ちいさなちいさな いのりのことば

 * にしだひろみ *

小さな塾*日々のつれづれ*

2017年02月25日 | Weblog

“描きたいことは沢山あるの。でも、どうしたらそのまま文章にできるんだろう。”

物語を書くのが大好きな息子が、つぶやきました。


息子はこれまで、ノート何冊分も、物語を書いてきました。

描きたい場面はたくさん心にあるのに、いざ表現しようとすると、なかなか言葉にできなくて、苦しくなってしまいます。



どうしたらいいのかしら・・・。


すると、わたしの心に、三冊の本が浮かびました。

それは、わたしが20年近く前に受講していた「立原えりかの童話塾」という通信講座のテキスト。


当時、半分くらい進めたのですが、不意に、“わたしの表現方法は、物語でない、詩なんだわ。”と気づいてしまい、最後まで続けることができませんでした。


処分する機会は幾らでもありました。

転居も、何度も何度もありました。

でも、どうしても、手放す気持ちになれません。



その意味が、ようやくわかりました。

こんなに長く時を越えて。

テキストを持ってきて渡した時、息子がとれほど喜んだことか。



早速始めることになりました。

独学でできるようになっていますが、わたしにも見ていてほしいそうなので、一緒に学ぶことにしました。

毎晩、夕食後に、少しずつ。



やってみて、わかりました。

息子の心の中には、それはそれは広くて豊かな世界が広がっていました。

イメージも、どんどんどんどん溢れてくるのです。


ひとつの課題を受け、幾らでもノートに書いていきます。

気づいたこと、驚いたことを、赤えんぴつで書き込んでいきます。


始めて一週間。

テキスト一冊、終わりました。


最後まで終えられたら、修了証を作ってあげようと思います。

きっと、目を輝かせることでしょう。



心にある物語を、素敵な世界を、前より楽に表現できるようになるといいね。

それがあなたの喜びなら。









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それぞれの挑戦*日々のつれづれ*

2017年02月24日 | Weblog

二人の小学生の子どもがいました。


一人は、女の子。

学校が好きだけど、みんなの仲間に入れてもらうことができずにいました。


もう一人は、男の子。

学校に強い違和感があり、自分が無くなってしまうように感じたので、ずっとお休みしていました。



女の子は、辛く、淋しくて、たまりませんでした。

大勢の中にいるのに、孤独でした。


男の子は、自由に学ぶことができるのは嬉しかったのですが、ひとりぼっちでした。



女の子は、闘っていました。

どうしたら、みんなの仲間に入れてもらえるのか、一生懸命に考えました。

淋しさに負けないで、できる努力をしてみました。



男の子も、闘っていました。

学校に飛び込むことができれば、ひとりぼっちではなくなります。

まわりの人たちにも心配をかけずにすみます。

でも、男の子にとって、そうすることは、自分を無くすることでした。

それはどうしてもできないと、思いました。

男の子は、ひとりぼっちの淋しさを、抱え続けました。



二人とも、違う挑戦をしています。

でも、同じほど、頑張っています。


どちらも間違ってはいません。

どちらも、正しいのだと思います。



女の子は、学校が好きなのです。

だから、通い続けられるように、仲間入りできるように頑張っている。


男の子は、学校が苦しいのです。

だから、自分らしく生き、学べる道を切り開こうとしています。



この二人の子どもを、世界にたくさんいるであろう子どもたちを、思いきり抱きしめたい。


そして、伝えたい。

頑張っているね、ほんとうに、頑張っているね、と。



学校で闘っている子どもたちには、どうか、ご両親はもちろん、担任の先生が、理解者であってほしい。

居場所が見つけられずにひとりぼっちでいる子どもたちには、ご両親が理解者でいてほしい。


それから、どちらの子どもにも、その子の弱さを克服するようなアプローチだけでなく、その子の素晴らしさを伸ばしていく道も、見つけてほしい。



ひとりぼっちの子どもたちが、本当の仲間だと感じられる友達に出逢える場所を、見つけられるといいな。



わたしたちも、いま、作っているからね。

まだこれからだけど、小さいものだけど。


ここから、呼びかけるよ。

だから、会いにきてね。

子どもたち、ご両親も。



仲間だと、感じられたら、どんなにどんなに、嬉しいだろう・・・。

この子も、あの子も・・・。









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「さすらう市場」ワクワク会議開きます*お知らせ*

2017年02月23日 | Weblog

昨年まで試みてきた「みんなで学校」を、「さすらう市場」という新しいコンセプトの元に、この春から開催していくことになりました。


「さすらう市場」・・・

わかりにくいと思うのですが、

私なりの解釈ですと、“いつでも、どこでも、みんなで自分らしく”ということ。

大人も子どもも、みんなが安心して自分らしく過ごせる空間を、一緒に作っていきましょう、

そんな集まりです。



初めは、「学校」や「居場所」に代わるもの、「サドベリースクール」や「子どもの村」に近いけど更に枠のないもの、何か積極的で新種のものを作れたらいいな、と考えていたのですが、

それはそれは素敵で多彩なメンバーが集まってきてくれて、

それまでのイメージが爆発し、うんと面白いものが育ち始めたのです。



スタッフが何かを進行するとか、大人が子どもを指導するとか、そういう関係ではなく、

全員が自分らしく心のままに過ごし、互いから学びあうのです。

場所も、季節によって自由に変わります。



まだ、はっきり見えていない部分も多いですし、イメージそのものも、どんどん変化しているので、

本当に、これから、みんなで作っていく場所です。



年末に引き続き、2月26日(日)に長岡市でワクワク会議を開きます。

どんな展開になるのか、楽しみでなりません。











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3月の予定*お知らせ*

2017年02月21日 | Weblog
あと一週間で2月が終わり、いよいよ3月。

様々に学び、感じ、素晴らしい冬ごもりを過ごすことができました。

わたしの活動も、ゆるやかに始まります。



〇3月2日(木) 10時~12時 ままぷれさん主催 朗読おはなし会&シンボルツリーミニミニワークショップ
(長野市ふれあい福祉センター)

(ままぷれ トモミさんが想いをこめて一生懸命作ってくださったチラシです)

*参加費は1000円です
*学生ボランティアさんが来てくださいます
*お昼からはランチ会(当日サンドイッチの出前取れます)も予定しています
*詳細は、ままぷれホームページhttp://mamapure.naganoblog.jp/ をご覧ください


〇3月3日(金) 朗読おはなし会&シンボルツリーミニミニワークショップ(戸隠公民館すこやか学級さん)
*昨年に引き続き、今年もお邪魔します。美しい風景の中にゆったりと在る戸隠公民館を訪ねるのが楽しみです。お母さんたち、お元気だといいな。


〇3月15日(水) 10時半~ 朗読おはなし会(新潟市寺尾 うんまんまさん)
*うんまんまのみなさん、お母さんたち、今年もどうぞよろしくお願いいたします。


〇3月22日(水) 10時~12時 シンボルツリー育み人養成講座第一回 (長野市ふれあい福祉センター)
*シンボルツリーについて詳しく学び、自分や周囲の人々を育みの眼差しで見つめられるようになります。全く新しい価値観を持つことで、子育てや人生が楽しくなっていくと思います。
*参加費は一回2500円です
*全三回で修了、認定証をお渡しします
*第二回は4月22日(土)を予定しています
*内容についてのお問い合わせは、にしだひろみ→himawari.bless-you@ezweb.ne.jp
*お申し込みや詳細は、ままぷれさんホームページをご覧ください。












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神さまの視点②*日々のつれづれ*

2017年02月16日 | Weblog
迷った時、困った時、そして、

落ち込んでしまった時、悲しい時にも、

わたしは、(森羅万象の)神さまの視点で、自分のことを眺めてみます。



不器用ながら懸命に生きるわたしを、神さまは、愛しく思ってくれています。

そして、こんな想いを感じます。


“悲しんでいいの”

“苦しくなってもいいの”

“わからなくなってもいいの”

“全ての感情を、あなたが持つことを、ゆるしてあげてね”

“その感情から、あなたの本当の願いを見つけられるといいね”


いつもいつも、大きくあたたかく包み込みながら、こう言ってくれているように感じるのです。



そして、わたしは、ハッとします。

落ち込みや悲しみの原因と思われていたものの側面が、見えてくるからです。


どんな物事も、別の方向から見ると、全てが、贈り物。

自分が願った状態へのステップ、通過点。


わたしが、それを、どう受け取り、次の一歩をどう進めるか・・・。

世界が、宇宙が、見つめています。



“わたしは、この贈り物をちゃんと受け取ったのだな”

“そして、その意味を、わかりかけているのだな”

“それで、わたしは、どうなりたいんだったかしら・・・”

神さまの視点から戻ると、こんな風に、優しい気持ちで、起きた出来事も、自分のことも、考えられるようになります。


わたしの、とっておきの魔法です。












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小さな朗読会ひとつ*日々のつれづれ*

2017年02月14日 | Weblog

まだ2月ですが、今日、小さな朗読会を行いました。

高齢のみなさんの集まりに、呼んでいただいたのです。



わたしは、高齢の方が大好きです。

そばにいると、ゆったりとした安心感に包まれます。

それから、その方が黙っていらしたとしても、尊厳が溢れてきて、

わたしは、静かにそれを感じていることが、好きです。



そんな年輩のみなさまへの朗読は、身が縮む思いがしますが、

敬愛をこめて、ひたつふたつ、もうひとつ、よませていただきました。



「てのひら」
(『いのちへ』に収めた詩のひとつです)

「蝶」
(金子みすず賞をいただいた詩です)

「遠い日」
(「PHPのびのび子育て」にて発表した詩です)




わたしがみなさんに包まれている・・・そんな空間でした。

素晴らしい機会をいただきましたことに、感謝の気持ちでいっぱいです。












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流れに乗る*日々のつれづれ*

2017年02月08日 | Weblog


わたしの家の玄関に、立春の光が差し込んでいました。

お地蔵さまは、もう10年ほど前、わたしの大切な友人が贈ってくれたものです。

宝物。



暦では春。

人びとは、厳しい寒さに身を縮めつつ、かすかな春の兆しを数え、暮らしています。

冬の小鳥のようで、とても愛しく感じます。



わたしは、このところ、“流れにのる”ことを楽しんでみています。


流れって、あるんですよね。

一生懸命泳いでいる時は、目的地を定めて奮闘している時で、それはそれで面白いのですが、

流れに乗っちゃうことは、目的地を定めず宇宙のリズムに添うことなので、パワフルで面白いです。



乗り方は、簡単。


委ねる。

受けとる。

楽しむ。


誘われるまま、

頼まれるまま、

ホイホイ動く。


川面に浮かぶ木の葉のように、

抗わず、

力まず。


“どうなるんだろ?”という局面を迎えても、ちゃんと何とかなるもので、

ほうほう、と、他人事のように感心。


そうしてやがて、思いもかけなかった所に到着。

それが大発見だったり、納得だったり。


つい昨日も、とても素敵な発見に至りました。

それは、わたしがずっと探していたものでした。

自分で探そう、と、頑張っていた時には、見つけられませんでした。

それなのに、こんなに簡単に連れてきてもらい、こんなに何気なく足元に置かれていて、びっくりびっくり。


“流れ”って、“はからい”。

“流れ”って、神さまそのもの、かもしれません。



“流れ”学的に見ると(変な言葉ですね)、全人類が、全生命が、神さまのお使いです。

わたし自身も知らぬ間に、神さまのお使いを務めていたりするのでしょうね。


素敵なお使いになれるように・・・

今日も、心をこめて。







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大役さん、おいでなされ*日々のつれづれ*

2017年02月05日 | Weblog

“わたしにそのような大役は、とてもとても…”

そんなお話しをいただきました。

個人的な活動ではなく、地域でのお仕事です。


とても大変そうなお役目。

でも、お引き受けしました。

その方が、清々しい、そう思ったのです。

自分が大変になり、時間もたくさん取られてしまうのですが、

お断りするよりも、お引き受けした方が、よい未来が待っていると感じたのです。


お引き受けし、すぐさま任務に当たりました。

やはり大変でした。

難しくもありました。


でも、嬉しくもありました。

やる気満々で取り組みましたし、何だか、新しい人生が始まったような気がしたのです。

(単純ですね。)


わたしに頼んで下さった方が、ああよかったな、と思って下さるようにしたいですし、

人が困っているのを見過ごしにはできません。

ささやかな恩返しにも、できるかも。



そんなわけで、冬ごもりとは言いながら、ちょっとだけ忙しいこの頃。

会いたい人にも、なかなか会えずにいますが…、

その分、ついに会えるその時が、楽しみでなりません。



わたしの会いたい人。

心をこめて、毎日を生きながら、あなたのことを想っています。









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元気をくれる人*日々のつれづれ*

2017年02月04日 | Weblog
わたしの主人は、面白い人です。



例えば・・・

何か不意に、トラブルが起きたとき。

人の反応は、だいたい、この3つのうちの、どれか。


おちこむ

おこる

笑っちゃう



主人は、三番目の、“笑っちゃう”人。

どんな時でもそうです。


まるでトラブルを楽しんでいるかのように見えることもあります。


おみくじを引いた時、大吉が出たら、

「やっぱり俺はついてるなー」と喜び、

凶が出たら、

「あとは上がっていくだけだぞー」と喜びます。


朝起きて、晴れていると、

「俺はやっぱり晴れ男だ」と満足げ。


どんなことがあった日でも、夜、布団に横になると、三秒で眠ってしまいます。


どこかへ出掛けていく時は、

「世界が俺を待っている」と、張り切って。


本当に、幸せな人です。



わたしが講座でお伝えしている“シンボルツリー(木の暦)”で見ますと、

主人は“イトスギ期生まれ”。

(お誕生日が1月25日~2月3日、7月26日~8月4日の人が、イトスギ期生まれです。)


イトスギという木は、(生育環境がよければ)、枝を真上に伸ばし、万歳をするような格好で、上に上に、真っ直ぐ伸びていきます。

ゴッホは、この木を愛し、たくさんの絵に登場させています。

この木は、足元や横よりも、上が大好きなのです。


人で言えば、上というのは、未来。

自分の夢や目標に、真っ直ぐに進んでいくのです。


そしてそれは、弱点でもあります。

足元や周りに、気づきにくいのです。


悪気は全くないのですが、心が未来へと飛んでしまい、身近なことがおろそかになってしまいがちです。(特に男性)



結婚した当初、わたしも、困ったなあ、と思っていました。

“気づく”ということが、ほんとうに不得手な人で。



ですが、主人が“イトスギ期生まれ”と知り、すっかり納得してしまいました。

気づいてほしければ、伝える。

それでいいのだ、と。

彼が自分らしく、夢に向かって伸び伸びと生きてくれたら、それが一番。

さらに、イトスギの人の、楽しそうな真っ直ぐな姿は、まわりの人たちの希望となります。

それは、とても大切な役割ですね。



いま、単身赴任の上、自由にイベントや勉強に飛び回っている主人。

家族揃うのは、月に一回、多くて二回です。


いつも短い滞在ですが、主人に会えると、わたしも息子も、元気になります。

最大のお土産ですね。



彼らしくいてくれること。

いつもそれで、何とかなってきました。

困ったら、大変だったら、みんなで笑って乗り越えてきました。



これからも、ずっと、あなたらしく。

主人へのお願いは、それだけです。









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神さまの視点*日々のつれづれ*

2017年02月03日 | Weblog

ある方が、わたしに、問いかけました。

「行き詰まってしまった時って、どうしたらいいでしょう…。」

大きな瞳に、不安が、霞のようにかかっています。



ね、そんな時って、どうしたらいいのでしょうね…。

何か、この方の支えとなるような言葉は、ないかしら…。


そう思ったら、不意に、こんな言葉が降りてきました。


“俯瞰(ふかん)”




「俯瞰。俯瞰してみると、いいようです。」

そのまんまお伝えすると、

「俯瞰て、何ですか?」

と、パチクリ。


そうですよね、あまり馴染みのない言葉です。



「俯瞰」、それは、鳥のように、山頂に立った時のように、高いところから見下ろすことです。


それはまさに、(森羅万象の)神さまの視点です。

神さまから見たら、どんなことも、どんなことも、小さく可愛らしく、愛おしく、見えるようです。


そして、その、神さまの視点で、わたしたちも、自分自身を見下ろしてみます。


・・・なんとまあ、一生懸命に生きていることでしょう。

動いて、悩み、立ち止まり、動けなくなり、

ひらめいて、元気になって、動き出して、

失敗して、落ち込んで、涙をこぼして…。


なんて、愛おしい存在でしょう。


神さまはいつも、こんな風に、わたしたちを見守ってくださっているのですよね。

神さまと同じ視点を持つとき、わたしたちは、そのままの自分自身を、愛しく感じることができます。



そんなことをお話ししていたら、

「わあ~!!なんか、鳥肌立ちました…。」

そう言って、目を輝かせて、聴いて下さっていました。



鳥肌。

わたしは、鳥肌が好きです。

それは、人の力を越えたものを感じる時のものだから。

人が、神さまを感じている証拠のひとつです。

この日もきっと、どこぞやの神さまが、悩むこの方を想い、そばに降りていらしたのでしょう。


こんな安心なことはありませんね。

見守られ、寄り添われ…。



この方だけでなく、わたしたちみんな、このように守られている。

そう思うと、嬉しくて、感動して、何だか、頑張れそうな気がしてきませんか?



「わたしも、週末、森に行ってきます。スキーなんですけどね。」

嬉しそうに話される姿に、わたしも嬉しくなりました。


森は、わたしが最も、神さまを近くに感じられる場所。

神社もそうですが、人気のない時に限られます。(わたしの場合、ですが。)



行き詰まったら、悲しくなってしまったら、

揺るぎなく強力な応援を、ものすごい応援を、感じに行きましょう。


わたしが神さまなら、どれほど嬉しいことでしょう…。









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冬ごもり*日々のつれづれ*

2017年01月31日 | Weblog

息子に言われました。

“ママは、冬眠する、と言うけど、正確には、冬ごもり、と言うんだよ”



わたしは、冬季に朗読会や講座などの活動をお休みし、思索や森歩きをして過ごすことを、“冬眠”と表現してきました。

ですが、冬眠というのは、眠ること。

体温を下げて完全に眠る小さな動物たちが、冬眠。


例えばお母さんグマは、ずっと眠っているわけではなく、うとうとしながら子グマのお世話をしたりして、半分は起きています。

そのことを、冬ごもり、と言うのですね。


ですから、冬に森を歩き回っているわたしは、冬ごもり。

外的な活動はしませんが、感性や衝動のままに動いてはいますので、冬ごもり、というのも違うのかもしれませんけれど。


冬ごもり、という言葉が好きなので、今度からこちらを使うことにしましょう。

暖かそうで、密やかに楽しそうで。




さて、今年の冬ごもりは、2月いっぱいで終わります。

春一番の活動は、長野市での朗読会です。


ふたつ、計画していただいています。

ひとつは、ママのための集まり“ママぷれ”を主宰されている、トモミさんが、今回の朗読会の企画をしてくださり、準備を頑張っておられます。

もうひとつは、昨年もお伺いした、戸隠公民館さんでの、赤ちゃんとママの集まりに。

“ママぷれ”さんでは、シンボルツリー育み人養成講座の開催も決まり、その準備も進めていただいています。



わたしらしさ満載で、みなさんのところに行けるように、

あとひと月の冬ごもりを、大切に過ごしましょう。



この冬、わたしは、樹木の物理的な面を勉強しています。

これまでは、樹木の、心や、霊的なものだけに興味がありました。


この木が、何を想い、どんなことを伝えながら生きているのか、

どんな力を持ち、どんなことに弱いのか、

そういうことがわかるだけで充分でした。



ですが、だんだん、樹木の物理的なところ、例えば、成長のしくみ、光合成はどうやるのか、樹液はどう作られどこに蓄えられるのか、なぜ針葉樹は針葉で広葉樹は広葉なのか、幹が滑らかなものとゴツゴツしたものとの違いは何か・・・、

こういう不思議を、たくさん抱くようになりました。


好きな人ができて、その人のことをもっと知りたいと思う、その気持ちに似ています。


わたしにとって一番大切なことは、樹木の心であることは変わりませんが、

物理的なところも理解することで、より一層、樹木たちに近づき、もしかしたら、樹木たちを助けるようなことも、できるようになるかもしれません。

シンボルツリー講座でみなさんにお伝えすることも、厚みが出てくるかもしれません。


そんな夢を抱きながら、学び、森へ行き、木々と語らっています。



静かで、真っ白で、輝いていて、美しい日々です。







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あなたに似ているから…*日々のつれづれ*

2017年01月30日 | Weblog

“観てほしいんです、ぜひ”

知り合いの方が、熱心に勧めてくださったのは、一本の映画。

『この世界の片隅に』



知り合いの方は、こう言いました。

“主人公の女性が、あなたに似ているんです。なんというか、感じが。それから、声も。”

“華やかなところは何もないのですが、だからこそ、胸を打つんです。”

“だから、ぜひ、観てほしいんです。”


強く、心に響きました。


わたしは、映画館の音量と、始めに流れる宣伝の煌びやかさが、大変苦手です。

ですから、できれば避けたいところなのです。



でも、この方のお話を聞いてから、心が揺れ動いています。

主人公は、主人公になるくらいですから、とても素敵な人でしょう。

わたしに似ている…というのは、きっと、“どこか、何となく”というくらいだと思います。


それでも、映画を観て、わたしを思い出してくださった、そのお気持ちが、強く胸に響きました。



映画館。

わたしには、敷居が高いところですが、

耳栓の力も借りれば、なんとか。



いつ行こうかな、行けるかな・・・


空模様と暦とを、眺めているこの頃です。












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笑うこと*日々のつれづれ*

2017年01月23日 | Weblog

ふと聴いていたラジオで、

“大人は一日10回、子どもは一日400回笑う”

と話していました。


まあ、子どもって、そんなに笑うのね、と、びっくりして、息子の様子を観察してみました。


そうしたら、本当に、よく笑っていること。

些細なことで笑いますし、事によっては笑いが止まらなくなり、いつまでも笑い続けています。

子どもって、物事を面白がる天才なのですね。



“大人は10回”

とのことでしたが、わたしの場合、つられて笑ってしまうので、きっと、100回は笑っているのではないかと思います。

理由がわからなくても、笑いって、うつるんですよね。


有り難いことです。

笑うことほど、手軽で身体にいいことって、そうありませんものね。



「あなたのお蔭でたくさん笑うことができてよかった。ありがとうね。」

息子に伝えたら、途端に大笑いを始めました。


何がそんなに可笑しいの??



息子は、笑いの合間に、やっとやっと、教えてくれました。

「ちがうちがう、ぼくを笑わせているのは、ほとんどママじゃん!ママが一番可笑しいの!」

そう言って、また、引っくり返って笑っています。



そうかそうか、そうかもね。

わたしはいつも、物忘れや失敗で、息子に笑われていますから。



息子に言われ、なんだかわたしも可笑しくなってきて、一緒に笑い続けてしまいました。


わたしがわたしを笑っているのかしら。。。


まあ、いいでしょう。

楽しければ、それが一番。



窓の外は吹雪ですが、こちらでは、あたたかい時間が流れています。








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自由な学び*日々のつれづれ*

2017年01月20日 | Weblog

今年に入り、息子の勉強意欲が強くなってきました。

知りたいことが、たくさんたくさん、溢れだしてくるようです。


政治のこと、もののしくみや構造、樹木の働き、化学、計算、言葉、歴史に地理。

毎日、あれもこれもと勉強しています。


わたしは、元々“教える”というスタンスではないのですが、

それにしても、分からないことばかりなので、一緒に学んでいます。



学校の教科書の内容は、だいたいは、わたしの頭に入っています。

その内容を踏また上で、息子が望む資料を使い、息子の自由な方向へと、学びを進めるようにしています。

図書館で選んだり、書店を覗いてみたり。

時には、海外の学校で使われているような内容、方法を選ぶこともあります。


時代を越えることもあります。

算数などは、現代の方法よりも、江戸時代の方法(和算)の方が、息子にはぴったりくるようです。

脳の思考回路が、そのようになっているのでしょうか?

とにかく面白いようです。



国も時代も自由に越えて、息子の学びたいように。

手探りですが、こんなこともまた楽しいものですね。












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くるみ*日々のつれづれ*

2017年01月19日 | Weblog

毎晩、くるみ割りと、実のくりぬきを続けていて、気がついたのですが、

実を取り出しながら、わたしも息子も、心の奥に置いたままにしておいた想いを、ポツリポツリと、話すのです。

自然と、そうなるのです。


“あのとき、こんな風に感じていたの…”

“そういえば、こんなことがあったっけ…”

そんな風に。


くるみの実を取り出す時、わたしたちの心にも、同じことが起こっていたのですね。

部屋の掃除をすると、心の中がすっきりするのと同じように。


不思議でした。



息子の場合、想いを言葉にできるまでに、長い時間を必要とすることがあります。

特に、苦しい想いは、すぐに表現しないと、いつまでも苦しいものですが、

息子には、それが難しく、何年も経ってからようやく言葉にできることも、よくあります。


ところが、くるみの作業をしていると、想いの言語化が、とてもスムーズにできるようです。

どんどん、どんどん、溢れるように。


くるみの実は、深い溝の奥まで満ちていて、取り出すのは大変です。

わたしは、「千枚通し」という道具を使って、掘り出すようにしています。

息子は、竹ひごの先を小刀で削り、自分の使いやすい道具を作り、使っています。


奥のものを掘り出す、大変さと、達成感。

これが、心にも同調して起こるのですね。



息子は、時には涙を溜めながら、話します。

“ぼくね、あのとき、本当はね、・・・”

くるみを、深く、掘り出しながら。


わたしも、深く深く、掘り出しながら、耳を傾けます。



くるみの作業を終えた後、息子は穏やかな顔になります。

なんて有り難いことでしょう。

自然界のものは、なんという大きな作用を及ぼしてくれるのでしょう。

はかり知れません。



くるみは、まだまだあるのですが、

それでもそのうち、なくなってしまいます。



どうか、少しでも長く、この作業ができますよう…。



いつの間にか、急がずに、ゆっくりゆっくり作業をするようになった、わたしです。









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