晴徨雨読

晴れた日は自転車で彷徨い、雨の日は本を読む。こんな旅をしたときに始めたブログです。

最勝河原-1 7/6

2017-07-06 | 上林たんけん隊

2017.7.6(木)晴れ

 台風3号崩れの大雨の中を京師五三昧の一つ、最勝河原を訪ねる。三昧とは葬送の地、都市部では特に火葬場を表し、鳥辺野、千本、最勝河原、四塚、中山の大きな三昧が京師五三昧と呼ばれている。旧いものでは中世にまで遡ると言われるが、今回訪れた最勝河原などは新しい方になるそうだ。
 五三昧を訪ねようとしたきっかけは、穴虫の地名考証による。穴虫は穴ムショであり火葬場を意味するという仮説を立てたのだが、地方に多く存在し都市部に見当たらないのが気に掛かっていた。火葬場というのは中世近世とも都市部が主流であり、都市部の葬地をめぐってなにかヒントがつかめないかというものである。
 最勝河原と四塚は現役時代に通勤路であったり、仕事のテリトリーであり、くまなく見知っている所なのだが、歴史的な視点では見ていなかったので再度訪れたいと思ったのである。
 最勝河原は三条河原ともよばれ、普通は鴨川沿いを想定するのだが、古の人々も勘違いをしていたそうである。最勝河原の葬場は西土居通り(現在の西大路の東の通り、平安京の西堀川小路)三条下がった西側にあったとされている。ちょうど京福嵐山線(嵐電)が西大路から南進すべく東南に湾曲するあたりと思われる。
 実はここにはもう一つ鶴林という火葬場が隣接しており、古地図に二件の建物が南北に並んでいるということである。なぜ火葬場が鶴林なのかと不思議に感じるが、実は鶴林はもともと鳥辺野の南無地蔵にあったものが建仁寺の門前に移り、やがてここに移ってきたものであり、名前の由来は鳥辺野にあると思うが今のところ定かでない。
 市バスで西大路を下ってきて西大路三条で下車する。本当は太子道で降りて西土手刑場のあったあたりや、処刑者の末期の水を汲んだといわれる壺井地蔵(中京区壺井町)を訪ねたかったのだがこの雨では気乗りがしない。

西大路三条北東側から、猛烈な雨で動けない。
西大路三条東入る北側から、手前の路地が西土居通り。
同じ場所から南側、公共の施設が建っている、鶴林はこのあたりとわたしは思っている。

つづく

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