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【新連載】友人たちが語るフォーリーブス・北公次はこうして逝った(1)

2012年03月27日 02時21分48秒 | ニュースの感想

【新連載】友人たちが語るフォーリーブス・北公次はこうして逝った(1)

2012年3月26日 掲載

「ジャニーさんメリーさんありがとう」と遺言を残した悲しい胸中

 
「花輪のひとつぐらい贈ってくれてもいいのに」
 3年前、青山孝史(享年57)の葬式で北公次はこう呟いた。
 
以前、所属したジャニーズ事務所から花輪どころか、お悔やみの言葉も届かず、「冷たいよね」と悲しそうな表情を見せた。
 つい先日の2月22日午前1時19分。今度は都内の病院で北が逝った。
 
病名は青山と同じ、肝臓がん。63歳だった。
 病気がわかったのは昨年夏。腰の痛みがひどくなり、病院で検査を受けると、肝臓にがんが見つかった。
 
すでにだいぶ進行しており、手術もできない状態だった。
 
  公式サイトには北があらかじめつづった「ファンの皆様 お世話になった皆様へ」と題する遺言が2月21日付で掲載された。
 
「本当に本当にありがとうございました」と始まり、次のように結ばれていた。

「そして最後にどうしても言わせて頂けるなら ジャニーさん メリーさん ありがとうございました 感謝しています」
 1988年、北は暴露本「光GENJIへ」を出版した。
 
ジャニーズ事務所の内幕やジャニー喜多川社長との関係を描いたことで事務所とは絶縁状態になっていた。
 
この遺言はスポーツ各紙に載ったので、ジャニー社長やメリー副社長の目にも触れたはずだが、何の反応もなかった。
 
25日の通夜、26日の葬儀・告別式。いずれも青山の時と同様、花輪もお悔やみも届かず、
 
ジャニーズ事務所の関係者や現役の所属タレントの姿は見えなかった。
「“恩讐の彼方(かなた)に”じゃないけど、遺言にある通り、コーちゃんは仏になって、ジャニーさんを許すことができたんだと思う。
 
ジャニーさんも花輪のひとつぐらい出してくれたら、コーちゃんは喜んだろうに。彼も浮かばれないよ」と北の友人は悔しそうに話す。
 
 65年1月、16歳になったばかりの北は日劇ウエスタンカーニバルに来ていた。
 
お目当てはあおい輝彦らがいるアイドルグループのジャニーズ。ステージを食い入るように見つめる北に、
 
「ジャニーズのボーヤをやらないか」と声をかけたのがジャニーさんだった。
 
「君もいつかデビューさせてあげる」という言葉に北は舞い上がった。

 和歌山県田辺市の中学を卒業後、名古屋に集団就職したものの、1カ月足らずで退職。
 
あてもなく東京に出てきた少年の前途が一気に開こうとしていた。=敬称略

(今日から連載開始)
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