紀州・有田で田舎暮らし

思いつくままに野菜や果実や漬物を作ったり、時には青春する心を求めてさ迷ったり、気ままに田舎暮らしを楽しんでいます。

義母を乗せ医大病院へ 亡き母を想い出し 義母に「杖を持たなアカン!」と必死に説得

2017年01月21日 | 田舎暮らし&家族

今日は2カ月に1回の義母の診察日。家内が長距離運転できないので自宅から20分走って義母を乗せ、そこから30分の医大病院まで片道50分の道のり。

難病のパーキンソン病といっても、手が小刻みに震えるものの物を持てば震えが止まるので日常生活に大きな支障もない状態だし、歩くのも弱々しいものの自宅では不自由なく歩いているし、今日、手足の検査をした医師の話でも「心配するほど進行していない」とのことなので一安心。心配なのは、自宅のように手すりや壁などを持って歩けない外出時。「転んで大腿骨などを骨折し、手術・入院している内に動けなくなり車椅子生活や寝たきりになってしまうこと」が怖い。

亡き母は90代半ばで2回目の大腿骨骨折の手術をした。手術後、院長に「歩けるように、しっかりとリハビリしてほしい」とお願いすると、「骨がスカスカになっているから、無理してリハビリすると足のアチコチで複雑骨折が起こるかも知れない」と言われ、「今度、骨折したら寝たきりになるかも」と懸念し車椅子生活を了承した。車椅子生活になるとトイレやお風呂や敷居など一般の家では行動が制限されてしまう。亡き母で家内と苦労したのは入所できる介護施設探しだった。

骨折よりも怖いことがある。上記の骨折時、手術後5日ほど経った頃から、壁に向かって「中庭がみえる」とか、ドアに向かって「女の人がこっちを見てる」などと口走る幻覚症状が現れた。そんな時、別人かと思うほど「鬼のような形相」になった。母なのに背筋が凍るほどだった。「これは、ひょっとしたら俗にいう憑依現象?」かもと、本で覚えた霊障除霊を無我夢中で施した。何とか数日で幻覚症状が収まった。

「寝たままやったらアカン。完全介護やというけど病院任せにしといたらアカン」と気付いた。「三度の食事の世話は全て家族がやります。食事の時はベッドの上でなく車椅子に座らせて食べさせます。食後は車椅子に乗せて病院内を散歩します」と申し入れ、病院の了解を得た。以来、1日3回の病院通いが始まった。病院食を残すことが多いとわかり、母の好きな食べ物を必ず1~2品持っていった。看護師やヘルパーさん達も労い励ましてくれた。2カ月ほど経った頃から「無理しなくていいのに。いつまで頑張るの?」と看護師さんから心配する声がかかり始めた。「介護施設の入所が決まるのが早いか、自分が値を上げるのが先か。もう、こうなったら意地や」。結局、約3カ月、ほぼ一人で通い詰めた。

そんな体験をしてきているだけに、義母に「転んで骨を折ったら寝たきりになるかも知れない。外出するときは杖を持って歩くように」と言うと、「そんな年寄りみたいなことはイヤ」との言葉が返ってきた。そこで、「80歳超えたら年寄りやで。足がヨボヨボしてんのに体裁なんか言うてたらアカン。転んで寝たきりになったら大変やで。痴呆になったり施設にも入らなアカンし」と説得すると、「そうやなあ。今度から外出する時、杖持つよ!」と返ってきた。とりあえず、良かった・・・