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【12/15 エル・カンターレ祭】ヨル7時~ 新時代がここから始まる!「信じられる世界へ」

2015-12-15 15:09:37 | megamiyama

いよいよ本日の夜です。

大川総裁が幕張メッセの会場に立ち、全世界に向けて、新時代の為の新たな提言を発信されます。

信者でなければ、関係無い!と一般の方は思われるでしょうが、同時代に生きている以上、イスラムテロも周近平もPM2.5も世界経済も…関係無いでは済まされないように、大川総裁が今世界に向かって何を語るか!?も、実は関係無いでは済まされないのです。

神サマからみれば、「この世」の人間が、一人ひとり自分に宿る神を信じそれぞれの使命を果たしてくれれば、何の問題もない世界なのですが…、自分も人も神までも信じられなくなった人が溢れる現代には、あらゆる災いや不信や不幸が充ち満ちています。

目先のことに負われる日本人は、災難や悩みもバラバラに自分に襲いかかってくるように見えますが、誰よりも視野が広く、誰よりも遠くまで見通せる眼があったとしたら、すべては繋がって見えてくるかもしれません。

だとしたら…、少しは「ソノ眼になってみたい!」とは思われませんか?

世界の闇は深まるばかりに見えます。

世界が闇に沈むとき、現れない救世主はいない!

全世界に発信される、今年の「エルカンターレ祭」の題目は「信じられる世界へ」です。

 

 

アモーレさんの、大川法ネット後援会(幸福実現友の会)の記事、遅くなりましたが、貼らせていただきます。

http://ameblo.jp/oramorre/entry-12106227516.html

【12/15 エル・カンターレ祭】新時代と世界の今後を見たいなら。

2015-12-10 12:44:30 | ご法話情報

 

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現代の日本的な宗教観からすれば、「困ったときの神頼み」とか、「触らぬ神に祟りなし」とか、お葬式の慣わしとか、お祭りでの名残りや風情など、主に生活面においての、一種の神秘の部分などで語られることが多く、どちらかというと、一般的には「趣味性」の領域で認識されていると思われます。

宗教にはそういう、神仏の力を示す意味での、一種のオカルトパワーの面もあるのですが、しかしもうひとつの大事な側面として、「文明の源流」としての宗教があります。

実は、宗教のもっとも大切な側面は、この「文明の源流」としての宗教的側面だと思うのです。

世界の文明、たとえば西欧文明ならば、そこにはキリスト教の影響がありますし、アラブ圏においては、イスラム教の影響が多大です。

日本文明だと、仏教や日本神道といった宗教的な側面が、絶対にありますよね。

科学文明と言えども、科学を神仏の創りし世界や、宇宙の法則解明や、生命の探求の方法の一種と捕らえるならば、その科学文明の源流は、ニュートンらが祖師となる、ある意味での宗教とも言えますよね。

アイザック・ニュートン然り、アルバート・アインシュタイン然り、日本で言えば、湯川秀樹博士然り、超一流と言われる科学者は、同時に熱心な信仰者でもありますが、これには、科学的思考を突き詰めていくと、必ず神の領域というのがある・・・はず・・・です。

・・・で記したのは、私の認識が、まだそこまで至っているとは、到底思えないからです。(爆笑) 

ともあれ、日本では趣味の領域で語られる宗教ですが、世界の共通認識とすれば、宗教は文明の源流としての宗教なんです。

なぜ宗教が文明の源流を成すかと言いますと、その中には必ず、「価値」を含んでいるからです。

この「価値」は、「神仏の価値」です。

つまり、何が「善」で、何が「悪」であるか。

何が「美」で、何が「醜」であるか。

それを決める「大きな価値」というのを、宗教ならば必ず含んでいるからであり、それゆえに、宗教は文明を創れるんです。

 

ですから、無神論・無宗教・無霊魂な社会、今で言うならば、共産主義・社会主義の国では、決して文明は生まれないのです。

旧ソビエトや東ヨーロッパ社会、北朝鮮や中華人民共和国において、何らかの特別な文明が芽生えましたでしょうか?

極々一部の特権階級が支配する人治社会において、拷問と粛清と、偏った民族主義が跋扈する地獄社会が、無神論という宗教で、地上に出現したのではないでしょうか。

それを文明と言うならば、随分と血なまぐさい文明だと思いますね。

宗教が戦争を起こすと言いながら、歴代の戦争で亡くなった方は1千万人と言われる中で、共産主義社会および社会主義社会において、政治犯の名の下に粛清された人の数は、億の単位に至ります。

それを人間至上主義と美化して言うことは可能かも知れませんが、言葉を変えれば、「一部の人間にとって都合のよい主義」であり、「一部の人間に都合のよい社会」であると思うのです。 

 

今世界は、ユダヤ+キリスト教的価値観と、イスラム教的価値観の相克の中にあることは事実です。

これなども、古い民族宗教的なユダヤ教の狭い考えや、キリスト教の政教分離的価値観、平和と寛容がモットーのイスラム教が、祖師ムハンマド(マホメット)が、宗教家でありながら、同時に軍事的才能に優れすぎていたことなどが、その背景にあるはずです。

キリスト教が政教分離思想でなければ、絶対に戦争など起こせません。

イエスの言行録をまともに読んだら、絶対に争いにはならないからです。

なんせ、「右の頬をぶたれたら、左の頬を差し出せ」とか、「服の袖を取られたら、服ごとあげてしまいなさい」というのがイエスの信じた愛の神の価値です。

イエスの信じた神は、そういうお方だったということです。

ただ、イエスキリストの、「神のものは神へ、カエサル(シーザー)のものはカエサルへ」と言ったこの一言で、イエスの平和への思いとは裏腹に、キリスト教信徒は、時の政治など、この世の人間の都合で戦うことができるはずです。

 また宗教は、なかなか始祖を超えることはできません。

仏教で2500年、キリスト教で2015年、イスラム教でも1500年です。

それは、始祖を超える人がでなかったということであり、宗教の宿命とも言えます。

宗教や文明の価値を新たにするには、仏陀やイエスらを超える神人、また違う価値を示す神人が現れない限り、新たな文明を起こすことは容易ではありません。

 

 http://info.happy-science.jp/2015/13152/

世界は今、宗教的対立を克服しない限り滅ぶという難しい時代です。

神を捨てれば、共産主義社会のように、共食い社会となりますから。

それは必ずそうなります。

神仏を信じない世界は、要するに、獣(けだもの)の社会ですよ。

宗教的対立の克服こそが福音であり、世界が求めているのは、その新たな「価値観」なのです。

それが、「幸福の科学」です。

 

大川隆法幸福の科学グループ総裁

12月15日(火)、幸福の科学では、エル・カンターレ祭が開催されます。

本会上は幕張メッセ。全世界3000ヶ所以上に同時中継されます。

高知では、県立美術館ホールで執り行われます。

http://blog.goo.ne.jp/rokochifukyosho/e/cea8144f25d16a6422a8c12a8ecf9c86

必ず、新時代と世界の今後を、垣間見れるはずです。

              (ばく)


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