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物語。35

2016-12-24 00:18:20 | 日記
病院を直ぐにでも変えたかった。
しかし変えるのは大変だった。

実際精神科にかかっていない人の殆どは知らないだろう。
「自立支援」というものがあるのだ。
この「自立支援」を受ければ
病院で支払う診察料、薬代はかなり安くなる。
しかし、決められた病院、薬局に限るのだ。
病院を変えるとなれば役所に出向き
届け出を出さなければいけない。

私は曜日を変え、医師を変える事を選んだ。
これが間違った道になるとはこの時予想もしていなかった。

変えた医師はその病院の院長だった。
発した言葉に私は失望した。
「そんなに〇〇先生【変な事】言ったの?」
【変な事】言われて担当医を変える訳がない
私はショックを受け、傷つき、
医師に対する信頼も失ったから変えたのだ。
この医師にも失望した。
もうここは患者の病を治す病院でない。
患者からお金を吸い上げているだけの場所に見えた。

別に病院は混んではいなかった。
しかし、診察時間はものの3分程度
前の医師の時は愚痴を吐き出す為だけに通っていた。
でもこの医師には何も話していなかった。
しばらくして「変わった様子はなかった?
じゃ次回は1ヶ月後のこの日に来て」

私はそれまで隔週で通っていた。
しかし突然1ヶ月に1回にされ、
診察時間はものの1分もなかった。

病院を変えよう!本気で治そう!そう思った。
その時頭に浮かんだのは
発病してまだ数年しか経っていなかった時
体操、ツボ押し、漢方を取り入れ
西洋薬だけに頼らない病院だった。
ここにもう1回行ってみよう!

その後病院に電話して次で最後にする。
その旨を伝えた。
そして最後の日に診断書を書いて欲しい事を言った。
その時「親展」でと私は言った。
数日後…封筒に「親展」の文字は無かった。

その封筒の中身が手紙などの「信書」に該当すると
「信書開封罪」になる。
信書開封罪というのは刑法第133条で
「正当な理由がないのに、
封をしてある信書を開けた者は
一年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する」

親展扱いとなる手紙としては
宛名本人のプライバシーに関わる書面
(請求書や督促状や診断書)
査定や評価を行う際の資料となる調査書などが挙げられる。

勝手に封筒をあけられた経験のある私は
全て親を貶める為の材料に使いたかった。
しかし…無情にも封筒には「親展」の文字はなかった。

封筒には「よりそってケア」と書いてある。
全く寄り添ってない病院。
やめて正解だった。
いやもっと早くにやめるべきだった。

私は職場復帰後数キロ落ちるだろう。
そう思っていたが、予測を遥かに超えて
体重はみるみる落ちて行った。
お腹はすいた。しかし食欲はない。
また10代後半と同じ状態になった。

今だから笑って言えるが、
ストレスで20キロ増えて、
この時ストレスで15キロ落ちた
周囲からびっくりされたが

痩せた理由に【ストレス】の
言葉は使いたくはなかった。
「サラダを多く取るようになったら落ちた」
私は笑ってそう言った。
けれどお腹はすいているが食欲はない。
正直そんな日々を過ごしていた。

もうご飯を食べる事も出来なかった。
お粥を食べる日々。
しかし、ある日お酒を飲む会が予定された。
ご飯を食べて、お酒を飲む。それをしなければ…
自分の中で何かが変わっていった。

この頃にして漸く私にも「反抗期」というのがきた。
親の声、出す音(例えば歩く音)全てが雑音に聞こえた。

お酒を飲む会。それは旅先の事だった。
私は親には何も言わず家をでた。
初めての事だった。
いつも途中、途中で親に報告の電話を必ず入れていた。
私は小学生か?
いやそれが40歳になるまで続いていたからびっくりだ。

結局その日はビール1杯飲むのがやっとだった。
途中友人が「カルピスを捨てる」そういってトイレに行った
私は瞬間「カルピス」そう言いたかったがやめた。

この時既に数キロではなく
もう10キロ以上体重は落ちていた。
それ以降も痩せた。
笑ってごまかすようになった。

ダイエットの神様が降りてきて
身体を動かし痩せた訳ではない。
食欲なくて痩せた。
会う人、会う人に痩せた?と言われた。
初めのうちは嬉しかったが
この時になるとその言葉は苦痛になった

職場の環境も変わってきた。
イライラさせる人が現れた。
なんでも屋(雑用係り)の私を鼻で笑う人が入ってきた。
そして何故か?電話を取らない人も入ってきた。
因みにこの電話を取らない人に対して
Aちゃんは「電話が恐くて出ないのでは?」と言った。
私は納得した。

ある日1ヶ月限定のパートの人と数人で昼食をとっていた
パートの女性が言った。
「うちの子反抗期がないんです」
そして男性が言った
「反抗期がないとキレる大人になる」
私はいたたまれなくなって早退した。
その後数回、早退、休みを取った。
もう心は完全壊れていた。

夏に入り私はお酒の量が劇的に増えた。
イライラからの解放と
夏。ビールが美味しい季節になったからだ。
その後ご飯の量も徐々に増え体重が減る事は無くなった。

しかし日に日に病院に行くのが苦痛になってきた。
ある日病院をドタキャンした。
そうすれば必ずやってくる。
それは眠れない夜。

30代前半私は同じ事をした。
そしてそれから約10年後同じ事をした。
状況は何も変わっていなかった。
また眠れなかった。
眠る事が出来ないまま朝を向かえ会社に行った。
しかしもう頭がおかしくなり、
途中会社を抜け出し病院に行った。

病院には行った。薬(睡眠薬)は飲んだ
しかし中途覚醒の日々が始まった。
悪夢再来だ。

この頃から私の首から上は痒みが酷かった。
首はかきむしり真っ赤。
頭皮はお風呂あがりにさらっと頭をふけば
雪が舞った(フケがひどくなった)
のちにわかった事だがこれはストレスが原因ではなかった。
ただ単に使っていたシャンプーが肌に合わなかっただけだ。

正直この会社に入っていい事はなかった。
別に人、仕事が悪い訳ではない。
たまたまタイミングが悪くて
いい事がなかっただけだ。
しかし私の馬鹿にする人もいた。
嫌いな人もいた。

でもあの時(施設にいた頃)の悩みに比べたら可愛いものだろう。
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