OGUMA    日々軌 小熊廣美の日々新

規格外の書家を自認している遊墨民は、書は「諸」であるという覚悟で日々生きている。

気楽に綴らせていただきます。

国字

2012年02月20日 | 文化・芸術
日本で作られた漢字は、国字といわれ、畑とか峠とかなどなどあるのはよく知られている。
「褄」という国字もある。“つま”と読む。衣へんに妻である。
「左褄をとる」とは、芸者の務めをすること。左手でつまを取ることから、らしいが、「右褄」という言葉もあるらしい。
これは、左は芸のみを売ることにたいしての言葉らしいが、伊東深水の作った小唄の読みを調べてての雑学。

伊東深水は深川の生まれ。とても粋だったようだ。
ひな祭りに伊東深水のちょっとした絵付けは似合う。
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松の実

2012年02月16日 | 文化・芸術
能舞台の後ろには、老松。
そこで舞などを奉納し、樹に神が降りてくるのを待つところから、「松」とかで定番である。

この松の実は、仙人食として知られる。
最近はどこでも売っている。が、酸化してしまっているものがほとんどらしい。
真空パックのものを買うべし。

松の実粥は煮たてたら酸化しちゃうので、70度くらいで時間をかけて煮込む。
そうすると黄色い脂分が浮いてくる。これが大事らしい。

そんな松の実粥をいただいた。おいしかった。
ほかにも仙人になるべく仙人食をいただく。

その日、日中はその場を特別にお借りして、書の練成会となる。
興にのってきた頃、時間切れだったが、みんな気合の入った書ができた。
書は集中できると動きもいい。

出口氏が特別ゲストで駆けつけてくれて、身体の使い方なども指導していただいた。
書は手で書くのではない。身体全体で書くし、心を使うのである。

不老長寿を信じ?五石散を服用していた大王も松の実も食べていたかな。
こちらは、そこでおいしいプーアール茶がでたので、それを求め、楽して身体の悪い脂をぬこうと考えている、が安易かな…。




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惹かれる人々

2012年02月11日 | 文化・芸術
昨日は榎倉先生の個展を拝見。
今一番気になるかな作家である。
今年の誕生日で89歳となる大御所であるが、輝きは一層増す。
むかしは冷徹すぎる作品にみえてむしろ嫌いだったが、今は、作品も人柄にも惹かれる。

今日は出口氏から「土曜日は空いてないよね」という連絡だったが、珍しく空いていた。
誘われてモンベル渋谷店で今日から行われている世界の石の風景の写真を撮っている須田郡司氏の個展と講演に行く。
須田氏はなかなかユニークで、敬意を表し、最新刊の「日本の聖なる石を訪ねて」を購入。 
写真展は世界の石の風景が中心で、ギリシャの断崖に建つメテオラ修道院群は行ってみたくなりました。

木の実落つその一点を聖地とす

はある連句の時の私の聖地。

さて、その後、出口氏と高橋女史の3人で、異才の高橋女史の新たなる書道教育指導法を中心にお茶しました。

さてさて、野蒜小の木板の校標、みんな暖かく迎えてくれたそうです。
私の身体を通してみんなで書いた、と思える私の生涯の代表作なのだと思えてきました。

昨日は最後、横浜でしたが、野蒜の話を話題にすると、「そういう方と会うと元気をもらえるでしょ」と長谷川先生。
そう、すごい方と会うといい影響をうけますね。オーラとかなんとかじゃないんだな。

純粋で、輝いている方々にいっぱいお会いした昨日今日でした。一昨日もそうでしたが、それはまたいつか。
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味書く

2012年02月08日 | 書道・筆文字
なんだかんだと忙しい。
写真は先日の、子どものかな古典臨書。
なかなかのびやかでいい。

先週は風邪がなかなかよくならないなか、実力者ながら面白い先生?と対談。
その先生は、書の前にお茶があったという。
そしてお茶での感性が書に関わっているという。
そういう世界があるのは貴重なことだと思う。

その先生は、行草を得意とするが、その線条に思いを託そうとしている姿勢が読み取れる。
行草そのものの価値が素人を中心に考えると難しい時代になって久しいが、
行草作品でも詩情たっぷりの作品のあることを知ると、ほうっておけない。

狂草というアクロバットみたいな草書もあるが、それも面白い。
いま観られる名品は、上野国立博物館の故宮展の黄庭堅か。

草書やかなは動きそのもの。非常に抽象的な世界だが、動きがそのままみられる点ではわかりやすい。

わたしも含め風邪気味多く、その後いただいたせっかくのステーキの味がわからず。

“恥を書いた”あとは、“味書く”なし。








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恥を書く

2012年01月29日 | 書道・筆文字
恥を書くのが勉強、とは誰が言ったか…。

震災後、ずーとその地区のボランティアをしている人の思いを知って、そこに通う子供たちや、その方をはじめとする多くの思いをかんがえて、その思いをそこにのせようとおもったのが重すぎたか。
久々のがんじがらめ状態。

心の働きがいかに重要か、思い知った次第。

そういう時は、と考えたら、會津八一と山岡鉄舟が浮かんできた。

レイアウトをしっかりとった看板をかくようなつもりで臨んでいなかったか、反省。
学校の板標は、中の一枚目がそんな状態。一番大きい三枚目がやっと自分らしくできたかな。

書家への依頼と小熊への依頼、かで書き方に迷いがあったり、
教科書的か否かとか、はっきりしないまま突入した迷いが筆に如実にでる。

書にうまさを求めてるわけではないけれど、納得するだけの技量がなかった。腕だけの問題ではなく、心持ちの問題もだ。

ついでに風邪ひいていて、管理不足も猛省。

さて、そして、次の仕事に集中!

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