彦中三八ブログ 

彦島中学校を昭和38年3月に卒業した同期生のためのブログ。 掲示板「彦中昭和38年卒同期会」にもお立ち寄りください。

兵庫運河界隈

2017年02月07日 23時51分08秒 | 全国各地
結構寒い日が続いていますね。
寒さを吹き飛ばそうと、朝夕、兵庫運河端を歩いています。
最近は、気分を変えるべく、少しルートを変えて、
兵庫運河の西部を構成する本流の兵庫運河端界隈を歩いています。

歴史的には新川運河が先に開削され、それから遅れること20有余年にして
兵庫運河全体が出来たそうです。
かつて貯木場として使われていた地区は
「材木町」として名前が残っています。
運河は整備され、レガッタ等のスポーツ場としても使われています。
その運河端は、整備され、プロムナードとなっています。

向うに見えている山は「摩耶山」です。

貯木場跡から東に歩いていくと、興味深い形をした橋が架かっています。

中央の橋脚が太い円柱状になっています。
かつては「旋回橋」として、運河を行き来する船が
通過するとき、この円柱状の橋脚を支点にして旋回して
船を通していたのです。
橋は、山陽本線の支線「和田岬線」の鉄道橋です。
機関車が数輌の客車を牽いて走るのは朝夕のみ。
昼間と夜間は船を優先して開いていたのでしょうね。
現在は電化されて電車が走るため、電線が架かり、
旋回設備も撤去され旋回できません。


橋を渡るとすぐに、神戸百年記念病院の脇を電車は走り抜けていきます。


僕が和田岬線で通勤していたころは、空調の無い扇風機だけの
「オハ○○」の古い客車数両を、ディーゼル機関車が引いていました。
客車のデッキ入口の握り棒にぶら下がって乗っている人が何人もいました。
列車がこの病院の前を通りかかると、その中の一人がいつも大きな声で、
「オハヨー、今日も元気でなー」と病院の方に向かってたっけると、
最上階の病室窓から手を振りながら「アリガトー」と大きな声が返ってきていました。
ある日、彼が照れ隠しなのか、周囲にやっと聞こえる声で、
「知らん人やけどナ、ええんや、今日も元気に過ごせるやろ」
とつぶやいているのが耳に入ってきました。


病院前の交差点から、和田岬駅で発車を待っている電車がすぐそこに見えています。

久しぶりに、「たっける」という言葉を書きました。
「叫ぶ」では違うなあ、やっぱり「たっける」や、と。


by W
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 初代知事、伊藤博文が執務し... | トップ | 兵庫運河界隈 2 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

全国各地」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。