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仙人になる術

2017-12-10 09:52:41 | お話
🗻🌁仙人になる術🌁🗻


文豪・芥川龍之介は終生、ある苦悩に苛(さいな)まれていました。

母・フクが龍之介が生まれてほどなく精神病を患ったために、

自分もいずれそうなるのではないかと悩み続けていたのです。

龍之介は東京大学在学中から『羅生門』などの名作を発表し文壇で賞賛された、いわばエリートです。

しかし、エリートであるがゆえの苦悩もまた大きく、

拭(ぬぐ)っても拭いきれない不安に押しつぶされそうになりながら、

人間の本当の安定、心の安心はどういうところにあるのかを常に問い続けました。

しかも、その心の渇きは

金銭や名声という表面的なものでは決して埋められないこともまた、龍之介は強く感じていました。

『仙人』という作品は、龍之助の短編小説の中でも、とりわけ短い部類に属するものですが、

そういう彼の苦悩や追い求めた理想が見事に表現されています。


小説の舞台は大阪です。

ある時、奉公に出てきた権助(ごんすけ)が口入れ屋、いまでいう人材斡旋業者を訪ねて、

対応した番頭に

「私は仙人になりたい。

そういうところへ住み込ませてください」

と頼み込む場面から、この話は始まります。

むろん無理な相談ですから番頭は相手にしませんでしたが、権助は

「看板に万(よろず)口入れ所と書いてある。

万というからには、何事も口入れするのが本当だ」

と食い下がり、困った番頭はいったんこの頼みに応じ、心当たりを探すことにしました。

番頭は早速近所に住む医者を訪ねて権助のことを伝えます。

医者も困って腕組みするばかりでしたが、

そのやりとりを傍で聞いていた「古狐(ふるぎつね)」というあだ名のある狡猾(こうかつ)な医者の女房が口を挟むのです。

「それはうちへおよこしよ。うちにいれば2 3年内には、きっと仙人にしてみせるから」

「さようですか?

それは善い事を伺いました。
では何分願いします。

どうも仙人とお医者様とは、どこか縁が近いような心もちがいたしておりましたよ」

何も知らない番頭は、しきりに御辞儀を重ねながら、大喜びで帰りました。

医者は苦い顔をしたままで、その後を見送っていましたが、

やがて女房に向かいながら、

「お前は何と云う莫迦(ばか)なことを云うのだ?

もし、その田舎者が何年いても、一向仙術を教えてくれるなぞと、

不平でも云い出したら、どうする気だ?」

と忌々しいそうに小言を云いました。

しかし女房役は謝るどころか、鼻の先でふふんと笑いながら、

「まぁ、あなたは黙ってらっしゃい。

あなたのような莫迦正直では、このせち辛い世の中に、ご飯を食べる事も出来はしません」

と、あべこべに医者をやり込めるのです。

翌日、粗末な紋付の羽織を纏った権助は、番頭に連れられて医者のもとを訪れます。

「お前は仙人になりたいのだそうだが、一体どういうところから、そんな望みを起こしたのだ?」

と、不審そうに尋ねました。

すると権助が答えるには、

「別にこれと云うわけもございませんが、

ただあの大阪の御城を見たら、太閤様のように偉い人でも、何時かは死んでしまう。

してみれば人間と云うものは、いくら栄燿栄華栄をしても、はかないものだと思ったのです」

「では仙人になれさえすれば、どんな仕事でもするだろうね?」

狡猾な医者の女房は、すかさず口を入れました。

「はい。仙人になれさえすれば、どんな仕事でも致します」

「それでは今から私のところに、20年間奉公おし。

そうすれば、きっと20年目に、仙人になる術を教えてやるから」

「左様でございますか?

それは何よりありがとうございます」

「その代わり向こう20年の間は、
一文も御給金はやらないからね」

「はい。はい。承知いたしました」


それから権助は20年間、その医者の家に使われていました。

水を汲む。薪を割る。飯を炊く。拭き掃除をする。

おまけに医者が外に出るときは、薬箱を背負ってお伴をする。

その上給金は一文でも、くれと云った事がないのですから、

このぐらい重宝な奉公人は、日本中探してもありますまい。


ここに登場する女房や医者、権助は私たち人間のタイプを象徴しています。

強欲な女房は、自身の欲望を人生の価値基準に生きる世間一般の人たちの代表です。

口先で綺麗事を言う裏側で、人間を貶めて自分や家族だけが得をしようと考える人間の持つおぞましい内面が表現されています。

医者のほうは、女房のように欲を剥き出しにこそしないものの、

やはり欲からは離れることのできない、小心で優柔不断なタイプの人間の代表です。

一方の権助は、そういう欲の皮が突っ張った人達とは対照的に、

ただ、無心、純粋に自分の望む道を行こうとしています。

人間の様々なタイプが、わずか3人の中に凝縮されているところに龍之介の鋭い観察眼を感じますが、

それにしても20年もの間、無給のまま文句一つ言わずに働き続けた権助の生き方は

健気という言葉を超えて、神々しさすら感じるのではないでしょうか。

女房が極めて強欲なだけに、権助の純粋さもまた際立ちます。

ひたむきに心の満足を求める権助の生き方こそ、龍之介の人生の理想だったのです。

そのことを踏まえて、この小説を読むと、より深く味わえることができます。


さて、奉公から20年が経った時、権助はお世話になったお礼を述べ、

約束のとおり不老不死の仙人の術を教えてほしいと求めます。

閉口した医者は

「仙人になる術を知っているのは女房のほうだから」

と素っ気なく横向くのですが、

女房は平気でした。

「仙術を教えたるから、どんな難しいことでもするのだよ。

さもないと、また向こう20年間、給金なしに奉公させる」

と話し、権助に庭の松に登るように言いつけました。

「もっと高く。もっとずっと高く御登り」

女房は縁先に佇みながら、松よ上の権助を見上げました。

権助の紋付の羽織は、もうその大きな庭の松でも、一番高い梢にひらめいています。

「今度は右手を御放し」

権助は左手にしっかりと、松の太枝をおさえながら、そろそろ右の手を放しました。

「それから左の手も放しておしまい」

中略

権助はその言葉が終わらない内に、思い切って左手も放しました。

中略

あっと云う間に権助の体は、権助の着ていた紋付の羽織は、松の枝から離れました。

が、離れたと思うと落ちもせずに、不思議にも昼間の中空へ、

まるで操り人形のように、ちゃんと立止まったではありませんか?

「どうもありがとうございます。

おかげ様め私も一人前の仙人になれました」

権助は丁寧に御辞儀をすると、

静かに青空を踏みながら、

だんだん高い雲の中へ昇って行ってしまいました。


女房は、馬鹿正直な権助が死ぬことを承知で無理難題を押しつけ、

落ちた権助は、きっと息絶えてしまったのでしょう。

しかし、女房と医者の目にまるで昇天していくように見えたのは、

権助の純粋で一途な思いが天に受け入れられた、

あるいは欲にまみれた女房と医者に、

本当の心の満足はどういうものであるか目を開かせてあげた、

と読み取れることもできます。


(「致知」1月号 鈴木秀子さんより)