あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

永住権

2016-05-21 | 日記
僕たちニュージーランドに住む、と言うか海外全てそうなんだろうけど、避けては通れない問題でビザの件がある。
小麦粉を練って薄く焼きその上にチーズなどの具を乗せて焼く食べ物ではないぞなもし。
パスポートにポンと押される、最近ではシールになっている書類のビザの話だ。
そもそもビザなんてものは国境があるから存在する問題で、僕の最終ビジョンには国境はないのでパスポートもないしビザも戸籍登録も住民票もない。
今の世は人間が国境を決めて、それであーだこーだやっている。
なんともはや人類というのは無駄なところにエネルギーを使っているものだ。
これだって原因を突き詰めていけば欲、利権、エゴという人の心にあり、政治、経済、教育、食、宗教、全てが絡む話なのだ。
政治家が悪いと言って人を指差していれば済む話ではない。
誰も悪くないし誰も良くない、自分を含めた全ての人に責任はある。
また話が脱線して違う方向に行きそうだな。
話を戻して、イタリアに立っている傾いた塔の話だったっけ?
しつこいね、ビザの話である。
ニュージーランドの場合、ほとんどの人は最初は観光かワーキングホリデー、そしてワークビザ、最終的には永住権を取ってここに住む。僕もそうだった。
この永住権というやつがやっかいもので、ほとんどの人はこれで苦労する。
苦労するのだが中には苦労しない人もいる。
友達のタイは1週間で取れたし、サダオもあっという間に取れた。
昔は住所があって仕事をしていればワーホリだろうが不法就労だろうが永住権を貰えた時もあった。
僕の場合は女房がすでに持っていて、結婚をして永住権をもらった。
僕がやったことといえば簡単な健康診断だけだ。
そうやって簡単に取れました貰えましたでは話が終わってしまう。
そこはそれ、話を盛り上げるためにえーちゃんに登場してもらおう。

北村家二軍筆頭のえーちゃんは以前にもこのブログのどこかに出てきているはずだ。
マウンテンバイクで骨折したり、買ったばかりの車で事故ったり、ブロークンリバーのロープトーにぶつかって肋骨を折ったり、バンジージャンプに行って一緒に行った女の子は飛んだけど自分は飛べなかったり、と言った武勇伝は数知れず。
自分が痛い思いをしてネタになる、おっちょこちょいでお人よし、落語に出てくる与太郎のような存在のえーちゃんである。
えーちゃんと一緒に住んだのは9年ぐらい前になるか、男3人で絶景の一軒家をシェアした時があった。
その時からえーちゃんはおみやげ屋さんで働いていたのだが、彼の英語力はひどいもので「ここに住んでいてそれはさすがにヤバイでしょ、えーちゃん」というレベルだった。
それでいて日本人以外のお客さんにも接客してしまうのだから、人柄と言うか心と心と言うか、まあコミュニケーションというものはなんとかなってしまうのだ。
ちなみに英語がからっきしでも友達が多い人はいるし、英語がペラペラでも友達がいない人もいる。
結局は人柄、人間性なのだな。
そんなえーちゃん、この国に惚れ込みここに住みたいと永住権を取ることにした。
それはいいのだが、取るにあたり電話でビザの係の人と対応しなくてはならない。
その時の事はまさに『お話にならない』ような状態だったようだ。
面と向かって話をすれば、目と目が合い心と心が繋がるえーちゃんのコミュニケーション能力も役人相手の電話ではどうしようもならない。
そこから彼は英語の猛勉強。
それまでは夜型の生活だったのだが、朝早起きして仕事前に英語の勉強をするという生活に切り替えた。
英語圏に住んでいながらわざわざフィリピンに行って英語の勉強をする?という努力を繰り返し、なんとか英語力もあがった。
ビザの審査に落とされては再度申請をしてと、そこには涙ぐましい努力があった。
「えーちゃんは取れるよ、ただしそこまでにはかなり険しい道のりがあるけどね」と予言すれば
「そうなんですよね、俺もそんな気がするんですよ」と返ってくる。
その言葉通り、山あり谷ありの苦節8年半。
一緒に住んでいる彼女も同時に申請した。
去年の暮れに飲んだ時には、コンピューター上では一応OKが出た、今は向こうからの連絡待ち。
あとはパスポートを送れという手紙が来るはずだと。
「コンピューターではOK出てもねえ、『ゴメンゴメン、やっぱ間違いだったよ、悪いけどもう一度これをやってくれる?』なんてことはあるかもね」
ワインを飲みながらそんな話をしたら「そうなんですよね、この自分なのでそんな笑えない事が起きそうで怖いんですよ。やはりこの目で見るまでは安心できないんですよね。」
今まで散々痛い思いをして笑い話のネタを作ってきたえーちゃんの言葉は信憑性がある。
夏が終わり、クライストチャーチに帰ってくる前に、彼の家でシーズン終わりの酒盛りをした。
「いよいよビザがおりましてパスポートも郵送されて、今日明日中には着くと思うんです」
「じゃあいよいよだね、今夜は祝杯かな」
「そうっすね、でも自分のことなので、やはり最後の最後まで自分の手にとってみるまで安心できないんです」
「そうだよなあ、えーちゃんのことだからな。郵便の車がどこかで事故にあってえーちゃんのパスポートだけが湖の底に沈んじゃったとか、他の郵便に紛れてパスポートがどこかへ行っちゃったとか」
「そうならないことを祈ります」
そんな感じでその晩は遅くまで飲んだ。

翌日の朝、僕が自分の荷物を車に運んでいる時のことだった。
黄色い郵便配達の車から人が降りてきて、その場に居た僕が包みを受け取った。
これってひょっとすると・・・
「おい!えーちゃん、来たぞ来たぞ!」
えーちゃんが包みを開き、パスポートを取り出しビザの確認。
彼女と喜びを分かち合う、感動の瞬間である。
「おめでとう!えーちゃん、ついにやったね」
「ありがとうございます。これもひとえにひっぢさんのおかげです。」
「いやいや、俺は何もしていないって」
えーちゃん曰く、ニュージーランドに来てから、人生の節目ごとに何らかの形で僕が居たり現れたりするんだそうな。
今回も又、感動の瞬間に居合わせたということだ。
たまたまそうなった、の『たまたま』は必然の流れ。
今までがんばってきたのもこのためにある。
山にたどりつく道のりが険しく長く辛いほど、登頂した喜びは大きい。
それはその人にしか味わえない感動である。
「永住権を取ることがゴールになってはいけない」という台詞はきっとイヤというほど聞いてきたことだろう。
それを分かっているえーちゃんはスタート地点に立った、と言った。
確かに新しいスタートでもある。
就労ビザでは決められた場所でしか働けないが、永住権があれば法律上はどこででも働ける。
実際に望んだ会社に雇われるか、望んだ場所で働けるかどうかはこれまた別問題だが。
少なくとも世界は開けた。
それに今までそれを取るために費やしたエネルギー、それはお金であったり時間であったり精神的な余裕であったり、膨大なものだろう。
そのエネルギーを別のことに使うことができる。
いずれお店をやりたいというえーちゃんはそのエネルギーを使いお店をもつことだろう。
ただしえーちゃんのことだから、紆余曲折山あり谷ありだろうが。
それでも精神的なストレスからは開放され気持ちに余裕ができるのも間違いない。
スタートに立ち、何をやるか。
何をするのも自由だし、何もしないのも自由である。
あとは本人次第であろう。
嬉しそうなえーちゃんを後に僕はクライストチャーチの家に帰ってきた。
そう言えば、今シーズンえーちゃんとフリスビーゴルフの勝負をして、何年ぶりかにえーちゃんに負けた。
えーちゃんの連続敗戦記録40ぐらい(数えるのがバカバカしいから数えない)を止めたのも、何かお告げのようなものだったのかもしれないな。

嬉しいことは続くものである。
オークランドに住む友達Mも永住権が取れたというニュースが入ってきた。
彼はクライストチャーチの地震の後で知り合った。
しばらく同じ会社で働き事、事あるごとに我が家へ遊びに来ていたが、ビザが下りず日本へ帰っていった。
日本へ帰ってからももやり取りは続き、去年日本へ行った時には浅草で寄席、屋形船、彼の高級マンションのレインボーブリッジを見下ろす最上階のペントハウスでお泊りとフルコースの歓待を受けた。
そんな都会の生活をしていた彼もニュージーランドの夢を捨てきれず、再びやってきてオークランドで仕事を探し、今回の永住権へ繋がった。
そのニュースを聞く前、4月の終わりに彼がクィーンズタウンへ遊びに来た時には一緒に部屋で飲み、「1年前はねえ」などと話をしたのだ。
彼の場合はかかった期間は4年半、えーちゃんの8年半にはかなわないが、長ければスゴイという話でもない。
そこで人と比べることに意味はない。
その人にはそれぞれのドラマがあり、自分の決断と行動、心の葛藤、人との縁、もろもろのタイミング、全てが揃い喜びの瞬間がある。
ビザが取れたら嬉しいのは当たり前だが、それを取ることは成功で取れなかったら失敗か、と言うとそうでもない。
そこで成功と失敗と区別することが間違っている。
勝ちと負けとに分けて考える世の風潮と似ているな。
我が家を訪れた人の中には、ビザがどうしても下りずに日本へ帰っていった人もいる。
僕が彼らに説いたのは、きっと日本でやるべきことがあるのだろうと。
そのうちの一人とはこの前日本で会ったのだが、生き生きとして北海道の生活に溶け込んでいた。
ここでなければ幸せではない、と言うのは何か間違っている。
ここでなければ幸せでないと言う人はどこに居ても幸せになれない。
ここに居ることが当たり前になってしまい、それがどんなに恵まれているのか気づかない愚か者にはなりたくない。
どこそこに住むというのは自分の意思はもちろんあるのだが、導かれてその場に来ることもある。
本人の意思さえも本人が気づかないまま大いなる流れの一環かもしれない。
たまたま偶然は全て必然。
僕がここにいるのも、あなたがそこにいるのも全て必然。
これもご縁というものだろう。
そうやって縁があった場所で、人として自分がやるべきことをする。
それこそがこの世に生まれてきた人生の意味なのだろうと思うのだ。













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季節ごとの仕事

2016-05-12 | 日記
忙しい夏が終わった。
僕の仕事は季節によって波がある。
季節の移り変わりを体で感じる仕事とも言える。
忙しい時はめちゃめちゃ忙しいがヒマな時はとことんヒマだ。
一年中忙しかったらストレスやらなんやらで体調を崩すだろうし、また一年中ヒマならそれはそれで困ってしまう。
やはりバランスというものが大切なのだろう。
今年の夏は忙しく、自分の山歩きが全くできなかった。
いつもなら年に一回ぐらいプライベートで泊まりがけで山に行けるのだが、今年はその機会もなかった。
去年はガートルートサドルへ行った。
今シーズンも何回かミルフォードサウンドまで行き、このサドルを見上げて去年のこの時を思い起こした。
瞬間の感動というものは消えてなくなってしまうものではなく、永遠に持続する。
それには決断そしてその後の行動。
それら全てをひっくるめたものを経験と呼ぶ。
経験とは財産であり、それは個々の人間を成長させる。



なにはともあれ夏シーズンが終わった。
たくさんのチップをいただき、不本意ながらクレームもいただいた。
思い出に残るお客さんとの出会いもあったし、二度と会いたくない人もいた。
出会うのは人だけではない。
今年は珍しい鳥にもあった。
ブルーダックと呼ばれる鴨はマオリ語でフィーオと言い、10ドル札の裏に印刷されている鳥である。
鴨というとどこにでもいるイメージだが、この鴨はニュージーランドで4000羽ぐらいしかいない絶滅危惧種である。
ブルーダックと言っても真っ青ではなく灰色がかった青という感じの色だ。
人が来ると流れに沿ってすーっと逃げてしまうそうでルートバーンにいるとは聞いていたが見たことはなく、僕は動物園でしか見たことがない。
ある日お客さんと歩いて休憩をしようと川原へ出てみたら一羽の鴨がすーっと動いて川の真ん中の流木に止まった。
こんな所に鴨なんて珍しいなと思ったが、よくよく見てみると噂のブルーダックだった。
僕らは鴨を驚かさないように大声を出さず距離を取って存分に眺めた。
鴨は逃げることもなく流れの中にある倒木の上にたたずむ。
人間が流れの中に入って来ないと感じたのか警戒心を持ちつつもその場でじっとしていた。
その距離わずか3m、10年以上ガイドをしているがこんな経験は初めてだった。
再び歩き始めて5分後に反対方向から来たガイド友達のサダオに出会い、その事を伝えると彼はカメラを出して一目散に走っていった。
僕のお客さんもそれを見てどれぐらいその鳥が珍しいのか気づいたようだった。



いつもならば4月の頭には仕事が薄くなりそのまま終わってしまうのだが、今年は忙しくゴールデンウィークまで働いた。
そういえば去年の今頃は日本をあちこち飛び回っていたのだなあ。
東京で寄席、屋形船、そして高層マンションのペントハウスと案内してくれた友達がクィーンズタウンに遊びに来て、一緒にワインを飲み、今度は僕がその彼をここの森に案内した。
日本で偶然といえば偶然だし必然といえば必然の出会いの星子がニュージーランドに来てともに濃い時間を過ごした。
ヤツとの数日間の話をブログに書こうと思っているのだがあまりに濃すぎて何をどこからどこまで書けば良いのか収拾がつかないでいる。
そんなこんなで夏は家の事がなにもできなかったのだが、この時期は集中的に家の仕事をする。
庭の土作り、秋冬物の野菜の種まき、壊れたフェンスの修理、倒れかけた木を切る。
半年に一度の石鹸作り、ニワトリも卵を産まなくなったのは絞めて若いヤツを何羽か買おうか。
そうそうビールも次のバッチを仕込む時だ。
それに加え夏の片付けと冬の支度と、やることはいくらでもある。
ガイドの仕事も家の仕事も同じくらい大切な仕事である。
この季節ごとに変化のある仕事がなかなか好きなのだ。






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イースターホリデー

2016-03-28 | 日記
実に久しぶりの更新である。
ブログの更新もままならぬぐらいに忙しかったのである。
夏の間はクィーンズタウンがベースで月に二回か三回ぐらいクライストチャーチに帰る。
クライストチャーチで終わる仕事、もしくは始まる仕事の時に2,3日休みをもらい、家族と過ごし庭の面倒を見る。
今年はクライストチャーチで終わっても、仕事の都合で次の日にとんぼ返りでクィーンズタウンへ戻らなくてはならないという事が続いた。
唯一の例外だったのがクリスマスホリデーだ。
クリスマス明けに終わる仕事があり、ボスが気を利かせて休みをくれて、十年ぶりぐらいにゆっくりと家でクリスマスを過ごした。
と言っても、にんにくの収穫やら畑の手入れなどで別の忙しさだったのだが。
その後も連休はほとんどなく、夏の間を駆け抜けた。
ついこの間、年が明けたと思ったのだが、一月は行き二月は逃げ、気がついてみたら三月ももうすぐ去ろうとしている。
ふう、なんで時間の経つのはこんなに早いんだろう。
年を取るのに比例して時間が経つのも早くなるという話を聞いたことがある。
子供の頃には時間はゆっくり流れているのだが、大人になるに連れどんどん早くなり、そのうちに毎日が飛ぶように過ぎていく。
自分自身を見ていても確かにそうだな。
これで爺になったらどうなるのだろう。
恐ろしくもなるが楽しみでもある



そんな忙しい夏も終わりかけに一段落。
仕事もパラパラになってきたのでスケジュールを調整してイースターに連休を取り、クライストチャーチの家に戻ってきた。
イースターホリデーというのはクリスマスホリデーに次いでの大型連休。
日本で言えばゴールデンウィークみたいなものだ。
行楽地はどこも人があふれ、山小屋は満杯。
町でもレストランなんぞは普段より割り増し料金となる。
連休の前日に仕事を終えて、その足でクライストチャーチに戻ってきたのだが、これがすごかった。
都会から行楽地へ向かう車は数珠繋ぎであり、規模の大小はあれど人々が同じ時期に移動するということでは日本のゴールデンウィークの混雑と同じである。
仕事を終えて町から出るキャンパーバンやボートを牽引した車の列は延々と続く。
幸いなことに僕は車の列とは反対方向なのだが、あの列の中にいたらストレスを感じるだろうなあ。
無理な追い越しをする車を見て、対向車のイライラが伝わってくる。
考えてみればこのタイミングで町に戻るのは初めてであり、観光地に居たら感じないニュージーランドの一面を見た。



家に帰り、連休初日の日は友達のマサトの新居を訪ねた。
以前住んでいた家を売り、新しく買った家は庭も広く、果物の木が多い。
畑も順調、ニワトリも2羽飼っている。
その途中でボスから連絡が入った。
仕事がキャンセルになったので長く休みを取ってもいいぞと。
最初の予定では休みは3日でクィーンズタウンに帰りそのまま仕事に戻るというものだったのだが、その後がそれほど忙しくないので1週間の休みになった。
僕の気分は一気にホリデーモードになった。
三連休でも家でやらなければならないことはたくさんあり、友達の家を訪れても落ち着かないが1週間も時間があれば話は別だ。
昼間からビールを飲むし、普段会えない友との話も弾む。
こうやって落ち着いてブログを書く時間もできるというものだ。
4月に入れば、またツアーの仕事などが詰まっていて忙しくなりそうなので、その前のほっと一息。
天気が良かったら娘と近くの浜まで犬の散歩。
遠浅の浜辺は歩いていて気持ちよく、犬も思いっきり泳いで幸せそうだ。
たまりに溜まっていた庭仕事もはかどる。
雑草を抜き畑を耕し、秋撒き大根の種をまく。
マサトが見学をしたいと言うので、卵を産まなくなっていたニワトリも絞めた。
やることはたくさんあれど、嫌々やっていたらだめだろう。
自分の心の中が原動力になり、そして行動。
あーだこーだ言っても結局は行動。
行動あるのみ。
僕の夏休みはまだ続く。









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ビール酵母と過ごす日々。

2016-02-25 | 日記
家族がクィーンズタウンに来た時に、ビールの瓶詰め作業を手伝ってもらった。
女房はたまにビールを飲むが、娘はまだビールの旨さが分からない。
それなのにこんなことをやらされて不平もあるかもしれないが、僕は家族総出の仕事が好きなのだ。
「お前、キャップにPAって書いていってくれ」
PAとはペールエールの頭文字。
いろいろな種類のビールを作ると何がなんだか分からなくなるのでキャップに書くのだ。
黒ビールならスタウトでST。
前回作ったのはブロンズピルスナーでBPだった。
「どうせなら色色な字体で書こうっと」
娘が言った。
おお、そういうアイデアはいいな。



そうやってできたペールエールが30本。
なかなか良い出来で今のフラットの仲間にも好評。
あっという間に半分を消費した。
空き瓶も増えてきたので次回のバッチを作ることにした。
今までは友達のタンクを使わせてもらっていたが、今回からは自分のタンクを購入。
みんなはプラスチック製の物だが、僕は奮発してステンレス製のタンクを買った。
これはスターターキットで、容器を始め、ビール作りに必要な全ての器材、一回分のビールの素、全て込み。
給料が入った次の日にお店へ行って買った。
毎度あり〜チーン。



そして同居人のノボルに手伝わせビール作り。
タンクの上には空気を抜くものがあり、作り始めるとすぐにコポコポと音を立て始めた。
僕はこの音を聞くのが好きだ。
タンクの中で酵母が発酵して息をしている。
そうやって美味しいビールを作ってくれる。
そう思うと愛おしくて愛おしくて、思わずタンクに頬ずりをしたくなってしまう。
まるで変態だな。
まあ、さすがに頬ずりはしないが、両手をタンクに当てたりする。
気まぐれにコポコポ空気が抜け、ビールの香ばしい匂いがするのだ。
これは楽しいぞ。



自分が食べる物、飲む物を自分で作る喜び。
これはやった者にしか分からない歓びである。
そんなことが気軽にできる環境、ニュージーランド万歳だ。
そういえば女房がこの前梅酒を作っていたなあ。
あれもそろそろ飲み頃じゃあないか。
親友トーマスはビール作りで飽き足らず、プラムワインなぞ作っている。
本人がやる気になれば何でもできる国。
そんな場所でも何もしないヤツもいる。
何もしないヤツを僕は責めない。
それはその人が選んだ道だ。
どこまで本気でやるかは本人次第。
無理なく自分ができる事をやっていこう。
次は今のビールの瓶詰め作業。
そして2週間後には美味しいラガービールが飲めるだろう。

人生は楽し。




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マウント・アルフレッド 2016

2016-02-18 | 
前々回でも書いたがフラットメイトのユキノは山歩きをしたくてニュージーランドに来た。
4年前にカナダにワーホリで行き、そこで山が好きになった。
先日はルートバーンを歩き、今度はミルフォードトラックを歩く。
明日からミルフォードを歩くという日でも、仕事が休みで天気が良いなら山に行きたい。
その日は僕も仕事が朝のうちに終わったので一緒に山に行こうということになった。
友達のカナも休みだというので3人で山に向かった。
カナは僕と同い歳で子供の歳も同じ、何かと馬が合い兄妹のような関係だ。
彼女に言わせると彼女がお姉さんで僕が弟なんだそうな。
四十の手習いではないが、30代後半で山に目覚め、勢いでハイキングガイドになってしまった。
彼女がガイドになる前にトレーニングをしたのが僕なので、今でもたまに僕のことをセンパイと呼ぶ。
もともとピアノが得意で週に何回かはピアノを教えているし、タロット占いもするので僕は彼女のことを黒魔術の女と呼ぶ。
ブラック マジック ウーマンという昔の歌が好きなのでね。



マウントアルフレッドに最後に登ったのはいつだったろうか。
もう十年ぐらい前になるかもしれない。
山頂からの眺めは素晴らしく、この山は晴れた日に行く山だ。
天候によっていく先を選べるのは地元のアドバンテージである。
登り始めは緩やかに斜面を横切るように登るが途中から直登となる。
景色は開けず単調な登りは精神的に参る。
一人でこういう所を歩くと何か修行のようだが、女の子のおしゃべりを聞きながらだと多少気もまぎれる。
女のおしゃべりもたまにはいいのだな、たまにはね。



森林限界を超えるとこれまた急な坂が待っている。
だがやはり景色が見えると気分も変わる。
下から見上げると「うへえ」と思う坂もいざ歩いてみるとあっという間に登ってしまった。
山頂付近はかなり急な斜面で転げ落ちたら痛いでは済まないだろう。
高所恐怖症の人は登れない。
友達のエーちゃんは高い所が苦手で、女の子と行ったバンジージャンプで女の子は飛んだが自分は飛べなかったという苦い経験を持っているのだが、お約束のようにその場所で断念した。
僕から見ればなんてことない斜面も、他人から見れば恐怖で足がすくんでしまう。
足がすくむので腰が引けてしまい、ますます危なくなる。
この怖さは当事者にしか分からないものなのでどうしようもない。
ただ僕は自分が感じない恐怖を持つ人を臆病者と言う言葉で片付けたくない。
それは傲慢であり、人の心が分からない大馬鹿者であり、自分の心が持つかもしれない恐怖が見えない盲だ。
どうしようもないものはどうしようもない。
かわいそうだが仕方がない。
ただそれだけのことである。



かわいそうなエーちゃんが挫折した場所を登りきると尾根の上へ出た。
尾根上は当然ながら景色が良い。
氷河を見ながら尾根道を歩き山頂に着いた。
何百回も歩いたルートバーンの谷間もはっきり見えるし、大好きなレイクシルバンの森も見える。
この山はどこからでも見える山であり、当然ながらそういった場所が山から全て見える。
毎回ルートバーンの仕事の時には必ずこの山を見るのだが、やはりたまに登って角度を変えて地形を見るのもいいものだ。





下りはユキノの人生相談を聞きながら下る。
彼女も将来に対する漠然とした不安を持っているようだ。
そこはそれ、酸いも甘いも味わったカナが上手く話を聞かせる。
ユキノの頭には漠然と『長野』と『自給自足』というキーワードがあるという。
山歩きが好きで自給自足という考えを持つ人が僕の同居人になるのは自然のなりゆきだ。
今の家に来てひと月になるが、我ながら立派な家庭菜園ができている。
この場所でもこれだけの事ができる、という証を僕は作る。
そして自給自足をしていきたいという人に、不安ではなく夢を与えるのだ。





街へ帰り我が家で皆で食事。
ムール貝のワイン蒸し、タラコスパゲッティ、ガーデンサラダ。
翌日からミルフォードへ入るユキノに栄養をつけてあげるのだ。
山に入ったらインスタントの食事ばかりになるからね。
自家製ビールで喉を潤おし、その後は白ワインへ。
食事の後はカナがタロット占い。
下山の時に話をしたのと全く同じ結果になったのも当然といえば当然なのか。
僕はと言えば疲れと酔いが一気に回り、皆より先にさっさと寝てしまった。
充実した1日というのはこういうことを言うのだろうな。







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夢のリゾートライフ

2016-02-07 | 日記
こうなればいいなあ、と思ったことは実現する。
それも自分が思っているよりも早く事は起こる。
やるべき時には周りが全て自分に協力してくれて、トントン拍子に事は進む。
自給自足を目指す生活をしている僕は、ニワトリを飼って卵をもらい動物性たんぱく質もある程度は自分のところでまかなっている。
今の家に移ってきて毎日湖を眺めて考えたのは魚を取れないかな、ということだった。
漠然とこんなところでカヤックで釣りなぞできたらいいなと思ったわけだ。
ボスのリチャードに話したら、彼のカヤックを貸してくれると。
そしてカヤックを取りに行ったら釣竿まで貸してくれた。
仕事の合間にスポーツ屋へ行きライセンスを買ってルアーなども買ったのが二日前のことだ。



昨日は仕事が夕方に終わり、一人でビールを飲んで飯を食ったら日が暮れた。
気持ちのいい晩だったので散歩がてら5分ぐらい歩き、友達に教えてもらった桟橋へ行った。
あまり期待することなく何回かルアーを投げて、景色に見とれ『美しいなあ』と思った時にあたりが来た。
あげてみると20cmぐらいの虹鱒だった。
鱒でもここには2種類いて茶色のブラウントラウトと背中が銀色でお腹が赤っぽいレインボートラウトがいる。
味はレインボーの方が旨い。
やったあ、明日の晩飯ゲット。
魚をぶら下げて帰る時には、すれ違う人ともちょっとした話をする。
自慢する気はないが、気分がいいのは間違いない。



次の日は朝早くの仕事だった。
朝5時に起きて、6時にお客さんを迎えに行き6時半には仕事が終わった。
これならひょっとして、と思いつつ昨日の桟橋へ行き再びチャレンジ。
魚が跳ねるのが見えたので、これはいいぞとワクワクしていたら来た来た来ました。
今度は昨日より少し大きいサーモンが釣れた。
サーモンはなかなか釣れず、トラウトより美味なのである。
早起きは三文の得、サーモンだけに三文の得とはこれいかに。
釣りをしてその魚を自分で食うのが長年の夢だったが、あっけなく実現した。
釣りは15年ぐらい前にやってあまりに釣れず断念したが、やはり釣れると楽しいし嬉しい。
こうなればいいなと思うことは実現する。
ただしタイミングというものも大切なのだ。





観光用のジェットボートが出始めて、ちょっと周りが騒がしくなったので一度家に帰り魚を置いた。
時間はまだ7時半、ちょうど朝日が当たり始めた頃だ。
風も無く波もおだやかなのでカヤックを引っ張り出し湖に出た。
カヤックから釣りというのが夢だったので、竿を持ってトライしたが思った以上に難しい。
魚がかかったらひっくり返ってしまうかもしれないな。
何回かトライしたが当たりはなし。
きっと自分が食べる分だけ釣れ、欲は出すな、ということなのだろう。
早々に釣りをあきらめ、のんびりカヤックで漕ぐ。
水の上から見る景色は普段と一味違い、これはまたこれで良い。
スタンドアップパドルをやる人もいる。
今日の仕事はあとは午後からなので充分時間はある。
仕事の合間にこんなことができるなんて、いやあ毎日が楽しいぞ。



さてこの釣り上げた魚をどうやって食べようか。
自分で手に入れた動物性たんぱく質である。
新鮮なので刺身でもよし。
シンプルに塩焼きもいいな。
塩焼きならば炭火焼きかな。
煙でいぶす燻製という手もあるし、ホイル包み焼きという選択もある。
こうやっていろいろ考えるのも楽しい。
そういえば、この前もらったニュージーランド産の日本酒『全黒』が残っていたな。
今晩は魚をつまみに日本酒をチビリといこうかな。
そんなことを考えて、にやけてしまうのである。
人生は楽し。
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夏が来た。

2016-02-04 | 日記


2月になり気温が急上昇、やっと夏らしくなった。
僕の夏の間の主な仕事はルートバーンの1日ハイキングなのだが、普段は朝晩は冷えるので薄手の長袖を着て、日中の温度が上がった頃に半袖になる。
ここ数日は朝から暖かく、朝一から半袖で過ごせる気候だ。
日中は当然暑くなるのだが、それでもハイキングはほとんどが森の中なので直射日光がさえぎられ心地よい。



途中の川原では水をすくって飲む。
水は冷たく容器に水を取ると結露するぐらいだ。
天然の水は旨く、流れている水がそのまま飲める豊かさを味わう。
世界もで川の水がそのまま飲めるという場所はあまり多くないはずだ。
きれいな水というのは昔は当たり前にあったのだろうが、今の世の中ではそれ自体が貴重な財産なのである。



この日は天気も良さそうだったのでカメラを持っていった。
もう何百回歩いたか数え切れないが最後に写真を撮ったのは十年以上前だ。
たまには写真でも撮ってブログに載せてみようかな、という気になったのだ。
先日はブルーダックという非常に珍しい鳥を目の前で見れた。
普通なら人が来れば逃げてしまうのだが、その時はわずか数mの距離で逃げずにその場にいてくれた。
カメラを持っていないことを後悔したが、持っていないものは仕方ない。
そのすぐ後でガイド仲間のサダオに出会ったのでそれを伝えると、ヤツは急いでその場に行き百枚以上の写真を撮った。
結局、この日はブルーダックは見られなかったが、たまには写真を撮るのもいいものだろう。



フラットメイトのユキノは山歩きをしたくてニュージーランドにやってきた。
休みの日には精力的に歩きに出かける。
ルートバーンを通しで歩く日が重なったので彼女も途中まで一緒に歩くことになった。
お昼を食べる所まで一緒に歩き、僕らは引き返し彼女は先へ進む。
「あさってのお昼ぐらいには帰りますから」
「じゃあ美味しいものを作っておいてあげるよ」
僕も経験があるが、山歩きをした後はちゃんとした食べ物が欲しくなる。
新鮮な野菜や肉などを体が求めるのだ。
聞くと食事はインスタントラーメンが主だそうだ。
それならなおのことだな。
仕事も忙しくないし、何をつくってあげようか。



日中、とにかく暑く汗をけっこうかいた。
そうやって汗をかいた後のビールは格段に旨い。
夕方になっても気温は下がらず、キンキンに冷えたラガービールが旨い。
やっぱりビールは暑いときが旨いなあ。
こんな時は冷やし中華。
麺はスパゲッティの細いヤツで、タレは自家製。
前菜にはバターコーン。
コーンは今が旬なので、生のものを使いバターで炒め醤油をちょいと振ってできあがり。
豚肉がちょっと残っていたので、もう一品にしょうが焼き。
きっちりと歩いた後は、インスタントではなくしっかりとした物を食べたくなる。



夜になっても気温は下がらずベランダで湖をぼけっと眺める。
湖の上を渡ってくる夜風が気持ちよい。
家の中は西日が当たったので蒸し暑い。
気温は30度ぐらいまで上がったのだろうか。
30度はニュージーランドにしてはかなり暑い温度だ。
だがこれぐらいで暑い暑いと言っていたら到底日本の夏は過ごせないだろうな。
最後に日本で夏を過ごしたのはもう20年ぐらい前になるか。
入道雲、蝉の声、麦わら帽子、かき氷。
ここに無い物を懐かしがるのは人間の心か。



ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
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レイクフロント

2016-01-31 | 日記
先週引越しをした。
それまで住んでいたサトシの家はなかなか快適だったのだが、もともと1月の半ばまでという契約だったのだ。
新しい家は湖のすぐ前、湖岸まで50mぐらい、30秒で行ける。
今までクィーンズタウンのいろいろなところに住んだが、湖のまん前は初めてである。
こういう環境だとカヤックが欲しくなる。
仕事が終わった後にカヤックでも浮かべてのんびり釣りなぞよさそうだな。
ボスのリチャードが持っているはずだから今度借りてみよう。




家主のノボルとはかれこれ5年ぐらいのつきあいか。
ぼくがやっていたクラブフィールドガイドのホームページを見てメールで弟子入りを申し込んだのだが、僕には人の面倒を見る余裕なぞなく、そっけなく断った。
地震の後で僕はタンケンツアーズからキウィウェイという会社に移ったのだが、たまたまそこにノボルが入社してきた。
今では僕もノボルもその会社を去ったが、僕がスキーパトロールをしていたアルツ磐梯というスキー場でインストラクターをやっていたり、まあ少なからずの縁というものもあるのだろう。
機会を見つけてはヤツを山に誘い出し、あれこれと教えている。
ヤツは年中を通してクィーンズタウンに住んでいるのでなかなかクライストチャーチに来る機会はなく、クラブフィールドはまだデビューしていない。



ノボルは料理の腕はからっきしで、僕が作るものを何でも「ウマッ」と言いながら食う。
そのあたりは以前同居していた北村家二軍筆頭のエーちゃんと全く一緒である。
その辺は本人も自覚しているようで「料理を教えてくれ」とは言ってこない。
一人暮らしだとカレーなぞ作ると毎日毎日カレーが続きうんざりしてしまうが、一緒に住むようになって食べ物の回転も早くなった。
後片付けはノボル担当で、まあ持ちつ持たれつといったところか。



ヤツに教えるのはアウトドアのことだけではない。
以前うちにも遊びに来て畑を見て、野菜作りにも興味を持っていていろいろ教わりたいと言うので、家庭菜園のやり方を教えている。
一番大切なのは自分でやりたいという気持ちだ。
それがあれば、あとはコツを教えるだけである。
敷地の外れにはコンポストを貯める枠もあり、前の住人がやっていたコンポストも残っているので準備はできている。
クライストチャーチの家から堆肥と鶏糞肥料を持ってきて混ぜて使う。
苗はパセリ、ニラ、シソ、シルバービート、トマト、きゅうり、ズッキーニ、レタスなどを持ってきて植えた。
ほとんどは庭の隅でこぼれ種で育ったものだ。
一緒にホームセンターへ買い物に行き、キャベツ、ブロッコリー、レタス、ナスなどを買った。
日当たりの悪い所にはパセリやシソなどを植え、日当たりが良く暖かそうなところにはズッキーニやナス、トマトなどを植える。
育った時のことを思い浮かべイメージを作る。
葱は多少密集してもいいが、そうでない野菜は感覚を広く。
トマトなどは成長した時のことを考えて後ろのフェンス際へ、ズッキーニなどは下に広がるので手前に、というようなことを教えながら作業をやらせる。



家は3ベッドルーム、大きめのキッチンは採光もよく収納スペースも豊富で使い勝手が良い。
3ベッドルームなのでフラットメイトもいる。
地元の日本食レストランで働くユキノは山歩きがしたくてニュージーランドに来た。
来週はルートバーンを歩く予定で、その次はミルフォードトラックをすでに予約している。
本当は山のガイドをやりたいのだが、今はウェイトレスをしながら休みの日には山へ行く。
彼女も野菜作りに興味があり教えて欲しいと言う。
そういう人が同居人にいるというのもこれは何かの縁だろう。



自分のやっていることや生き様が他人から見れば羨ましく、時には人の人生の指針となる。
もちろんそう考えながらも、僕と全く一緒の事は簡単にできるわけではないが、後ろを歩む者の背中を押してやるのも自分の役目だと思う。
そしていつも言うのは「自分ができる事、やるべきことをやりなさい」なのだ。



ノボルもユキノも夜の仕事なので、普段は顔を合わせない。
僕が出かける時は彼らはまだ寝ているし、彼らが帰ってくる頃には僕はすでに寝ている。
机の上のメモ帳を伝言板にしてコミュニケーションがなりたっている。
家に帰ってもほとんどの日は僕一人だ。
気楽と言えば気楽だが、全く寂しくないと言えば嘘になる。
一人でビールを飲みながらキッチンで晩飯を作る。
ビールからワインへ移り、飯を食って片付けをしてこのブログなぞ書いていたら日が沈んだ。
日が落ちた後には、美しい山の稜線が夕暮れにくっきりと映える。
美しい晩だ。
歩いて30秒の湖岸まで行き、しばし景色に見とれる。
山の形は28年前、初めてクィーンズタウンに来て見たものと変わっていない。
あの時に感じた、綺麗だなという想い出が時を経て僕の中でよみがえる。
暮れ行く湖を見ながら一人で考えた。
これから僕はどこへ行くのだろう。
そしてこの素晴らしき世界はどこへ向かっていくのだろう。
その答えは僕達の心の奥にあるのだろう。
自分がやるべきことをやる。
人によく言う台詞を自分に投げかけた。
夏はまだ続く。






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一月は行く

2016-01-27 | 日記
一月は行く、二月は逃げる、三月は去る、とはよく言ったもので、この前年が明けたと思っていたらもう一月が終わろうとしている。
ブログを最後に書いたのも一ヶ月以上前で、これだけ間が開くと何を書こうか迷ってしまう。
日々忙しく過ごしながらブログのネタになりそうなことは次から次へと出てくるのだが、落ち着いてパソコンを開く時もなかったのだが、ようやく落ち着いてきた。
相変わらず仕事は忙しいが、それでも机に向かい新しい話を書く気にもなってきたのだ。

この前、仕事でミルフォードサウンドへ行った時のことである。
ある見通しの悪い右コーナーへ入る時に僕はなんとなくスピードを落とした。
いつもならセンターラインをはみ出さない程度にインをつくのだが、その時はスピードを緩め大きめに曲がろうという気になったのだ。
その直後、スピードを出しすぎた対向車がカーブを曲がりきれずにセンターラインを超えてこちら側の車線に飛び出してきた。
あらかじめ減速していたので事故にもならなかったが、いつもどおり走っていたら正面衝突になっていたかもしれない。
レンタカーが多いこの時期、自分が全く悪くなくても、もらい事故というものもある。
事故にならなくてほっとしたのだが、虫のしらせと言うのか、なんとなくというのは大切なのだと思った。
それはひょっとすると守護神様が守ってくれたのかもしれない。
なんとなくこんな気がするというものは、とても微弱なサインなので『気のせい』として忘れてしまいがちだが、結構その『なんとなく』に正しい道がかくされていることがある。
今回はひやっとしたが、自分の直感が良い状態にある印だと僕は受け取った。
そして守護神の大黒天にありがとうございますと唱えたのだ。

それにしてもレンタカーのドライバーのひどさは年を追うごとにひどくなっているような気がする。
カーブで遅く唯一抜けるストレートで馬鹿みたいに飛ばすのは当たり前。
後ろに何十台車が詰まろうが道を譲らない人。
高速道路のど真ん中で車を止め写真を取る観光客もいる。
そして反対車線を走る人達。
交通社会では絶対にこれだけは守らなくてはならないというルールがある。
ついうっかり、では済まないのだ。
これから2月になると中国からの人も増え、道路はますます分けのわからないレンタカーで混沌するのを考えると実に気が重いのである。

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ああ、日本酒のいい香りが・・・

2015-12-23 | 日記
僕の所属するタンケンツアーズはガイド会社でボスは3人なのだが、この人達が面白い。
大男のクレイグは天真爛漫、細かい事にこだわらず豪快。ボスと呼ばれるのを嫌う。
対してデイビッドは繊細で細かく、日本人の僕よりも日本人っぽいかもしれない。
リチャードはその中間ぐらいで3人でうまくバランスが取れている。
ボス達はどんどん新しいことをやる人達で、ハイキングガイドや本の出版だけでは飽き足らず、今度は日本酒作りが始まった。
去年から内密にと念を押され話は聞いていたが、今シーズンはオフィスを街中から町外れに移し、隣接する倉庫でデイビッドが主になり日本酒を作っている。
こういうことは大雑把なクレイグではダメだろうな。
わりと細かくきっちりとやるデイビッドの性にあっているのかもしれない。



1日の仕事が終わり、オフィスへ戻ると、日本酒のいい香りがプーンと漂っている。
デイビッドが手招きして酒蔵へ僕を呼ぶ。
できたて、しぼりたての日本酒の試飲だ。
僕が好きなのは新潟の酒なのだが、それには及ばないものの、素人が作ったにしては上出来。
大手メーカーの混ざり物だらけの酒より、よっぽど美味い。
ただ樽ごとに出来不出来があるので、どれがいいか試飲をするわけだ。
中には不味くて飲めないようなものもあったが、最近は品質も安定しつつある。
味は端麗辛口、香りがとても良い。



名前は『全黒』。
全黒って、あーた、オールブラックスですか?
それって・・・うーむ。
ニュージーランドっぽいと言えばそうだが、うーむ・・・。
でも地元のレストランに置くならこの名前は受けるだろうな。
日本酒を趣味で作る話は聞いたことがあるが、公にはニュージーランド初の酒蔵。
それも昔ながらのやり方で当然無添加の純米酒。



さすがうちのボス。
面白そうと思うことはどんどんやる。
それがニュージーランド流。
誰もやらない事はやったもの勝ちである。
そんなわけでメイドインクィーンズタウンの『全黒』どうなりますやら。
蔵出し間近、乞うご期待。

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