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今でもたまに思い出す女性

2017年06月22日 21時44分59秒 | 日記
前回に書いた通り良い仕事、良い仲間、良い結果の3つが揃うことは少ない。良い仲間とは、かならずしもスキルがあるとか能力のある人とは限らない。昔に出会った女性を紹介したい。

名前も顔も一切を忘れているが時折思い出す女性だ。

javaが余り認知されていない頃。だから大分昔。とある保険業務をwebアプリとして開発する案件に参画。私はPM兼SE、PGとして、javaの出来るメンバーを探していた。認知され始めた頃だから見つからない。当然だが当社でもいない。

そんな時パートナーから女性だがどうか?と話があった。面接では、特に問題もなく、スキルは、話をすると知識はある。現場経験が少ないのがチョットだったが、java黎明期である事だし、私も全般の知識ではチョットだし、採用となった。した。

設計からのスタートだが、2週間も立った頃か?何か変。設計とは何かと言う事が分かって居ないようで、成果物も質問も出て来ない。得手不得手があるからと暫く見ていたが、1月近くなっても質問も出ない。????(勤務時間内で技術スタディは皆行っていたが)

もう一度ジックリ話をしてみようと別室に招いた。(今ならセクハラで訴えられる危険性もあっただろうが、当時はオオラカだったなぁ)腹割って話そうと、「今までの作業はどんなでした?」「今の作業はどうですか?」

「今までは開発(コーディング)からが殆どで設計は初めて」「会社からは、スキルアップのため開発から入りなさいと言われて来ました」

「開発の要領はつかめましたか?」
「機械を使わないのでどうしていいか悩んでいます」
(共通認識としてですが、文書作成の機械使用は「機械使用」ではありません。ワード、エクセルは筆記用具の認識です)

「困りましたね。しばらくは機械使用は無いですよ」

「会社からはガンバレと言われています」
「会社には相談しているのだ。」
「毎日、日報代わりに電話して相談しています」

当該プロジェクトは、米国アプリのお手本は有りましたが、日本語で使える、当時としてはマダマダハシリとなるwebアプリを作ろうとしていました。わたし的には、日本でも(当時は日本はjava的には遅れていると思われていた様に思っていました。読む本のほとんどが和訳本だったせいもありますが)こんな素敵なjavaベースのwebアプリが出来る事を示したかった。因みに、当該アプリはリリース後、保守はされていたでしょうが、10年近く順調稼働していたと噂で聞きました。その後はM&Aされたので終わったと思います。会社ロゴの表示をしていたので。。

「貴方はどうしたいのですか?」「このままガンバル?」

<<次に続く>>
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