OGUMA    日々軌 小熊廣美の日々新

規格外の書家を自認している遊墨民は、書は「諸」であるという覚悟で日々生きている。

気楽に綴らせていただきます。

日本の夏じたく 祝10回

2016年05月26日 | 文化・芸術
夏じたく という言葉を定着させてしまった?

横浜三渓園で工芸作家中心のイベント「日本の夏じたく」が10回目を迎える。
今日26日から28日まで。

作り手と買い手のいい関係が気持ちよく感じられるイベントである。

作り手も、一線で活躍しながらも、お互いを敬いながらいい仲間となっている。

季節のいい時に、緑多い三渓園で、気持ちいい人々があつまってくる。そんな感じ。

初夏の風物詩。

私も、ゆったりと、いいモノといい人に会いにいく。
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バルセロナ

2016年05月25日 | 日記
readyfor? というクラウドファンティングの「注目のプロジェクト」に、

世界大会に挑むダンスのエネルギーを九州の被災者へ届けたい! 

がある。


若いダンサーはもちろんのこと、この芸術監督を務める稲吉さんのエネルギーは、尊い。
このエネルギーを応援したい。

心に余裕のある方は、このプロジェクトをみてほしい。

バルセロナでの世界大会であるという。
稲吉さんは連覇を。
私もいつかリベンジを、なのだ。
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喫茶去

2016年05月17日 | 日記
世田谷にも昔はお茶畑があって、世田谷茶があったとか。
柳澤邸にあるお茶の新芽を摘んで、世田谷茶をつくるイベントに参加、したかったが、抽選で外れる。
写真はイベントが終わって新芽を摘まれたお茶の木である。

秩父の山奥でもお茶畑があってお年寄りが最近まで大事に育てていたという。
原発以後、それをやめたという。
田舎にひっそりと住むお年寄りの楽しみまで原発は奪ってしまった。

報道されないままの原発問題の、端の端の話しなのに、それでもやるせない。

お茶を一服、心から味わうこと。
これ至福の一時。

そこは人として譲れない。






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並ぶ阿呆に、撮る阿呆

2016年05月14日 | 日記
若冲展は、入場まで「180分待ち」と。

わたしは業界紙に今回の若冲案内をかいてたので、観ないわけにはいかない。
初日に伺う予定だったが、急きょの打合せが入って行けず。
混雑必至だと思い、夜も開館の日を狙う。

それでも甘かった。
都美術館前は、長蛇の列。

ラーメンでも何でも、並ぶのはキライな私だが、並んだ。
長蛇の列のその一人になっている自分が、あほに思える。
ニュース記者でもなのに、その列を撮るいまどきのあほもいる。

同じあほなら、やっぱ、並ぶ方かな。

若冲は、絵を描くことがすべてだったような人だ。
名誉も金もまったく縁がなかったのは、ボンボン育ちだったからか。

大典和尚、売茶翁のお二人は、若冲を語る上では欠かせない。

それにしても、やっぱり観てよかった釈迦三尊像三点と動植綵絵三十点。


それにしても、主催者側は、整理券の発行でもなんでも、なんらかの対策を考えてほしいものである。
そしたら、おいしいコーヒーの香りに包まれることもできる。

並んだ方々に、「大入袋」を配るのも、いい!?
絵葉書一枚入っていたら、並んでいる脚の疲れも少し和らぐかも。






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闊達、寡黙

2016年05月09日 | 日記
大みそかだったとか、97歳で逝った和紙漉き職人の仏壇にやっと昨日手を合わせてきた。
最近は世界遺産などと騒がれているが、長い和紙産業衰退のなかで、一途に、小川の和紙のためにつくされてきた。
私の和紙漉きの師匠の一人でもあった。
70代後半、その紙漉きする姿は絵になって、その残像を追って、私は紙漉きをしてきた。
久保昌太郎という方は、じつに雄弁に闊達にしていながら、自在に精魂かたむけて紙と生涯かかわったのだ。
おおらかな笑顔が似合う方だった。

今日は富田勲さんの訃報を知る。
10年ほど前、私が関係していた文化組織の公演に足を運んでくれたりしていた。
娘さんが面白い方で、たまたま書を教えたりしていたので、挨拶程度はしたことがあったが、いつも寡黙な印象。

ただ、そこから生み出された音は、われわれの印象に残りつづける。

娘さんも好きだったという「新日本紀行」の郷愁。
ジャングル大帝の雄大さ。
いまでも使われているのか、だれもが聴き覚えのあるNHKの料理番組のオープニングの曲。
晩年になっても、精力的に活動して、新聞によると、最後まで、だったようだ。


生きることにおいて、一生、追えるものがあるのは、美しいとさえ思う。



宇宙。
大きく自由である。






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妙覺?

2016年05月03日 | 書道・筆文字



3月下旬から日本に来て、もうじき帰るドイツ人の書である。


年の半分を日本に来て、ドイツの歴史を大学で教えていたこともある歴史の先生だが、
日本にいる時は、弓道や書、そして禅に興味を持ったらしい。

三年前に来日したとき以来の、私との書縁である。

今回、金沢を旅し、鈴木大拙の書「妙〇」に出会ったらしい。
禅を世界的に広めた鈴木大拙の書は、やはり何かを感じさせたらしい。
〇が思いだせないという。それを書きたいと。


私が思いついた二字で「妙〇」禅的な言葉は、「妙覺」。

どうも、違うらしかったが、「妙」が禅語としては、えもいわれぬ境地の言葉としてあり、書くのも書きやすいと思い、「妙」をすすめるが、何か違うらしい。

そして「覺」も禅的なので、「覺」を。

だが、複雑。
動きある行草で書きたいとなって、草書形が今の楷書の形となった「覚」にする。


次の画へつながるんだ!

頭では解っているんだ。

ゆっくりでいいんだ!

頭では解っているんだ。

そんな問答の末、できた二つの「覺」。


書的にはこっち、でも禅的にはこっち。
と、そのドイツ人の眼は確かだとおもった。
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虹の彼方へ

2016年04月30日 | 文化・芸術
カナックホールでのDO発表会はいつもながら気持ちいい一日だった。

ヒップホップダンスと太極拳とバイオリンの人。
英語劇と太極拳とフラダンスと書の人。
とか。
主宰者は、太極拳とフラダンスとかっぽれだったか。

私は、書の身体についてのミニミニ講演。

打ち上げ時、中国語の先生が「落語みたいで面白かった」と。
笑わせようとは思ったが、そう言われると、ちょっと…。

生徒さんたちの半紙大の書の作品群は、なかなか評判よかった。
「書をやりたいけど、こんな上手い人ばかりだと無理」という人もいた(そんなことはまったくないのだ)が、
ここの方たちは、心のびのび書と対峙している。
上手いというよりは、子どものようにくったくがない。
そこがいい。


その前の日も気持ちいい一日だった。
龍生派130年の生け花も渋谷ヒカリエのホール全面を使い、前に進もうとするエネルギーがあって、見ごたえがあった。
ゆっくり観たかったが、さんちゃんとの打合せへ。

そのさんちゃんは落語家になってもいけたろう。
さんちゃんの師匠の話しが面白いのだが、ここではやめておこう。
本業の師匠の話しもおもしろいが、書やお茶など総合的に教えてくれたいわば今風売茶翁の話は、一席もうけたい。
コーヒーも、ワインも、中華も、おかげでおいしかった。
打合せの時間は短く、落語的時間が長かった。

また、あしたもいい一日に。




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気海丹田

2016年04月27日 | 日記
丹田はよく聞くが、気海というのはツボの位置でもあるらしい。

気海丹田というのは白隠和尚の言葉として紹介されることが多いようでもある。


今回、私は、足裏とかでなく、気の海あって、そこらじゅうが丹田である、と解釈させていただく。

真剣。

無条件。

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懐かしむ

2016年04月21日 | 日記
何枚かの小学生の写っている写真を観て、「わー、こんなになって」と中高生になった6,7年後の教え子の成長を喜んだ。

わたしに、こどもを教えるとはなんと素晴らしいことかを教えてくれた先生の、ギャラリー喫茶での個展に伺って、よもやま話に花が咲いた。

就活をしている、??と思ったら、終活をしている、のだという。

かなの名品は私が引き取る、といったが、まだまだお元気そうである。



そこからの帰路、

写真家の新井君から電話があって書道編集をしていた山さんが亡くなったことを知らせてくれた。
一線で活躍するデザイン会社、美術雑誌を経て、書の世界に身を置いた。

展覧会や打合せがあると銀座や神田の老舗によく連れて行ってくれた。
高校時代は野球部だっただからか、いつもキャップ帽をかぶっていた。
絵画の審査員もしていたほどだったので、絵画もデザインにもよく通じていながら、会えば、編集者に徹していた。

美術雑誌時代の後輩にあたる臼田さんに電話したら、臼田さんも、がっかりしていた。

療養中、みんな気を使い、連絡をしたくてもしないでいた連中なのだ。
また、こころに残る方が増えたが、人間は一度しか死ねない。
淋しいが、こころ定める。

とりあえず、今日の心のスナップは、丸木美術館に位里さんの水墨を特集するため取材し、美術館下の都幾川の河川敷に車をとめ、写真家の新井君と山さんと三人で、山さんがわざわざ買ってきてくれた特製お弁当を食べながらのたわいもない話しをしていた一枚。

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無伴奏

2016年04月13日 | 日記
小池真理子さんの小説「無伴奏」を5分の2ほど読んだところで、
矢崎仁司監督がメガホンをとった映画「無伴奏」を観る。

映画の予告を観て、小説5分の2を読んで、矢崎さんの映画の傾向を多少なりとも知っているつもりで映画を観てたら、
途中からすごい展開に。

なんていったらいいのか…、みたいなそんな感情を呼び起こさせるのは、矢崎さんだからか。


とりあえず、すごい展開になる小池真理子さんの小説の続きが気になった。

パッヘルベルのカノンほか、音楽も豊かに使われていましたが、最後に流れた主題歌「どこかへ」もいい。


今日、新宿は満席でした。

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