goo

日本で開いて生きる

久しぶりに中村真夕の活動を目にする機会があった。この人すごいと改めてそう感じた。作品のテーマや内容や表現方法の質はもちろん、それから、彼女の存在、在り方、、、社会の中で彼女はどう在るのか、そこに彼女の凄さを強く感じる。
わたしは日本人である上で、日本で開いて生き続けることは過酷なんじゃないかと思う時がある。その怖さにいつも耐えきれなくて自分が自分らしくないと感じて、最初のそれが無い場所に身を置く事で次の作業が出来ている、それが今のわたしの現実。
中村真夕は幼少期から思春期に外の世界(異国)を知っている。だからそのぶん、日本人だけど多くの日本人よりも国民性にとらわれることなく活動が出来るのかなとも思う。
わたしは日本にいて開いていると、受け取らないでよい情報までまじめに正面から受けてしまい、数分フリーズしたり嘔吐したり、、、そうやって20代の前半を過ごした。
同じく映画監督(ドキュメンタリー)の坂田雅子も、テーマとまっすぐに向き合う人、尊敬している。彼女の事も彼女の作品だけでなく彼女自身を見た時、開いている人だと思った。そうやって日本で生きていく事は出来るんだろうかと感じ、彼女はアメリカの大学を出ていて、亡くなったご主人はアメリカ人ジャーナリストで、やっぱり日本以外のどこかがあった。
一様に閉じている日本人は多いと思う。開いている場合軽蔑と共に邁進している人の数が多いと思う。そしてそれは日本人に限ってではないと言われる場合その人たちのさす日本人以外は、日本人と同じように消費のサイクルが異常なまでに早かったり、軍事に対するヒロイズムが強い国民や、郷土愛を国家への忠誠に変換してしまっている人たちの多い国民のように思う。

最近日本人と接点を持つ時間が多かった。20、30人と関わりそのうちの7、8割の人たちと目をみて会話をし、そのうちの何割かは習慣として人を見ていないのが分かり、そのうちの何割か、、、ブラックホールを見ているみたいだった。その人たちの目の奥にある世界を怖いと思った。



中村真夕や坂田雅子のような在り方。わたしもそう在りたい。



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 最近の事 メモ Maurizio Poll... »