ちいさなちいさな いのりのことば

 * にしだひろみ *

小さな本屋さんの役割

2018年01月04日 | Weblog
小さな本屋さんの役割。

わたしが思うに、それは「上質なふるいであること」。


大型書店は、なんでもかんでも揃っているところ。

小さな本屋さんはその規模を小さくしたもの、でいいのでしょうか。


わたしは、そうあってほしくありません。



欲しい本や、専門書を探している人には、大型書店がいい。

でも、そうではない場合、

“素敵な本との出逢い”を求めている場合、

大型書店はたくさんありすぎて、とても見尽くすことはできません。

ここに、小さな本屋さんの出番があるのです。



店長さんの上質なふるいにかけられ、選び抜かれた本だけが並ぶ本屋さん。

売れている本、売れそうな本でなく、

売りたい本、大好きな本を提案する本屋さん。

それは、生き方の提案そのものなのですが。


本屋さんに志があれば、人を育て、まちを変えていくことも、できるでしょう。

そうなれば、小さな本屋さんは、みな、唯一無二の存在感を放つことになるでしょう。



この年末年始、あちこち出掛ける機会があったので、本屋さん探索もしてみました。

そして、ちょっと素敵な本屋さんで、とても素敵な本に出逢いました。


『わたしの名前は本』


そこは、そんなに小さくない本屋さんだったのですが、

もし、小さな本屋さんに、この本があったら・・。

限られた本のなかに、こんな本があるようなら、

そこは間違いなく、上質なふるい。

最も素敵な本屋さんです。

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光の方へ

2017年12月30日 | Weblog
年末の片付けや掃除を頑張っている人に、

まだだけど、これからやろうかなと思っている人に、

わたしが “ぎゃあー” と感じた、この言葉を贈ります。


「人はひとつ持つとひとつ苦しみが増えます。それは、持ち続けるために管理することが必要になり・・」

(赤根彰子さん『こころのヨーガ』)




そして、

悲しい気持ち、つらい気持ちでいる人に、

来年はどう生きようかなと考えている人に、

この言葉を贈ります。


「この世には四種類の人がいるといわれています。

闇に生まれて闇に向かう人、

闇に生まれても光の方へ向かう人、

光の中に生まれても闇に向かう人、

光の世界に生まれて光の方へそのまま生きる人。」

(同上)



わたしのまわりには、「闇に生まれても光の方へ向かう人」が多い。

きっと、わたし自身がそうだから。


「光の中に生まれて光の方へそのまま生きる人」も、まわりにいます。

同じ方を向いているから。


どちらも好きです。


強いて言えば、「闇に生まれても光の方へ向かう人」が、うんと好きです。

すごいことだから。

喜びも涙も、一番たくさんの人生でしょう。



どう生まれても、光へと生きましょう。

きっとできるのです、蓮の花のように。


その人の花こそ、最も清らかに輝くでしょう。

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わたしのトンミ・ヒルトネン

2017年12月24日 | Weblog
ある素敵な人が、お家カフェに来てくれました。


わたしよりずっと若い人で、とても好きな人。

自分らしさを春風のように生きる人。

息子もこの人が大好きで、二人でワクワクと部屋を整えてお迎えしました。


この人は、車を運転しません。

“車、ダメなんです”

自分に運転は合わないと真っ直ぐに受け止めて、車のない人生をゆるやかに生きています。


駅まで迎えに行き、互いに頭を下げます。

“ようこそ来てくださいました”

“こちらこそ、よろしくお願いします”



家に着きました。

タンポポコーヒーを飲みながら、ゆっくりおしゃべり。


最近感じたこと、見つけたこと、考えていること・・。

スッと、肝心なことを話しあえる人。


息子が、お見せしたくてあれもこれもと持ってくる絵を一緒に眺めながら、
静かな時が流れていきます。



“この間、自分が、苦しいな、と思う状況があって・・

そのことがあったから、自分のまわりには、そうでない(本当に自分らしく付き合いのできる)関係や人がちゃんとあることに気づきました。”


そんなことを打ち明けてくれました。


“何かあることで、見えてくるのね。そのことがあったからこそ、ね。”



素敵なお話し、内緒のお話しもして、息子と一緒にユニークな工作をして、あっという間に帰りの時間。

わたしが村のみなさんからいただいた野菜をお土産に。



“また来てね”

“また来ます。次は⚪⚪さんを連れて。”




この人は、わたしが引っ越しをしてから一番にお手紙をくれた人。

記念すべき、第一号。


だから、お家カフェは“永遠に無料”なんです。
(大好きな映画『かもめ食堂』より)

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サンタクロース

2017年12月21日 | Weblog
息子が泣いていました。

しくしくと、長いこと。


“まだ気持ちを言葉にできない”

と言うので、そっとしておきました。

泣くのは、素敵なこと。



しばらくして、息子の目が、“言葉になりそう”、と訴えてきたので、そばに行きました。

息子は、つっかえつっかえ、話してくれました。


“大切なものが、なくなってしまいそうで・・”



それは、サンタクロースのことでした。


息子は、サンタクロースを信じてきました。

心揺れ、疑いがよぎったこともあったはずですが、

信じることを選んできたのでした。



この冬、その信念が、はじめて大きく揺らぎました。

無理もないことです。

まさかもう信じてはいないだろうと、まわりの人から様々な話があったり、耳にしたり。


心のなかで抗ってみたけれど、息子が信じたいものには確証がありません。

自分は何につかまり、何を待ちわびてきたのだろう・・と、呆然としたことでしょう。


そして、この日、何かのきっかけで、薄紙のようになってもなお存在し続けていた夢が、消えかけていたのです。



ポロポロと流れる涙。

わたしは、その痛みがよくわかりました。

一緒に痛む、

わたしにできることは、それだけでした。

なんて苦しいものでしょう。



しばらく泣いた後、息子は言いました。

“悲しいんだけど、ぼく、これまでずっとプレゼントをもらってきたから、もう十分、という気持ちもあるの。”

“いつかは居なくなるんだよね・・。それなら、最後の時は、ぼくが欲しいものじゃなくて、サンタさんがあげたいと思うものがいい。サンタさんの気持ちがわかるような気がするから。”

涙で、震えながら。




あなたのサンタさんは、あなたに贈り物をするのが大好きで、これまでずっと幸せだったんだと思うよ。

だから、これからも、手紙を書きたいと思うなら書いていいんだし、贈り物をもらいたいならお願いしていいんだよ。

そしていつか、心から、もう十分と思えたら、それから先は、サンタさんがくれた幸せを、世の中へ還していくといいよ。

今度はあなたが、みんなに幸せを贈るの。


・・わたしは、そんなことを、ゆっくりゆっくり、語りました。



息子の顔に、明るさが灯ったように見えました。

小さく、やがて大きく、頷きながら。




息子は、何を見出だし、何を認めたのでしょう。


本当のことを話すべき、もう中学生になるのに、

と、思われる向きもあるでしょう。


でも、息子のよいところは、豊かな想像力と自由な創造力。

可能な限り、自由に豊かに、夢をみてほしかった。

限界を知らず、制限を持たず、自由にどこまでも。


長かった分、やがて受け止めなくてはならないサンタクロースの不在が、大きな痛みとなるでしょう。


その時は、息子に心から謝るつもりです。

そして、一緒に痛むつもりです。


わたしがこの子の母を生きるには、こういう風にしかできない、と思うのです。

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自分を幸せに

2017年12月19日 | Weblog
赤根彰子さん『こころのヨーガ』より。

“この世の人々が少なくともひとり、自分で自分を幸せにできれば、この世は全員、ひとり残らず幸せになれます。”


こころの平穏というのは、自分で自分を幸せにできると知っている状態かな、と、思いはじめていました。


誰かがわたしを幸せにしてくれる、ということもありますが、

その人がいなくなったら、その幸せも、消えてしまいます。


人は、誰かから幸せをもらわなくてはならないものでしょうか?

自分で自分を幸せにすることは、難しいことでしょうか?


人により、それがすごく難しいこともあるでしょう。

やったことがなかったり、とても傷ついていたりして。


それでもたぶん、幸せは、どんな人の中にもあって、いつでも溢れだすことができるのでしょう。

元々、ちゃんと、持っているもの。

本当に、どんな人にも。



自分を一番後回しにする、そんなことを覚えやすい時代だけど、

実は、一番優先しなくてはならなくて、唯一責任があるのが、自分。


家族や友人に対してできることは、自分が幸せでいること。

その人から何にも奪わずに満ち足りて居ること。


子どもに対してできることは、自分だけが自分を幸せにできることを、言葉じゃないもので伝えていくこと。

そしたらきっと、どんな子どもも、幸せ上手になるでしょう。



あ、

やっぱり、子育てって、とても大事な仕事です。

ものすごく重要な仕事です。

他の何よりも。

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冬の森

2017年12月18日 | Weblog
明け方、うっすらと明るくなってきた窓の外。

そっと障子を開けてみると、粉雪をかぶった世界。

あらゆるものがクリスマスオーナメントのよう。


わたしの家にはクリスマスツリーを置きません。

家のまわりに美しい木々がたくさんあって、

雪をのせてそびえ立つその姿を、いつでもいつでも見られるから。


でも、見るだけでは足りなくて、毎日森を歩きます。


お気に入りの森は、家からすこし離れたところ。

冬にはあまり人が入らないところなので、たまに足跡があると、息子と二人で探偵気分。

追跡を始めます。


あ、ここで景色を眺めたのね。

あ、この木に見とれたのね。

あ、ちょっと疲れちゃったのかな。

あ、階段は嫌いみたい。


雪は、その人の心の動きまで、残していく。


ふと、息子の足跡も辿ってみました。


なんと楽しそうな足どり!

あちこち寄り道をし、しょっちゅう舞い戻っている。

それは、わたしにいろんな発見を伝えに来てくれた、心の跡。

嬉しそうな足跡。



今日の雪が、それもまた消していくだろう。

白い毛布にくるむように。

驚きも、歓声も。



いつも新しく、いつも深淵な、森。

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朗読会とわたしの役割

2017年12月14日 | Weblog
昨日、うんまんまさんでの今年最後の朗読会が、無事おわりました。

お馴染みのお母さんたちにお会いでして、大好きなスタッフさんたちにお会いできて、幸せでした。


このような私に、スタッフのみなさんは、

「懲りずに、来年もぜひ来てください」

と言ってくださいました。


はい、伺います。

またどうぞ、よろしくお願いいたします。



うんまんまさんでの定期開催をさせていただく中で、今年は大きな気づきがありました。


やはりわたしは、“聴く”ことが好き。

だからこそ、わたしにできること、わたしの役割は、

“安心して想いを話せる雰囲気づくり”

“言葉にできない想いをみんなで感じとる場づくり”

なんだと思いました。


うんまんまさんでの朗読会は、わたしや皆さんの近況報告が半分を占めます。

ほとんど一時間、それで終わったこともあります。


でも、それがとても楽しくて、

何より、お母さんたちが想いを話して(放して)、すっきりいいお顔をされるのが、とてもとても嬉しいのです。


詩の朗読は、おまけのようなもの。

もちろん、お伝えしたいこと、お届けしたい詩は、必ず読んでいます。

それが、たったひとつでもいいのですよね。

たったひとつでも、十分なのです。


そのことが、しみじみとよくわかった一年でした。


うんまんまさんが、貴重な時間をわたしに委ね、とても自由にやらせてくださったお陰です。

本当にありがとうございました。



これからは、自信をもって、こう言いたいと思います。


“わたしの朗読会は、みなさんとのおしゃべりが中心です。”



ちょっとだけ、想いを話して、

ちょっとだけ、自分をゆるせて、

ちょっとだけ、心が軽くなって、

ちょっとだけ、元気になって。


そんな朗読会へ、来年もどうぞいらしてください。

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“お家cafe” ちゃんと開始

2017年12月12日 | Weblog
ようやく、お知らせのチラシを作りました。

我が家で開く、ちいさなcafe 。


シンボルツリーに限定せず、おしゃべりをしに来たい方、ちょっとほっこりしたい方にも気軽に来ていただけるように、

名前を、「シンボルツリーカフェ」から、「にしだひろみお家cafe 」に変えました。

全く、お店でなく、普通の家です。



お知らせには、こんな風に書きました。


“木々に囲まれた小さな家。

窓からは空と森が見えます。

お気に入りの本とお茶とお菓子、それだけですが、

今日も、お客さまをお待ちしています。

ゆっくりとおしゃべりをしに、

シンボルツリーを学びに、

いらっしゃいませんか。

何も持たないで、そのままのあなたで。”



お茶やお菓子はもちろんご用意していますが、メニューはこちらなのです。


「ほっこりおしゃべりコース」500円
お茶を飲みながらゆっくりおしゃべり

「じっくりシンボルツリーコース」1000円
ご家族のシンボルツリーについてじっくり知りたい方に

「がっつり養成講座コース」2000円×3回
全てのシンボルツリーを学び“育み人”を目指す方に


♪開いている時間
月曜、火曜、木曜の1時半~3時
水曜の10時~11時半、1時半~3時
週末がいい方はご相談ください。

♪完全予約制です。お申し込みはこちらまで。
himawari.bless-you@ezweb.ne.jp

♪お子さま連れやお友達とご一緒もOKです。



こんな感じです。

明日、今年最後の朗読会があるので(うんまんまさん)、お知らせを持っていこうと思っています。


既にお客さまはいらしていて、いつの間にか始まっています。

深呼吸をして、今日からの日々が、ほんのすこし、あたらしく、素敵になるような・・、

そんな時間をつくっていきたいと思っています。

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揺らいで、戻る

2017年12月10日 | Weblog
「動じない」人は、すごいな。


でも、こんな人も、好きなんです。


「揺らいで、また戻る」


動じて、揺らいで、いつの間にか元に戻る人。


揺らぐものは、揺らぐままに。

揺らぐ自由が、あるように。


それは、感受性が豊かな証拠。

何かを感じとり、大なり小なり衝撃を受け、どう消化しようかと考える。

その作業に時間が必要なだけ。


たくさん時間をかけても、きっといい。

生きるペースは、みんな違う。

揺らいで揺らいで、見つけたもの、感じたことは、その人の宝物となることもあるから。


揺らいで揺らいで、そのうちちゃんと元のところに戻れるなら、

その人こそ、真に強い人、と言えないだろうか。



わたしは、揺らぎながら生きる人が好き。

そして、その人のお話しを聞くのが好き。

大切な、特別な小箱を、一緒に見せてもらっているようで・・。

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個性について

2017年12月08日 | Weblog
「ゆうと(私の息子)君は、“個性”についてどんな風に考えていますか?」

わたしの友人からの手紙に、こう書いてありました。


息子さん(ゆうとと同い年)が、学校を休みがちで、人とは違う自分を受け入れられず悩んでいるのだそうです。

どうして僕はこれができないんだろう、

どうして僕はみんなのようにできないんだろう、と。



かつては息子も、そんな風に悩み、苦しんでいました。

学校へ行っていた頃です。

人とは違う自分を、悪いとかダメとか思ってしまうのです。


たくさん悩んだ末に、自分の願う学び方をすると決め、ホームスクールを始めました。

それからは、息子はどんどん元気になりました。



友人からの手紙をうけ、息子に聞いてみました。

個性って、どんなものだと思う?


息子はこう言いました。

「たとえば、里芋を掘ると、大きいのがあって小さいのがある。それが普通のことでしょう?そういうことかな。」


もうひとつ聞いてみました。

人と自分が違うことで悩んでしまうことはある?


息子は即座に言いました。

「別のこと(やりたいことや夢)で頭がいっぱいなんだ。」


生き生きとした、明るい声でした。


息子は、自分を受け入れ、自信を育むことができてきたのかな、と思いました。

やりたいことで頭がいっぱいなんて、いいなあ。

主人に話したら、人と比べないことが幸せの出発点だね、と喜んでいました。



答えは人の数だけあるから、友人の息子さんも、自分らしく生きる道を見つけられるといいな、と思います。

(決して、我が家の息子の生き方をおすすめしません。学校は素晴らしいところがたくさんあるから。そこで踏ん張る力を持っている子供かもしれないから。)

どこで、どう生きても、目指すところは同じではないかと思います。


自分を受け入れ、自分を信じて、希望に溢れて生きること。

自分を受け入れられたら、まわりの人のことも尊重することができるでしょう。


長い旅になるのかもしれないけど・・。

11歳でスタートできて、よかったね、よい旅をね、

そう伝えたいと思いました。

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白い森

2017年12月07日 | Weblog
“まもなく雪は地面をひとつづきのキルトで覆い、木々を白く化粧し、音を消し、においを封じこめる。”

(『庭仕事の喜び』より)



真っ白な森をあるいたら、たくさんの木々が、通せんぼをするように折れたり曲がったりしていました。

いくつもの遮断機みたいに。

松の大木の枝まで。


湿った重い雪でした。

それが一晩で20センチ以上積もったから、弱った枝や老いた枝には持ちこたえられなかったのでしょう。


折れて垂れ下がった枝、雪原に横たわった枝に、胸が傷みます。

痛かっただろうな。


でも、その時、声が聴こえたのです。

大きく、確かな声が。


“森全体は健やかなんだよ”


どの木だろう、

どの木かわからないけど、わたしに教えてくれました。


嵐や雪で枝が折れてしまうことも、森全体には必要なこと。

折れた枝は、やがて他の植物を養う土になり、

これまで日の当たらなかったところに光が入ることで、新しいいのちが芽生えます。

だから、悲しいことではなく、「自然」なことなのだと。



ああ、そうだったね。

大丈夫ね。

痛かっただろうけど、他の枝が頑張って、また生きてね。

あなたたち松は、枝がいつでも幹になれるんだったわね。

危機にすぐに対応できる備えをしているんだったわね。

すごいね、本当にすごい。


大きな松に言葉をかけました。



冬の森には、人の姿はなく、どこまでも静か。

わたしは、感性の翼を思いきり広げて、自由に自由に羽ばたくのです。

味わい尽くせない深い魅力に満ちた森


どんな書物よりも深く豊かな学びをくれる森。

いつの時にもわたしに元気と安らぎをくれる森。

いくつもの犠牲を糧として、生まれ変わり続ける森。


次は、どんな姿を見せてくれるかな。

どんな教えをくれるかな。



眠れ、眠れ、白い森。

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朝の儀式

2017年12月06日 | Weblog
時計を見ると、まだ4時なのに・・

明るい。

障子が白く浮かび上がっています。


ああ、もしかして・・


窓の外は、一面の雪。

藍色がかった白の世界が、どこまでも、どこまでも。


震えながらストーブをつけて、それからお湯を沸かしました。

しばらくして、少しお部屋があたたまったら、布団から出て、

バロック音楽を、しずかにしずかに流します。

あたたかいお茶をいれて。


なんてぴったりなんだろう。

この白さに、この静けさに、この清らかさに。



しずかに、しずかに、

あたたかいお茶が体に染み込むように、

一日を過ごす力と志が、わたしに満ちていく。


一日を過ごすに当たり、忘れずにいたいこと。

今日という日を、もうこの一日しかない、という気持ちで過ごすこと。

伝えたいこと、やっておきたいことを、できるだけ果たしたい。


そのために、志と、ありがとうの気持ちで心をいっぱいにしておくのです。

そうすると、無くてもいいものが近づかない。


限られた時間を、じっくりゆっくり生きたい。

本当に大切なことのために。


そんな心をつくるには、こんな白い朝ほどいいものはない。

よきところへ引き上げてくれるような音楽と。



さあ、わたしは、今日という日を全うしよう。


おはよう、

地球という、この世界。

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春風のように

2017年12月05日 | Weblog
諦めました。

今日もまた、いただいてしまったのです。

ブロッコリー、キャベツ、大根、葱。

チョコレートクッキーに、素敵なクリスマスカード。

裂き織りの可愛らしいマット。



もう、諦めました。

恩返しなど、できるものではないんだわ。

間に合うことなど、ないんだわ。

恩が増えていくばかりなのだから。



悟りました。

全員が、すべての縁ある人が、恩人。

わかるところでお世話になっている人と、知らないところでお世話になっている人がいるだけ。



全員が恩人だと思って生きる。

もう、それしか、わたしには方法がないのです。


みんな恩人だから、

嬉しくて、ありがたくて、かけがえがなくて・・。


会えば、微笑んでしまう。

会話ができるなら、感謝を伝える。

すれ違えば、頭を下げる。

何か迷惑をかけてしまったり指摘をしてもらったら、心をこめて謝り反省する。そしてそのことに感謝をする。

わたしにできることがあるなら、大喜びでさせてもらう。



そんな風に生きなければ、心が破裂しそうだから・・。

ありがとうが膨らみすぎて。



わたしの生きるひとつひとつが、ささやかな春風のように、みんなの元へ届くといいな。

ちいさな、あたたかなこととして。

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幸せな集落

2017年12月04日 | Weblog
大根5本

白菜1玉

ブロッコリー1つ

キュウイ5個

今日、いただいたもの。


昨日は、洋梨3個、柚子たくさん。

一昨日には、大根、キャベツ、柚子。

その前の日は、玉ねぎと里芋。

その前は、生クリームどら焼。

その前も・・、その前も・・。



ああ、いただいてばかり。

それも、みんな別の人。

しかも、みんな、同じ村の人たち。



みんな、何かお礼をしようとすると怒る。

余り物だから、もらってくれて嬉しいんだから、そう言って。


だから、わたしは、もらうだけ。

すごく嬉しくもらうだけ。


たまに、お手紙をそうっとポストに入れてくる。

これくらいは許して・・と思いながら。

どんなに嬉しいか、どんなに幸せをもらっているか、伝えたくて。

そうすると、さらに何かを持ってきてくださるんだけど・・。


だから、お礼なんて、恩返しなんて、全然できない。

そんなもの、存在しないのかもしれない。

この村には。



さっき、冷蔵庫をあけてみたら、いただいたものがぎっしり。

車庫の野菜棚にも、置ききれずに溢れるほどの野菜。


みなさんの顔が浮かんで・・

絶対食べきれない、と確信しながら・・

なんだか、涙ぐんでしまいました。

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昇華されゆくもの

2017年12月03日 | Weblog
魂のふるさとに還っていく時って、こんな気持ちかもしれない・・

そう思いました。



いま、弥彦村にある「弥彦の丘美術館」では、『有元利夫 版画の世界』
という展覧会を開いています。

ポスターを見た時から、惹かれていました。


仲良しの奥様が、

“行ってきたの。素晴らしかった。”

“なんだか、のぼっていく感じ。人生の終わりの。”

そう話してくれて、わたしもすぐにと心が決まりました。



その日、弥彦の山は、うっすらとした雪化粧をし、はっとするような美しさでした。

丘の上の、小さな美術館の扉を開きました。


こっくりとしていながら不思議な明るさと無邪気さのある色合い、穏やかで無垢な人物の表情や振舞いが、なぜでしょう、懐かしいのです。

館内には、画家その人が作曲した「ロンド」というバロック音楽が流れていました。

その調べが、やはり懐かしく、遥かな高みへとわたしを連れていってくれるような感じがしました。

その高みこそ、魂のふるさとなのではないかと思いました。

遠くて、遠くて、懐かしい場所。


やさしくなだめるような弔いと、子守唄と、帰還と再生と・・、

いろんなものが詰まった、不思議な不思議な調べ。


作品と音楽の世界が完全に一致している展示。

窓に目をやれば、白い森。

なんだか涙が溢れそうでした。


この画家の夢は、「音楽が聴こえてくるような絵を描きたい」でした。



展示会は12月17日まで。

もう一度、次は息子と一緒に訪ねたいと思っています。

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