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人生のレール

2017-01-03 17:36:32 | お話
🚈人生のレール🚄


「人生には二本のレールが必要だ。

新幹線も二本のレールがあるからどこまでも走って行ける」

森信三師が言っていたという。

弟子の寺田一清さんから聞いた。

では、何を持って人生の二本のレールとするのか。

思い浮かんだことがある。

『致知』平成25年6月号にご登場いただいた北里柴三郎の曾孫、英郎さんの話である。

1891年(明治24年)、ベルリン滞在中の北里柴三郎を1人の青年が訪ねてきた。

ストラスブルク大学留学中の医化学生で、後に京都帝国大学総長となる荒木寅三郎である。

特に柴三郎38歳、寅三郎25歳。

柴三郎は33歳で内務省衛生局からドイツへ留学、コッホのもとで研究に打ち込み、

1889年(明治21年)、当時誰もがなしえなかった破傷風菌の純粋培養に成功、

世界の医学界を驚かせた。

さらに翌年、破傷風菌に対する免疫抗体を発見し、

これを応用した血清療法を確立、

「世界の北里」と評価される存在になっていた。

その柴三郎を一学究が訪ねたのである。

何か悩みがあるらしい、後の帝大総長に、柴三郎はこう言った。

「君、人に熱と誠があれば、何事でも達成するよ。

よく世の中が行き詰まったと言う人があるが、これは大いなる誤解である。

世の中は決して行き詰まらない。

もし詰まったものがあるなら、それは熱と誠がないからである。

つまり行き詰まりは、本人自身で、

世の中は決して行き詰まるものではない」

当時、近代医学における欧米諸国と日本の格差は圧倒的なものがあった。

この彼我の差を克服すべく、

様々な困難と闘いながら自ら一道を切り拓いてきた柴三郎。

その体験が言わせた信念の言葉である。

この言葉が若き一学究の心に火をつけた。

その火は荒木寅三郎の生涯を貫いて燃え続けたのではないか。

そう思わせる一文が『平澤興一日一言』にある。


1920年(大正9年) 9月10日、京都大学の入学式で、総長の荒木は訓辞を行った。

その一語一語に全身を尽くして聞き入る新入生がいた。

後に京大総長となる平澤興である。

平澤はこう書いている。

「大正9年9月10日、それは私にとって生涯忘れない、京都大学の入学式の日である。

忘れえないのは、大学の大きさでも、講堂の素晴らしさでもなく、

総長荒木寅三郎先生の、熱と誠に満ちた新入生に対する訓辞であった。

総長の口から出る一語一語は、まさに燃えていた」

そして、こう続ける。

「先生は学徒にとり最も重要なものとして、誠実、情熱、努力、謙虚、を挙げられ、

これらについて、それぞれ自らの体験と史上の実例などをもって詳しく説明され、

われわれは催眠術にでもかかったように、全身全霊でこれを受けとめた。

この訓辞は私とって決して遠い過去のものではなく、

私はさらにこれを私のからだであたため、私自身の経験をも加え、

その肉づけを続けて今日に至った。

いわばこの訓辞は、生涯、私とともにあって私を導いてくれたのである」


人生に大事な二本のレールとは何かが、この2つの逸話である。

熱と誠。

私たちも、この二本のレールをひた走りたいものである。


(「致知」2017.2月号より)
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