



この日は、いくつか、とってもパワフルな場所に出会い、息子と大喜びや感謝をしました。


そのうちのひとつが、赤松の、大きな大きな切り株。

樹齢千年クラスの切り株でした。


わたしは、そこにしゃがみこみ、切り株を撫でながら、松の想いを感じていました。


息子は、少し離れたところにそびえる、大きな杉の元に行き、何か質問をしていました。

すると、杉が教えてくれたそうです。


“ずっと、この切り株の松が、ここのオサだった、

その後は、わたし(杉)が引き継いだのだよ、

もう一本、隣の山に、わたしの仲間のオサがいるよ”

ということでした。


隣の山に、捜しに行ってみようね!と約束。

今日はもう、日が傾いてきたから、また次の時にね。


心を開いてくれた木々に感謝をして、また来るね、と約束をして、山をおりました。

木々の想いに包まれている心地で。









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うんまんまのみなさま、今年もお世話になりました*日々のつれづれ*

2016年12月21日 | Weblog
うんまんまさんでの朗読会、無事に終えることができました。


快晴。

素晴らしい青空でした。


小さなひとを抱っこして、手を引いて、会いにきてくれたお母さんたち。

朗読と、それから、今回はおしゃべりをたくさんできました。

シンボルツリーのことや、育み方や、ご家族とのことや、いろいろ、いろいろ。


まずはお母さんが、自分らしくいましょうね、

そうお伝えしました。


どんなお母さんでもよいのです。

赤ちゃんは、お母さんの全てを受け入れて、そばにいます。


臆病でも、悩んでしまっても、不器用でも、何か上手くできないことがあっても。

その人らしくて、いいのです。


落ち込んでしまう日は、何かを学ぶチャンスです。

きっと何か発見があるはず。


誰かに迷惑をかけてしまったら、心をこめて謝ればいいのです。

お子さんにも、ご主人にも。

素直になるチャンス。



自分をゆるしてあげられるといいですね。

そうすると、お子さんのことも、まわりの人のことも、受け入れやすくなるから。



それほど力になれないかもしれませんが、

まずはわたしが、わたしをゆるし、

そして、朗読会で出会えるお母さんたちを、こころのなかで、抱きしめます。


・・・でも、

いつもそうなんですが、

“にしださんに会いたくて来ました”

と言って来てくださるお母さんたちに、

わたしの方が、ゆるされ、受け入れてもらっているのですよね。


お母さんたち、みんなみんな、大好きです。



“夜、寝る前に、にしださんのblogを読みます”

と話してくださるお母さんが、時々いらっしゃいます。

お子さんとの時間を頑張り、家事も何とか片付けて、もう遅い時間だけど、ようやく静かになって、それから、読んでくださっているのですね。


眠いでしょう、疲れているでしょう。

悩んだり落ち込んだり、されていることもあるでしょう。


頑張ったご自分を、いたわってね。

本当に頑張ったのだから。


お子さんとのことで、後悔に苦しんでしまっていたら、明日、素直な気持ちを伝えられるといいですね。

どんなに小さくても、子どもは、お母さんの気持ちも言葉も、ちゃんとわかりますから。

そして、きっと、ゆるしてくれます。

小さな手で、お母さんを抱きしめるでしょう。


その幸せを、噛みしめてね。



話が飛んでしまいましたが、

うんまんまのみなさん、お母さんたち、

今年もたくさん、ありがとうございました。


来年も、雪が溶けるころに、またお伺いします。(3月15日(水)を予定しています。)

どうぞ、よいお年を。









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今年最後の朗読会*お知らせ*

2016年12月20日 | Weblog
明日、21日(水)10:30から、うんまんまさんでの朗読会です。

今年最後の朗読会。

一年の感謝をこめて、お話ししたいと思います。


わたしは、春まで、朗読会などをお休みしますので、しばらくのご無沙汰となります。

お母さんたちが、気持ちを楽に、元気に毎日を過ごせるように、

明日の朗読会は、労りと希望を詰めこんだ贈り物をお渡しするつもりで、臨みます。


お近くのお母さん、どうぞいらしてくださいね。

どなたでもいらしていただける場所です。


また、お時間がありましたら、是非、お昼を挟んでおしゃべりしましょうね。

うんまんまさんでは、みんなでお弁当の出前を取ることが多いです。

お手頃なお値段ですが、家庭的で、美味しいです。

お子さんの食べ物だけはご用意されて、あとはそのままで、いらしてくださいね。


お待ちしています。

素敵な一日になりますように。











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嬉しかったことは*日々のつれづれ*

2016年12月19日 | Weblog
日曜日、久しぶりに、ゆっくりとした午後を過ごしていました。

片付けてしまいたいこと、取り組んでおきたいことなど、いくつもあったのですが、

ずっと忙しくて、わたしらしい時間を持たなくては、と思っていました。

そこで、みーんな脇に置きました。



ああ、どう過ごそうかな、と、胸が踊りました。

そして、やってみたことは、こんなこと。



空を見上げ、

雲の流れをたどり、

少しだけ片付けをして、

好きな飲み物を用意して、

静かなピアノの音楽を流し(教会で録音した、とても美しい音楽です)、

お手紙を書きました。


ずうっとやりたかったことの一つは、手紙を書くことでしたから。



手紙は、心が静まらなくては書けません。

やるべきことが心に渦巻いている間は、便箋に向かう気持ちになれません。

ひとつひとつ、取り組んで、手放して、心を空けていかないと、書けないのです。


だから、嬉しかった。

ずっと書きたかったのです。

気になっていたのです。



何通か、ようやくお返事を書いたり、お礼を書いたりすることができました。

想いを綴ることも嬉しく、切手を選ぶことも楽しく、心が軽やかでした。



ふと見ると、息子は、針と糸を手にしています。

懐紙を重ね、それで和綴じの小さな本を作ろうとしているようです。

素敵。



なんて豊かな時間だったことでしょう。

お手紙を書かせてくれた友だちやお世話になった方に、ありがとうの想いが溢れます。


嬉しい嬉しい休日に、なりました。








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素敵な素敵な同窓生*日々のつれづれ*

2016年12月18日 | Weblog
先日の「育み人同窓会」において、わたしは、深い感慨に包まれていました。



育み人さんたちは、講座の学びを通して、まずは、自分らしさ、というものについて考えます。


次に、ご家族との関係を、森としてとらえ直してみます。

どんな森に暮らしているのか。


そして、森全体がより生き生きとするには、どうしたらよいか、考えてみます。

わたしはこの木で、隣にはあの木とあの木があるから、こう伸びていこうかな、とか、

この小さな木(お子さん)は、こう育んでいきたいな、とか、

この木はちょっと弱っているから、こんな風にサポートしようかな、とか。



新しい価値観、生命観を持たれた育み人さんたち。

同窓会では、みなさんの近況報告が楽しくて、それだけで一時間を越えるほどでした。

(他に、シンボルツリーの最新情報と、ミニ講座とがあったので、後半は駆け足でしたが。)



わたしが驚いたのは、

みなさんが、ご自分の森をよく知り、新しい場所に枝を伸ばしはじめていたことです。

これまでとは違う方向へ。

みんなが生かし合える方向へ。


新しい夢へと歩みを進めた方もいらっしゃいました。


わたしは今のままでいいんだ、と、心からすっきりとした笑顔でおっしゃる方もいました。



みなさん、元々、素敵な方たちでしたが、

講座を終えられ、時が過ぎて、ますます素敵になっていました。

それも、“自分らしく”。

一番理想的なことです。



木は、光を求め、あらゆる工夫を重ねます。

環境が変わるのをじっと待つこともあります。

少しのチャンスを逃さず、いつでも自分らしく生きようとしています。


人も、同じなのですね。




素敵な同窓生たち。

嬉しい、楽しい時間を、本当にありがとうございました。


同窓会、また開きましょうね。

きっとね。








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