人は、ふるさとびと

お帰りなさい と迎えて
下さる神様は、私達の
ふるさとなんです。

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この世にも あの世にも・・・

2012-06-30 08:14:27 | スピリチュアル
天地は
私達の
いのちのなかに
あります
本心の
なかに
あります

この世にも
あの世にも
私達は
同時に
行きかって
いるのです

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死は 人がこの世での活動をおえるためのパスポート

2012-06-29 08:10:03 | スピリチュアル
すべてのいのちは
生死を超えた
存在なのです
苦もなく
悩みもなく
ただ
悠々とながれている
それが
いのちの
すがたなのです

死は
この世における
ひとつの
区切りにしか
すぎません
人が
この世での
活動をおえるための
パスポートなのです
でも
死によって
いのちそのものが
区切られるのでは
ありません
いのちには
おわりがないのです

そして
私達は
神の光のいのちとしての
相(すがた)を完うするために
永遠の進化のみちを
このいのちのながれのなかで
歩いてゆくのであります
        平成2年3月4日 記

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我々は世界平和の祈りを本尊にして・・・

2012-06-28 07:43:20 | スピリチュアル
私達は
人類が
無限から出て
無限にかえる存在で
あることを識っている
その無限とは
宇宙神の愛である
大元の光である
人はみな
ふるさと人なのだ
神という
共通のふるさとを持つ
ふるさと人なのだ
           平成2年3月1日 記


私達のいのちは
神様が働いているいのちなのです

本来
人間は
神からわかれてきた生命なのですから
考えてみれば
あたり前のことですけれど
なかなか
人間は
自分のなかに神があるとは
おもえない
この世で
毎日
悩んだり苦しんだりしている自分を
人間だと思っている
もうそういうクセが
ずっとついたんです
それでそのクセをとるために
このいのちが神から分かれてきた
生命だということを
すっかりわかるために
我々は世界平和の祈りを
本尊にして
日々瞬々
神をよび守護霊守護神をよぶなかで
祈り一念の生活をしている
ということなのです

もともと
人間は祈るも祈らぬもない
祈りっぱなしなので
そして
神様の方は
愛するも愛さないもない
愛しっぱなしなのです
世界平和の祈りは
この神の愛が
もっともよくあらわれた祈りですから
この祈りのひびきに調和してゆくときに
祈りっぱなしの
本来の自分自身が
つまり
神のいのちの働きの場
器としての自分自身が
あらわれ
光の働きをする自分自身
光そのものの自分自身が
あらわれてくるのであります

            平成2年3月2日 記

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人類は 永遠の進化にむけて歩きはじめている

2012-06-27 10:10:20 | スピリチュアル
光は
ほほえみ
やさしさ
さりげなさ
そして
おだやかさ

   〇
光は
神の愛
すべての真実は
この神の愛のなかにある




人智で
測ることのできない
神智の世界
しかし

人類は
世界平和の祈りをエレベーターにして
神智のなかで
永遠の進化にむけて
歩きはじめている

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光は あなた方のなかにある

2012-06-26 07:57:16 | スピリチュアル
心は
どんなところにでも
おりてゆく
どんな世界の住者にもなる
怒れば怒りの世界へ
ほほえめばほほえみの世界へ
祈れば祈りの世界へ
瞬時に私達は
さまざまな世界を
駆けめぐっている

その心を
澄ませてゆくのが
統一行
たゆまざる祈り
消えてゆく姿で世界平和の祈りを祈るとき
私も
人類も
ほんとうに
平和になって
光みちた世界の住者となってゆく

祈りは人を
おだやかにし
平和にする
そして
そのとき人は
本当に
自分のいるこの世界が
神の愛念と
守護霊守護神にみちびかれて
光明につつまれていることをしるのだ

今まで
自分を嫌悪し
他人を嫌悪し
この世に生きることの
辛さや苦しさだけに
とりかこまれていた
この世界が
愛にみちた世界へとかわってゆく
それはあなた方一人一人のなかに
光があることをしるからだ

「クリスマス・キャロル」の
精霊に導かれたスクルージのように
「青い鳥」の帽子のダイヤモンドを
まわしたチルチルのように
しずかに祈るとき
光があなた方を導き
光があなた方のなかにあることを
しるのだ

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