心に青雲

心に青雲とは青雲の志を抱くこと。弁証法、認識論を踏まえ、空手、科学、芸術、時事問題などを論じます。

青春の生きざまとは (「山たく」君への返事)(下)

2008年11月27日 | 教育
《2》
 話を戻します。
 青春期に社会に目を向けることは必然でもあり、大事なことではありますが、まだそれを論じるほどの実力はないのだと自重してください。ある運動をやっている大人たちは、問題意識を持った青年が参加してくると喜びます。期待しているとか、若い力が必要だとか言って、若者をおだてますが、それはいけません。若者は耐えて修行をすべき時期なのです。志は持たねばなりませんが、主人公になるには早すぎます。

 「小学生が教師の話がわかるからといって、小学生が教師のレベルであるわけではない。ましてや真に教師同士の話に加われるわけもない。そのうえ、教師の代わりになることなどとんでもないことだ」
 これは南郷継正先生の言葉です。高校生や大学生が政治活動に実際に首を突っ込むとはこういうことなのです。

 青春時代はいうなれば純粋ですから、弁証法でいう対立(物)の統一で考えることができません。一方的に正しいことがアタマを占めます。自分だけが正しいと思い込みます。だからかつての全共闘がセクトに四分五裂して内ゲバをくり返して自滅したのです。
 しかし易しく述べるならば、本当はその正しいことはいったん棚上げして、論敵の主張を素直に聴いて、相手の立場にも立ってみて(自分の立場(主張)をいったん否定して)、議論の中味をしっかりとすりあわせてから、やはり自分の意見が正しいと、上向して客観的に言える過程が必要なのです。つまり弁証法でいう「否定の否定」が。
 この訓練、つまり自分を捨てて、相手の立場にたって考えることは、自然成長的にはできません。
 本来はここを学校の教師が教育しなければならないのです。
 かつての学園闘争に明け暮れた学生たちには、教師や教授がそう指導してあげるべきでした。それを強権発動で機動隊を導入して鎮圧するとは。その張本人だった東大総長だった加藤一郎氏が先日亡くなりましたね。

 「山たく」君にそう諭してしてくれる先生はおられますか? おられるといいのですが…。
 本ブログでもすでに説きましたが、対象の構造に分け入って、その構造に見合った頭脳を創らなければ、ものごとを正しく判断する実力はつきません。そのために弁証法、認識論の学びが大切になりますし、それがわかる頭脳にするために、手足の末端を鍛える運動が大事なのです。そしてさらに、青春時代は志を大きく育てる時期、情熱の燃やし方を学ぶ時期、プライドを育てる時期です。それは今やらなければ、大人になってからでは遅いのです。
 受験勉強もやらざるを得ないでしょうが、それはほどほどとして。

 やがてあなたのような若者が、強烈な志と論理能力を把持して日本をリードしていくような人間になって登場してほしいものです。今はその大事な修行期間です。関心は持ち続けなければいけませんが、焦って政治運動にのめり込まないことです。くれぐれもご自身の正義や野望を性急に求めないことです。
 空手でいえば、高校生の政治意識は白帯レベルです。組手をやる実力はなく、まずは黒帯を締められるよう、修行しなければなりません。
 南郷先生の上達論に関する有名な世界的発見があります。それは技には創ると使うの二重構造がある、というものです。政治力とか、政治的なものの見方とかも一種の「技」です。これは創らなければ使えるようにはなりません。ですから青春期にある「山たく」君であれば、今はそうした技を創るべき段階です。

 よく言うでしょう、花を大輪に咲かせるには、まず根を大きく張らなければならない、と。青春時代は立志の季節であり、花を咲かせる夢が大きく膨らむ時期ゆえに、なにかができると錯覚しがちですが、まずは根をいっぱいに広げることが修行なのです。ですから高校野球で甲子園の全国大会などはやってはいけないのです。
 しっかりとした根を張るには、南郷継正先生の本をよくお読みになることです。あるいは世界文学と呼ばれる名作を読むべきです。
 そして大学にまずは入って、そしてわが流派の空手をやって、論理能力や感性を磨き、人や組織を動かす訓練をし、失敗も経験してください。そして実力をつけて、颯爽と世界に登場してほしいものです。

 わが流派には「青春生きざま三ヶ条」があります。
一、大志を忘るなかりしか
一、誇りを落とすなかりしか
一、 情熱消ゆるなかりしか

 これが青春時代にうそぶけなければなりません。青春時代だからこそこの三ヶ条を心に刻んで自分の感情にしていかなければならないのです。青春時代が過ぎてからでは遅いのです。

 ほかには、志をうたった漢詩なども暗唱してみてください。

 少壮 努力せずんば 老大 徒(いたずら)に傷悲せん
(若く元気なうちに努力しないと、年老いてから嘆き悲しんでも、取り返しがつかない虚しいことになる、という意味)

 男児 志を立てて郷関を出ず
 学 もし成るなくんば また還らず
(意味はわかりますね。青雲の志を抱いた男児の決意と意気を示した詩です。江戸時代の村松文三の作と言われます)

 大魚 語(ことば)なくして 波底に没し
 俊鶻(しゅんこつ)まさに飛ばんとして岸頭に立つ
(夏目漱石の漢詩です。前半は大魚に擬して雄飛の前の雌伏(実力をつける時期)を言い、男は口軽く弁解をするものではないと諭しています。後半の俊鶻は「猛きハヤブサ」のことで、眼光鋭くまさに雄飛せんとする姿を言っています)

 高校時代は、こうした詩を口ずさんで通学するものです。
 そしてこの立志が本物の感情になるために、(わが流派の空手が最も良いのですが)手足の感覚器官を磨く鍛錬をして、脳細胞を見事なモノにする。それが青春時代に最も重要視しなければならない学びなのです。

 私も高校時代から大学にかけて、人生如何に生きるべきかを考えていました。そして社会に貢献するとはいかなることかとも。
 その答えは誰も教えてくれませんでした。だから世に中を良くするという学生運動や政治運動にも関心は抱きました。宗教書も探ってみました。どこにも答えがないと知りました。
 しかしその後、南郷継正先生のご本に出会って、そこにずばりと「人生とは何か」「人生如何に生きるべきか」の正解が書いてあったのです。
 例えば、として挙げてみましょうか。
     *     *     *
 人間にとって大事なことは、単になにをやったかのみであってはならない。それは、なにを掴んだかでなければならない。そしてそれを後世に残すことでなければならない。しっかりとしたものを掴みだし、論理的に把握して人類の文化遺産として歴史性を持たせることでなければならない。
 
 人間を人間として偉大ならしめるのは、単なる強さとか速さなのではない。いかに生きたかの論理であり、役にたつものとしての後世に残しうる論理である。それこそが人類をして歴史性ある人間たらしめた根本だからである。
 (『南郷継正 武道哲学 著作・講義全集 第7巻』より)
     *     *     *
 これを読んだときは感動して震えました。これが人生とは何かの回答ですが、それでもこれは一般性を説いてあるだけです。あとは自分で自分の道をみつけて自分の答えを求めていくべきものです。

 「山たく」君はこんな答えを求めていたのではないのですよね。国籍法改悪案をどう思うか? でした。それはわかっています。ずいぶんその質問と隔たったように思われるかもしれませんが、君には目の前の政治について云々しても、まだわかる実力が本当はないのです。
 私が本ブログで展開している世界の陰謀論などは、まだわからなくていいのです。せいぜい瞥見(べっけん)程度にしてください。
 青春時代は、いずれ陰謀論がわかるような鋭いアタマになる勉強をする雌伏の時だからです。本当に政治がわかる実力を、時間がかかるでしょうが、身につけていってほしくて、長々と書いてきました。

 なおご質問があれば、コメント欄には公開はしませんので、貴君のアドレスを教えていただければ、そちらに回答してもいいですよ。

コメント (7) | トラックバック (0) | この記事についてブログを書く |   | goo

7 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (山たく)
2008-11-27 09:27:27
上、下と読まさせてもらいました。
正直、ここまで書いていただけると思っていなかったので
感激してますが、文章をしっかり咀嚼して理解するのに
まだ何回も繰り返し読まなければ・・・何を質問してよいのやら。
質問したいことがでてきたら遠慮せず、コメント欄に、
個人的なことならメールアドレスを添えて書かさせてもらいます。
まさに青雲先生のおっしゃる通りです。
今の時代、私のような高校生でも
インターネットを使っていろいろな情報を手に入れることができます。
例えば、『心に青雲ブログ』で過去の記事をかたっぱしから読み、
ユダヤ人基礎講座でロスチャイルド、イルミナティなんて支配層のことを知り
友人や親に必死に「いろいろ仕組まれてるんだ!」「テレビや新聞を鵜呑みにしてはダメだ!」なんて説明しても、ピンとこない、相手にされないってかんじで
もどかしい思いをしたりとかしょっちゅうなんです。
まだ他人に自分の考えをうまく伝えたり、自分自身の普段の行い、今の身分や実力
からして聞く耳をもってもらえないというかんじです。
正しいと思うことを主張するだけでなく、相手の意見も素直に聞き
相手の立場に立ってみる。難しいことだと思います。
勢いだけで進みがちな自分の欠点を見透かされてる気がしました。
私は中学、高校と進学に重きを置いた学校に通っていますので
青雲先生のような話を教えてもらうことはまずありません。
今は頭でっかちになりがちなので、将来のためにしっかり根をはっていきたいと思います。
心に青雲ブログは私には難しいところもありますが
実力をつけ、できるだけ理解できるよう、これからもいろいろと勉強させてもらいます。
今回の記事、本当にありがとうございました。何回も読み返します。
Unknown (山たく君へ)
2008-11-27 22:04:02
ブログ主です。
「青雲先生」とは…、思わず苦笑しました。
ま、とりあえず、いいでしょう。

ユダヤの闇について、友達や親に話してもわかってもらえないのは、相手が無関心であることもさることながら、貴君にも議論するだけの実力がまだ充分ではないからです。

>正しいと思うことを主張するだけでなく、相手の意見も素直に聞き相手の立場に立ってみる。難しいこと<
     ↓
そのとおりです。
人類の歴史をみても、例えば古代ギリシャ時代に対話や討論がいきなり出来たわけではないのです。討論できる実力が、ようやくギリシャ時代にできはじめたのが人類なのですから。
議論を通して相手の認識を理解する、そして自分の認識も整序して把握することができるようになるだけでも、人類は相当の歴史を積み重ねなければならなかったのです。今でも、皮肉に言えばアメリカ人や支那人はそれが出来るほどに進化していない民族です。

貴兄もまだ高校生ですから、対話、討論がようやくできるようになりかけた年であって、いうなれば古代ギリシャ時代の「哲学者」といわれる人たちのレベルなのです。

ブログで申しあげたように、今は議論、討論ができる認識を創りつつある時期であり、相手の気持ちをわかるように努力していかなければならない時期なのです。

ですから、ブログでも申しましたように、ユダヤ陰謀論とか日本の黒幕といったことに関心を持つことは、一応棚上げされて、まずは新聞の記事をしっかり読めるように力をつけることです。社会の真実は、よく新聞記事の行間を読め、と言いますが、行間が読めるようになるためには、まずは行を読める実力を培うことです。

貴兄ならいずれ世界支配の真相に迫れる頭脳を持つことができるようになるでしょう。それまでは、ぜひ、あまりイルミナティ問題を深く探求なさらないことです。





Unknown (motchany2k)
2008-11-28 01:17:22
ブログ主様。勝手ながら拝見させていただきました。

高校生の私の娘が(かつての若い頃の私が)生意気なのは、
こういうことなのですね。生意気の正体と申しますか...

>その正しいことはいったん棚上げして、論敵の主張を素直
>に聴いて、相手の立場にも立ってみて(自分の立場(主張)
>をいったん否定して)、議論の中味をしっかりとすりあわ
>せてから、やはり自分の意見が正しいと、上向して客観的
>に言える過程が必要なのです。つまり弁証法でいう「否定
>の否定」が。この訓練、つまり自分を捨てて、相手の立場
>にたって考えることは、自然成長的にはできません。

また、実力を蓄えるとは、下記とも繋がっているのですね。

「性教育」は羞恥心こそ教えよ(1)2006年09月27日]
>だが、人類は文化・文明を営々と築いてきて、その文化遺
>産は膨大なものになった。文化遺産とは単に知識をいうの
>ではない。育児のありかたや、大人同士のつきあい方や、
>社会を形成するにあたっての諸々の約束ごと、認識を文字
>で表す高度な技術など、さまざまなものを学んで、集団と
>して生きるための技を学んで、心を成熟させて、やっと
>大人社会の仲間入りができる体制になってきたのである。
>それが人類の文化遺産である。

>その人類の文化遺産を修得するには、時間がかかる。実体
>の成熟後、なお心の成熟に長い時間を取らなければならな
>いのは、ひとえにその文化遺産を十分に修得するがためな
>のである。だから、その文化遺産の継承が高度になるほど
>に、当然ながら学習の時間も先にのびる。いわく、大学、
>大学院などへとつながっていくほどに。
Unknown (motchany2k様へ)
2008-11-28 13:21:57
ブログ主です。

「勝手ながら拝見させていただきました」→ん? と思いました。
勝手ながら、はおかしくありませんか?
だって、ご自由に読みいただいて結構なのですから。

過去ログまで目を通していただき、感謝しております。
どうぞ、いろいろ批評や反論をお寄せください。
Unknown (野次喜多)
2008-11-28 13:41:33
性教育なんて、いらない。恋愛を教育しなければならないのでは。性教育がやたら過激になるのも、全共闘・全学連運動の歪みでしょう。
早すぎる活動は全てごっこになってしまう。高校生が恋愛すれば、恋愛ごっこ・ままごとになるのと同様に、政治運動をしたら政治ごっこになってしまうという事ですね。
政治ごっこの恐ろしさは、もっと教育していい。連合赤軍事件のような悲劇を繰り返さないためにも。学校の先生は、そういうことをしっかりやって欲しい。
Unknown (shin)
2008-11-28 19:02:10
「人間にとって大事なことは、単になにをやったかのみであってはならない。それは、なにを掴んだかでなければならない。そしてそれを後世に残すことでなければならない。しっかりとしたものを掴みだし、論理的に把握して人類の文化遺産として歴史性を持たせることでなければならない」
南郷先生には青の洞門など掘るのを止めて崩壊しつつある日本を救う為全力を尽くして欲しいと不満に思っていましたが、上記をよんで、南郷先生は日本の為にではなく人類のために青の洞門を掘っているのだと理解でき、まだすっきりとはいきませんが納得しました。
また若者は「議論をする実力が無い」ということでしたが、これは最近の大人にも当てはまりますね、特にサヨクと言われる人々。
意味は少し異なりますが、山岡鉄舟も「国のためだと大工までが政治活動にのめり込んでいたら日本は成り立たない。大工は大工の務めを果すのが国のためである」というような事を言っています。山岡鉄舟は好きな一人ですが、彼も剣の修行で悟りを開いたと言われています。禅宗や悟りなど今はあまり興味はありませんが「悟りはボケ」であると言うのにはいまだ賛同できません。
Unknown (shin様へ)
2008-11-29 09:46:34
ブログ主です。

>南郷先生は日本の為にではなく人類のために青の洞門を掘っている<
     ↓
そういうことなのでしょうね。

山岡鉄舟は、とくに取り上げるに値しない人物です。
彼はですね。剣を捨てたから、いわばホッとして迷うことがなくなっただけです。それを彼が勝手に「悟り」と思ったのでしょう。
それを「悟れない坊主」どもやアタマの良くない識者がすごいすごいと賞賛したので、有名になっただけのこと。

>「悟りはボケ」である< 
    ↓
どう納得できないかをおっしゃらないと、わかりませんよ。
これがわかるには、認識論をある程度勉強されることです。
「悟り」も認識なのですから、認識とは何かの究明なしには、学問的には理解できません。
たいていの人は、認識とは何を抜きに、自分勝手な解釈をしているのです。誰かさんはこう言った、こっちの人はこう言っている。自分はこれが正しいと思う…というレベルでしょ、みんな?






コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。
 ※ 
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
※文字化け等の原因になりますので、顔文字の利用はお控えください。
下記数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。この数字を読み取っていただくことで自動化されたプログラムによる投稿でないことを確認させていただいております。
数字4桁

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。