アボルダージュ!!

文芸及び歴史同好会「碧い馬同人会」主宰で歴史作家・エッセイストの萩尾農が日々の思いや出来事を語ります。

舟木一夫の長野主膳

2013-07-03 | 幕末関連
新橋演舞場の6月公演は、舟木一夫芸能生活50周年のファイナルとして、彼主演の『花の生涯―長野主膳 ひとひらの夢』(芝居の後に昼夜別構成の歌のステージ)。

舟橋聖一著『花の生涯』は江戸時代末期の大老井伊直弼の生涯を描いたものだが、その長い物語を舞台にするというのは、どのような仕上がりになるのだろうかーと思っていた。
けれど、『ひとひらの夢』という副タイトルを知った時に、男たちの夢、それも、散って行ったひとひらの花のような…と、なんとなく、想像できた。

一言でいえば、よい芝居だった。
幕末を多く書いてきた私にとっては、そこに表される事象の悉くが、想いを遙かに馳せさせることになった。
直弼(里見浩太朗)が斃れ、主膳は彦根に帰るが、その地で、その2年後、斬首という形で生涯を終える。
勿論、芝居はそこまではやらない。
長野主膳斬首、捨て置き(墓は明治期になってから建立)―これでは、「ひとひらの夢」が台無しになってしまう(笑)
主膳が彦根に向う所で幕。
その最終景は見事な春爛漫、目を見張る桜満開の舞台。
その美しいばかりの情景の中での主膳の言葉(「セリフ」とは言いたくない)は、ひとつひとつ胸にこたえた。
現在のこの国の状態をいっているようにも思えた。
そして、「次に来る者たちへ」―と、願いや祈りを叫んでいるような気にさえなった。
「これは、セリフではないな」
と思った。
これは、脚本家の真意(こころ)―いや、彼(舟木)本人の思いや祈りではないか―と。
結論は、そうだったのだが…。

この国に長く続いた、とにかく、大きな戦乱はなく、一応、平和であった徳川政権の時代。
そのひとつの時代の終わり―そこに、生き合わせた人々は、「次に来る者たちよ」という祈りを、願いをこめて呼びかけていたにちがいないのだ。
次の時代、その次の時代…と、祈りに応えた者はいたか、願いに蹶った(たった)者たちはいたのか、「時代に挑む者たち」と主膳の言葉にあった、そういう者たちは、以降、現れたのか。
明治期にも、ひとつの波はあった。「自由民権運動」という名の…。
しかし、現代(いま)、この国の未来は暗い。何ひとつ見えないほどに…暗い。

歴史の中で人々が託した「次に来る者たち」は皆無である。
本当は、我々も、呼びかけなければいけないのだ、それこそが義務なのだ。
「次に来る者たちよ、(この国を憂え、人々の幸福を脅かす事どもに挑もうとする)志を同じくする者たちよ」
と、呼びかけなければ、いけないのだ。
しかし、現在、この国に、それは、気配すら無い。
毛ほども無い事に怒りを覚える。
その怒りは、そういう国になるのを許してきてしまった自分にも向く。
為政者たちも、そして、国民の殆ども、「次に来る者たち」への思いや願いなど、考えてもいない。
そんな願いや祈りを、この地球に生きる全ての人々が持っていたら、現在、何をすればよいのか、瞬時にわかるだろうに…。

長野主膳殿、そして、その後に続いた人々よ、あの時代の愛しき人々よ、いま、この国は、灯りひとつ無い暗闇の中です。


《追記》
「ひとひらの夢」から波及して、いろいろな思考や憂慮までも、頭の中を駆け巡った6月梅雨真っ盛りの時期だった。
人の思惑など、我関せず―と、紫陽花が我が家の庭に咲き誇っていた。今も…ね。我関せず、自分は咲くだけ―と。
これは、「ひとひらの夢」の中でも言っていたなぁ。花は誰にみられる事など無くとも、花であるために咲き誇る―云々。
我が家の紫陽花…いつの間にやら、そんなに大きくなったのか、紫陽花クン。一番高い所は3メートルくらいあるよね(笑)幅も2メートルくらい?!
そうそう、ここに登場した人々、敬称略で書かせていただいた。ごめんなさい。

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