あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

7月25日 BrokenRiver

2016-07-26 | 最新雪情報


待望の雪が降り、ブロークンリバーが開いた。
6月の頭に大雪が降りロープトーが雪で埋まり、それをスタッフとメンバーで掘ってオープンの準備をした。
今年はいい年になるだろうと期待をした後に大雨が降って雪が溶けて無くなった。
その後もまとまった雪は降らず、オープンを延期して延期しての繰り返し。
2年前の8月中旬までオープンできなかった再現を心配しはじめていた時のオープンは、正直うれしい。
国道からのブナ林を行く山道、駐車場、グッズリフト、天国への階段、ロープトー、パーマーロッジ。
全てが新鮮で、全てが懐かしい。
毎年、シーズンの初日に想うのだが、ホームに還ってきた。
となりのチーズマンから雪崩コントロールのダイナマイトの音が聞こえる。
待ちに待ったオープンで新雪も降ったからよっぽどの人混みを予想して山に登ったのだが、予想に反してスキー場はガラガラ。
入場者数は30人ぐらいだろうか。
人が少ないので1日中パウダーをいただいた。
新雪20cm。
冬がやっと始まった。


グッズリフトからの眺めも冬景色。期待が高まる。


そしてスキー場へ。


アクセストーの雪のつき具合も問題なし。ただし滑るには注意が要る。


とりあえず、朝の1本目をいただいた。


「オハヨーゴザイマス」マネージャーのサムが深くお辞儀をして迎えてくれた。


メイントーからリッジトーへ。


人が少ないのでお昼を過ぎてもこれぐらいの荒れぐあい。


アランズベイスンはクローズ。雪はそれほどよくないらしい。


ホームへ還る。一番落ち着く場所だ。


美味かったかって?旦那、野暮な質問ですぜ。


この山で美味い物がもう一つ。今年もブロークンリバーは健在だ。


やっと冬が始まったが、ここから好い冬になりそうな予感がする。


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誕生日

2016-07-22 | 日記
え、みなさん、毎度のお運びで。
今回もまたしばしのお付き合いをお願いいたします。
あたくし、もう昨日になってしまいましたが、無事に誕生日をむかえました。
今年で48ですよ、48。
だからなんだ、と言われてしまえばそれまでなんですが、自分が若い頃には自分がそんな歳を食うなんて考えられなかったんですが、いざこうやって歳を取ってみるとなんですな。
中身は全然変わっていないぞ。
外見は変わりましたよ、さすがに。
頭は禿げたし髭は白くなって顔にしわもできて、それなりの貫禄ができました。
こうなってくると面白いものでして中身は大して変わらないのですが、周りが変わる。
同じことを話しても、それまでは「若造が何を言ってやがるんでぇ」という態度から「ああ、こういうお坊さんみたいな人がそう言っているのだから、こころして聞かなきゃ」となります。
向こうが勝手に持ち上げてくれるのですから、まことにもって楽ですな。
早くもっと歳を取って、もっと楽になりたい。
そしていずれは歳をとりすぎて若い者に邪魔者扱いされる、そんなジジイになりたいものです。

えー、誕生日の昨日は仕事をしていまして、ポーターズという山へ行ってまいりました。
今日は写真はございません。
昨日と全く同じでしたから。
読者の皆さんも薄々感づかれたかもしれませんが、昨日のブログ、やる気ないですなあ。
なんですか、あれは。
写真をチョコチョコと乗せて、文も取ってつけたようなものを数行。
まるで仕事行く前にあわててアップしました、というのがありありと見えるような。
いいのか、それで。
みなさん、怒ってませんか?
いやね、言い訳するわけではないんですが・・・雪が少ないんです。
てっぺんまでオープンしていないんです。
そしてね、ポーターズって山は、ほとんどの場所が日陰で寒いんです。
ほとんど日陰だからあまりいい写真も取れない。
やっとTバーが開いて日当たりが好い場所に行って撮ったのがあの写真。
いえね、あたしだってたっぷり雪があって、まっさらなバーンでパウダーを滑った後の写真を撮って、いやみのように北半球のみなさんに見せつけたいですよ。
でもね、岩だらけの斜面を見上げて、はあ、とため息一つ。
文だって、気の利いた言葉もなくなります。
じゃあブログのアップをしなければいいじゃないか、というとそうもいかない。
夜、寝ていると聞こえてくるんです。
「早くアップしろ~、早くアップしろ~」
という全国350万の『あおしろみどりくろ』の読者の心の叫びが、怨霊の呪いのように聞こえるんです。
というわけで、やる気の無いブログ一丁できあがり。
もう削除しちゃいましょうか?
いや、でもこうやってネタになったのだから、パウダージャンキーの禁断症状の現れということで取っておきましょう。

えー、あたくしのお友達にマリリンというおばあちゃんがおりまして、かれこれ十数年のおつきあいでしょうか。
ブロークンリバーのメンバーでもあり、あたしがブロークンリバーのクラブに入るきっかけを作ってくれた人でもあります。
この人もぶっとんだおばあちゃんでして、ああこういう歳のとり方をしたいなあ、と思わせてくれる人です。
いずれこの人のことも長い話を書こうかと思っているのですが。
この人と昨日、山でばったりと会いまして、フェイスブックでも繋がっていますからあたしの誕生日を知っていまして。
会ったそうそう、「Happy Birthday」とハグをしてくれました。
夏の間はそうそう会えませんから、近況報告やら今の状況やら話して一緒に1本滑って。
下へ降りて休んでいたら今度はレネ一家が上がってきた。
レネは同じ年代の友達で日本人の奥さんに娘二人と末っ子の男の子という家族。
この奥さんのナオちゃんが作るパンとかお菓子が絶品でしてね、まあそんなことはどうでもいいんですが。
レネはこちらニュージーランドのお客さんを連れて日本でスキーガイドをしている。
まあ、あたしと逆のようなことをしているんですな。
こしてまた一緒に1本滑って。
他にもブロークンリバーのクラブメンバーがけっこう来ていまして。
まあ向こうが開かないからこちらへ来るしかないんですな、色々な人に会いました。
こうやっていると遊んでいるようですが、合間合間にちゃんとお客さんのケアという仕事もしてますからね。
ボスに読まれても困らないように、ちゃんと書いておかないと。
そんなこんなで1日が終わり、お客さんをみんな街まで送り届けて。
嬉しかったのがですね、お客さんでスキー初めての人がいたんです。
年は15ぐらいかなあ、北島からのお客さんなんですが、初めてだったからブーツの履き方とかスキーの持ち方とか面倒見てあげたんです、最初だけ。
他の人はみんな「楽しかったよ、ありがとう」と言ってバスを降りられたんですが、その人というかその子はね。
降りる時に「ありがとう最高だった」と言って僕の手をギュっと握ってくれて。
手を開いてみるとそこには1両小判が・・・なんてことあるわけないでしょ。
でもね、嬉しかった。
ああ、この仕事やっていてよかった、と思いました。
人を幸せにする仕事、人と幸せを分かち合える仕事って素晴らしいなあと。
世の中には人を不幸に陥れる仕事も存在しますから。
山に行って1日過ごしてお客さんが喜んで別れる。
一期一会ですが、そんななんてことのない日々が嬉しくもあり有難くもある。
誕生日だから余計にそれを感じたのかもしれません。

家に帰れば妻子がご馳走を作って待っていました。
ローストポークです。
皮をパリパリに焼いて、まるでおせんべいのようです。
これをつまみに自家製ビールをキューと、たまりませんな。
もちろん豚肉も美味いし野菜も美味い。
デザートは仕事場の先のケイコさんが焼いてくれたケーキ。
あたしはビールの後に今度はかみさんが作った梅酒なんぞいただき、酔っ払ってバタンキュー。
バタンキューって、今時こんな言葉使う人いませんが、いいんです。
こんな感じであたしの48の誕生日は過ぎまして。
数々の方々からフェイスブックなどを通してお祝いをいただきました。
この場をお借りして、御礼申し上げます。
ありがとうございました。
これからも清水亭聖笑、精一杯、力いっぱい、我武者羅に、無我夢中で、一心不乱に、え?もういいですか?
とにかく自分なりにやっていきますので、御ひいきにお願いいたします。

ドドン、ドンドン(太鼓の音)



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7月20日 Porters

2016-07-21 | 最新雪情報
19日はやや荒れ模様だった山も20日はよく晴れた。
今回も多少の降雪はあったものの全山オープンにはほど遠い。
ポーターズで言えば人工雪でカバーされた場所がほとんどである。
それでも圧雪チームががんばって中腹までのTバーがオープンした。
クラブフィールドは未だオープンできず、今週末の降雪に期待をかける。


快晴の中、2番目のTバー、通称T2が開いた。


ここまで登ってくるとクライストチャーチまでも見える。


スキー場の最上部を開けるにはもう一降り要るだろう。

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7月12日 Porters

2016-07-13 | 最新雪情報
寒い日が続き、人工降雪機で雪を作り、ポーターズもなんとかオープンできた。
と言ってもオープンは下部のリフト脇と初心者初級者エリアのみ。
それでもオープンはオープン。
枯れ木も山の賑わい、ではないがこちらの冬休みとあって、子供たちのはしゃぐ声が聞こえた。
これから数日、天気は崩れそうで雪の予報である。
これでどかっと降ればクラブフィールドもオープンできる。
今はただひたすらに自然の恵みを待つ。


人工雪で初心者エリアは問題なく雪がついた。


リフトからビッグママを見上げる。


オープンコースはリフト脇のみ。


ビッグママと並ぶ名物コース、ブラフフェイスもご覧のとおり。


リフト終点から上部を望む。早くあそこを滑りたいなあ。


ポーターズのローカルのクレイグが駐車場で一杯やりながら声をかけてきた。駐車場は社交の場でもある。


今日のお昼はステーキサンド。お肉は自分のところで絞めた牛の熟成ヒレステーキ。


遠慮なくご相伴にあずかった。いただきます。

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ニュースというもの。

2016-07-12 | 日記
ニュースと言うか情報というものの話を書く。
以前にも書いたが我が家にはテレビが無い。
もともとテレビというものがあまり好きではなく、特にバラエティとかで観客が作り上げる、あの声が嫌いだ。
最近ではあの声が気持ち悪いと感じるようになった。
なのでテレビのニュースも見ない。
これは以前から思っていたのだがテレビは洗脳の道具だと。
まあテレビというか今は大手のメディア全体がそうなんだけど。
僕より高齢の人に多いのだがテレビを完全に信じちゃっている人。
これはもうどうしようもない。
宗教みたいなもので、本人が信じているなら仕方なかろう。
ニュースでもやらせが多いのだが、それを疑おうともせずに「お上が言ってることに間違いはなかろう」というスタンス。
洗脳されている人は洗脳のシステムに気がつかない。
気がついたらそれは洗脳ではないのだ。
まあそういう人はこんなブログなんぞ読まないだろうから、好きなことを書かせてもらおう。

僕はテレビのニュースは見ないが、ドライブ中はラジオを聴くのでラジオのニュースぐらいは聞く。
まあそれも時報にあわせてやる5分ぐらいのニュースだ。
なので一般的なニュースを知らなかったりする。
一般的なニュースを知らなくても、うちの野菜は育つしニワトリは元気に卵を産んでくれるので、まあそれで良しとしてしまってる。
僕が知るニュースというか情報なのだが、それは友達とか知り合いとか、そういった信頼できる人が取り上げた事を読む。
そしてどういうニュースを選ぶかは自分で決める。
ネットで読むお気に入りのニュースは『地球最期のニュース』とか『世界の裏側ニュース』とか『地球の記録』とかそんなのばっかりだ。
だいたいどこかで誰かが殺されたなんていうニュースより、僕には自分の身の周りの天気予報の方が大切なのだ。
ニュースというものは、必ず誰か第三者が仲介役で入っている。
それによって情報の信憑性は変わってくる。
そして最後にそれを信じるかどうかは自分だ。
自分がその情報を信じて、それによって行動すれば、その全責任は自分にある。
その全責任を取らない、取りたくない、考えたくない人は「テレビで言ってたから」と永遠に言い続けるだろう。

さて僕がお気に入りに入れてる、地球最期のニュース。
この人とは会ったこともないし全く知らないのだが、何となく感じるところあり、このブログを読んでいる。
最新の記事にあったのだが、ネットの危険性について。
これは僕も以前から危惧をしていたのだが、年老いた世代はテレビに依存するが、若い世代はフェイスブックとかラインとかそういったものに依存するのではないかと。
テレビもネットもスマホもあくまで道具。
道具を使うのは人間の心だ。
その心が危うくなってきている。
この記事を読んで共感したので、こんなことを書いてみた。
今日のブログの終わりに最も共感した言葉をこの人から借りる。


インターネットもそうかもしれないですが、今の世の中は、「良いものも悪いものも、様々なものがオンラインで個人の心に直接入る」時代となっていて、それだけに、たとえば、わけのわからない犯罪や行動がこれからも増えていくのだろうなとも思います。

全くだね。
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7月7日 Mt.Hutt

2016-07-08 | 最新雪情報
冬が始まった、と言うには雪が無い。
ほとんどのスキー場はオープンできず、かろうじて開いているスキー場も人工降雪に頼っている。
人工降雪機があっても気温が下がらなければ雪も作れない。
スキーとかスノーボードというものは、なんと微妙な自然のバランスの上に成り立っているのだろうか。
お客さんは毎度おなじみのご家族で彼らはポーターズの大ファンなのだが、ポーターズもオープンできない状況なのでハットで滑ることにした。
彼らとももう何年のつきあいになるか。
以前ブログでも書いたオヤジも健在である。
カンタベリー近辺では今のところハットのみがオープン。
それもオフピステは全く滑れず、メインのコースのみ。
それならばとリフトを使わずに下からてっぺんまで歩いてみた。
賑わっているゲレンデを横目に、景色の良い尾根上を一人で歩くのは、なかなか気持ちの良いものだった。
リフトを使って登るのでは感じられない景色がある。
自然というものは人間の思惑通りには動いてくれない。
ならば人間がどのような状況であれ、自然に合わせるのしかないのではないか。
それを考えると将来のスキー場のあり方も変わってくるのかもしれない。
今はただ雪が降るのを待ち望むのみ。


駐車場から歩いて30分ぐらいで尾根に出た。


尾根からはクライストチャーチのポートヒルも見える。尾根上のコースは今はクローズ。景色を独り占めだ。


尾根に沿ってリフト山頂へ。


リフトのてっぺんからさらに登りサウスピーク、スキー場の境界まで登り詰めた。下りはゲレンデ内を滑る。


若い時にさんざん滑ったタワーズだが、石だらけで滑れる状態ではない。


気温が低いので日中でも雪を作る。


クラブフィールドには人工降雪は無い。天からの授かり物をじっと待つのだ。






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押し寿司

2016-07-02 | 
えー、唐突ですが、魚が好きです。
あたしゃ、生まれも育ちも駿河の国、清水次郎長で知られた清水という場所でして、通った小学校も清水小学校。
その近くには次郎長通り商店街なんてものがありまして、次郎長の生家があったんですねえ。
長さ500mぐらいの狭い商店街には八百屋とか肉屋とか本屋とか金物屋、瀬戸物屋、文房具屋、レコード屋、眼鏡屋、家具屋、時計屋、菓子屋というように、まあ色々ありまして、いわゆる昭和の田舎の商店街でした。
この次郎長通り商店街、魚屋さんの多いこと。
そんなちっぽけな商店街で5つも6つも魚屋さんがある。
まあ、近くに魚市場もありましたし、それぐらい清水の人は魚をよく食べたんでしょうなあ。
あたしの通学途中にも魚屋さんがありまして、天気のいい日にゃその店先で干物を干していて、その匂いがぷーんと漂う。
そんな環境で育ったものだからか、魚が好きでして。
それもあーた、鮪だ平目だ鯛だというような高級魚じゃありません。
鰯、鯖、鯵、秋刀魚というような近海魚、それも青い魚というようなものが好きだったんですね。
刺身もさることながら鯵の開きの天日干しなんぞは良く食卓にあがったものですし、秋刀魚のみりん干しなんてものも大好き。
ニュージーランドと日本を行き来するようになっても、帰って母親に何が食いたいか聞かれたら真っ先に鯖の味噌煮をリクエストするような、そんな具合でした。

えー、皆さんご存知の通りあたしはニュージーランドに長年住んでおりまして、今はもうだいぶ変わったのですが、あたしが住み始めた頃、まあ30年近く前なんですがね。
当時は移民の数も少なく、白人それもイギリス系の人達が大多数を占めていたのですな。
このイギリス系の人達は基本、青魚というものを好まない。
まあ独特の臭みと申しますか匂いと言うものがあります。
「何言ってやがんでえ、それが旨えじゃねえのか。そんなのが嫌いだなんてぬかすなら江戸っ子なんてやめちまえ!」
いえいえ、もともと江戸っ子どころか日本人でもない白人の話ですから。
この白人達も全く魚を食わないかというとそうでもない、れっきとした魚料理というものもございます。
フィッシュアンドチップスというやつでして、まあ簡単に言うと白身魚とジャガイモのフライです。
旨いことは旨いのですが、毎日食べれるようなものではない。
まあ、こちらの方々は毎日でも食べるのでしょうけど。
ちょいと小洒落たレストランに行きましてもメニューにあるのは白魚かサーモン。
魚屋へ行けばほとんどは白魚で、青魚なんて店の片隅に申し訳程度にちんまりと息をひそめている。
ああ、あわれ青魚よ。お前の基本的人権なんぞ、この国ではないのだよ。
もっとも魚だけに人権なぞありませんがな。

えー、人間というものは面白いものでして、歳を取ると食の好みがその人の子供の頃に食べていたものに還っていくそうです。
ですからマクドナルドを食べて育った人間が老人になるとマクドナルドに還っていく。
それが企業の戦略にもなっている今日この頃。
あたしもその例にもれず、歳を重ねるに連れ、ニュージーランドにいながらも青魚が食いたくて食いたくて。
でも今は30年前ではありません。
ここニュージーランドも移民が増えて、それに伴い食生活も豊かになった。
冷凍ですが秋刀魚やかたくち鰯や真鰯も店先に並ぶようになった。
秋刀魚がどこから来ているのか聞いたところ、目黒じゃないんです、残念ながら。
台湾から輸入しているのだと。
ちなみに鰯はメキシコから遠路はるばるやってきた。
ニュージーランド近海では取れないのかな、という疑問はさておき、魚屋にこういう青魚が並ぶようになった。
あーた、ありがたいことじゃあありませんか。
もともと料理は嫌いではありませんから、鰯は背開きにして塩に漬けてアンチョビを作ったり。
秋刀魚は大名おろしにしてフライパンで焼き、甘辛のタレでかばやきにしたり。
もちろん大根がある時には七輪で炭火の塩焼き大根おろしなんてこともします。
そしてニュージーランド産では、たまーにですが鯖も見かけますし、鯵は常にある。
まあ、鯵は常にあることはあるのですが、それが常に新鮮だとは限らない。
でも新鮮な時には刺身も旨いし叩きにしてもよし。
買ったみたはいいけど、おろしてみたらちょっと刺身にするにはなあ、なんて時には鯵フライ。
何より安いというのが嬉しい庶民の味方でございます。

最近凝っているのが締め鯖ならぬ絞め鯵。
新鮮な鯵を見つけると、おろして塩を降り、贅沢に北海道の昆布なんぞと一緒に酢に漬ける。
これが脂がのっていて旨いの旨くないのって、そこに頂き物の上物の日本酒なんぞチビリなんて。
あー、生きていて良かった。
手前で造って手前で食って喜んで、つくづく自分は幸せものだなと思うのであります。
我が家には14になる娘がおりまして、最近ではいろいろと和風の味もわかるようになりました。
静岡の新茶の旨味も分かるし、今まであまり好きでないものも食べてみたら「おっ、いけるじゃん」というような年頃になりました。
この娘がオヤジの絞め鯵が大好きで、毎日だと飽きるだろうけど1日おきならいけるなんてことを言う。
嬉しいじゃありませんか。
こうなると作る方も作りがいがありまして「よしそんなら、お父っつあんがたくさんこしらえてやろう」と多めに作りました。
普通に切って食べるのもよいが、そのままじゃ芸が無いってんで、もう一工夫。
押し寿司にしちまおう、と酢飯を作り鯵の押し寿司。
この日のために、というわけではありませんが、日本から取り寄せた枠はひのきの香りがぷーんといたします。
その枠に酢飯を詰めて、鯵をほどよい大きさに切り、ぎゅっぎゅっと押す。
作った人の特権で、出来立てをパクリ。
横にいた娘も一緒にパクリ。
うーん、旨いなあ、ともう一口パクリ、娘もパクリ。
おお、いかんいかん、出来上がりの写真を撮っておかないと、これはブログのネタになるぞと写真をパチリ。
パチリと撮ったあとは再び親子でパクリ。
この押し寿司、出来立てももちろん旨いのですが、時間が経つと馴染んでこれまた旨い。
もともと寿司は保存食ですし、どこかに笹はなかったか。
日本ならどこにでもありそうだけれど、ニュージーランドのどこで見たっけなあ。
どこかで見たことがあるので、次回は葉っぱをとっておきましょう。
笹の葉っぱも殺菌作用があるそうでして、これを笹寿司にしても面白いでしょうな。



「お前さん、ちょっとお前さん」
「なんだい、かかあじゃねえか、どうしたい」
「どうしたいじゃあないよ。それはこっちが聞きたいぐらいだよ。どうしちゃったのさ、急にこんな落語風にしちまってさ」
「ああ、これか。実はよ、最近ユーチューブってのか、あれで落語にはまっちまってな。あれ聞きながら魚捌いたり寿司造ったりしてたらこんなになっちまったんでい」
「何言ってんのさ、このブログ読んでる人だっていきなりこんなになってびっくりしてるじゃないか」
「なあに芸風が変わったんだって思ってるだろうよ」
「芸風ってお前さん噺家じゃあるまいし。この前だって裏店のお富さんに『旦那さん、しばらくガイドの仕事してないようですけどガイドあきらめて噺家の師匠に弟子入りでもするんですか?』ですって。あたしゃ悔しいやら恥ずかしいやら」
「しょうがねえじゃねえか、雪が降らねえんだから。雪が無きゃスキー場も開かねえ。自然の道理でい。言いてえヤツには言わしとけい」
「そうなんだけどさ、このままじゃうちはおまんまの食い上げだよ」
「でえじょうぶだって、7月になったら降るからよ。だいたいだな、この辺りじゃ雪が落ち着くのは7月半ばぐらい、運がよければ6月ぐらいから滑れる。スキー場も客もそれで永いことやってきた。それをどこかの大店が商売になるからって冬祭りを先倒しして6月におっぱじめやがった。それまでは冬祭りなんてものは冬の一番寒い最中の8月にやってたんでえ。それを何か『寒いさなかは黙っていても客が来るからヒマな時に祭りをやれば人集めにもなる』だとよ。ふざけんじゃねえぞってんだ」
「そうねえ、6月に冬祭りをしちゃうのはどうかと思うわね」
「クィーンズタウン辺りの大店がそんな具合だからよ、他の所もこぞって早く早くって言い出しやがって。でえじょうぶだって7月になりゃ降るからよ」
「お前さんそんなこと言って、もう7月に入ってんだよ。それに覚えてるの?一昨年だってそう言いながら、6月も7月も8月も全く降らなくてさ、結局降ったのが8月の半ばだったじゃないのさ」
「かあ、そんな昔のことよく覚えてやがる。そういえばあの時は撮影の仕事があったんだ。親方は元気でいるかなあ。」
「この前だってユカちゃんを通してメッセージがあったんじゃないの。日本に帰ったら連絡をしろよってさ」
「ああ、そうだけどよ。なにせこちとら色々と忙しくて、親方には不義理をしちまって。まあ次の機会だな。」
「いつになることやら。それよりお前さんどうするのさ」
「どうするって、さっきも言ったじゃねえか。雪が降らなきゃしょうがねえって」
「そうじゃないよ、あたしが言いたいのは。この話をどうするのって聞いてるの」
「・・・どうするって、どうするんで?」
「どうするもこうするも、これだけ落語のノリでやってきて落ちはどうするのって聞いてるの」
「落ちだあ、そんなものは無え」
「無いって言ったって、みんな期待してるよ、きっと」
「期待されたってなあ。じゃあ落ちは次回ってのはどうだ?」
「ダメよそんな、締め切りに困った漫画家みたいなのは」
「じゃあ、落ちは各自で考えてくださいってのは?」
「そのうちにみんな怒り出すよ。困った人だねこの人は」
「なに言ってやがんでえ。こちとら清水生まれの江戸っ子でい。ノリで始めたこの話、ここらでプツンと終わりにいたしますでいいじゃねえか」
「まったく、わがままなのか押しが強いというのか・・・」
「ああ、そうよ、押し寿司だけに・・・退くに退けねえ」








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庭の話、あれこれ。

2016-07-01 | 日記
家事仕事と庭仕事の毎日である。
スキー場のオープン予定は先週末だったのだが、雪が無くオープンは延期。
まあ無いものは仕方あるまい7月になったら降るさ、と楽観的に考えているのである。
おかげで庭仕事が進むこと、この上ない。
庭にあった大きな柳を切り倒しファイヤーウッドにして、それを友達のサムの家へあげた。
我が家には暖炉はないので、もらっていってくれると助かる。
木を切る作業、それを片付けて薪にする作業は楽ではないが、こういった作業は嫌いではない。
我が家にあった根っこが腐って傾いだ柳の木。
放っておいたら倒れてフェンスを壊してしまうだろう。
そうでなくても夏の間に大きな枝が落ちて隣家との間のフェンスを壊したのだ。
被害はたいしたことなかったので修理したが、放っておいて向こう側に倒れたら目も当てられない。
その木が薪になり、友達の家庭を暖めてくれる。
僕にとっては自分の家も友達の家も同じこと。
野菜を作るのも、ガイドの仕事をするのも、薪にするのも、どれも大切な仕事なのである。
仕事という自分の行動を自分だけのためにするのか、それとも広い範囲で人間のためにするのか。
その人間のためというのは友達もそうだが自分も含む。
意識をどこに置くかで、同じことをやるにしても結果は変わる。
サムから薪のお返しにと、彼の家でいらなくなったレンガを80ばかりもらってきた。
これで庭にかまどを作ろうと思っている。
行く行くはピザオーブンなんかいいな。

りんごの木を植えたのは数年前になるか。
今年もよく実をつけた。
何年か前には鳥よけにネットをかぶしたのだが、今はやめた。
その時は鳥に食われること=損するという考えだった。
今は共存と言うかおすそ分けと言うか黙認と言うか。
全部食われて自分たちの取り分が無くなったらそれはそれで困るが、そういうこともなく、まあ鳥もほどほどに食べている。
そして鳥の食いかけを取ってみると、それがまた旨いのだ。
今までは食われるのがもったいないので一斉に収穫したのだが、今は赤くなったものから食べる分だけ木から取って来て食べるようにした。
りんごもやはり新鮮なものは美味い。
我が家のりんごの品種はフジなのだが、中に蜜がたっぷり入って甘く、適度な酸味とのバランスがよい。



先日ニュージーランドでは、というか南半球では冬至を迎えた。
これから冬に向かっていくのだが、太陽が出る時間は長くなっていく。
今まで日陰になっていた場所もこれから日が当たったいく。
今年は大木をばっさりと切ったので、日当たりも今以上に良くなるはずだ。
2週間ぐらい前に植えたニンニクがぼちぼちと芽を出し始めた。
ニンニクは冬至に植えて夏至に収穫というのが暦の上での目安だ。
今年も150株ぐらい植えただろうか。
今年は普通のニンニクに加え、空いている場所にエレファントガーリックを10株ぐらい植えてみた。
エレファントガーリックとは巨大ニンニクで味はややマイルド。
粒がでかいので料理にも使いやすい。
はてさてどんなのができることやら。

最近は木の引越しもした。
フィジョアという果物をご存知だろうか。
そう、あの緑の、中はクリームっぽく、やや甘いし酸味もある、あのフルーツ。
これを知らない人に伝えるのに何と言えばいいのか長いこと迷っていたが、ある所で「バナナとパイナップルの中間のような果物」という形容を読んだ。
なるほど言いえて妙、その例えは近いな。
でもバナナよりクリームっぽいし、パイナップルほどジュクジュクではないし、フィジョアはやっぱりフィジョアなのだ。
このフィジョアと言う木は熱帯のものだが寒さにも強い。
というわけでクライストチャーチあたりでも良く育つ。
我が家はみんなこれが好きなので、何本か苗を買って植えてみたのが数年前。
その時には初代ニワトリのヒネが死んだので、土に埋めてお墓代わりに木を植えた。
名前をつけたら食べれなくなっちゃうからね。
二世代目のニワトリのプクが死んだ時に、またその横にもう1本フィジョアを植えたのだが、これが大きくなって手狭になった。
そう、木というのは植える時は小さいものだから、どうしても間隔を狭く植えてしまう。
木がもっと大きくなると移植をするのが難しくなるので、まだ若いうちに移動しておくのだ。
柳の木の奥にスペースができたのでいずれはその辺りを果樹園にしようか。
ワナカのケンさんからビワの苗木をもらってきてあるので、それも土地に植えられるのを待っている。
ビワは以前から欲しいなあと思っていたのだが、この国にあるのは知らなかった。
3月にネルソンに行った時にモツエカの友達の家に行った時にそこで初めて見た。
いいなあ、そのうちにガーデンセンターで見たら買おうかな、なんてことを考えていたらケンさんの所に苗木があり、それを頂いた。
欲しいと思うものは常に手に入る。
そういう風にできている。



温室の中ではトマト、きゅうりが寿命を終え、今はレタスやほうれん草が育っている。
去年の春に植えた唐辛子が未だに元気で、まだまだ実をつけている。
多量に唐辛子が取れたし、ラー油は以前作ったものがまだ残っているのでタバスコ作りにでも挑戦しようか。
今は便利なものでネットでちょっと検索すればタバスコの作り方だって出ている。
それほど難しいものではなく、タバスコもお酢による醗酵食品だと知る。
新しいことを知り、やってみるのはいつもワクワクする。
大切なのは走り続けることではない、走り始め続けることだと竹原ピストルも唄っている。
新しいことを始めるのと同時に継続もまた大切。
庭の土作りは継続的な仕事であり、こういう目に見えない仕事をおろそかにしては野菜作りなどできない。
そういったもろもろの物事が複合的に重なって、庭という空間で輪廻の世界がある。
生き物が育ち土に還る。
その間で我らは生きる。
そんなことを庭仕事の合間に考えた。









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まあお茶でもどうですか。

2016-06-28 | 日記
♪清水港の名物は~ お茶の香りと男伊達。
なんて昔の歌にもあるが、僕の故郷はお茶どころなのである。
昨日、実家から新茶が届いた。
待ちに待った新茶である。
というのも今回、夏が終わった頃に去年送ってもらったお茶が切れ、食品庫の奥にあった数年前の安いお茶を飲んでいたのだ。
これが正直不味い。
何がどう不味いかと言うと、香りなんぞはとうの昔に飛び去り、味は渋みばっかりが残ってお茶の旨味なぞなく、色はくすんだ緑色。
安いお茶のお徳用の大きめのパックなんぞ買ったものだから、飲んでも飲んでも減らない。
ニュージーランドでお茶が飲めること自体ありがたいことなんだぞ、と自分自身を戒め、でも不味いなと正直に思いつつ。
やっとそれがなくなり、頂き物のティーバッグの緑茶なぞ飲みながら新茶が来るのを待っていたのだ。

庭で仕事をしていたら犬のココがワンワン吠えている。
何かと思って行ってみると、郵便配達の兄ちゃんが包みを持っていた。
おお、来たか来たかと受け取り、早速今年の新茶をいただいた。
お湯を沸かし、そのお湯を湯のみに入れて少し冷ます。
急須にお茶の葉を入れて、程よい温度になった湯をいれる。
お茶の葉が完全に開いたころ、湯のみに注ぎ庭に出た。
今年一番の新茶は『大地に』だな。
『大地に』とは、もう十何年前になるか、当時の合い方のJCが始めた儀式である。
自然の中でとことん遊ばせてもらった日に飲む最初のビールの数滴を大地に落とすのである。
ある夏にヤツは北海道をキャンプ生活していたのだな。
外で飲むからこそ『大地に』が出来るわけであり、居酒屋で乾杯なんて時になかなかできない。
そんな儀式を僕はことあるごとに続けている。
今回は初物を神さまにお供え物にするような気持ちで、母なる大地に今年の新茶を注いだ。
「大地に」とつぶやき、そして新茶をいただく。
お茶の香りも良く、味は適度な渋みの裏にうっすらと甘ささえ感じられる。
あー幸せだなあ。
実家から送られるお茶は日本でもトップレベルのお茶だ。
それってたぶん世界でもトップレベルなんだろうな。
ちなみに値段もトップレベルなのだろう。
そんな美味しいお茶がここニュージーランドで味わえるなんて。
ありがたやありがたや。

ニュージーランドに住む日本人のアイデンティティを考えることがある。
日本人のワーカーは仕事をきっちりこなすので重宝される。
その分、ラテン系の人たちと一緒に働くとそのツケを払わされることもある、と聞く。
表面だけ見れば貧乏くじを引くようなものだが、仕事を作務、すなわち修行と考えればそれもありか。
仕事に対して真摯に取り組み、手を抜かないというのは日本人の性質なのだろう。
同時に嫌な所も目に入る。
日本人会など、集まりのある場所では村社会独特のどろどろしたいやらしさも存在する。
「なんでニュージーランド辺りまで来てそんなかねえ」、などと思ったことも1回2回ではない。
日本人が経営する会社では日本の悪しき習慣をそのまま持ってきているところもある。
あとは日本人うんぬんより、「それって人間としてどうなの?」というところか。
そういったマイナス点はあれど、やはり日本人としての素晴らしさはマイナスを上回る。
最近、40も後半になりやっぱり自分は日本人なんだなあ、と思うことがよくある。
そしてそれを気に入っている自分もいる。
以前の話でも書いたが20代の生意気盛りには日本人で居ることが恥ずかしかった。
そんな過去も踏まえ、今は日本人としてこの地でそこそこやっている自分がいる。
最近はユーチューブで落語ばっかり聞いていて英語が下手糞になってしまったが、こちらの友達はそんな僕を理解してくれている。
どこにいるかは問題ではない。
人としてどうあるべきか、という問いに自分の行動で示すのが日本人のアイデンティティなのではないか。
そんなことをお茶を飲みながらぼーっと考えた。

日本人の感性の一つに味覚があると思う。
子供の頃から親が手を抜かずにきっちりとした物を食べさせれば、味覚は研ぎ澄まされる。
娘は14歳、最近今まで食べれなかった、いわゆる大人の味にも慣れてきた。
そしてお茶の美味しさも最近になって分かるようになった。
夕べは食後に美味しいお茶を飲んだら感動していた。
そう、本当に美味しいものは人を感動させる力がある。
それを伝えるのも、これまた親の役目ではないかと思う。
そうやって考えると、子供の頃に手を抜かず美味しい物を食べさせてくれた親に感謝。
今でもこうやって高価なお茶を送ってくれる親兄弟に感謝。
そいてこうやって家族で美味しいお茶を飲める平和な環境に感謝
ありがたや、ありがたや、なのである。

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トーマスとUパス 4

2016-06-23 | 過去の話


翌朝、テントの中でウダウダと日が当たるのを待っていると、突然ゴロゴロと雷のような音が鳴り響いた。
あわててテントのファスナーを開けると、正面の氷河の一部が崩れ、雪崩が落ちる瞬間だった。
雪は岩壁に無数にある窪みの一つを流れ落ちる。
朝日をあびてキラキラと光りながら、雪の流れは一番下の残雪に吸い込まれていった。
「なんとまあ、朝っぱらからすごいものを見せてくれるね、この山は」
朝食をゆったりと取り、テント撤収。そしてUパスに登り始める。
真横から見るとアルファベットのUの直線2本を上に5倍くらい伸ばしたような形をしている。
すごく縦長のUの字だ。言葉で説明するのが難しい。
直線部分は垂直に切り立った岩壁が200m以上。
ナイフで切ったように岩が切れていて思わず笑ってしまう。
人間とは、こんな説明のつかないような物を見せ付けられると笑うしかないのだ。
登るにつれ2つの壁が迫ってきて、どんどん視界は狭くなる。
壁の圧迫感を体で感じながら一気に上り詰めた。

峠の向こうには、見たことも無い山並みが連なっていた。
向こう側も壁に挟まれているので視野は狭い。直下はガレ場が細い谷間に吸い込まれている。
後ろには昨日キャンプをした平ら場が、壁の隙間の向こうに広がる。
頂上には小さなケルンが積まれている。人間が存在した証拠だ。
一体何人の人間がここを通ったのだろう。
なんだかずいぶん遠くに来てしまったような気持ち。
それぐらいに、この場所は人間の世界から隔絶している。
観光バスが通る道から、直線距離で僅か5キロほど。しかしこの場合、距離や標高は問題ではない。
密度の濃い時間、山や氷河からにじみ出る力、岩壁から押し出される奇妙な圧迫感。
神の領域、と呼ぶには安易に来れてしまう。かといって人間の住む世界ではない。
不思議な空間だ。
ビルの谷間のような空を見上げると、糸のように細い月が青空に浮かんでいた。
視界の端で動く物があり、僕を現実に引きずり戻した。
ロックレン、地味だが可愛い小鳥だ。この鳥は標高の高い岩場にしか住まない。
普段森歩きの多い僕は初めてこの鳥を見た。
僕が畏怖を感じたこの場所も、鳥にとっては生活の場でしかない。
鳥はあざ笑うかのように、青い空へ消えていった。



「さらば、名無しの山よ」
もう一度後ろを振り返り、僕らはUパスを後にした。
登りより下りの方が怖いのは、つい昨日味わったばかりだ。
辺りはガレ場、石は不安定で足をのせるとグラリと揺れる。常に『この石は大丈夫かな?』と考えながら次の一歩を踏む。
左右にはカールが並び残雪が点在する。壁という壁は全て垂直に切り立ち、人間の進入を拒む。
「すごいなあ」という言葉しかでてこない。
30分も下るとUパスは完全に見えなくなった。あの向こうにあんな世界が存在するなんて・・・。
自分の想像を越えるものがそこにあるのは毎度の事だが、今回もまたこの国の自然にやっつけられてしまった。
岩の裂け目を下りハットクリークの本流に合流、ここで休憩。
この場所もまた、別の巨大なカールがある。カールに次ぐカール、U字谷の先のU字谷。
こういう所でいつも感じるのは人間の小ささだ。
「すごいなあ」何回、何十回この言葉を口にしただろう。言葉が景色に追いつかない。
よって口を開けば「すごいなあ」になってしまう。
もうちょっと気の利いた言葉の一つでも欲しいのだが、それしか出て来ないのだから仕方がない。
僕の思惑をよそに、山は無言で僕達を見おろす。

川原沿いをしばらく歩くと、Uパスへ続く細い岩の裂け目さえも見えなくなった。
「あの奥にはあんな世界があるんだね。まるで夢みたいだよ」
「ホントにねえ」
「夢だったのかなあ」
「2人一緒に同じ夢を見てたんですよ、きっと」
「うーん、それにしてもあの谷間の奥の世界は人間の想像の限界をはるかに越えているよね」
「全くです」
「だけど、これを人に伝えるのは難しいよね」
「難しいですね」
「行った人なら分るんだろうけどな、『そうそう、あそこはスゴイんだよ』ってね」
「ナルホド」
「しかしさあ、このコース2日かけて正解だよ。1日だったら何が何だか分らなくなるよ。きっと」
「ホントにそうですね」
間も無く森の入口に見慣れたオレンジ色の三角が見えてきた。
森に入ると世界は一転する。それまでのゴツゴツした岩を踏む感触から、柔らかい苔へ。苔の弾力が限りなく優しい。まるで苔達がお疲れ様、とねぎらってくれるようだ。
見るものも無機質な岩肌から、無数の命が溢れる森へ。濃い緑色が目に心地よい。
道はなだらかに下り、思う存分森歩きを楽しめる。肩の力を抜き、しっとりした空気を吸い、森に身をゆだねる。森は僕たち2人を優しく包み込んでくれた。
昨日の午後に森を抜けて、まる1日も経っていないのだが、なんだかとてつもなく長い旅をしたような気分。
それくらいUパスの印象は強烈であり、密度の濃い時間があったのだ。ほんの数時間前の景色が夢のようだ。



森から出て川原を歩き、再び森へ。前方下にエグリントン川が見えてきた。ゴールは近いのだろう。
ここにはほとんど人が入らないのだろう。数々の花がトラック上にも咲いている。
とてもよけながら歩くなんて不可能だ。よってスマンスマンと言いつつ花を踏んで歩く。
森相が変り、見慣れた赤ブナの森へ。かなり降りてきた証拠だ。
そして渡渉。川をブーツのままザブザブと渡る。
汗でムレた足が冷やされて心地よい。但し川を出ると、ブーツの中に水がたまり、不快である。
厚さが30センチ以上もある苔のじゅうたんをモソモソ歩いていると、前方にバスが通るのが見えた。
そして車道に出たとたんにガソリンの臭いがした。文明という世界に帰って来たのだ。
ザックを下ろしブーツを脱ぐと、トーマスが尋ねた。
「まさかビールなんて無いですよね」
「あるよ。飲もうぜ。昨日のがまだ残ってる」
「ウヒョー、やったあ!ビールがあればいいなあ、って思いながら歩いてたんですよ」
「まあまあ。今日も大地に、だね」
「大地に」
2日間遊ばせてもらった山に、氷河に、森に、川に、そしてそれら全てをのせた母なる大地に感謝を捧げスパイツを飲み、一つの山旅が終わった。

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