日本が誇る唯一無二の歌姫中森明菜

魂込めた明菜音楽は心を癒し生命を蘇生させる力がある。 中森明菜をファンの一人として応援します。

五輪競技会場問題について

2016-10-17 17:00:18 | 日記
 五輪競技会場問題について毎日のようにテレビであれこれ議論されているが、アスリートファーストという言葉が一人歩きし、アスリートや競技団体のエゴが正論であるかの如きに語られているので問題提起する。
 そもそもオリンピックの目的が置き去りにされていないだろうか。
 オリンピック・ムーブメントの目的は、いかなる差別をも伴うことなく、友情、連帯、フェアプレーの精神をもって相互に理解しあうオリンピック精神に基づいて行なわれるスポーツを通して青少年を教育することにより、平和でよりよい世界をつくることに貢献することにある。
 各競技団体や大会組織委員会の言動はこの目的に逆行し、エゴイズムの塊と言わざるをえない。
 また、オリンピックは国民と都民等の税金とスポンサー、見学者等のお金で成り立つという大原則を忘れて我儘な発言がされているように思う。アスリートファーストといっても、大原則を無視して語れば単なる我儘になる。
 極論すれば費用対効果で赤字になる競技は廃止するか、希望する国や都市でやればよい。仮に当該競技がヨーロッパで人気があり、採算が取れるならヨーロッパの都市でやればいい。もう、全ての競技を一都市でやるという時代ではない。逆に複数都市開催ならオリンピック正式種目になってない競技も正式競技として開催できると思う。
落選したボウリングも既存施設でやればちゃんとオリンピック競技として成立つのだ。
 オリンピックの観戦は殆どテレビ観戦である。どこの国や都市であろうと問題ない。
 他の競技者との交流云々というが、そんなことのために多額の税金を使えない。交流の場は別途考えれば済む話だ。
そもそも、大会組織委員会がエゴと見栄の塊の集団であり、そのような集団が推進すればこういう結果になるのは当然である。エンブレム問題を始め次から次へと問題を起こしても責任を取らない組織委員会をそのままにしてうまく行く筈がない。
 そして、決まったことだからといって会場変更に反対している団体は組織委員会と同じ穴のムジナであり同罪であると言わざるを得ない。
 負の遺産のためにお金を使うなら、被災地や戦争防止のために使ってほしいものだ。三兆円あればどれだけ多くの人々を救えるのかと思うと腸が煮えくりかえる思いだ。
 日本人は平和ボケしすぎだ。戦争も原爆投下も大震災もすぐに忘れてしまい、他国のこと、他県のことは他人事になってしまうのだ。
 日本が消えて無くなるほどの核ミサイルが日本に向けられている現実に目をつぶって呑気なものだ。
 オリンピックを通して日本が世界に向けて何を発信しなければならないのか、そういう議論が全くなされてないことが日本人として恥ずかしい。戦争や天災、人災で散っていった先人に申し訳無い。

ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
« 洋楽の女性歌手は強者ばかり | トップ | 東京五輪のボート競技 韓国... »

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。