川口英俊の日記

川口英俊の日記・毎日更新・13年目に
悩み相談は「hasunoha」へどうぞ http://hasunoha.jp/

お通夜式、お葬儀式の導師についての自省と自戒のために(川口英俊拝)

2013年02月06日 | 徒然日記・日々の記録
お通夜式、お葬儀式の導師についての自省と自戒の意を込めて、Tweetさせて頂きました内容をFBと共にブログにおいても記しておきたいと存じます。

お通夜式、お葬儀は亡くなられた方の正式なる出家の儀式。導師は御本尊様の代理として、亡くなられた方に引導をお渡しし、法号を授けることになります。正式な作法に則って厳粛に丁重に行わなければならないものであり、導師を執り行う者には、それなりの覚悟と責任が必要になります。

拙生は、お葬儀は年に二、三回導師をお勤めさせて頂く程度ではありますが、毎回準備は入念に確認に確認を重ね、決して誤り、失礼の無いように調えて、威儀を正し、弘法法話の内容の推敲を慎重に重ねさせて頂きまして開式に臨ませて頂きます。挨拶、打ち合わせからもかなり緊張致します。

お通夜、お葬儀においては、特に御本尊様、亡くなられた方を前に、後方には控えられたご遺族と、大いに謙遜致すところもあり、曲録や椅子に座ってなどとても畏れ多くと思い、これまでのお通夜式、お葬儀にて、一度も座ったことはなく、拙方針として始終全て立たせて頂いて執り行わせて頂いております。

あとは、お通夜式、お葬儀式においては、読経、廻向においては、マイクも使うことなど失礼であると思っており、曲録・椅子と共に最初の打ち合わせにて下げさせて頂くようにさせて頂いております。但し、法話の時だけは、できるだけ丁寧に分かりやすく聞き取りやすくお伝え致すために、マイクを使わせて頂いております。

お通夜式、お葬儀式にてマイクを使わなくても十分に会場に響き渡る読経、廻向が成せないのはやはり導師としての怠慢であり、懸命さ、真摯さが足りない表れになりかねないと考えておりますのが拙生の一つの勝手なる方針でもございます。もちろん、余程の大会場となれば別となりますが。

何よりもお通夜式、お葬式にて導師となる者は、果たして自分にその資格があるのかどうか、本当に御本尊様の代理として、亡くなられた方の出家のお勤めを致すだけの器量・力量があるかどうか、常に自問自答しつつ、仏道に精進努力を怠らずに真摯に取り組むことが望まれることになります。

特に日本における僧侶の場合は、もちろん拙生も当然として、ほとんどが正式な僧とは言えない世俗僧である現実も鑑みて、真にお通夜式、お葬儀式にて導師をお勤めすることのできる資格があるのかどうかは、真摯に考えなければならないことでございます。かなりの自省を込めて記しておきたく存じます。

川口英俊九拝

FBコメント補足・・ご質問への拙回答からの抜粋・・

「・・拙生は臨済宗ですが、拙寺は単立にて宗旨は問わない方針でございます。先代が葬式仏教を排す意図にて檀家制度を廃止し、信者制度に近い形となっております。そのためお葬儀の依頼がありましてもその旨を説明させて頂きまして、余程の事情を鑑みた上と、スケジュールが合わない限りはお受け致すことはほとんどありません。お受け致した場合でも、臨済宗であれば、江湖法式に則って行わせて頂きます。もちろん御本尊様はお釈迦様となります。他宗の場合は、葬儀社にご紹介頂けるようにとまずはお願い致します。他宗であっても、お施主様、ご遺言などの強い意向にて、どうしても拙寺にとなりましたら、改宗に問題が無いのであれば臨済宗法式にてさせて頂くか、もしもご意向にて御本尊様を各宗宗旨にお合わせしてとなりましたら、例えば江湖法式でも葬儀における重要な廻向文の一つ「山頭念誦」の中に「大慈大悲阿弥陀仏」とあります箇所は臨済宗の方ならば皆様ご存知かとも思いますが、ここを最も重要なところであると位置づけさせて頂いて、御本尊様、最帰依の御本尊様をお合わさせて頂く形を取らせて頂けるかをお聞き致して、ご納得賜りましたらそのように、また、もしも各宗旨に合わせた法式をと、どうしてもと望まれるならば、主要基本法式については、一通りに学ばせて頂いており、各お望みの経典も読経させて頂くことも可能ではあります。そのためにも、もちろんまだまだの浅学菲才の未熟者ではございますが、初期根本仏教からチベット仏教顕教部の学びまで基本的な理解を進めさせて頂きまして、各主要経典の基本的な学び、各宗旨教説の学びも進めさせて頂きました次第ではあります。但し、密教についてはいまだ扱いに慎重さを要するとはしております。とにかくお葬儀をお受け致してもまず第一にはお施主様のご意向を第一にお伺い致し、ご説明、ご納得を賜りましてからとなります。拙生と致しましては、いまだ導師・戒師たる器量・力量には全く無いと存じており、やはり余程の場合以外にはお受けは致さないとは考えております。・・」

とにかく浅学菲才の未熟者、愚鈍なる一世俗僧ではございますが、できうる限りに真摯に仏法と向き合い、仏道に精進努力して参りたいと存じております。川口英俊合掌九拝
ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 曇り | トップ | 雨のち曇り »
最近の画像もっと見る

あわせて読む