RYO山泊主人の雑記帳

アメフト観戦記や読書日記を綴っていましたが、最近は古墳(コフ)ニストとして覚醒中!横穴式石室をもつ古墳にハマっている。

飛鳥の古墳⑮ 塚本古墳

2017-05-14 16:59:09 | 史跡を歩く
 塚本古墳については、場所を見つけるのは難しくないのだが、飛鳥の中心部からかなり外れているので、正直遠い。道路は舗装されているものの結構、坂道はきついということで印象深い古墳ではある。

 

 写真のように、飛鳥川を上って行って、稲渕から朝風峠を登るルートの途中にある。季節が良ければ、棚田の風景を楽しみながら歩くといいかもしれない。途中遠目にこんなものも見えたりします。

 

 真田丸か?とおもったりしましたがどうでしょう?

 周辺の風景を楽しみながら歩くと、峠を登る道の中腹あたりで塚本古墳を挟んで二手に分かれる。そこを左手に行けば、すぐ右手に塚本古墳の石室が現れる。

 

 塚本古墳については、すでにかなり破壊されており、石室が半壊状態のまま露出している。昭和58年(1983年)に行われた発掘調査などの結果、一辺約38mの二段築造の方墳であり、石室は両袖式の横穴式石室で南東方向に開口されていたと考えられている。
 
 

 現存しているのは、奥壁と東側の側壁ぐらいが確認できる。石室の羨道があったと思われるあたりに大きな巨石があるのは、これも石室に使われていた石材であろうか?

 

 奥壁には、楔がかなり撃ち込まれているのは、後に再利用をしようとしたためか?調査の結果、奥壁は2段組であったことがわかっている。

 

 また、側壁は3段組であり、玄室と羨道で石室は12m以上の長さがあったと考えられている。

 

 発掘調査の写真では、家型石棺の蓋らしきものが写っているのだが、現地には残っていない。どこに行ったのかはちょっとミステリーだな。

 築造されたのは7世紀の前半と考えられており、近くに都塚古墳や石舞台古墳などがあることから、蘇我氏と関係の深い被葬者が想定されそうである。また、付近には発掘等されていないが古墳らしきものがいくつかある。

 

 塚本古墳から西へ向かう道は朝風峠を越えて、高松塚古墳の近くを通って、近鉄飛鳥駅に出ることができると言ってもかなり距離はある。朝風峠って、なかなかいい名称のような気がする。何か意味があるのだろうか?

 
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