アボルダージュ!!

文芸及び歴史同好会「碧い馬同人会」主宰で歴史作家・エッセイストの萩尾農が日々の思いや出来事を語ります。

東京タワーと、久々に「舟木一夫」

2014-07-09 | 人物
時間の経つのが早いから、もう随分と前…ということになるのだろうが、「東京タワー・僕とオカンと時々オトン」(「僕」や「時々」が漢字であったのか、忘れた)というリリー・フランキー氏の著作があった。
ドラマや映画にもなったが、やはり、本が一番良かった。最後は号泣したし…。

…で、それと似たようなタイトルになったが、それは、全く関係ない。
″久々に「舟木一夫」″―も、舟木さんが久々に登場したわけではなく、彼は、全国飛び歩きーと表現しても過言ではないほど、活躍中。
「久々」だったのは、私の方。
…といっても、5月31日の新橋演舞場における恩師遠藤実先生の七回忌に合わせ、遠藤先生を偲ぶ「決して散らない花々」とタイトルした彼のステージを観たから、「久々」とはいっても、ひと月余ほどだ。
けれど、そのひと月、つまり、6月は、私あるいは、私と仲間たちの著作を沢山出版してくれた担当編集者のT氏の突然の逝去という悲しい出来事や、内容は明かせないが、先の「ブームと実力」に書いた、心が負傷してしまった理不尽なことがあったので、胸の底に澱(おり)のようなものを沈ませたまま、時間をやり過ごしていた。
だから、時間にしては「一カ月」という長さではあったが、「久々」になった。

「天を味方につけている」―という、何とも、大袈裟な言い様だが、彼、舟木一夫のステージをみると時々、そんな思いに囚われる。
先の5/31の演舞場ステージのtalkで、
「70ですねと言われると、マァ…と答えるが、古希ですねといわれると、蹴り倒してやりたくなる」
と笑って話していたが、マァ、12月でその「古希」というわけだけど、
「天を味方につけたこの男に関しては、年令はある時点で、もう止まったのではないか」
と、突拍子もない言葉が私の口を衝いて出る。
精神(心)は、ある時点にずっと居る―と、私は自分勝手に確信をしている。
私もそう有りたいーと願う。
「ある時点」がいつなのか、それは、各自によって違うのは当然。
中学生くらいで精神(心)を止めてしまっては、単に「精神年齢が低い」ということになるだけだから、これは、ダメだ。一応、大人になったどこかに、その「時点」はみつけないと…。

精神・心の年令がある時点で止まるーということは、まず、その心にある「恋心」を眺めてみるとよい。
人の心の「恋うる心」というものは、肉体が世を去るまで有るものと思っている。
つまり、いくつになっても、恋はある―ということだ。
特に創造する仕事(artist)に在る者は、これが、枯渇したら、もう、仕事はできない。
しかし、恋心は山ほどあるのに、「書けない」私は、何なのだ―と、ちょっと、自分を責める。
「怠けるんじゃない!私」と叱る(笑)

話がそれたが、その、私にとっての「久々」の「舟木一夫」の今回のステージは、ずっと昔からやっている自主ライヴのひとつで、これは必見。
通常の全国ツアーコンサートでは、いわゆる「おなじみの曲」(学園songや青春歌謡)を入れないわけにはいかないので、構成は決まってくる。
ちなみに、曲目やら構成やらは彼が考える。芝居の場合も同じ、衣装なども考えたりする―つまり、この人は、いつも、いつも脳を使っていることになる。だから、頭の回転が速いのか!
…で、この日のステージは自分の持ち歌は無し。
ブルース・トーンの曲を沢山並べた。
ちょっと知らない歌もあったが、昭和という時代の香りは十分に染み透ってきた。ひどく心地よい。
始まってから、時間とともに、だんだん「圧巻」という言葉がぴったりの様相を呈してきて、アンコールの「熱き心」に至っては、伸びやかなその声が、彼の想いが、尽くす心が、会場中、いや、その建物のてっぺんを通り越して、
「そうだ、天まで届きそうだ」
というくらいに、私は、ある意味「奔流の中」に、巻き込まれたようだった。
歌い終えた彼に、本当は、立ち上って、「ブラボー!」と叫んでしまいたくなった。
力限りの拍手をしたので、みれば、手の平が真っ赤、痛かった(笑)
ここに、「舟木一夫」を創りあげた上田成幸という男の本領がある。
実力の存在証明である。
全国ツアーの通常コンサートや芝居を含めた一カ月の特別公演も一年に2~3回あるから、まるで、「底力の証し」のような、こういうライブは、今後は開催数が減っていきそうだが、自身の実力を自分自身が確認できるこういうライブは、やはり、在った方が、彼にとってもよいと思う―と、身ひとつの彼に、しろうとの私が勝手を言っている。(ゴメン、舟木さん)。

先の「天まで届きそうだ」―について、そうだ、天まで届いたのだと言い直そうか。
なぜなら、天を味方につけた男だから…。
天に「お返し」もしなくては…ね。

帰路、その天を仰ぎみると、そこに、東京タワー。
そう、ここは東京タワーのすぐそばだった。
ライトアップしてあり、夜7時過ぎの仄暗い中に、くっきりーと。
「私は、やっぱり、東京タワーの方が好きだ」
などと言いながら、デジタルカメラを持ってこなかった事を悔いながら、携帯電話のカメラで、裾に向って流れるようなラインを呈した美しい東京タワーを撮影。
しかし、アップにしないと到底だめだったし、そうした為にいわゆるピンボケ状の写真となった。でも、美しい色合いはわかる。
「東京に住んでいるのに、なぜ、東京タワーを録っているの?」
と、顔見知りの方の言葉を背中に受けながら、録っていたら、離れた所で、突然、歓声が上がった。
そこの道は、楽屋口の前の道だった。彼が出てきて車に乗り込んだのだ。
楽屋の「出待ち」の人たちが沢山いた。
車が来たので、慌てて歩道に…。
東京タワーの撮影に夢中になっていて、車に轢かれたりして、それも、彼の乗った車に…というのも、ね。
いや、誰の乗った車にでも轢かれたくはないが…(笑)
車は東京タワーの方に曲がっていった。
「東京タワーに登るのかな、いいな」
と、面白くもない冗談を言って、友人と、英会話の話などをしながら、駅に向って歩く。
会社員風の人(外人が多かったが、この人は日本人だと思う)とぶつかりそうになった。
出てきた私の言葉が、「sorry」の「ソー」。
「sorryと言いそうになった。言ったら、何とも嫌味な奴だよね」
と友人と笑った。
振り向いたら、東京タワーが、さっきよりは遠くなっていたが、しっかりと、在る。
やっぱり、東京タワーが好きだ。



ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« エッ!そうだったの~?! | トップ | 水族館と同じ? »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL