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小説というより、かなりテキスト寄りです。
更新遅めですが、よろしくです。^^

長期更新なしですいません。 近況とかです。2017.9.18

2017年09月18日 17時05分15秒 | 日記
 こんばんは、井上です。
えらく長いこと更新出来無かった事をまずお詫びします。

 私的なことですが、ある出来事が起こりまして、
その日以来、あっというまに今日を迎えてしまったなぁと、
少し、心あらずな感じですが、それなりに気持ちを落ち着かせての、
更新となります。

 現在、私は福岡の方に住んでおりますが、
プロフィール(戸籍)上では、長崎県民なので、
この福岡も、本家のある長崎も心より大事に思っております。

 福岡の少し地方の方になりますが、そこに母の実家がありまして、
2017年7月5日に、その私のもう一つの故郷が、消えて無くなってしまいました。

 僅か一日の雨で、
生まれて間もなく、いえ、生まれる前より母のお腹の中で祖母と居た、
その里の家が大量の水と土砂により、跡形も残さずに、
福岡の故郷の光景を一変させてしまいました。

 幸いにして、実家を少し離れた場所に暮らしていた母も、
集落が流されてしまう直前に、僅かな時間差で里を離れた、
伯父夫妻も無事で安心もしましたが、

 コミュニティーは完全に崩壊してしまい、
ご近所である方たちの幾人かは帰らぬまま、
ただ悲しみだけが残ってしまう、そんな心境に、
母も、伯父夫妻も、家を失った同郷の恩人の方々も、
心に穴が開いてしまったようなそんな日々が、
猛暑の中、始まってしまったのでした。

 上手く書けていないのは承知しています。

 私も思い出す度に、長くの歳月をそこで過ごし、
四季の移ろいも、年越しの暖かな記憶、お結わいも何もかも、
昨日の様に鮮明に思い出せてしまうのです。

 それも何故か、良い事しか思い出せないと申しますか、
人は、大切なものを失って初めて、
「日常にある、当たり前のその幸せ。」に気付けるのかと、
悔しいやら、何やらで、歯痒い想いをしてしまうのだと感じています。

 そういう経験は過去に一度、二度ありました。

 でも、今回はあまりに多くのものが失われ、
周囲の方たちも、先の見えない不安を隠すように、
励ますように笑ってくれて、
日々を忙しくする事で、思い出さないようにする姿を、
目の前で感じる日々が、今もなお続いています。

 私はその日以降、母の元行き、
母が眠りに付くその時まで、共に生活しています。
家族で暮らしているとはいえ、各自部屋に分かれて、
それぞれの時間を過ごしている間、
最も家族で辛い思いをしている多くの思い出の詰まった故郷の失った母に比べれば、
同じ家族でも、時間に流れはまったく違うのだと思い知りました。

 ぽんと時が開いてしまえば、不意にやって来る、
もうそこにあの見慣れた光景も、親友もいない失われた自身の原点であるその場所。
母は、自分でもわからないという、表現しようのない感情で、
涙を流し、そんな夜が頻繁に最初の一月は訪れたのです。

 朝がとても早い父や弟は、夜も明けぬ内に仕事に出て行くので、
その後、中継ぎのように職場に向かう私が、母の側にいる事になりました。
父も父で、より仕事に励むように家族を引っ張り、口下手なりに、
母を励ますように、いつもより早い時間に仕事を終わらせ帰宅し、
技術に父より優れる頼もしい弟は、弟なりに気遣って、
私とよく母の事で相談に乗ってくれて、伯父夫妻とも仲良くし、
仕事の合間に母の元に、よく帰ってくれてとても献身的です。

 母は今は仕事には出ていませんが、同じポジションで、
ホールの対応を母から学んだ私が、母には遠く及びませんが、
接客等の仕事に就いているという感じになります。

 シフト的に仕事が始まる前の準備から出る父と弟は、
夜がとても早く寝る必要があって、同じシフトになる私が、
母が眠りに付くその時まで、時間を過ごすようになっていきました。

 まだ、自分的に心の整理が付くのは、
先の事になると思いますが、地域のみなさまには申し訳なくも思いながら、
その日を送る事で、今は精一杯でして、
警察や消防の皆様、こうゆう時期にも人気のない場所に物取りに入る、
泥棒に対して活動をしてくれている、自警団の皆様には感謝です。

 今回の被害で感じたのは、ニュースになったその時からすでに、
たくさんの物取りが被災地域に溢れ、まだ続いてるという、
そういった問題。

 誰よりも率先して地域に貢献してくれた、災害派遣の自衛隊員の皆様。
自衛隊員さんの被災地域への進入速度はとても迅速で、
地域の方たちの大きな心の支えとなりました。

 何より、精神的に辛い睡眠不足すら、寝る間を惜しんで活動していただき、
「自分たちは動けるだけ動いて、一刻も早く不明の皆様や、
被災された方々の支援にあたれれば、それがなによりであります。」と、
非常に精力的に献身され、地域に最も重要な飲み水や衣類、
食料、交通の算段を付けて下さり、
とても頼もしく思えたのが印象的でした。

 警察や、消防の皆様も同様に、今も続く持久戦に、
多大な献身を頂き、とても言葉では言い表せない想いです。
その方々の中にも、被災している方々はいるのですから・・・。

 あと、私が師のように慕っていた先生が被災してしまい、
復旧の目処が立たずに、もう戻ってこれない可能性の方が高いと私に告げ、
生家の方へと戻られてしまい、私は何一つ力になれず、
会おうと思えばいつでも会えると励まされ、連絡先を教えてくれました。
「今は正直、何も考えられない。」と僅かに私に本音を頂き、
それでもなお、その立場から毅然と振舞う先生に、
あの日、かける言葉をもてなかった私でした。


  稚拙な点も多いと思いますが、ご容赦下さい。


 今は何処でも起こり得る事になった、集中豪雨、地震被害、
皆さまも、三日分ほどの備えを持ち出せるようにと、
と、出来れば何もない事を願っております。

 数日の携帯食、飲み水、寒さ等をしのぐ毛布やナイロンのシート、
懐中電灯など、そういうのがバックに一式入って売っている物もありますね。
本当に、それ等を使わないでいい事が一番ではあると思いますが、
備えあれば、少しは気が楽になる方には、おすすめしたいです。



 また、近況をお知らせする事もあるかと思います。

 遅れた更新も、順次再開するつもりですので、
よろしくお願いします。

 書いていたらきっと、きりが無く雑になっていくので、
このへんで今日は失礼致します。


 ではー。             井上 光

                  
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